先日久しぶりに見た「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」で、あの「ランバダ」の歌い出しが「ソーラン節っぽい♪」という空耳を紹介され、あわてて確認しようと、放送後、深夜にもかかわらず映像で何度も何度も確認してしまった。
かつてO-ZONEというグループの「恋はマイアヒ」という曲がヒットしたのも、「のまのま(飲ま飲ま)」という日本語っぽい空耳フレーズがきっかけだったし、ジンギスカンの「めざせモスクワ」も日本語っぽい空耳で復活(?)したわけだけど(意味は不明だが・・・!)。
一旦空耳で聞いたことをイメージ化されると、本当の歌詞がすっかり記憶からなくなって、空耳の通りにしか聞こえなくなってしまうから恐ろしい。特に洋楽では、言葉(何を歌ってるのか)もわからないから、感覚的にボーカルも「音の一部」として捉えたときに、「あっ、これ日本語っぽくない?」といったん思ってしまうと、もうそれ以外には聞こえなくなってしまう。またそれが非常に上手くできてるんだよな。
「ランバダ」の原曲は男女の別れを歌ったものであり、「恋はマイアヒ」も、失恋した男の気持ちを表した歌だというのだが、セクシーなダンスミュージックになり、あの動画騒ぎになったり・・・。
一方で、今のJ-POP(というのかな?)には、メッセージ性の強いフレーズが多いように感じる、というか、日本語で伝わる反面、歌詞通りの意味でしか伝わらないので、そういう「空耳」的な要素は非常に少ないと思う。とはいえ、かつてゴダイゴの「ポートピア(英語版)」で「夜用パ○ティ」という空耳が出てきたときは一人赤面してどうしようかと思ったもんなぁ。
・・・あす29日から旅行に出るため本ブログはその間お休みします。でもtwitter、facebookでの中継はする予定です。