地図を楽しむ

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江戸六地蔵巡りのサイクリング

2011-01-12 | 日記
「江戸六地蔵を巡る」サイクリングに参加して

TCA(東京サイクリング協会)主催の『2011年初詣ラン』の「江戸六地蔵を巡る」イベントに友人と参加しました。
参加者は総勢40人程度、我々の走行距離は家から出発地点の品川駅東口までの距離をいれ約50Km? 

大変いい天気でいい気分のサイクリングでした。

そのコースのあらましは下の図のとおりです。


案内書によると
「宝永五年(1708)、江戸深川の僧、地蔵坊正元が15歳のときかかった病が地蔵祈祷によって治療(癒?)したため建立志願を志し、浄財が集められ(72,000名余からとか)、座高2.75mの青銅の地蔵菩薩坐像(造立時には渡金されていた由)が、江戸・神田鍋町の鋳物師・太田駿河守正義によって鋳造され江戸の出入り口となる六つの街道筋に安置されました・・・」

現在は第六番の永代寺のみ廃仏毀釈で廃寺となり,地蔵菩薩像が行方不明になっていますが、ほかは曲折を経て残っていました。

それを、今日は訪ねて走ったわけです。

第一番は、旧東海道筋の品川宿にある品川寺(ほんせんじ)。

後で、全部の地蔵さんの写真を見比べてわかったのですが、ここの地蔵さんだけ笠を被っていません。何故でしょうか?


多分、いい顔に出来上がったので、笠で隠したくなかったのでしょうか?
いい顔かたちをしておられます。

次に訪れたのは、高輪、白金、有栖川記念公園、青山霊園、神宮外苑を経て新宿御苑横の第三番の太宗寺です。


ずいぶん走りました。東京の街は平坦そうに見えて実にアップダウンの激しい街で、ギアチェンジをフル活用しながら、約15Kmを走りました。

それにしても、このコースを企画した人は、東京を良く知っていますね。細い旧道を経巡って案内してくれていました。感謝感激です。
多分、この人は暗闇でも路に迷うことはないでしょう。

太宗寺は甲州街道の一寸奥にある立派な寺でした。

新宿は良く知ってるつもりでしたが、このお寺には初めてお目にかかりました。

この近くは内藤宿のあったところで、昔、賑わった辺りです。

ここで昼食。近くのラーメン屋で一休み、体も温かまりいい気分。

さて、そこから早稲田大学、椿山荘、護国寺を経て、巣鴨の眞性寺・第四番に着きました。

途中の椿山荘横の講談社社主・野間邸横の石段は初めて登りましたが、まつすくの長い坂路(石段)で、おそらく屋敷内を散歩するのも大変な骨折りだったろうと、金持ちの苦労をお察ししましたが・・・

さて、このお寺は旧中山道の出入り口にあたり、旅の安全を祈願するため古くから賑わっていたそうです。
今日も参拝者が多く、線香の煙、“もうもう”でした。


そして、六義園、千駄木、谷中霊園横を通り、永代寺に代わり新六番として祀られた浄明寺にお参りしました。

ここのお地蔵さんの笠は蓮の葉のような笠で平たく、やや軽々しいいでたちでした。


そこから、吉原界隈を経巡り、第二番の東禅寺につきました。

奥州街道の守り地蔵さんです。

ここには、お地蔵さんの直ぐ横に銀座四丁目にある“木村屋のあんぱん”で有名な木村安兵衛夫婦像が祭られていました。


少し離れすぎた夫婦像のようでしたが・・・?

そして、ここから隅田川に架かる桜橋を渡り、墨田区役所横から三つ目通りを真直ぐ3Km余り南下して第五番の霊(巌)岸寺にたどり着きました。
たどり着きましたと言うぐらい疲れてきました。


梅が美しく咲き始めていました。

さあ、最後の力を振り絞って深川公園の第六番永代寺に着きました。
フィニッシュです。

ただし、先にも書いたように、ここには地蔵さんはいません。

廃仏毀釈のあおりで行方不明になっています。多分溶かされたのでしょう。
祟りはなかったのでしょうか?

そして、一本締めをして、仲間にご挨拶しながら、都営地下鉄大江戸線で都庁前まで帰りました。

今日は、外で飲まないで家に帰って、独り静かに一杯!!

幹事さんたちに、感謝!感謝!!









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