遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『放射線から子どもの命を守る』 高田 純   幻冬舎ルネサンス新書

2011-10-07 12:44:07 | レビュー
 本書は、子どもを持つ親向けにまとめられた「放射線とその防護法」についての入門書といえる。子どものいない人、あるいは独身者にも基本的な知識を得るのには、手ごろでわかりやすと思う。読みやすい書き方だった。素人の一般読書人として本書を読んだだけだが、部分的にもう一歩突っ込んでいただきたかったところや、多少気になる部分もあった。

 本書は7章で構成されている。最初の4章が著者の主張を含めて、「放射線の基本」「体への影響」「身を守る方法」「子どもへの影響」について知りましょうという形で基礎的な知識の説明となっている。そして、その後少し詳しく理論的に補足説明をする形で「放射線編」「原発編」「放射線災害への考え方」がまとめられている。各章の末尾には、その章の内容について、要点がQ&Aの形式でまとめられている。時間のない人、あるいは多少この分野の情報を見聞されているなら、このQ&Aのまとめと各章の図表を読むだけで、おおよその内容が把握できるだろうと思う。

 一番基礎的な知識は図表にまとめられているが、この部分は多分どの本を読んでも同じようなものだと思う。ユニークなのは、著者が長年の研究にもとづいて2002年に発表されたと言われる「線量6段階区分」表(第2章、p44)だろう。線量レベルを6段階に区分し、各レベルのリスクと実効線量がまとめられ、これを使って説明されている点だ。
 筆者は「はじめ」のところに、「私は福島の現地調査を計画し、実行しました。震災が発生した翌4月上旬に、福島第一原発20キロメートル圏内を含む東日本を、札幌から陸路、青森、岩手、宮城、福島、東京と広範囲に、放射線衛生調査を行い、・・・・・内部被曝を調査しました。」と述べ、「この結果、成人が健康被害を受けない低線量の範囲にあることがわかりました」と結論を記している。
 著者の6段階区分に当てはめると、「筆者の調査では、福島県民は2011年の年間線量は概してレベルDです」(p45)と結論づけている。線量レベルのD区分とは実効線量を2~10mSv(=ミリシーベルト)とし、リスクは「かなり安全」と評価されるものである。ちなみに、E区分は実効線量0.02~1mSvであり、リスク評価は「安全」。F区分は同様に、0.01mSv以下、「まったく安全」、となっている。「福島県以外の国民の2011年の年間線量は概してレベルE、Fです」(p45)と記されている。
 ただ、この本では「放射線衛生調査」がどのような調査方法によるのか、調査データ自体が公表されていない。それでこの結論がどのようにして導かれたのかについて、私は理解できない。また、D区分の線量範囲と「かなり安全」というリスク評価の「かなり」がどういうニュアンスなのかということが解りづらい点、もう少し補足説明して欲しかった。
 
 本書から特に参考になる箇所の要点を列挙してみる(括弧書きの引用以外は、私の理解で要約記載した。)詳細は本書をお読み願いたい。
*外部被曝線量低減の3原則:「距離」「時間」「遮蔽」
*被曝し急性の自覚症状があれば、「急性放射線障害」(p47)の実効線量と症状の対比表で照合すると、自分が浴びた放射線のおおよそのレベルがわかる。
*「放射線を被曝すると、DNAが損傷を受けてがん細胞が発生する確率が高くなる一方で、免疫細胞の機能が低下します」(p51)
*放射線災害から身を守る4つの大原則
 ①放射線を遮蔽できる場所に待避する。
 ②情報をチェックする。
 ③時間が経つのを待つ。
 ④放射性物質に近づかない。
*具体的な対処法:10項目
 1)家族全員でルールを共有する。
 2)事故の地点と風向きを確認する。
 3)放射線量をチェックする。
 4)安定ヨウ素剤を服用する。
 5)屋内待避では気密性を高める。
 6)外出時は肌を露出しない。
 7)クルマでの移動時は外気を遮断する。
 8)緊急避難時は家族で行動する。
 9)事故後1ヵ月は水や食品に注意する。
10)高レベルの放射線を浴びたら治療を受ける。
*農作物は「移行係数」、魚介類は「濃縮係数」が目安となる。
*人体組織の放射線感受性は細胞の種類により異なる(p83の図表4-1参照)
*放射線の影響は、被曝後の「確定的影響」と数年~数十年後に発生する「確率的影響」の2つに区分して考える必要がある。
*被曝時の年齢が10歳以下の場合、将来、乳がんや甲状腺がん、白血病を発症する確率は、大人よりも2~3倍高いとされている。
*自然放射線による年間被曝線量は世界の平均約2.4mSv、日本の平均約1.4mSv
  内訳(日本についての年間線量) 
  宇宙からの放射線 約0.29mSv
  地表からの放射線 約0.38mSv
  体内からの放射線 約0.41mSv
  空気中からの取込 約0.4mSv

 3.11の福島第一原発爆発事故発生から現在までの経緯を見ていると、筆者の具体的な対処法について理解はできるが幾つかの項目についてその実効性において危惧を抱く側面がある。著者はこの点については触れていない。それができるようにせよという立場なのだろうと推測する。私が現状で危惧する側面を該当項目番号で感想として書く。
 2)風向き情報をリアルタイムで報道するしくみとメディア・受信態勢がなかった事実
 3)測定された放射線量がリアルタイムで報道されるしくみがなかった事実
  SPEEDⅠの情報などが公表されたのは初期の放射能拡散が終わってから随分後だった。
 4)安定ヨウ素剤は県レベルで備蓄されていても、その入手方法は?
  今回、事故直後に行政が安定ヨウ素剤を配布したという事実はなかったと記憶する。  なぜ、しなかったのか、その判断プロセスすら明確でないのでは?
10)高レベル放射線被曝の場合、多数の被爆者を想定した治療態勢がシステムとしてあるのか。
 福島第一原発爆発事故後にくり返されている大本営発表的な情報の開示、必要な事実情報の公表の遅延、あるいは情報の隠蔽のような情報操作と思えるような事実が継続するなら、「具体的な対処法」は画餅となる。「放射線から子どもの命を守る」ためにも、現在の原子力村体質や報道のしくみ・体質の変革が同時になされないと、現在稼働中の原発で同様の事象が発生したら、どうしようもないように思うが、いかがだろうか。

 第5章は、放射線についてもっと詳しく知りましょうという理論編といえる。本文の説明はわかりやすい。ただ、ベクレルをシーベルトに換算する方法の説明において、「主な放射性物質の実効線量係数」が例示され、この表からの係数をつかって計算例が説明されている。しかし、この係数表は成人の場合の事例である。そして、本章末に「また、実効線量係数は年齢によっても異なり、乳幼児や小児の場合はより大きくなります」と記されているだけである。本書の主旨からするなら、乳幼児や小児、小中学生の場合の実効線量係数も参考資料として併記してほしかった。

 第6章で、著者は原子力発電の核燃料サイクルと放射性廃棄物の基礎知識について簡潔に説明してくれている。だがその説明は状況説明的記述にとどまる。そこにどういう問題点があるのかまで踏み込んではいない。それは、いま「子どもの命を守る」こととは一線を画すということだろうか。

 第7章で、著者は低線量被曝について、代表的な仮説として、「しきい値なし直線(LNT)仮説」「しきい値仮説」「ホルミシス仮説」の3つを説明する。そして、最終章末尾を次のパラグラフで締めくくっている。
「低線量被曝が体に与える確率的影響については、明確な証拠がないというのが現在の状況です。しかし、影響がないと断定できる根拠がないのも事実です。世界中の専門家や研究者の間では、低線量被曝の問題をどう考えるべきか、最新の知見も踏まえながら議論が続けられています」と。
 著者は、確定的影響については、「しきい値」を基準にして説明されている。また、著者の「線量6段階区分」も「しきいち仮説」をベースにした枠組みと理解した。
 第4章の胎児への影響も確定的影響についての説明が中心のように思う。実際上、本当に知りたいのは、低線量被曝での確率的影響の方なのではないか。区分C(0.1~0.9Sv)とDの間、つまり10~100mSvの範囲で被曝しているかもしれないという懸念だ。また区分Dでの「かなり安全」の「かなり」のニュアンスが含む被曝影響の方に心配の比重があるように思う。著者自身、「問題は、レベルCとレベルDの間です」(p45)と問題指摘している。同じページに、「また、文部科学省は原発事故を受け、子どもの被曝量の上限を従来の年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げました」という事実が記載されている。だが、この記述箇所に関連してどういう確率的影響が出る可能性があるのか等について、著者の具体的見解は記載されていないように思う(私の読み込み不足があるかもしれないが・・・)。このあたり、低線量被曝が専門家の間で「議論中」のことであり、触れようがないということなのだろうか。長年の研究からのご意見とその対策を一歩踏み込んで述べて欲しかった。

 本書は2011年7月15日に出版された。3.11以降、放射性物質が拡散した一番注意すべき当初の期間に、子どもたちが被曝している事実は元に戻せない。「この結果、成人が健康被害を受けない低線量の範囲にあることがわかりました」という結論が適切だとしても、子どもはどうだったのか。この点の調査分析は、これからの課題なのであろう。本書には直接言及されていないように思う。
 放射線について理解を深め、これからの対策を考えるには役立つ本だと思うが、一方で、「いざというとき」の初動状況において、本書の具体的対処法を講じることが無理な世の中の実態が継続すれば、未来の「子どもたちの命」を守ることが難しくなる。読者は、そちらにも目を向けていくことが重要だと思った。
 また、3.11の状況下にあった子どもたちの被曝線量、地表に堆積された放射性物質が厳然として存在する現在において、日常生活の中で「子どもたちの命」をどう守るのか、本書の「具体的な対処法」とは違った状況局面での「具体的な対処法」についても、筆者の見解を述べて欲しかった。3.11以降に現時点の子どもたちが既に影響を受けたかもしれない内部被曝の将来における確率的影響を私は危惧する。


 本書から広がった関心事項をネット検索してみた。そこから波紋として拾ったネット情報も併せてリストにする。

放射線防護情報センターのウェブサイト(高田純氏の主宰)

南相馬1 :YouTube動画 
 高田純氏の活動と講演の記録。どういう立場なのかがわかりやすい。


放射線被曝に関するQ&A :放射線医学総合研究所のサイトから
 40問のQ&Aが載っています。

被曝に関する基礎知識 第6報 :放射線医学総合研究所のサイトから
 乳児、幼児、子供、成人の区分で実効線量計数の例示が載っています。

放射線の性質と影響 :「役に立つ薬の情報~専門薬学」ブログから

日常生活と放射線(資源エネルギー庁「原子力2002」をもとに文部科学省において作成) この図はマイクロシーベルト表記です。


移行係数  :原子力環境整備センター発行の資料

農作物の移行係数 :Metabolomics JP のサイトから

生物圏評価のための土壌から農作物への移行係数に関するデータベース」

水産物の放射能汚染に関する情報(まとめ):「勝川敏雄公式サイト」から

食の安全・出荷や摂取制限 :総理府経由のサイトから
「出荷・摂取制限」「放射性物質の調査、Q&A」「品目ごとの対策」への入口ページ


原子力百科事典 ATOMICA :高度情報科学技術研究機構(RIST)の運営サイト
「分類検索」をクリックすると、「大項目一覧」へのアクセス入口ページです。
放射線影響と放射線防護」という大項目があります。

放射能を正しく理解するために :文部科学省
2011.8.19に「教育現場の皆様へ」の副題で発表した資料

武田邦彦氏のホームページ・特設の2
項目一覧のページ:
お母さんが子供を守るための武器(1) 暫定基準値は危険
魚介類と土の汚染・・・どのぐらいか?
倫理の黄金律と牛乳・粉ミルク
など、いろいろな観点での著者意見が述べられています。

福島県土壌調査結果

低線量放射線被曝とその発ガンリスク :今中哲二氏論文

放射線の発ガン危険度について -ICRPリスク係数の批判- :今中哲二氏論文


チェルノブイリ原子力発電所事故から25年 :グリーンピースのウェブサイトから
動画です。字幕つき。

Chernobyl Accident 1986 :World Nuclear Associationのウェブサイトから



ご一読いただき、ありがとうございます。




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