Cafe de Kerm ~毒味ブログ~

物言いにも、珈琲にも、もれなく毒が混入している可能性が無いこともないです。

ゲーム機の無い未来は来ると思う?

2010-04-11 23:59:59 | Thinkings

 今、世の中にはたくさんのゲームプラットフォームがあります。それはDSであったりPSPであったり携帯電話であったり、PCであったりWiiであったりPS3であったりXBOX360であったりします。それらのプラットフォームが無くなる・・・えーと、この場合は「意味をなさなくなる」と言った方が良いのかな?そういう未来は来ると思います?

 なんでそんなことを言うのか、と言いますと、そういったゲームクリエイターがいたからです。それも有名な。

メタルギアソリッドの小島監督、“ゲーム機のない未来”を予言 ITmedia

 1987年に誕生して以来、進化を続けるメタルギアソリッドシリーズの最新作の発表の場で、小島氏は次のように語った。「近い将来、どのプラットフォームにも依存しないゲームが登場することになるだろう」

 「プレイヤーは自宅の居間や外出先、旅行中など、いつでもどこでも好きなときにゲームを楽しめるようになるだろう。同じゲームソフトをいつでも同じ環境で楽しめるということだ」とさらに同氏は続けた。

 実際問題として、このような考え方はずいぶん前から存在します。元々マイクロソフトはWindows Phone 7でXBOX360との連携を発表しましたし、もともとVisual StudioのXNAはそういう目的で作られているからです。また、処理能力や表現能力といった点では、いつか据え置きとモバイルの差が遜色なくなると言うのは別におかしくない未来像です。開発能力やかけられるお金と時間が有限である以上、今後、表現力の差は確実に埋まっていくでしょう。

 しかしながら、このような考えをおおっぴらに言っていいのは、そういうプラットフォーム側であるとか、クラウド・コンピューティング提供元といった「体制側」であるべきだと思います。ユーザーも別に良いと思いますけど、少なくともクリエイターが言う言葉じゃないような・・・

 と言いますのは、DSやWiiと言った任天堂系ハードはもちろん、XBOX360のProject NatalやPS3・・・はちょっと弱いけれど3Dとか・・・にしても、それぞれのゲームプラットフォームが独自性を大きく打ち出しており、それは将来的に据え置きとモバイルにおけるゲーム体験をはっきりと分ける物になると思うからです。
 そういうのは抜きにしても、「リビングで大画面をシェアするゲーム」と「モバイルで画面を占有するゲーム」では、ゲーム体験は全く別物となるはずです。また、様々なプラットフォームに合わせると言うことは、操作方法なども簡略化されると言うこと。現状のゲーム機の進化とは真逆の方向です。

 もちろん、環境に依存しないゲームは今後登場するでしょう。むしろ、ブラウザゲームに限って言えば、すでに登場していると言えます。しかしながら、今後のゲームがそれだけになる、つまり「プラットフォームから解放される」ということは、それだけゲームの可能性を削ることになる、と考えます。「プラットフォームに個性なんて要らない」と。
 故に、日本を代表するクリエイターからこのような発言が、しかもプラットフォーム側の人間が同席する場で大々的になされるというのは、非常に残念なことなんじゃないかと思うのです。

 どうでしょう、ゲーム機の無い未来って来るのでしょうか?