美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

段々殖えて来る(アンドレーエフ)

2010年02月14日 | 瓶詰の古本

「段々殖えて来る。」と兄が云ふ。
   兄も窓際に立つて居たが、母も妹も家内中残らず此処に居る。誰も面(かお)は能く見えなかつたが、唯声でそれと知れた。
「そんな気がするンだわ。」と妹が云ふ。
「いや、殖えて来るのだ。まあ、見て居て御覧。」
   成程、死骸は殖えたやうだ。如何して殖えるのかと、凝然(ぢつ)と注目して居ると、とある死骸の隣の、今迄何も無かつた処に、フト死骸が現れた。どうやら、皆地から湧くらしい。空いた処がズンズン塞がつて行つて、大地が忽ち微白(ほのじろ)くなる。微白くなるのは、蹠(あしのうら)を此方(こちら)へ向けて、列んで臥(ね)てゐる死骸が皆薄紅いからで、それにつれて室内もその死骸の色に薄紅く明るくなる。
「さあ、もう場所がない。」
「もう此処にも一人居るよ。」
   皆振向いて見ると、成程背後(うしろ)にも一人仰反つて倒れてゐる。と、忽ちその側へ一人現れ、二人現れる。跡から跡から湧いて出て、薄紅い死骸が行儀よく並び、忽ち部屋部屋に一杯になる。

(「血笑記」 アンドレーエフ 二葉亭四迷訳)

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