遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『息子はなぜ白血病で死んだのか』 嶋橋美智子著  技術と人間

2011-12-20 21:08:55 | レビュー
10年余前の出版だが、3.11以降の今、改めて読み直して見る必要があると感じる。
 原発及び原発労働者の基本構造とその活動実態は依然として同じではないだろうか。問題提起の書として、この本が訴えているところは重大だと思う。

 中部電力浜岡原子力発電所で被曝労働に従事し、慢性骨髄性白血病に罹り、1991年10月20日に死亡した嶋橋伸之さん(当時29歳、長男)のお母さんが著者である。
 横須賀に住んでいた家族。長男伸之さんが高校を卒業して、協立プラントコントラクトに入社し、浜岡原子力発電所で中性子計測装置の定期検査作業に従事されていたという。父親が定年退職されるのを機会に、長男の勤務する浜岡に土地を求め、家を建て、移り住んでしばらくした時点で、息子が白血病に罹っているという診断結果が出たのだ。

 本書は、「生い立ち」「巣立ち」「闘病」「悲嘆」「挑戦」「原発のない世の中をめざして」という6章で構成されている。
 原発のこと、息子が原発でどんな作業をどんなところでやっているのか具体的に知らない状態で、将来結婚する長男・その家族と一緒に生活することを楽しみにしていた著者が、突然に、息子が白血病であるという事実に直面する。著者は息子の闘病生活に対応していく過程と事実を淡々と語っている。
 そして、伸之さんが亡くなった後、様々な人の協力支援を得て、「第二、第三の息子のような犠牲を出さないために」という気持ちから労災申請という行動を選択された。「悲嘆」を突き抜けた先の行動である。「労災申請」という挑戦プロセスが第5章に記されている。
 1993年5月6日、労災申請。1994年7月27日 労災認定。← 被曝量:50.93ミリシーベルト

 「第四章 悲嘆」には、弔慰金という形で労災認定に持ち込ませないための働きかけ、そして原発労働の重層的な親・子・孫という雇用関係の実態が葬儀に対する企業の関わり方にも出てきている点の記述が含まれている。この隠れた実態も知る必要がある。

 長男伸之さんの白血病発症と死を契機に、著者は原発と診断内容について、支援を得ながら学習を始める。息子がなぜ白血病で死んだのかを知る為に・・・。
 母・美智子さんの思い・訴えの一部などを本書から抜き書きする。

・被曝労働なしには原発は動かないのです。人が命を削らなければ動かないような原発はいりません。(p42)
・第二、第三の伸之が出ない事を願ってはいるものの、原発がある限り、必ず次々と後に続く者が出る事は火を見るより明らかです。 (p182)
・この平和な世の中、暑い日中クーラーを使い、快適な生活を送るために毎日原発で被曝を受けながら命を縮めて働いている下請け労働者が何万人もいるという現実を皆様に忘れないでいてほしいと思います。(p183)

・1978年・・・の放射線管理手帳には34ヵ所もの訂正印が押してありそのうちの28ヵ所については備考欄に訂正の内容が記入されています。
 1989年・・・の放射線管理手帳の備考欄には訂正の内容が注1から注7まで記入されていました。その7ヵ所の訂正は本人が死亡した翌日付けになっているのには驚きました。死後に訂正されたという事に不審を覚えると共に、
 「放射線管理手帳を早く返して欲しい」と催促していたにもかかわらず、
 「中部プラントが持っている」
 「中部電力が返してくれない」
 「現在訂正中である」
 などと半年もあれこれ理由をつけて待たせた会社の不誠実さで、腹わたの煮えくり返る思いで受け取りました。 (p123-124)
・入院中に安全教育を受けたことになっていたり、死亡翌日の日付で訂正がなされていたりしていることに腹が立ちました。 (p124)
・さっそく平井さんに見せましたが、   [注記:平井憲夫氏のこと]
 「数字の訂正は誤記、計算ミスなど。訂正前の数字であっても放射線はたいして浴びていないですね」
 と言われて、その言葉に気がぬけてしまいました。 (p124)
・手帳の健康診断の欄もそうです。昭和63年(1988)年6月6日の検査では白血球数が通常の倍ほどありました。それでも「異常なし」と記載されています。何のための検査でしょう。「異常あり」と通知していれば助かったはずです。 (p150)

・浜松医大へも資料を請求しました。息子が1年間も通院し、1年間も入院した病院です。しかし、労災申請の際に添付する検査表は1枚もくれませんでした。郵送でお願いし、期間を置いて取りに行っても、
 「どんな資料ですか。どんな方式の検査表が欲しいのですか」
 とインターンの先生を通して断ってばかりでした。白血病でお世話になった大学病院での資料はといえば、たった1枚の死亡診断書だけでした。 (p135)

・本当の安全教育とは恣意的でない、正しい情報をすべて明らかにして知らせることです。放射線は危険だと知らせることです。それをせずに「放射線は安全だ」と洗脳しておいて「リスクは覚悟の上であった」などとは言わせません。少なくとも私が今ほどの知識があれば息子をそんな所に就職などさせませんでした。  (p47)

・ところが、当日浜岡原子力発電所を訪ね、伸之さんの労災死に対して使用者として当然の謝罪を求めた私たちに対して、中部電力は「今回の認定が浜岡原発にける被曝と白血病死に直接的な因果関係があったことを意味するものではない。」などとして、謝罪を拒否しました。このような、非常識な対応はご両親の心痛を逆なでするものであり、到底許されません。中部電力のように許容被曝限度内の被曝に留めれば安全対策として十分であるというような見解のもとでは、これ以上の犠牲が生ずることを防ぐことができないと考えます。(← 嶋橋原発労災弁護団の掲載文書から) (p187)

・埼玉大学の市川定夫先生がムラサキツユクサの雄蕊毛を使って放射性核種の生体内濃縮を確認したのは有名な話です。
 浜岡原発1号機運転前の1974から32地点で何百万本という雄蕊毛を観察し続け、運転後の突然変異率の上昇を確かめました。ムラサキツユクサの雄蕊毛の異常はガンマ線以外の放射性核種の生体濃縮による体内被曝によるものだったのです。
 現存する生物は進化の過程で自然放射性核種を体外に排出する適応性を獲得しましたが、人工放射性核種には遭遇していなかったためそのような適応性がありません。取り込んでしまったまま排出できずに蓄積してしまうのです。  (p35-36)

・原発反対は言葉だけの戦いではダメだと思います。 (p179)


 著者は、36ページに「原発は多くの問題を抱えながら運転されています。事故がないから安全だというのは誤りです」と記した。
 3.11、地球全体に影響を及ぼす原発事故が現実に発生してしまった。「原発安全神話」は完全に崩壊した。原発が存在すれば、人工的な放射性核種からの被曝はなくならない。 3.11の原発事故が生み出し、全地球に放出してしまった放射性核種による被曝は永続的に続く。我々は被曝問題に真正面から向き合っていかなければならない。
 福島原発事故の責任問題が風化しないようにしなければならない。



ご一読、ありがとうございます。

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本書を読み、被曝に関連してネット検索してみた。情報を重ねて読み込むために。

中國新聞 被曝と人間 第3部 ある原発作業員の死 
[1]白血病 闘病2年 力尽きる   2000.3.22
[2]原子炉の下で  身かがめ点検 調整  2000.3.23
[3]手帳は語る 線量 定検時に上昇  2000.3.24
[4]2つの基準  法定線量以下で労災  2000.3.25 
[5]高いハードル がん、救済基準なし  2000.3.26

中國新聞 「被曝と人間」
特集記事のトップページ 上記6編もこのトップページに含まれています。


2011.7.27   :「ASAI Kenji MDS」から
白血病原発労災死・嶋橋伸之さん 

2011.4.8 被曝線量と健康  :「ミニコミ図書館の日記」

原発従業者の労災認定基準&認定実績(厚生労働省管轄) :「mororeの日記」

原発・核燃料施設労働者の労災申請・認定状況 2011.5.3掲載 :SECURITY.JP


原発がどんなものか知ってほしい(全) 平井憲夫氏


原発と放射線 第3版 中山幹夫著 pdfファイル


放射線影響協会 
放射線従事者中央登録センター
 原子力発電所等で放射線業務に従事するには

被ばく線量登録管理制度


アルファ放射能の検出限界値をわざと引き上げ、放出を隠した東電


レイバーネットTV 第24号
12/15(木)特集「被ばく労働で死にたくない!」 ゲスト=元原発下請け労組委員長・斉藤征二さん。
22分あたりから始まります。


「磯野鱧男Blog」 から
岩波ブックレットNO.390 知られざる原発被曝労働-ある青年の死を追って-
 藤田祐幸・著/岩波書店1996年


「低線量被曝のリスクを見直す」:「どよう便り85号(2005年3月)


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