遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ビデオは語る 福島原発 緊迫の3日間』 東京新聞原発取材班編  東京新聞

2015-02-03 10:28:26 | レビュー
 福島第一原発の爆発事故から1年半後の2012年8月、東京電力が事故発生当初の東電本店と現地対策本部との間のテレビ会議の映像を公開した。当時このテレビ会議の映像が公開されたというニュース報道を見たが、具体的な内容はあまり分からなかった。
 公開された映像は約150時間分。そのうち、音声も記録された映像は約50時間分(2011年3月12日22:59~15日00:00過ぎまで)だったという。
 当時、一般向けにテレビ会議の抜粋版が提供されただけである。「抜粋版は、あまりに短い上、画像や音声の処理も多い。現場がどう事故に対応しようとし、何ができなかったのか知るには不十分だった」(「お読みいただくにあたって」より)という代物である。
 約150時間分のビデオの視聴は、報道関係者に限定されたのである。

 本書は音声の入った約50時間分について、東京新聞の10人を越える記者が手分けして文字起こしをしたという。もともとは、2012年9月24日から、東京新聞紙上に「ビデオは語る」と題して、266回の連載として掲載されたものだ。関東圏の人は当時の新聞で読まれただろう。それが連載記事の一部手直しにより、本書としてまとめられた。本書は2014年5月に初版が出版されている。

 第1章「津波聚来~1号機爆発」は、音声入りビデオ映像が始まるまでの段階で、現場で何が起こっていたかについて、記者の視点からまとめられている。
 第2章から第6章は、音声入りビデオの主な会話部分の文字起こしがまとめられている。主要関係者は実名で誰の発言か記録されているが、会話の中に登場する特定の個人名などはすべ「ピー音」という形で消去されている。当時の緊迫した状況化での専門担当者中心の会話であるから専門用語(略称を含む)が頻出するが、主要な用語についてはその都度脚注が付され、素人にも多少は意味が理解できるように工夫されている。つまり、各章は当時、テレビ会議で交信された会話の事実記録である。一般読者が読みやすい様に、事実記録の区切りのところに独立した形で用語解説が加えられたり、主な会話部分に日時の時間帯の区切りが明記されている程度である。そして「ここまでのまとめ」と題しプロセスの要約説明が補足されるという構成である。この部分の目次を記しておこう。

 第2章 爆発後のゆるみ [12日午後10時59分~]
 第3章 海水注入 [13日午前5時43分~]
  ここまでのまとめ (1)
 第4章 3号機危機 [13日午後1時20分~]
 第5章 3号機爆発 [14日午前6時41分~」
  ここまでのまとめ (2)
 第6章 2号機の危機 [14日午前11時40分~]

 そして第7章「安全神話崩壊まざまざ」には、音声入りビデオ映像終了後、2号機爆発までの現場、本店の動きなどが記者の取材ノートをベースに再現され、関係者の談話が掲載されている。

 門外漢の私には、緊迫した状況化での会話の技術的内容を、正直なところ正確に理解できたとは思わない。何となくその意味合いがわかるという程度の箇所が多い。しかし、本店・武黒一郎(以下すべて敬称省略)、本店常務・高橋明男、福島第一所長・吉田昌郎、本店社員、福島第一原発社員、第一社員、第二社員、オフサイトセンター社員、福島第二所長・増田尚宏、オフサイトセンター副社長・武藤、本店常務・小森明生、福島第二職員、不明、柏崎刈羽所長・横村忠幸、本店副社長・藤本孝、本店社長・清水正孝の間でのテレビ会議における会話のプロセスはわかる。対話者間の思考や判断の観点の違い、会話のズレ、会話で充分な意思疎通ができないもどかしさ、何を優先させるかの観点の違い、会話の錯綜、現場と本店の意識の違い。そこへの政府や保安院の介入メセージの伝達と応答・・・・などである。ここには第三者のまとめた様々な原発関連本では表せない生の事実記録のすごさがある。 
 その会話の経緯をどう解釈するかは、このビデオ起こしの記録を読む読者に委ねられているといえる。

 本書の強味は、一般に公開されていないテレビ会議の音声入り映像の主な会話部分が事実記録として一般読者にも読める資料となったことである。
 時間軸に沿って文字に起こされた第3号機爆発事故、2号機の危機に至るまでの記録を、必要ならば繰り返し熟読吟味できることである。本書には、福島第一原発爆発事故の事実経緯を振り返り分析する貴重な歴史的記録として、誰でもがその気になればアクセスできるという価値がある。
 文字に起こされた会話のプロセスから、この事故への対応に対する危機感や緊迫感は充分につたわってくるし、その会話から窺える問題点も客観的にとらえることができる。しかし、その反面限界を感じる点がある。それはその会話体の文が、どんな雰囲気と情意の中で、どんな抑揚で交わされたのかというノンバーバルという重要な要素が脱落していることである。これは活字本の限界なので仕方が無いが・・・・。本来ならば約150時間分という映像の公開をしてほしいところである。

 通読した後に感じているのは、この文字起こしの記録と第三者がまとめたドキュメント本あるいは爆発事故プロセスの分析本と併用して、時間軸の観点をベースに重ね合わせて対比分析すると、事実を深く知り理解する役に立つのではないかということである。

 一種の事実記録の歴史書としての価値がある本だと思う。ご一読をお薦めする。
 
 ご一読ありがとうございます。

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 本書と関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

福島第一原子力発電所事故  :ウィキペディア

2012/8/6 テレビ会議録画映像  :「東京電力」

福島第一原発 動作モデル
図解 よくわかる非常用炉心冷却系ECCS
非常用炉心冷却装置  :ウィキペディア
原子炉隔離時冷却系 [RCIC]  旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
高圧炉心注水系  旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
低圧注水系  旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
高圧炉心スプレイ系   旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
低圧炉心スプレイ系   旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
フィルタ・ベント設備の計画について
格納容器ベントとは  :「日本原子力文化財団」
フィルタ・ベント設備の概要について 平成25年7月17日  :「東京電力」

用語集  :「日本原子力学会」
事故調査報告書と考える福島第一原子力発電所事故の実態 :「日本原子力文化財団」
     北海道大学大学院工学研究院教授  奈良林 直氏
  詳細版


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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『原発利権を追う』
 朝日新聞特別報道部  朝日新聞出版

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新3版 : 48冊)



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