遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『全国原発危険地帯マップ』 武田邦彦  日本文芸社

2012-10-08 00:57:17 | レビュー
 表紙に書かれた一文が本書の特徴を明瞭に示している。
「全54基、周辺地域の危険度を風向きとともに解析!」2011年10月に発刊された本。
本書の構成はコンパクトでわかりやすいパターンになっているのが特徴だ。各原発毎に見開き2ページの右ページに原発の概要がまとめられている。名称、電力会社、立地場所、炉数などの基本項目と各原子炉の運転開始・出力・発刊時点の運転、停廃止、点検中などの状況一覧。そして、原発から半径30km圏内の自治体総人口、自治体名のまとめ、関連施設が記載される。左ページには、「過去のおもな事故・トラブル」としてどんな事象があったのかを時系列的にまとめてある。全原発、事故やトラブルのなかったところがないという事実が歴然とわかる。原発施設だけに、小さな事故やトラブルもおろそかにできないと言える。さらに、それに続く数ページ以内に、該当の原発地点での風向き図が載っている。風向きのデータは気象庁ホームページより抜粋されたものという。風向きが16方位分割方式により、年間月別の傾向として太矢印で地図上に示されていて、一目瞭然に全体の傾向を知ることができる。この矢印の長さが放射能の拡散距離300kmになっているという。それは「1986年のチェルノブイリ原発事故によって、現在も300km離れた地域が放射線管理区域になっているため」(p15)なのだ。これが本書の利点だろう。
 概要ページの内容は少し時間が経てば変化していく。事故・トラブルは増加するだけだが、原発概要部分はかなり変動するところだ。見開きページのデータはどうしても古くなる。風向きデータのまとめは自然現象であり、まあ短期間で古くなることはないだろう。
 我々にとって、こういう諸情報が公表されていても、それらがインターネットの各サイトに分散された形で掲載されているので、個々のソース入手先を知らないと手軽には全体像が見えないということだ。その点で本書は便利と言える。
 各原発、全54基がどれだけの危険度を持つかということを、大数観察ではないが鳥瞰図的に把握するのには有益である。
 著者は各原子力発電所に対し、数ページから10ページ前後で、著者の見聞や客観データに基づく分析コメントを付している。この部分が著者のオリジナルというところか。
 
 「風の方向と気候によって、放射性物質の拡散の仕方はずいぶん違ってきます」(p21)という観点と300km離れた原発がチェルノブイリ、フクシマ級の事故を発生させたら、どうなるか、ヒトゴトではないという認識を喚起させるところに、本書の重要性があると感じる。日本の政府や電力会社の情報非公開、情報公表の引き延ばしという隠蔽体質が続く限り、全体像を押さえた上で自衛意識が重要だということだ。

 まず、著者の記述から納得できる、あるいは、そうだったんだろうなと感じる点を引用してご紹介しよう。
*過去に嘘ばかりついていた組織が、今回のような大きな事故が起きたからといって、その体質が急に改善されることがあるわけではないと考えるほうが妥当でしょう。 p25
*原子力発電所は耐震に対する設定の甘さから、震度6の地震で壊れる設計になっています。 p31 
 震度6クラスの地震に対して何の対策も練らないまま原発の運転を再開してしまえば、ある日突然、大地震が襲ってきたときに福島第一原発と同様の大事故を招く危険性は限りなく高いのです。
 →著者は次の点を31ページでその例証として挙げている。
  東通、女川、福島第一、福島第二、この後にお話する柏崎刈羽の5つの原発施設で
  震度6の地震で何らかの設備が壊れたという事実が明らかになりました。
*青森県が「反原発」に方向転換できないのは、国から支払われる多額の財源を失ってしまうのが怖いからではないかと考えられるのです。  p52
*「原子炉は重要なのできちんと管理しますが、電源や計測機器などは重要ではないので、注意深く管理する必要はないでしょう」という考え方が、原子力発電所を造っている技術者たちにはこれまであったのです。  p54-55
*「原発施設はこんな簡単に壊れてしまうのに、どうして新幹線は東日本大震災で大きな被害を出さずに済んだのだろう?」と考える人もいるかと思います。・・・・新幹線の場合、震度6の地震が想定されていても、震度8まで耐えられる設計になっているそうです。 p64
*東京電力が震度5程度の揺れにしておきたいなと考えたら、「震度5の設定で大丈夫」と言うであろう地震学者を選び出して、その学者に承諾をもらって計画を立てるのです。  p85
*北陸電力が保有している志賀原発は、・・・・今後は運転を見送ったほうがいいのではないかというのが私の見解です。   p109
*島根原発の誤記載と記載漏れの問題について、私は事故と同程度の扱いをするべきだと思います。というのも、何が危険で何が安全かというのを、点検計画表を見てチェックするわけですから、それ自体が間違っているというのでは、何を基準に原発の管理をすればいいのか分からなくなってしまいます。  p152
*原発が完成した後、国策という名目でお金を負担するときには、「何か裏があるのではないか」と注意深く見守る必要がありますし、組織を腐敗させるという構造も生み出しているのです。  p179
*「原子力は国民のためになっているとは言い切れない」という事実が分かったのです。もし原子力発電を国が支援してなかったら、ビジネスとして成りたたないわけです。 p180
*保安院が本当のことを言わない限り、真実の情報はでてこない。  p184
*従来の耐震基準のままストレステストを行なっても何の意味もありません。私は「ストレステスト」というのは、今までやってきたことを、名前を変えてハードルを上げたように見せかける卑劣な提案だとしか思えません。  p188
*風向きや風速のデータを国民にアナウンスするのは、気象庁の役割ですが、原発事故による放射性物質の拡散情報について、気象庁は肝心なデータを一切出さなかったのです。気象庁はIAEA(国際原子力機関)に対しては、資料作成の要請を受けたので、風向きの情報などを通知しましたが、国内は文部科学省にその役割を任せていました。  p205

 著者のこれら意見、見解の出所文脈は本書でご確認願いたい。

 一方、気になる側面がある。著者の立ち位置を明確にはつかめない点だ。専門家として原発に関しては、解説者、評論家に留まるのだろうか・・・・。以下のような記述を拝見することから、そう感じる次第だ。
*私はどちらの炉型(付記:沸騰水型と加圧型)がよいのかという議論ではなく、「二つの炉型をより安全に稼働させていくにはどうすればよいか」を協議し、双方の技術アップをさせることが大切だと思っています。  p48
 → 技術改良、技術開発すれば、原発稼働は問題ないということ?
*以前、私は原子力安全委員会の任期を終えようとしていたとき、「政治家と建設会社とが裏でつながっているなどという噂が出たら、安全性がおろそかになってしまうこともあるでしょうから、安全審査はしないほうがいいですよ」と正直に申し上げたところ、「武田先生のご意見は承りました。では次の方、ご意見をどうぞ」と聞き流されてしまい、このときの私の発言は議事録に残っただけで終わってしまいました。 p50-51
 → 「本当に安全な場所に原発が建てられない理由」という項目のところで、利権体質の問題点を論じた続きに記されている。著者は委員任期切れ間際までそんな噂や利権体質の存在を知らなかったということか? うすうす知っていてもそれまではその点に触れなかったということか・・・・
*原子力安全委員会の場でこうした事柄を議論しても、みんなどこか他人事なのです。「私の任期中に、大きな事故が起こることはないでしょう」、そう決めつけているフシがあります。こうした根拠なき安心、危機意識の欠如の積み重ねが、福島第一原発の事故を招いてしまったのだと思います。  p74
 → 著者もその委員の一人だったのか? その観察に対してどう対処されたのか?
*「中性子照射脆化」という問題が起こり、その解明を行なうことも重要となってきます。つまり、単に老朽化しているから悪いということではなく、老朽化したときにどのように測定し、交換していくかが一番重要なのです。 p130
 → これは原子炉の脆化についての文脈での記述である。「交換」ということについて著者は原子炉のどいうい箇所を想定しているのか。現在、原子炉そのものの「中性子照射脆化」こそが問題視されているように思うのだが。
*これからも、原発の立地については、もう少し妥当なやり方をしていかないと、さまざまな不満がでてきてしまうでしょう。   p163
 → こういう一文を書くということは、その立ち位置は原発容認ということなのか。
*2001年に原子力安全保安院が設立されて以降、私は原子力安全委員会の専門委員だったわけですが、原発に関するトラブルはたくさんあったのにも関わらず、委員の任期中に保安院から事故についてのデータを見せてもらったことが一度もありません。 p169
 → ええっ!とビックリするような記述だ。原子力安全委員会とは、何を根拠に「安全」だと審議してきたのだろうか。失敗から学ぶことすらしないのか。著者は専門委員として、その開示を要求しなかったのか。要求しても拒否されたら、それで終わりだったのか? なんとも解せない。

 著者は数カ所、委員会で意見を言い続けてきたが意見を取り入れてはもらえなかったという事例を記している。自らの見解表明はされてきたようだ。だが、それどまりだったということなのだろう。それが日本での○○委員会の委員の実態なのかもしれない。

 本書の最終ページに著者は記す。「今回の福島第一原発の事故というのは、長年原子力研究に携わってきた私でさえ、その思想を変えざるを得ないほどの衝撃を受けました」と。
 著者の意味する「思想」が何で、それはどれだけの確固たるものだったのか、その思想をどう変えようとしているのか。この点、私は十分な理解を得られていない。本書を手に取って、読み取っていただくとよいのではないだろうか。そして、教えていただきたい。
 原発全54基の危険性のデータがコンパクトにまとめられているのは確かである。その点有益で役に立つ。危険度という言葉が使われているが、評価基準が設定されていて著者が独自に評価しているわけでもない。危険度合いを明確に理解できるとは言いがたい。著者による個別の原発のもつ危険性の説明と見解は理解できたのだが・・・・。


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 本書記載のデータをネットで収集するとしたら、どうなるか?

1.各発電所の概要データは、各電力会社のHPからアクセスできる。アクセス方法は千差万別である。
  例えば、今問題である関西電力の原発を採りあげてみよう。
 <大飯発電所>の場合 (←大飯原子力発電所とは表記されていない。)
 サイトのトップページ 
 「大飯発電所のご案内」
   各炉の稼働状況はここには記載なし。原子炉格納容器の図解がある。
 「発電所の運転状況(リアルタイム)」 所有原発全体の状況が1ページでわかる。
 
 「プレスリリース」 炉の稼働状況開示の合間に、事故・トラブルの開示が出ている。    尚、1999年3月までしか、開示情報は遡れない。
 

 *周辺関連施設や30km圏内の関連市町村などの具体的表示は勿論ない。

 HPの存在を知らずに、検索中に知ったこと。原子力規制委員会のHPが立ち上がっていた。そこに、「各地の原子力施設情報」というサイトができている。トップページにある。
 例えば、上記の大飯の場合、「大飯」を地図からアクセスできて、開示の内容が閲覧できる。
  
2.原発事故・トラブル関連の公的な情報開示はあるか?
 原発関連の「国内トラブル情報」が開示されている。
 開示窓口は、独立行政法人 原子力安全基盤機構だ。
 ここには1966年度からのトラブル情報が記録されているが、年度単位でまとめられているので、特定の原発だけを抽出してみることはできないようだ。
 マクロで見た、トラブル報告件数推移(対象:原子力発電所(研究開発段階炉を除く))も数値だけのまとめも掲載されている。
 
 また、放射性固体廃棄物(固体廃棄物貯蔵庫)の年度別管理状況の統計も掲載されている。

3.風向きのデータはどうか?
 気象庁のホームページには、
 ホーム > 気象統計情報 > 最新の気象データ > 風の状況 > 日最大風速一覧表
 と辿ることで、ある特定日時の風向を知ることはできる。
 「日最大風速」のデータに風向が記載されている。
 また、地方気象台のサイトを見ると、「気象・地震概況(完全版):pdf形式」で月ごとに年間の風向を知ることができる。
 たとえば、福井県を採りあげると、「福井県の気象・地震概況」というページがある。 

つまり、その気になってデータを探せば見ることはできるが、やはり煩雑な作業になる。
 特定の原発に限定して、関連情報を収集するということならば、何とかインターネット情報で少し時間かければできないことはない。
逆に言えば、この種のコンパクトに情報整理された本は手軽で便利といえる。

 この辺りでネット検索トライアルを終えたい。


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本書以前に、原発事故関連で以下の読後印象を掲載しています。
お読みいただければうれしいです。

『放射能汚染の現実を超えて』 小出裕章

『裸のフクシマ』 たくきよしみつ 

読書記録索引 -1  原発事故関連書籍


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