遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『原発を終わらせる』 石橋克彦編 岩波新書

2011-11-01 01:39:14 | レビュー
 本書は題名通り「原発を止めるための一石となれば幸いである」という主旨で出版された。編著者を含め14名の各分野の専門家が原発をなぜ終わらせるべきかを論じている。

 本書は4パートで構成されていて、専門家のコラボレーションの成果である。
 パートⅠは福島第一原発事故の実態を事故そのものの実態分析(「1.原発で何が起きたか」「2.事故はいつまで続くのか」)と被害者視点からの実態分析(「3.福島原発避難民を訪ねて」)を行っている。
 その上で「原発の何が問題か」について、科学技術的側面と社会的側面の双方から分析する。つまり、
 パートⅡでは、技術的側面を分析し、「1.原発は不完全な技術」であることを再認識させ、「2.原発は先の見えない技術」である理由を的確に指摘している。そして、「3.原発事故の災害規模」について警鐘を発する。併せて、「4.地震列島の原発」という最大の問題点を指摘している。日本列島における「原発震災」の必然性を警告する。
 パートⅢでは、社会的側面から原発を止めるべき理由を訴える。「1.原子力安全規制を麻痺させた安全神話」の形成・進展・崩壊を明確に描き出す。併行して「2.原発依存の地域社会」がなぜ・どのように形成されたのか、そのメカニズムを分析し、原発依存がある種の麻薬性体質であることをあきらかにする。さらに、「3.原子力発電と兵器転用」というNUCLEARの二面性をわれわれに突きつける。だが、この二面性がマスメディア等で正面から論じられることはほとんどないのが実態だ。それは情報操作につながることではないだろうか。
 問題点と原因が明瞭になれば、「原発をどう終わらせるか」(パートⅣ)という展開になる。終わらせるためには、当然「1.エネルギーシフトの戦略」が必然的な政策になる。そして、一方で「2.原発立地自治体の自立と再生」が課題となる。原子力を終わらせるために、マクロ視点ではやはり「3.経済・産業構造をどう変えるか」に取り組まねばならない。原子力依存構造を解体しなければ、終わらせることができない。最終的には、「4.原発のない新しい時代に踏みだそう」という国民の認識・自覚と創意・行動がキーになる。
 目次の見出しを使いながら全体構成を眺めて見たが、コンパクトに論点が整理されてまとめられていると思う。まず執筆者を明記しておこう。
 パートⅠ 1:田中三彦 2:後藤政志 3:鎌田 遵
 パートⅡ 1:上澤千尋 2:井野博満 3:今中哲二 4:石橋克彦
 パートⅢ 1:吉岡 斉 2:伊藤久雄 3:田窪雅文 
 パートⅣ 1.飯田哲也 2:清水修二 3:諸富 徹 4:山口幸夫
 本書の末尾には、執筆者紹介がまとめらている。
 編著者・石橋氏は「はじめに」ではっきりとこう明言されている。「それぞれの紙数が少ないために、個々の論述は必ずしも十分とはいえない。しかし、本書を読めば、いまなお原発を続けようとする原子力村や財界の思考が時代遅れで危険きわまりないものであることがわかるだろう」と。
 総合的な視点から原発を終わらせる必然性を理解するのに役立つ新書である。原子力推進派の情報操作・情報誘導に嵌まらないための情報への感性、報道されない局面への感度と情報認識を高めていくことが今まさに重要なことだと思う。

 田中氏の事故解析は緻密であり、後藤氏の解説はわかりやすい。上澤・井野両氏による原発が不完全、先の見えない技術である点の論証は、文系人間にも理解しやすく書かれていると思った。何が問題か、どう終わらせるかについて、14名の執筆者の論点から認識を深めることができた。そして、いくつか基礎情報のソースを知ることもできた。

 本書の主張点のいくつかを引用させていただこう。

*原発での小規模な事故はあとを絶たない。p80
  → 2010.4.1~2011.3.31 の1年間に、大小あわせて307件 (公開データ)
*巨大なプラントシステムでは、地震や津波によって複数台の機器が多重故障を起こす可能性が高く、機器の故障も確実には避けられない。・・・危機的な状態で人間がミスを起こすのは当たり前である。
 事故は、きっかけとなる自然環境現象と、機器の故障と人為的なミスが複雑に折り重なって大規模に進展していくものである。
 われわれは、すべての技術が制御可能だと思ってきたが、それは幻想である。  p49
*福島原発事故の直接の原因は、地震動と津波だが、安全対策が劣悪だったことが事故の深刻化を招いた。  p131
  第一の欠陥-重大事故についてのシミュレーションの欠如   p131
  第二の欠陥-指揮系統の機能障害              p132
  第三の欠陥-原子力防災計画の非現実性と避難指示の遅れ   p133
*「この人たち(国会議員)には、俺たちの生活はわからないだろう。たとえ1000万とか2000万とかいう補償金をつかまされたにしても、この先20年、30年は家に戻れない、それにいつから漁を再開できるのかもわからないのだから、決して十分な金額ではない」 大事なのは、生活を建て直し、その後の暮らしを支えるための長期的な補償だ。(被災者・山形一朗氏の言) p63
*地域に原発を無理やり押し込み、安全対策をさぼり、事故が起きると、「想定外」といっては責任を回避する政府と東電には、被災者の声に耳を傾けながら、生活再建を考える謙虚さはみられない。   p63

*原発は”技術といえない技術”だといってよい。「圧力容器の照射脆化」もそのひとつである。・・・原子炉で核分裂を起こさせて発生する中性子線が原子炉の容器や配管などに当たると金属材料を傷つける・・・・それを「中性子照射損傷」という。その結果、材料が割れやすくなれば「中性子照射脆化」という。  p87~88
*玄海1号炉をはじめ、1970年代に建設された古い原発は、中性子照射脆化が進んでいる。美浜1号炉・2号炉、大飯2号炉、高浜1号炉、敦賀1号炉、福島第一・1号炉(これは廃炉)などである。原発の危険性は地震や津波によるだけではない。原発はもともと30年ないし40年の寿命を想定して設計された。これらの老朽化原発は早期に廃炉にすべきである。 p93
*予測は、それを必要とする人たち(事業者や社会)が要求するものであり、その人たちの価値判断や予断が予測に影響を及ぼす。「予測は、ほぼいつも『期待』という色眼鏡を通した予測なのです」(名越康文)とは、心理面からのバイアスを指摘した精神科医からの名言である。・・・・「結論ありきの予測」をしないことである。   p99

*「日本では起こり得ない」や「絶対安全」といった強い表現が使われなくなっても、「リスクがきわめて小さく現実的には無視できる」と言い換えただけでは実質的に何も変わらない。   p135
*9.11の後、米国では、設計当初の設定を大幅に超える量を詰め込んだ各地の原子力発電所の使用済燃料貯蔵プールへのテロ攻撃の可能性が問題となった。  p176
*必要のないプルトニウムを作り続けるという不可解な政策をとる日本の意図に外国が疑問をもっても仕方がない。  p176

*「21世紀型パラダイム」へと大きく進化する必要がある。
 自然エネルギー・省エネルギー中心へ、規模分散型へ、ネットワーク型へ
 21世紀型の知識・環境重視へ    p193-194
*総じて「古い産業思想」に留まっている日本は、「ガラパゴス」と揶揄されるとおり、温暖化規制とは関係なく、グローバル経済から取り残されつつある。  p195
*第三次産業革命後は、経済成長と環境負荷の増大が切り離されることになる。 p219
*専門家や学会とは何だろうか。その人たちにまかせていたら、どこへ連れていかれるかわからない。おそろしい。自分たちの安心と安全は自分で確保しなければと考えるようになった市民が増えた。   p241


 原子力推進の動きは根強く深い。原発を終わらせるには、我々一人ひとりの認識がまず深まり、その思いが力に、動きに結集されていくことが必要だろう。まず、事実と展望を知らねば・・・・

ご一読、ありがとうございます。

この新書の共著者の発表されているものとその他基礎情報をネット検索してみた。

サイエンスライター 田中三彦氏
録画日時 : 2011/10/26 13:01 JST
政府・東京電力の福島第一原発事故報告批判
 -なぜ地震の可能性を排除するのか-
4分過ぎのところから田中氏の話が始まります。

録画日時 : 2011/10/26 13:19 JST
政府・東京電力の福島第一原発事故報告批判-2
 最初から25分すぎまで解説。
 44分あたりから後藤政志氏の話に移ります。

政府・東京電力の福島第一原発事故報告批判-3
 聴講者の質問に対する田中氏の回答説明が冒頭から始まっています。
 質問は2本目の末尾に入っています。田中氏の回答(15分頃まで)の後に、渡辺氏の回答説明の後、後藤氏への質問の回答説明(17分過ぎから)に入ります。

2011/7/10 公開フォーラム「福島原発の真実」セッション1田中三彦氏
2011/7/10 公開フォーラム「福島原発の真実」セッション1田中三彦氏 質疑応答1
2011/6/21 CNIC News 福島原発事故シナリオ 田中三彦氏 1/2
2011/6/21 CNIC News 福島原発事故シナリオ 田中三彦氏 2/2

井上博満氏
2011/4/16 CNIC News 第255回現代史研究会 「福島原発事故 -原因と結果」

今中哲二氏
20110727_衆議院_厚生労働委員会_参考人意見
放射能汚染調査から見た福島とチェルノブイリ
3/18京大原子炉ゼミ4「チェルノブイリ事故と日本の汚染」1/2
3/18京大原子炉ゼミ5「チェルノブイリ事故と日本の汚染」2/2

石橋克彦氏
2011/7/10 公開フォーラム「福島原発の真実」セッション3
地震と老朽化
2011/7/7 石橋克彦先生 講演 - 玄海原発運転再開を許すな 院内集会
2011/4/26 石橋克彦先生講演 「福島原発震災」の彼方に

飯田哲也氏
環境エネルギー政策研究所 所長 2011.4.5
日本の自然エネルギーの未来

飯田哲也の新・エネルギー原論
「脅し」でなく適切な「政策」で今夏の電力は充分足りる!
迷走続く原発事故賠償の枠組み 東京電力“ゾンビ”スキームの欺瞞
原発の急速な縮小は不可避 今、大胆なエネルギーシフトをめざす理由
自然エネルギーの実力は世界が実証済み
日本で拡大しない要因は政治と政策の不在


東京平和映画祭 飯田哲也氏講演

福島原発事故についての緊急建言 :「Peace Philosophy Centre」のサイトから
16人連名での陳謝声明 2011.3.30付 4.1記者会見




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