遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『「想定外」の罠 大震災と原発』 柳田邦男  文藝春秋

2012-10-25 14:11:37 | レビュー
 著者は「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の委員の一人として原発事故現場に調査のために足を踏み入れた。その著者が、事故からそれほど時日を経ない時期に第1章にまとめられたいくつかの小論を書いている。著者は四十年余にわたって様々な災害・事故に関する小論やドキュメントを書き続けてきた作家である。
 本書は今回の事故が過去における災害・事故に対する連綿とした指摘を、克服することなく繰り返している最たるものであることを、過去の著述からの関連小論の抽出・編集により明らかにしている。第1章の論文を除くと、復刻編集本だと言える。今回の事故の問題点を著者による過去の災害・事故に対する指摘事項と関連づけて、理解していくのに便利で有益な一冊である。本書を読めば、「想定外」という表現は過去の失敗事例から学んでいないことの裏返しにすぎないことが一目瞭然となる。本書はあらためて「想定外の罠」を明確に指摘したといえる。

 「はじめに」において、著者は「問題は、専門家の想像力の欠如にある」と指摘している。そして、重要な点を2つ指摘している。(1)「事故は意表を突くような原因によって引き起こされることが多く、なぜ予想外のことがおきたのか、という本質的なところを読み取らないと、次には再びとんでもないところでシステムにほころびが生じる」、(2)「スリーマイル島原発事故の調査報告書で極めて重視された原発事故の場合の放射能拡散と避難に関する情報の問題について、日本は行政も電力会社も教訓を全く活かさなかった」という点だ。

 第1章で、著者は「想定外」という弁明が思考の枠組みにおける想像力の欠如や線引きによる枠組みの限定化を論じている。そして、「複雑で高度な技術を駆使した機械システムや装置産業では、システムの中心部は安全確保に万全の配慮をした設計にしてあるのだが、システムのいわば縁ともいうべきところで、まさかと思うような人間のミス(ヒューマンエラー)や工事ミスや設計上の手落ちなどが生じやすく、それが引き金になって、システム全体を破局に陥れるような大事故を起こしてしまう」という「システム辺縁事故論」の問題点指摘を、過去の災害・事故事例により例証している。この問題点が、「想定外」という弁明の問題点と密接に関係していること、福島第一原発爆発事故でも繰り返されていたことが、実によく解る。「想定外」という常套句は事故の責任回避にしか過ぎない。経済合理性の現実主義で最大想定値、規制値の思考枠組みを設定した途端に、それを越える事態の発生を考えることについて思考停止し、対策への思考も放棄した実態を明確に指摘する。参議院経済産業委員会での著者の意見陳述の際のレジュメとその解説を本書に収録している。事故論の観点から原発の安全対策の問題点を整理して理解するのに大変役に立つ。記録としての価値もあるように思う。

 第2章以下は、「想定外」という弁明が如何に虚構であったか、専門家の想像力欠如が今回の事故の真因に潜むことを納得する上での例証資料を提供してくれている。そこには様々な観点からの警鐘が既に発せられていたのだということが、これでもかこれでもかという風に重なってくる。「想定外」の罠の恐ろしさが根深いことが解ってくる。
 章立てを記載しておこう。

 第2章 放射能が世界にバラまかれた日-チェルノブイリからの警鐘
 第3章 炉心溶融-スリーマイル島からの警鐘
 第4章 臨界事故-東海村からの警鐘
 第5章 原爆被災の記録-広島からの警鐘
 第6章 防災の思想とは何か-災害王国からの警鐘
 第7章 大災害は必ず「常識」を覆す-阪神・淡路大震災からの警鐘
 第8章 復興へ希望の灯火-新潟県中越地震・スマトラ沖大地震からの警鐘

 著者の解説も踏まえ、私が理解した各章の論点だけ簡略にまとめておこう。本書を読み熟考していただくとよいだろう。
第2章 事故や情報の読み方についての普遍的な問題点の指摘
 ・事故の全貌の公表が必要である。
 ・大規模原発事故が起こると、放射線被爆者を救えない事態が発生する。
 ・フェール・セーフの機構を組み込むことが何としても必要である。
 ・異質と見える事故から教訓を学ぶ真摯さが必要である。
第3章 原発事故における情報のあり方とメディアによる報道のあり方
 ・真実を伝える情報は遅れがちになり、誤報が渦巻く状況が起こる。
 ・自らの過ちを公表しないこと、そこに問題が潜む。
・事故情報の不備こそがパニックをもたらす。
第4章 原子力産業での経済性の追求は高い安全性を損なう関係にある。
 ・落とし穴は辺縁部にある。辺縁部での事故防止に巨額の安全投資は避けられない。
 ・「密室性」を無くすには、情報公開制度及び業種別に立ち入り調査と告発の権限を持つ第三者監視機関を設けることが不可欠である。
 ・核事故による大量放射線被爆者を救う道は現時点では最先端医学にもない。
第5章 災害や事故は人間の知識の不足箇所をねらうかのようにして必ず襲ってくる。
 ・被災者と同じ地平に立ち、現場に立って物事を考えることが重要である。
 ・災害には「忘れた頃」型と「忘れぬうち」型の二種類がある。備える心構え。
 ・「マンハッタン計画」という過誤の全体像、実像をとらえる視点も大事である。
 ・人間中心、患者中心の医の倫理や生命倫理の確立には、不可欠の大前提がある。
    科学研究第一主義および国家権力や権威主義に対して画然と距離を置く。
 ・様々な原爆被災の記録から学ぶことが必要である。
第6章 災害に備えるためには、リスク情報の「水平展開」が重要である。
 ・災害は”意地悪爺さん”だ。バックアップ・システムが必要である。
 ・建物の地震災害の”落とし穴”は、すべて”教科書”に書かれている。
 ・耐震設計の「規準」もさることながらその運用こそ重要なのだ。
 ・自らの力で災害から身を守る道を探ること。身近な実践的なやりかたこそ重要だ。
 ・自分の命は自分で守る意識。実質のある災害対策には体験の有無が決め手になる。
 ・過去の災害事例を我が事として「翻訳」してみて、受けとめる事が重要だ。
 ・知識をからだに覚えこませるための方法を知り、習慣化が大事なポイントになる。
第7章 1・17大震災の教訓を綿密に検証しておく必要がある。3・11大震災から学ぶ為にも。
 ・安易な「常識」ありは通念は必ず覆される。
 ・自衛手段として、最低限1週間は生き延びられる食料を用意しておく。
 ・大都市地震災害ではすべての機能が駄目になることを前提に考えよ。
 ・震災問題は複眼的な見方でフォローしていく必要がある。
   被災者の心身両面の体力低下への支援の取り組み及び
   希望、明るくはげみになる要素に目をむける視点
 ・ボランティア活動に新しい思想と行動が産まれつつある。
第8章 「いのちの危機管理体制」の重要性に気づけ。
 ・災害プロのブレーンを総理官邸に抱えることが必要だ。
 ・過去の大地震から学び、「総合災害学」の構築が必要である。
 ・互助の精神は大事。復興への百年の計とロマンを語れるか。

 著者は常に、「現場に立つ」という行動視点から論じている。最後に、印象深い箇所をいくつか引用メモしておきたい。
*たとえ途上国の災害であっても、現場へいけば、必ずそこに学ぶべき教訓の発見があるはずである。大事なのは、何を読み取るかという調査の視点であろう。  p211
*私は、いわゆる「専門家」には二種類のタイプがあると思っている。一つは、災害の現場に足を運び、本当の災害とは何かという本質を見て議論する「専門家」、いま一つは、行政機構や企業、組織の自己防衛のために、ある種の枠組みの中だけで議論する「専門家」である。われわれは、専門家と称する人物が安全を保証したり、危険を指摘したりするとき、相手がどちらの範疇に属する人なのかをよくよく嗅ぎ分けて聞く必要があるだろう。 p250
*災害は意地悪だ。人間が過去の教訓に学ばず、防災対策の甘さや見落としがあると、必ずそこを狙い撃ちされる。  p310
*原発事故発生時の情報の扱い方については、少なくとも次の四つの要素を満たさなければ有効でない。①速やかであること、②正格であること、③わかりやすいこと、④普段から住民が熟知していること。放射能の基礎知識を身につけ、避難の方法についても熟知していること、避難について実地訓練が行われ、住民がとっさに正しい行動を取れるほど身体全体で覚えていること。  p10
 →この最後の引用の内容は、福島第一原発爆発事故では、まったくこの要素が満たされていないことが歴然としている。逆の行動を意図的に取っていたとしか思えない。なんという国だろうか。

 フクシマを風化させないためにも、「想定外」という常套句のまやかしをきっちりと認識し理解しておくことが出発点だろう。そのためのテキストとして役立つ一冊だ。


ご一読、ありがとうございます。

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 本書に掲載の事故について、事実情報や調査報告書を検索してみた。一覧にまとめておきたい。

国会事故調査委員会報告書
ダイジェスト版
報告書内容閲覧の一覧ページ (国会事故調のHP)
同報告書のダウンロード一覧ページ

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会  
 最終報告(概要)
 最終報告(本文編)
 最終報告(資料編)

東京電力 福島原子力事故調査報告書の公表について  2012.6.20
 公表ページ。ここに報告書各資料へのリンク一覧表が掲載されている。

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書
 ここは冊子を発刊しているだけで、ネット掲載なし。
 今の時代、概要だけでもネット掲載すべきだと思うが。

原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書について :経済産業省
 ここに報告書各資料へのリンク一覧表が掲載されている。
国際原子力機関に対する日本国政府の追加報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について-(第2報) :経済産業省
 ここに報告書各資料へのリンク一覧表が掲載されている。

IAEA調査団暫定的要旨について  :経済産業省
 ここに報告書各資料へのリンク一覧表が掲載されている。

IAEA Fukushima Daiichi Status Reports :IAEAのHP
 福島第一原発事故後の状況レポート一覧表のページ

Chernobyl 25 Years, 25 Stories メイン・ページ
Chernobyl's Legacy: Health, Environmental and Socia-Economic Impacts
 チェルノブイリ・フォーラム 2003-2005のレポート冊子
15 Years After Chernobyl, nuclear power plant safety improved , but strains on health, economy and environment remain
Staff Report
  25 April 2001

Three Mile Island Accident :”World Neuclear Association”
Report of The President's Commission On The Accident at Three Mile island

スリーマイル島、チェルノブイリ原発事故と被害の実態
  「よくわかる原子力 原子力教育を考える会」

東海村JCO臨界事故 :ウィキペディア
東海村臨界事故 :YouTube
東海村JCO 臨界事故 :「よくわかる原子力 原子力教育を考える会」
東海村JCO臨界事故から13年 :「私にとって人間的なもので無縁なものはない」

日本におけるシステム危機 :「科学と技術の諸相」
 この「講義ノート」に、TMI事故、チェルノブイリ原発事故、東海村JCO臨界事故など、有益な情報が記載されています。

日本への原子爆弾投下 :ウィキペディア
広島市への原子爆弾投下 :ウィキペディア
長崎市への原子爆弾投下 :ウィキペディア
忘られぬあの日 私の被曝ノート :長崎新聞のHP サイト
老いを生きる長崎被曝52年 :西日本新聞のHP サイト

地震 :ウィキペディア
2004/10/23 新潟県中越地震の報道(放送中にM6.5の余震) :YouTube
阪神淡路大震災の報道 1 of 4 :YouTube
阪神淡路大震災の報道 2 of 4 :YouTube
阪神淡路大震災の報道 3 of 4 :YouTube
阪神淡路大震災の報道 4 of 4 :YouTube
阪神淡路再震災 NHK あの動画のその後 :YouTube
阪神淡路大震災報道特番 Hanshin earthquake News program :YouTube
地震発生の瞬間1 :YouTube
地震発生の瞬間2 :YouTube

東日本大震災の大津波の被災事例からこれからの津波防災対策 小池信昭氏

関東地方 首都圏直下型大地震 1  :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 2  :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 3  :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 4  :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 5  :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 6  :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 7  :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 8 :YouTube
関東地方 首都圏直下型大地震 9  :YouTube

ビル倒壊の瞬間 :YouTube

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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『私が愛した東京電力』 蓮池 透 
『電力危機』  山田興一・田中加奈子
『全国原発危険地帯マップ』 武田邦彦
『放射能汚染の現実を超えて』 小出裕章
『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』 たくきよしみつ
2011年8月~2012年7月 読書記録索引 -1  原発事故関連書籍




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