とても美味い酒の湧き出る玉醴泉や、神芝草に鳳凰や孔雀の戯れ遊ぶ神山神郷は神仙の故郷である。瀛州にしろ、蓬莱山にしろ、方丈山にしろ、是等神仙の故郷は『東海に神山あり』と先づ一致してゐる。
東海が何処に在るかなどと余計な穿鑿はよすことにして神山は地上に存在するものとばかり思つて居たが、意外な処に仙郷が存在してゐた。
神龍元年のこと房州竹山県に金持の隠客が居た。荘後に井戸を穿つたが二年間一千余尺を堀つて未だ水が出ない。隠客は穿鑿の志を棄てない。更に一ケ月余続けて堀る中に井戸底に居る人夫は不意に鶏犬鳥雀の啼声をきゝつけた。さらに数尺、鑿つてゆくと一つの石穴にぶつかつた。井戸掘人夫がこの石穴に沿つて行くと日月の光があり、遂に一別天地に到達したと。この別天地こそ下界の上仙国であつた。仙境のさまは月並なものであるから茲には記さない。
この井戸掘人夫が仙郷に数日の日を送つて元の浮世へ還つて来た時には、浮世では二三世の時が経過して居たと云ふのも、まあ月並だが地下の仙郷だけに珍らしい。
コンクリートで固められた上海の南京路をコツコツ歩いて居る中にも、この数千尺の下界に上仙国があるのではないかと思ひ出される。『夢の国支那』はよいところだ。
(「グロテスク支那」 長永義正)