美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

愚にも附かぬ夢だけれど(アンドレーエフ)

2010年02月12日 | 瓶詰の古本

   ・・・愚にも附かぬ夢だけれど、怖ろしい夢だ。宛然(さながら)葢(ふた)の骨を剥がれて、脳が覆ふ物もなく露出(むきだ)しになつたやうに、物狂ほしい血羶(ちなまぐさ)い今日此頃の惨たらしさを、吸はせられる儘に吸ひ込んで飽くことを知らぬ。縮んで寝れば、身は二アルシンを塞ぐに過ぎぬけれど、心は世界をも包む。所有(あらゆる)人の目で観、所有人の耳で聴き、戦死者と共に死に、負傷して置去りにされた者と共に泣き悲しみ、人の流す血に私も痛みを感じて悩む。無い物までも有るやうに、遠い物さへ近く顕然(まざまざ)と見えて、曝した脳の苦痛に際限がない。

(「血笑記」 アンドレーエフ 二葉亭四迷訳)

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