花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

ルーベンス《フィリップ・ル・ボーの肖像》。

2021-12-10 01:41:57 | 西洋絵画

ウィーン美術史美術館で撮ったルーベンス《シャルル・ル・テメレールの肖像》と《マクシミリアン1世の肖像》をチェックしていたら...

なんと2018年「ブリューゲル展」を観た当時の解説には《マクシミリアン1世の肖像》となっていたものが、現在、美術館サイトでは《フィリップ・ル・ボーの肖像》になっているではありませんかっ 多分、この変更は最近の研究結果によるものだろう。

ピーテル・パウル・ルーベンス《フィリップ・ル・ボーの肖像》(1618年頃)ウィーン美術史美術館

https://www.khm.at/objektdb/detail/1628/

通称フィリップ・ル・ボー(フィリップ美公:Philippe le Beau, 1478-1506年;ブルゴーニュ公フィリップ4世、カスティーリア王フェリペ1世)は、ブルゴーニュ公シャルル・ル・テメレールの一人娘マリーとハプスブルグ家マクシミリアン1世の長男であり、カール5世(カルロス1世)の父である。

フィリップの鎧の腰飾りに百合の紋章が見えるが、ヴァロア朝ブルゴーニュ公家だよなぁ、と思い出させてくれるところがちょっと嬉しい。ちなみに、顔は父のマクシミリアン1世(肖像画多々あり)を参考にして描いているようだ。だって、研究者達もずーっとマクシミリアン1世だと思っていたんだし

アルブレヒト・デューラー《マクシミリアン1世の肖像》(1519年)ウィーン美術史美術館

ちなみに、フィリップの生きていた当時の肖像画は....

ファン・デ・フランデス《フィリップ・ル・ボーの肖像》(1500年頃館)ウィーン美術史美術館

ルーベンスがほぼ同時期に、ブルゴーニュ公としての祖父シャルルと孫フィリップを描いたということは、やはりフランドル統治者夫妻の宮廷画家であることと、フランドルの栄光の歴史をブルゴーニュ公に見ていた査証なのではないかとド素人的に思うのだけど、どうなんだろう??

そして、もしかして、この二つのルーベンス作品は「肖像画」ではなく、フランドルの「歴史画」として描かれたのかもしれないとも思ってしまったのだ。


ルーベンス《シャルル・ル・テメレールの肖像》(1)(^^;

2021-12-08 12:30:19 | 西洋絵画

ウィーン美術史美術館にルーベンス描く《シャルル・ル・テメレールの肖像》がある。

ピーテル・パウル・ルーベンス《シャル・ル・テメレールの肖像》(1618年頃)ウィーン美術史美術館

https://www.khm.at/objektdb/detail/1627

ヴァロワ朝フランス王国の分家であるブルゴーニュ公国のシャルル(Charles de Valois-Bourgogne, 1433 - 1477年)、すなわち通称シャルル・ル・テメレール(Charles le Téméraire:突進公・むこうみず)は、ブルゴーニュ公国の領域拡大と王国化を図りながらも、その突進的無鉄砲さをもってナンシーの戦場で亡くなる。

フランス王国とも互角以上に渡り合うほどの栄華を誇ったブルゴーニュ公国は彼の死とともに崩壊したしたが、ブルゴーニュ公の称号そのものは一人娘のマリーと婿ハプスブルグ家マクシミリアン1世を通じ、息子フィリップ・ル・ボー、そして、曾祖父シャルルの名を継ぐカール5世(カルロス1世)へと続く。

さて、このルーベンス《シャルル・ル・テメレール肖像》だが、来歴を見ると、「おそらくルーベンスの財産から」とあるので、多分、受注ではなくルーベンス自身が自発的に描いた作品だと思われる。

私的に興味深い点(素朴な疑問)が二つある。

(1)ルーベンスが何故シャルル・ル・テメレール(140年前に死去)を描いた,のか?

(2)ルーベンスはシャルルの顔を、どの先行作品を参考として描いたのか?

と言うことで、まずは(1)から妄想推理してみたい

1608年、ルーベンスは母親の病気の報に、イタリアからアントウェルペンに向けて旅立つが、母は到着する前に亡くなる。彼の帰還は、スペインからのオランダ独立戦争中の「アントウェルペン条約」(1609年)による12年間の休戦が始まる都市の繁栄の時期と一致した。1609年9月、ルーベンスは、ネーデルラントの統治者であるオーストリア大公アルブレヒト7世とスペイン王女イザベラ・クララ・ユージニアにより、宮廷画家に任命される。

アルブレヒト7世はルドルフ2世の弟であり、イザベルはフェリペ2世の娘である。要するにハプスブルグ家の両者はシャルル・ル・テメレールの末裔なのだよね。それに、アントウェルペンはブルゴーニュ公国の栄華の記憶を残しているフランドルの土地柄だし、妄想するに、ルーベンスのアントウェルペン市民としてのアイデンティティの発露と、二人に対する忖度(?)も多分に働いたんじゃないかと想像するのだけど、どうなのだろう??

いずれにしろ、ルーベンスがシャルルを凛々しい騎士姿で描いたことが私的に意外であり、フランドルにおけるブルゴーニュ公国の記憶が決して悪いものではなかったと思えるのがなんだか嬉しい。(ヘントやイープルなんてどうなんだろうね?


自分用メモ「Recueil d'Arras」

2021-11-10 01:06:04 | 西洋絵画

「Recueil d'Arras(アラス・コレクション)」は、アラスの市立図書館に保管され、16世紀の第3四半期に描かれた肖像画のコレクションを含む原稿に与えられたタイトルである。

https://fr.wikipedia.org/wiki/Recueil_d%27Arras

ちなみに、描いた(原作を模写した)画家と想定されるジャック・ル・ブーク(Jacques le Boucq , 1520-1573年)はネーデルラントで活動し、1548年から1571年まで皇帝カール5世の元で働いていたようだ。

https://fr.wikipedia.org/wiki/Jacques_Le_Boucq

 

《フィリップ・ル・ボンとシャルル・ル・テメレール》(アラス市立図書館)

《ヒエロニムス・ボスの肖像》(アラス市立図書館)

それにしても、ご存知寄りの方々が多く描かれているのが、私的にとても興味深い。


《イザベル(イザボー)・ド・ポルテュガルの肖像》(J.P・ゲッティ美術館)。

2021-10-30 23:47:26 | 西洋絵画

前回紹介した三翼祭壇画《キリストの奇跡》(ビクトリア国立美術館)の中央部分には、ちょうど真ん中あたりにパンを受け取っている貴婦人が描かれている。下記美術館サイトURLで拡大して観ることができるのでご参照あれ。

https://www.ngv.vic.gov.au/explore/collection/work/3736/

このご婦人は、多分、フィリップ・ル・ボンの奥方であるイザベル(イザボー)・ド・ポルテュガルと思われる。なにしろ、J.ポール・ゲッティ美術館で観た《Portrait of Isabella of Portugal》にそっくりなのだから

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン工房帰属《イザベル・ド・ポルテュガルの肖像》(1450年頃)J.ポール・ゲッティ美術館

https://www.getty.edu/art/collection/objects/651/workshop-of-rogier-van-der-weyden-portrait-of-isabella-of-portugal-netherlandish-about-1450/

ちなみに、下↓はヤン・ファン・エイクがフィリップ・ル・ボンに派遣され、ポルトガルで描いた《イザボー・ド・ポルテュガルの肖像》(婚約用顔見世絵画)を元にした模写作品だ。残念ながらヤンの原作は失われている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Portrait_of_Isabella_of_Portugal_(van_Eyck)

一方、《カナの結婚》翼では夫君のフィリップ・ル・ボンと思われる人物も出席者の中に見えるし、続く男性陣はシャルル・ル・テメレールにマクシミリアン1世、フィリップ・ル・ボー...かしらね??

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン帰属《フィリップ・ル・ボンの肖像》(1450年頃)アントワープ王立美術館

で、もしかして《カナの結婚》場面のシャルルと思われる人物の手の身振り(キリストに向かい自分を指さしている?)は自分が主役という表現なのだろうか?? ということは、やはり「マーガレット・ヨークの世紀の結婚」場面になるのだろうか???

いずれにせよ、この祭壇画はブルゴーニュ公家に関わりのある人物によって発注されたものだと思われ、私的にも実に興味深い。


三翼祭壇画《キリストの奇跡》(ビクトリア国立美術館)。

2021-10-18 23:00:32 | 西洋絵画

『マーガレット・オブ・ヨークの「世紀の結婚」- 英国史劇とブルゴーニュ公国』(大谷伴子・著)を読み始めたところだが、私的に表紙の絵が興味深かった。

調べてみると、メルボルンにあるビクトリア国立美術館所蔵の三翼祭壇画《キリストの奇跡》の一部分だった。

聖カタリナの伝説の画家(工房)《キリストの奇跡 三翼祭壇画》(1491-1495年)ビクトリア国立美術館

https://www.ngv.vic.gov.au/explore/collection/work/3736/

特に注目に値するのが左の《カナの結婚》場面であり、なんだかご存知寄りの方々が列席しているような気がするのだ

そして、美術館サイトに、この祭壇画に関する興味深い論考(研究)を見つけた。

https://www.ngv.vic.gov.au/essay/contributions-to-the-study-of-the-triptych-with-the-miracles-of-christ-the-marriage-of-cana/

翻訳機能でサクッと読んでみたのだが、いやはや、面白いではありませんか


ボッティチェッリ《Man of Sorrows(悲しみの人)》がオークションに。

2021-10-10 12:03:41 | 西洋絵画

サンドロ・ボッティチェッリ《Man of Sorrows(悲しみの人)》(1500年頃)がサザビーズのオークションに出るようだ。

https://www.sothebys.com/en/articles/sandro-botticellis-the-man-of-sorrows

今年2月の《ラウンドエルを持つ青年の肖像》(1480年)に引き続きオークションに出るなんてちょっと驚きかも。

ちなみに、この《Man of Sorrows(悲しみの人)》を見て、パラッツォ・ビアンコのメムリンク《(Cristo benedicente)祝福のキリスト》を想起してしまった。

ハンス・メムリンク《祝福のキリスト(Cristo benedicente)》(1485年)パラッツォ・ビアンコ

wikipediaの画像ファイルでは題名英訳が《Man of Sorrows》になっている

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hans_Memling_Cristo_benedicente.jpg

メムリンク作品は当時フィレンツェにあって、ドメニコ・ギルランダイオも模写している。

ドメニコ・ギルランダイオ《The Man of Sorrows(悲しみの人)》(1490年頃)フィラデルフィア美術館

https://www.philamuseum.org/collection/object/101837

このメムリンク《悲しみの人》の対になる《悲しみの聖母》もペルジーノ(&工房)が模写している。

※ご参考:https://blog.goo.ne.jp/kal1123/e/a24f118c41fcacf2b0b518cc1e68eb95

当然 、ボッティチェッリも観ているはずで、私的にはその影響の答えがこの《Man of Sorrows(悲しみの人》だと思うのだが、美術ど素人の暴走だろうか?

ともあれ、できればどこかの美術館が落札して欲しい。個人コレクターに落札されると私たちは観る機会がなくなってしまうから(涙)。


ヤン・ファン・エイクの「木製サンダルの泥」。

2021-09-26 21:09:14 | 西洋絵画

前回、「中世末期(欧州)の衣装」動画で紹介した中に登場した「木製サンダル(?)」を見ながら、ヤン・ファン・エイク《アルノフィーニ夫妻の肖像》に描かれたサンダルを想起してしまった。LNGで舐めるように眺めましたもの

※ご参考:「中世末期の衣装」動画

https://www.youtube.com/watch?v=tUsZQobX3Uw

ヤン・ファン・エイク《アルノフィーニ夫妻の肖像》(1434年)ロンドン・ナショナル・ギャラリー

※ご参考:「Closer to Van Eyck」

http://closertovaneyck.kikirpa.be/verona/#viewer/rep1=2&id1=6cb22ad3c438b92c720d16b4d91d98ca

で、私的に凄く納得したのが、この描かれた木製サンダルに付いた「泥」なのだ!! カラヴァッジョを彷彿させるではありませんかぁ~!!

ヤン・ファン・エイクの恐るべきスーパー・リアリズム!が写し取ったサンダルの泥には、当時の道が雨や水で即ぬかるんでしまう現実が如実に表現されている。動画に出てくる当時の革靴ではすぐダメになってしまうのが了解され、革靴にこの木製サンダルを履くという発明(?)が、至極現実的な対処法だったのだろうなぁと凄く納得できたのだ。

ちなみに、絵画に描かれた木靴やサンダルは結婚の宗教的儀式を意味しているらしい。

 

さて、超有名な《アルノフィーニ夫妻の肖像》であるが、実は最近、某講座でお勉強させていただいたのだった。超サクッとまとめると...(誤解・誤記があったらスミマセンです

 ・従来、ジョヴァンニ・アリーゴ・アルノフィーニとその妻ジョヴァンナ・チェナーミを描いたものと言われているが、モデルは誰で、どのような関係なのか、正確にはわかっていない。

※ご参考:「アルノルフィーニ夫妻が結婚したのは1447年であり、それは絵画に記されている日付1434年の13年後のことで、さらにファン・エイクが死去した1441年よりも後であることが1997年に判明した。…(現在では)従兄弟のジョヴァンニ・ディ・ニコラ・アルノルフィーニ夫妻で、女性は内縁の二番目の妻、あるいは近年の研究によれば1433年2月に死去した最初の妻コスタンツァのどちらかである」(Wikipedia)

・後世から見れば何も不思議はない構図だが、二人の構図は「受胎告知」を想起させ(ダブル肖像画)、当時では殆ど類例がない。当時、多翼祭壇画を展開した夫婦別々の肖像画は多いが、一枚の絵の中で、宗教画の構図を借り、風俗画(肖像画)に転用したことは、まさにヤン・ファン・エイクのオリジナリティのひとつと言える。

・絵の中で、男性は左手で女性の右手を取っている(従来、男性は右手で女性の左手を取るのが一般的)。婚礼の場面を描いたとすると、男性の左手はこの結婚が身分違いの女性を妻とした貴賤婚(?)との説がある。

・奥に描かれた凸面鏡は、二次元では描き切れない新しい空間を創出している。その鏡には作者であるヤン・ファン・エイクが描き込まれている。

等々、ということで、《アルノフーニ夫妻の肖像》が15世紀の時代の変わり目に相応しい異色作品であることを了解したのだった

それにしても、超有名作品過ぎて、木製サンダルに付いた「泥」の感想ぐらいしか書けない自分が情けない。なんだか、この付着泥みたいな自分だなぁとも思ってしまったのだった


中世末期(欧州)の衣装。

2021-09-24 22:51:44 | 西洋絵画

中世末期(欧州)の衣装の着方がわかる楽しい動画をYoutubeで見つけた。絵画では見慣れた衣装だけど、実際の衣装をどうやって着ていたのか、興味深くも面白かった

【女性の衣装】

https://www.youtube.com/watch?v=tUsZQobX3Uw

※ご参考:ロヒール・ファン・ウェイデン《女性の肖像》(1460年頃)ワシントン・ナショナル・ギャラリー

ヴェールで見えにくいかもしれないが、エナン帽の下の黒いヘアバンドの中央に丸い輪が見える。

ポルティナーリの奥さんの肖像にも見えるよね。(ボケ写真なので下にMETリンクしました)

ハンス・メムリンク《マリア・ポルティナーリ(Maria Maddalena Baroncelli)の肖像》(1470年頃)メトロポリタン美術館

https://www.metmuseum.org/art/collection/search/437056

 

【男性の衣装】

https://www.youtube.com/watch?v=IYYWjbA1fnIn

なるほどぉ~!男性は絹の上着の下に大きな肩パッド付胴衣を着ていたのね

※ご参考:ロヒール・ファン・デル・ウェイデン《エノー年代記》挿絵(1447年)ベルギー王立図書館

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Jacques_de_Guise,_Chroniques_de_Hainaut,_frontispiece,_KBR_9242.jpg

ちなみに、中央の黒い帽子と衣装の御方はブルゴーニュ公国のフィリップ・ル・ボン。その隣の少年はシャルル・ル・テメレール。フィリップ様の後ろに控える青い衣装の男が宰相ロラン。大きなポシェットが私的に気にかかるのだわ(笑)。ご臨場の皆さんが金羊毛騎士団員のペンダントを下げているのがわかる


ゴッホの秋の味覚(シカゴ美術館)(^^;

2021-09-21 00:48:40 | 西洋絵画

《ひまわり》もだが、ゴッホの静物画が好きだ。やはりオランダ静物画の伝統を背負った画家なのだなぁと思う時がある。

で、葡萄繋がりの「秋の味覚」と言うことで...

フィンセント・ファン・ゴッホ《葡萄、檸檬、梨、林檎》(1887年)シカゴ美術館

https://www.artic.edu/artworks/64957/grapes-lemons-pears-and-apples

葡萄を中心とした磁場がもの凄い(笑)。ゴッホらしい線描筆致なのだが、ブルームを纏った葡萄が実に美味しそうで、ああ上手いなぁ!と思う。オランダ静物画の伝統が低音としてしっかりと効いているような気がした。

林檎はセザンヌ風なのがご愛嬌だけど、檸檬の黄色と葡萄の紫、林檎の赤と西洋梨の緑、補色が効果的だ。ちょっとゴーギャンを想起させるものがあるが、檸檬の黄色なんてまさしくゴッホの黄色なのだ。ゴッホ独特の色彩感覚って本当に素晴らしいよね

ちなみに、シカゴ美術館はゴッホの《自画像》も所蔵している。《葡萄、檸檬、梨、林檎》と同年に描かれており、背景の細かな点描が印象的である。

フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》(1887年)シカゴ美術館

https://nocache.www.artic.edu/artworks/80607/self-portrait

「ゴッホのスタイルの特徴となったその密集した筆使いは、ジョルジュ・スーラ《グランドジャット島の日曜の午後》の革命的な点描的なテクニックに対するアーティストの反応を反映しています。」(シカゴ美術館サイト)

※ご参考:この自画像は、2022年開催予定のコートールド美術館「Van Gogh Self-Portraits」展(会期:2022年2月3日〜5月8日)にも出展予定だ。

https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/24372

 

さて、ということで、シカゴ美術館にはそのスーラ《グランドジャット島の日曜の午後》もあるのだった(笑)。

ジョルジュ・スーラ《グランドジャット島の日曜の午後》(1884/86年)シカゴ美術館

https://www.artic.edu/artworks/27992/a-sunday-on-la-grande-jatte-1884

画面がぼやけているが(汗)、《グランドジャット島の日曜の午後》に接近して撮影した写真の一部だ。細かな色彩の点描を興味深く見ることができる。

 

ちなみに、現在、東京都美術館でクレーラー=ミューラー美術館所蔵を中心とした「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」が開催されている。

・期間:2021年9月18日(土)~12月12日(日)

・場所:東京都美術館

・公式サイト: https://gogh-2021.jp/index.html

公式サイトにサクッと目を通してみると、《麦わら帽子のある静物》にもオランダの静物画らしさが滲み出ているような気がした。

フィンセント・ファン・ゴッホ《麦わら帽子のある静物》(1881年)クレラー=ミュラー美術館

やはりゴッホはオランダの画家なのだよなぁ、とつくづく思うのだった。


9/5付日本経済新聞「美の粋」に矢代幸雄。

2021-09-05 23:01:52 | 西洋絵画

今日の日本経済新聞(9/5付朝刊)見開き「美の粋」を開くと、ボッティチェッリの《ラ・プリマヴェーラ》が賑々しく眼を喜ばせてくれた。今回の特集は「矢代幸雄の遺産(上)」ということで、なるほど

恥ずかしながら(汗)矢代幸雄の大著『サンドロ・ボッティチェルリ』は未読であるが、その著書の中で、ボッティチェッリを日本の浮世絵師喜多川歌麿と対比して論じているらしい。確かに両者における髪の毛の描写と存在感は際立っているしね。

ということで、次週の(下)も楽しみだ