Kおばちゃんのつぶやき

日々徒然に思うことの備忘録

劇場は団体さんにも人気(サラミス)

2011-02-14 19:42:38 | キプロス
今日は・・花粉症の症状がこの季節きってはっきりと出てしまった。いよいよ本格的シーズンに突入。

エジプトの騒動はなんとか鎮静化?判ったような判らないような結論。
だって、軍事政権のバックは元大統領でしょ?元大統領はあくまでも『辞任』したくなかったんでしょうね。男のプライドというやつで。
でも、このままでは収拾がつかない・・ということで、とりあえず軍隊に政権を委譲して『辞任』という格好をとったように思います。

もともとは、元大統領がその政権を『息子』に委譲する道をつけようとしてのが発端なんじゃないでしょうかね?
臨時といわれて30年。しかもそれを『世襲』するようなかっこうに持っていこうとした。
しかもエジプトの平和は、アラブのせかいでは珍しく強い結束の『軍隊』があるから。で、だれも『悪口』言えない。それだけ『軍隊』に手厚い予算を組んでいたんでしょうね。

自由に物言いが出来るようになるのは良いけれど、段々イスラム色がつよくなってゆくのも考え物。ということでしょう。
昨日もお仲間との話で、結局日本の場合は自然が『防衛』してくれてた国家でズーーと来てしまった。民主主義だって『与えられた』もの。だからありがたみも判らない国民になっているんでしょう。
平和ボケのkおばちゃんもたまに外国に出かけると、日本の国のありがたさがひしひしとわかります。

○12月31日(金)

さてさて、サラミス遺跡の見学を続けるkおばちゃんですが・・体育会系の見学は終りにしてお次へと向います。

入り口にはこんな案内版が。

ここはご覧の通り、紀元前1世紀アウグストゥス時代から4世紀まで使われてたんでしょうね。


その形からも判るように劇場です。

何人かもう見物のお客さんがいらっしゃいました。


と思っていたら・・よく見ると『東洋人』です。


しかも沢山・・・西洋人も団体さんでおりました。西洋人の方は聞こえてくる言葉は『ラテン語』系の言語です。スペイン?イタリア??
東洋人は・・最初は判りませんでした。何処のお国か。
向こうも『じろじろ』とkおばちゃんを見ます。うーーん。このじろじろ視線は・・多聞にニッポン。
そうなんですよね、K国や今経済状態の一番良いC国の団体さんは、すごく『やかましく』自分達のことに一生懸命。すれ違う東洋人のことなんかあんまり気にしない。もしくはニッコリと『銅法的挨拶』をしてくるんですけど・・わがニッポンジンは『こいつダレだ?』的視線をもろに投げかけてきます。

階段ですれ道を譲って下さったご夫妻に『ありがとうございます。』と日本語でお礼を言ったら、『あら日本の方ですか?』と聞かれてしまいました。おまけに『何処のツアーですか?』とのこと。
『いえ、ツアーじゃないんですよ?』とお答えしたら『何処からいらしたんですか?』と聞かれてしまいました。
一番難しい質問です。『今日何処から?』とか『日本の何処から?』とかいう質問なら直ぐにお答えできるのですが・・相手が何を知りたがっているのかわからなくって。
で、逆に『皆さんはどちらから?』とお尋ねしたら、なんと今日ラルナカ(南キプロス)の空港に着いたばかりなんですって。
で、kおばちゃんは『あら、南からいらしたんですね。私は北に滞在してます。』とお答えしました。

お話したご夫婦はとっても感じの良い方で・・ただし・・団体行動なれしてらっしゃらないのか、見学に遅れてました。
で、ここまでの会話で『ああおいて行かれてしまう』ということでお別れしました。


まあ、こんなところ日本に方にお会いするなんて。とびっくりです。
だって、さっきから見学者はkおばちゃんしかいないのか・・と思っていたからです。

日本のパックツアーもなかなか面白いところを回るようになってきたんだな・・と思ったkおばちゃんです。

とりあえず、一番てっぺんまで上って見ました。下に人がいるのがみえますが、あそこがステージです。


もともとこの劇場の座席はこの倍の高さ位まであったようです。50段。収容人員も15000人。
今の半分の高さでこれですかた・・当時はもっと怖いですね。

この若者達はやはりイタリア系のようでした。右上の方にさっきまでkおばちゃんがいた体育会系の遺跡があります。


先程の団体さん達はみなさんあちらに向ってますね。


これは座席ではなく通路です。

階段状になっており、座席の部分よりステップの高さが低いですね。

この石のテーブルのようなものは舞台の丁度中心部分でしょうか?どうもディオニソスを祭ったところのようです。


皆さんここに腰掛けたりして記念撮影してますね。

この劇場は4世紀の地震で大破し、その崩れた石を使ってローマ風呂が造られたとか。

片隅には腕も頭もとれてしまっている女性像が佇んでます。

こちら楽屋だったそうです。

ちょっと歩いたら厚着をしていたkおばちゃん、暑くなってしまいました。で、コルドバ爺のところに荷物を置きに行ったら、一台のバスが・・


あら、これがあのグループのバスですね。

ホラ日本語が書いてあります。


南も北も自由に行けるようになった『平和が近づいた』キプロスだからできるツアーですね。
kおばちゃんも参加すれば良かったな・・と思いました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする