大阪の船場に綿業会館と呼ばれるルネッサンス風のビルがおまんねん。
わてが30代の頃はこのビルを横目にして、お隣の得意先へ営業してましたんや。
そやからこのビルを観たら懐かしくて若い頃を思い出しまんねんけど。
このビルは1931年(昭和6年)12月に完成したそうですわ。
(綿業倶楽部の表札)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
下の方に何時の間にやら国の重要文化財に指定の銘板が架かってまんがな。
HPで調べたら関西で昭和の近代建築で初めて重要文化財の指定を受けたそうな。
ここは繊維関係のお偉さんしか入館できない社交クラブやと昔から聞いてましたんや。
(三休橋筋の レトロな街灯) (綿業会館の前)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
ここで見学者らしき数十人の団体さんを発見。
デジカメで外壁を写していたら団体さんは綿業会館へ入っていきまんがな。
わても~ 黙って入ってみようかなと 悪知恵を働かしましたんや。
(綿業会館 1階のシャンデリア)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
わあ~ 凄いでんな。
内部の壁は全て大理石でんがな。
奥の銅像が岡常夫さんでこの綿業会館創設の功労者ですわ。
絨毯も凄い年代物が敷かれてまっせ。
(綿業会館 1階ロビー)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
ここで受付のお嬢さんに見つけられましたんですわ。
「会員様じゃございませんよね~」
「写真は撮らせて貰えないんですか?」
「会員さま専用の倶楽部でございますので~」
やんわりと断られました、やっぱり~ あきまへんわ。
(綿業会館 南側から撮影)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
帰ってからHPで調べたら毎月第四土曜日に完全予約制の見学のみだって。
午前の1部が昼食付きで2500円 午後の2部が見学だけで500円
6ケ月前の予約で各々35名限定なので直ぐに締め切りになるんやそうな。
考えたらこの日は12月第四土曜日でしたので見学者がおられた訳ですわ。
HPからの受け売りでご免なはれ~
この綿業会館は東洋紡績・専務の岡常夫さんの遺言から始まったそうな。
1928年(昭和3年)岡常夫氏 死亡
「綿業発展の為に100万円を寄付する」
この100万円に繊維業界の有志が50万円を寄贈しての建設だったそうですわ。
今の貨幣価値に換算したら150万円=75億円になるそうでっせ。
同じ年に大阪市民の寄付で完成した大阪城天守閣が47万円だったとか。
大阪城天守閣の3倍のお金をつぎ込んだ綿業会館やから凄いと思いまんねんけど。
外から眺めたらそんなに貴重な建物だとは感じまへんやろ。
内装や調度品が今では造れないぐらい貴重な品々でお金に換算できないとか。
(綿業会館 正面入口)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
何せ大理石はイタリアからの輸入物だし談話室や会議室は全てが
デザインが異なっている重厚なルネッサンス風に造られているんだそうですわ。
1枚1枚が手焼きで作られた清水焼のタイルも使用されているそうな。
この辺りは大阪大空襲でほとんどが焼け落ちたと聞いてまんねん。
そやけど~ 綿業会館は耐火ガラスで覆われていたのでガラス1枚と
カーテン1枚が破損しただけでほとんど被害が無かったそうでっせ。
戦後は進駐軍に接収された時代もおましたけど、昭和の30年代には
繊維関係の法人や個人が会員となって運営されているようでんな。
この綿業会館が完成した1930年代は大阪が一番輝いた時代でっしゃろな。
イギリスを追い抜いて「東洋のマンチェスター」とも呼ばれましたんや。
大阪城の天守閣が登録文化財なのに、ここ綿業会館は国の重要文化財でっせ。
大阪が自慢できる戦前の文化遺産の一つとちがいまっしゃろか?
わても~ 予約して今年は是非とも、内部を見学したいとおもってまんねん。
今回は少しだけしか写真を撮れまへんでしたけど。
大阪にはこんな個人の寄付によって完成した建造物が多く残ってまっせ。
前回イルミで紹介した中之島中央公会堂や天王寺の市立美術館
それに大阪府立図書館や北野病院など。
昔の大阪商人は商売も上手だったけど私財を寄付して公共の建物を
後世の為に残すという偉い人物が多かったようでんな。
大阪城の天守閣も大阪市民の寄付だけで完成してまっせ。
予約が出来て内部が写せたら年内にでもブログに載せさせてもらいまひょ。
新年が始まったとこやのに、年内とはえらい先の話ですんまへん。
ほな~ 今日はこれでお仕舞いでおます さいなら~
わてが30代の頃はこのビルを横目にして、お隣の得意先へ営業してましたんや。
そやからこのビルを観たら懐かしくて若い頃を思い出しまんねんけど。
このビルは1931年(昭和6年)12月に完成したそうですわ。
(綿業倶楽部の表札)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
下の方に何時の間にやら国の重要文化財に指定の銘板が架かってまんがな。
HPで調べたら関西で昭和の近代建築で初めて重要文化財の指定を受けたそうな。
ここは繊維関係のお偉さんしか入館できない社交クラブやと昔から聞いてましたんや。
(三休橋筋の レトロな街灯) (綿業会館の前)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
ここで見学者らしき数十人の団体さんを発見。
デジカメで外壁を写していたら団体さんは綿業会館へ入っていきまんがな。
わても~ 黙って入ってみようかなと 悪知恵を働かしましたんや。
(綿業会館 1階のシャンデリア)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
わあ~ 凄いでんな。
内部の壁は全て大理石でんがな。
奥の銅像が岡常夫さんでこの綿業会館創設の功労者ですわ。
絨毯も凄い年代物が敷かれてまっせ。
(綿業会館 1階ロビー)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
ここで受付のお嬢さんに見つけられましたんですわ。
「会員様じゃございませんよね~」
「写真は撮らせて貰えないんですか?」
「会員さま専用の倶楽部でございますので~」
やんわりと断られました、やっぱり~ あきまへんわ。
(綿業会館 南側から撮影)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
帰ってからHPで調べたら毎月第四土曜日に完全予約制の見学のみだって。
午前の1部が昼食付きで2500円 午後の2部が見学だけで500円
6ケ月前の予約で各々35名限定なので直ぐに締め切りになるんやそうな。
考えたらこの日は12月第四土曜日でしたので見学者がおられた訳ですわ。
HPからの受け売りでご免なはれ~
この綿業会館は東洋紡績・専務の岡常夫さんの遺言から始まったそうな。
1928年(昭和3年)岡常夫氏 死亡
「綿業発展の為に100万円を寄付する」
この100万円に繊維業界の有志が50万円を寄贈しての建設だったそうですわ。
今の貨幣価値に換算したら150万円=75億円になるそうでっせ。
同じ年に大阪市民の寄付で完成した大阪城天守閣が47万円だったとか。
大阪城天守閣の3倍のお金をつぎ込んだ綿業会館やから凄いと思いまんねんけど。
外から眺めたらそんなに貴重な建物だとは感じまへんやろ。
内装や調度品が今では造れないぐらい貴重な品々でお金に換算できないとか。
(綿業会館 正面入口)
photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
何せ大理石はイタリアからの輸入物だし談話室や会議室は全てが
デザインが異なっている重厚なルネッサンス風に造られているんだそうですわ。
1枚1枚が手焼きで作られた清水焼のタイルも使用されているそうな。
この辺りは大阪大空襲でほとんどが焼け落ちたと聞いてまんねん。
そやけど~ 綿業会館は耐火ガラスで覆われていたのでガラス1枚と
カーテン1枚が破損しただけでほとんど被害が無かったそうでっせ。
戦後は進駐軍に接収された時代もおましたけど、昭和の30年代には
繊維関係の法人や個人が会員となって運営されているようでんな。
この綿業会館が完成した1930年代は大阪が一番輝いた時代でっしゃろな。
イギリスを追い抜いて「東洋のマンチェスター」とも呼ばれましたんや。
大阪城の天守閣が登録文化財なのに、ここ綿業会館は国の重要文化財でっせ。
大阪が自慢できる戦前の文化遺産の一つとちがいまっしゃろか?
わても~ 予約して今年は是非とも、内部を見学したいとおもってまんねん。
今回は少しだけしか写真を撮れまへんでしたけど。
大阪にはこんな個人の寄付によって完成した建造物が多く残ってまっせ。
前回イルミで紹介した中之島中央公会堂や天王寺の市立美術館
それに大阪府立図書館や北野病院など。
昔の大阪商人は商売も上手だったけど私財を寄付して公共の建物を
後世の為に残すという偉い人物が多かったようでんな。
大阪城の天守閣も大阪市民の寄付だけで完成してまっせ。
予約が出来て内部が写せたら年内にでもブログに載せさせてもらいまひょ。
新年が始まったとこやのに、年内とはえらい先の話ですんまへん。
ほな~ 今日はこれでお仕舞いでおます さいなら~
今年は御神渡りが見れそうですね。
うまく予約が取れたら豪華な部屋の装飾や調度品などの写真を撮りたいと思っていますよ。
5日は一日冷え込んだ信州です。
まぁ~諏訪湖が全面結氷したようですから冷え込みも厳しいようです。
このまま御神渡りが出来ると良いのですが・・・
そのうちブルーベリーの背い比べを・・・
いつも ありがとうございます♪(*'-^)-☆
それにしても綿業会館会員制のクラブとは洒落てますね
内部の調度品等興味あります
是非アップしてくださいね
待っています。
いつもお尋ねありがとうございます。
平常勤務開始 本年も[^ェ^] よろしく!
インフル注意 kana
やはり繊維関係の法人か重役さんの推薦が必要だそうです。
現在は600人ぐらいの法人と個人の会員で運営されているようです。
内装の豪華さはやはり綿業会館がダントツでしょうね。
国の重要文化財になったのも当然かもしれません。
頑張りましたね。
少し前まで東洋紡の株主だったのですが、
株主くらいではクラブに入れないのでしょうかね。
東京には三井財閥の持つ三井ビルの54階に三井クラブがありますが、
三井系の会員の方とご一緒して夕食をご馳走になりましたが、
赤ワイン一本6500円でした。とても美味しかったので、
もう一本注文してもらい、その時値段を知りました。
値段を知ったら、飲みにくくなってしまいましたが・・・
食事はフランス料理でこれも美味しかった事を覚えています。
意気込みの籠った重厚な建物!
何時までも存続してほしいですね。
今週も('-'*)ヨロシク♪で~す。
貴方の素敵な画像を楽しみにしていますからね。
今年もよろしくお願いいたします
こういうとこもあるんですね
こんなレトロな建物が多く残っていました。
建築基準法が緩和されて大阪万博の後から
2000年に掛けて高層ビルが沢山できました。
ここ15年ぐらい前から文化遺産として古い建物を
残そうとの運動が始まりました。
現在はこの綿業会館も含めて明治から昭和初期の
建物が15件ぐらい保存されています。
古きよき時代の大阪を残していくことには苦労が
多い様ですが継続して欲しいと考えますけど。
昭和6年とは80年を経過~今風の建物より厳かに権威がありそうですね。
正に国力増強の時代。
繊維に賭ける創業者達の意気込みが感じられる重厚な建物。
その当時は建物だけでなく、創業者の意気込みも
いのちをかけるような心意気であったと想いますね。
隠れた大阪の名所として遠方からもこられているような
インターネットの記事が載ってますよ。
同じ見学するなら2500円を出して昼食を会員食堂で
食べてみたいと考えますね。
見学会の料理はそんなに高級じゃないそうですけど。
内部を撮影した画像がたくさん掲載されています。
おそらくフラッシュを使わなければ館内は撮影できるんだと思いますね。
変なのが1名紛れ込んでいると受付のお嬢さんが
気ついたんだと思います。
ここは日本が国際連盟を脱退することになった
リットン卿の満州事変調査団が
大阪の財界人と会見をしたこともあるそうです。
KURODAさん、なかなか勇気ある行動ですね。
でもこんなに立派な施設あったのですね。
会員さんだけではもったいないですね。
社会に還元する志、
それを済ませてからこの世を去ることができたら良いなあと思っています。
もちろん、くちこのレベルで!
定員35名は貸切バス一台分? 二台分なら紛れ込まれたかもよ
現在の綿産業衰退には 岡常夫翁も草葉の陰て嘆いていることでしょう
いっときでも超一流社交会員気分を味わえただけでも良しとしましょう
バアが大阪在住なら半年前からでも予約したいわ
尚 プリンターの件ですが フォトフレへ書き込みますね
日本の輸出を支えたトップ企業だったようですね。
東洋紡の専務ぐらいで現在のお金で50億円も寄付出来るとは驚きのことですよね。
ガチャマンといって織機がガチャンと動いたら1万円ぐらい儲かったとの話が残っていますけど。
大阪では住友財閥が寄付では有名なんですが
この岡常夫という方は個人でやられたんですからね。
お金を懐に隠す人は多いけど後世の為になるように社会に使う人は現在ではいませんな。
一回ロビーから推して知るべしですね。
私の生まれる10年前に建てられたのにしては・・・・
金持ちは今も昔も変りませんな。
3階の貴賓室などは素晴らしい部屋だとの噂ですな。
なんとか予約して次は是非とも見学したいと考えましたね。
それにしても
昔の偉人は寄付金も凄いですね~。
私など去年、お寺の庫裡を建て直しに一口50万円と聞いて目が点になりまして。。。
昔の人に笑われちゃいそうですが
50万円は出せませんでした。