今日は・・やっぱり暑かった。
お仕事の帰りに某ホテルで開催されている美術展を覗いてみました。
ゴッホ氏の絵も数点・・ただし、これはジャポニスムの影響を受けるまえのもの。
一転だけパリの時代のものがあり、少し色彩が『付いてきた』感じがいたしましたね。
それにしても大きな古いホテルは迷路ですね。
○6月28日(日)
『Hexenturm』魔女の塔を見学し終えたkおばちゃん。塔の中自体には入れませんでしたけどね。
お天気は今にも泣き出しそうだし・・ほかに訪問者もない・・
なんだか、ちょっぴり『気』を感じてしまうような・・ささ、街中に戻りましょ。
町並みを見たらホッとしました
日曜なので人影は・・まばらですけどね。
そういえば、もう一つというかもう一人このゲルンハウゼンの有名人がいたんだ・・と思い出し・・またスタート地点のオーバーマルクト広場に戻ったkおばちゃんです。
そのお方はフィリップ・ライス氏Johann Philipp Reisであります。
ここに名前がありますね。
彼は・・誰??って思いますよね。kおばちゃんもそう思いました。
実は、彼は『電話』の発明者とドイツでは言われているそうです。
え!?電話ってアレクサンダー・グラハム・ベルAlexander Graham氏が1876年2月14日に世界初として特許出願されたんじゃなかったけ??『電話はベルの発明したもの』ってのが常識でしょ?と思いますよね。
kおばちゃんもそう思ってました。
しかし、ドイツでは一寸違うようです。
ベル氏よりさきに、このライス氏がすでに『発明』していた・・というんです。
確かにこのライス氏は『音声を電流の断続に換える装置(、「音」を「電気信号」に変え、電気信号そのものを伝達するという原理)』というものを装置を作って実現しようとした。いえ、実現した・・といわれてします。
それは1861年にフランクフルトの物理学会で公開されたようです。
実に、ベル氏の特許出願の5年も前の話ですよね。
でも、彼の発明ドイツ国内でさえあまり『受け』がよくなかったようで、その装置を『Telephone』と命名したことぐらいしかしられていなかったようです。
そのライス氏が生まれたのがこの町ゲルンハウゼンだったということです。
近年では『ベルより早かった有名人』ということで町では評価されているようです。
ライス氏の生家というのも残っている・・とは聞きましだが、博物館になっているわけではなくただプレートがかかっているのみ・・と聞いたのでそちらの方は探求しませんでした。
それに・・疲れてしまいました。もうお昼過ぎてますもんね。
お昼を食べようか・・とも考えたのですが、先を急ぐことにしました。
で、kおばちゃんのお昼はこんなものになってしまいました。
アイスクリームです。しかも立ち食い!!
だって、テラス席は一杯だったんです。これでさくっと済ませてしまいました。
リオ君のところに戻り・・お次の目的地をナビ様にセットです。
1時間半くらいかかりそうです。
さあ、出発!ナビさまのお告げにしたがって・・またFulda 方面A66に乗ります。
快調快調・・とリオ君を運転していたのですが・・20キロくらい走ったときです突然ナビ様のお告げが・・『A66を右に進め』と。
アウトバーンで『右に・・』というお告げがあったときは、クロス(アウトバーン同士の立体交差)でもない限り、それは『アウトバーンを降りてください』ということなんですよね。・・おかしいな・・・
何でこんなところで降りなきゃいけないんだ???といぶかるkおばちゃんですが、『天の声』には逆らえません。
ご指示通りに進みます・・が、それからも細かく右に・・左に・・と指示を出してきます。
おかしいな・・こんな道じゃないはず・・
と一度路肩に止まったときの画像が冒頭のものです。
実かこれから向かうところは、去年も行ったところなんですよね。
あの『奇妙な白い山』を見ながら進んだところ・・なんですよね。あの時もこのナビ様のお告げに従ったんですけど・・おかしいな・・
kおばちゃん去年利用したルートは
これなんですよね。
『く』の字なので遠回りのように見えますが・・A66とA7のアウトバーンがほとんどなので時間的にはgoogleさまもそういうお告げでした。
昨年だってA66を利用した途中であの白い山を発見したんですからね。
でも、この緑色の部分を突っ切っていけば距離的に断然近いですね。
だからナビ様はこの『距離優先』になってしまった・・ようです。
この画像の道路名から通過した道を検索してみました。
どうやらこのルートをとったようです。
確かにこちらのルートのほうが20キロ以上距離的には短い(近い)ようですけど・・到達時間は10分くらい遅いんですって!!
ま、いいや。田舎道をのんびり走るのは・・と居直って
こんな景色を楽しみながら走りました。
このあたりはなだらかな丘陵地帯なんですね。
お天気のほうも、さっきゲルンハウゼンでは今にも泣き出しそうだったのに、お日様が見えてきました。
あ、あの道はkおばちゃんが走ると思っていたA7ですね。
多分どこかでまた乗っかるのかな・・なんて思いながら走っていたkおばちゃんです。
お仕事の帰りに某ホテルで開催されている美術展を覗いてみました。
ゴッホ氏の絵も数点・・ただし、これはジャポニスムの影響を受けるまえのもの。
一転だけパリの時代のものがあり、少し色彩が『付いてきた』感じがいたしましたね。
それにしても大きな古いホテルは迷路ですね。
○6月28日(日)
『Hexenturm』魔女の塔を見学し終えたkおばちゃん。塔の中自体には入れませんでしたけどね。
お天気は今にも泣き出しそうだし・・ほかに訪問者もない・・
なんだか、ちょっぴり『気』を感じてしまうような・・ささ、街中に戻りましょ。
町並みを見たらホッとしました
日曜なので人影は・・まばらですけどね。
そういえば、もう一つというかもう一人このゲルンハウゼンの有名人がいたんだ・・と思い出し・・またスタート地点のオーバーマルクト広場に戻ったkおばちゃんです。
そのお方はフィリップ・ライス氏Johann Philipp Reisであります。
ここに名前がありますね。
彼は・・誰??って思いますよね。kおばちゃんもそう思いました。
実は、彼は『電話』の発明者とドイツでは言われているそうです。
え!?電話ってアレクサンダー・グラハム・ベルAlexander Graham氏が1876年2月14日に世界初として特許出願されたんじゃなかったけ??『電話はベルの発明したもの』ってのが常識でしょ?と思いますよね。
kおばちゃんもそう思ってました。
しかし、ドイツでは一寸違うようです。
ベル氏よりさきに、このライス氏がすでに『発明』していた・・というんです。
確かにこのライス氏は『音声を電流の断続に換える装置(、「音」を「電気信号」に変え、電気信号そのものを伝達するという原理)』というものを装置を作って実現しようとした。いえ、実現した・・といわれてします。
それは1861年にフランクフルトの物理学会で公開されたようです。
実に、ベル氏の特許出願の5年も前の話ですよね。
でも、彼の発明ドイツ国内でさえあまり『受け』がよくなかったようで、その装置を『Telephone』と命名したことぐらいしかしられていなかったようです。
そのライス氏が生まれたのがこの町ゲルンハウゼンだったということです。
近年では『ベルより早かった有名人』ということで町では評価されているようです。
ライス氏の生家というのも残っている・・とは聞きましだが、博物館になっているわけではなくただプレートがかかっているのみ・・と聞いたのでそちらの方は探求しませんでした。
それに・・疲れてしまいました。もうお昼過ぎてますもんね。
お昼を食べようか・・とも考えたのですが、先を急ぐことにしました。
で、kおばちゃんのお昼はこんなものになってしまいました。
アイスクリームです。しかも立ち食い!!
だって、テラス席は一杯だったんです。これでさくっと済ませてしまいました。
リオ君のところに戻り・・お次の目的地をナビ様にセットです。
1時間半くらいかかりそうです。
さあ、出発!ナビさまのお告げにしたがって・・またFulda 方面A66に乗ります。
快調快調・・とリオ君を運転していたのですが・・20キロくらい走ったときです突然ナビ様のお告げが・・『A66を右に進め』と。
アウトバーンで『右に・・』というお告げがあったときは、クロス(アウトバーン同士の立体交差)でもない限り、それは『アウトバーンを降りてください』ということなんですよね。・・おかしいな・・・
何でこんなところで降りなきゃいけないんだ???といぶかるkおばちゃんですが、『天の声』には逆らえません。
ご指示通りに進みます・・が、それからも細かく右に・・左に・・と指示を出してきます。
おかしいな・・こんな道じゃないはず・・
と一度路肩に止まったときの画像が冒頭のものです。
実かこれから向かうところは、去年も行ったところなんですよね。
あの『奇妙な白い山』を見ながら進んだところ・・なんですよね。あの時もこのナビ様のお告げに従ったんですけど・・おかしいな・・
kおばちゃん去年利用したルートは
これなんですよね。
『く』の字なので遠回りのように見えますが・・A66とA7のアウトバーンがほとんどなので時間的にはgoogleさまもそういうお告げでした。
昨年だってA66を利用した途中であの白い山を発見したんですからね。
でも、この緑色の部分を突っ切っていけば距離的に断然近いですね。
だからナビ様はこの『距離優先』になってしまった・・ようです。
この画像の道路名から通過した道を検索してみました。
どうやらこのルートをとったようです。
確かにこちらのルートのほうが20キロ以上距離的には短い(近い)ようですけど・・到達時間は10分くらい遅いんですって!!
ま、いいや。田舎道をのんびり走るのは・・と居直って
こんな景色を楽しみながら走りました。
このあたりはなだらかな丘陵地帯なんですね。
お天気のほうも、さっきゲルンハウゼンでは今にも泣き出しそうだったのに、お日様が見えてきました。
あ、あの道はkおばちゃんが走ると思っていたA7ですね。
多分どこかでまた乗っかるのかな・・なんて思いながら走っていたkおばちゃんです。