遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『オメガ 対中工作』  濱 嘉之  講談社文庫

2021-08-19 17:20:54 | レビュー
 オメガシリーズはこの第2弾が2014年11月に文庫書下ろしとして発刊された。その後、このシリーズは今のところ出ていない。
 警察庁長官官房諜報課、通称「オメガ」は日本国初の国際諜報組織として、国益を守るための対外諜報活動に従事している。本書は第一作に続き、対中工作に焦点を当てている。一つのミッションを完了した榊冴子は南アフリカのヨハネスブルグで休暇をとっていたが、「中国のアフリカ進出を阻止せよ」という指示を受けた。そして、彼女が滞在するホテルに、アフリカへの中国の進出状況に関する膨大な英文資料が届く。冴子はスイスのジャーナリストに扮して、コンゴ共和国の西部、カニャバヨンガ周辺の山あいにある村を訪れる民間医師団のチームに同行した。コンゴには日本のNGOが農業指導を行い、現地で歓迎されていた。現地に滞在して4日目に、村は反政府軍兵士の襲撃を受ける。冴子は村人と医師団を守る為に銃撃戦に身を投じる。兵士たちが所持していたのは二一三式拳銃とロシア製ライフル「AK-74」、カラシニコフと呼ばれるライフルだった。だが、その作りを見るとブラックマーケットで取引される中国製のコピー品だった。冴子は、香港分室の同僚土田政隆の協力を得ながら、アフリカへの中国製武器の流通ルートを解明し、アフリカでの武器売買のダークマネーを得ている組織集団を洗い出そうとする。そのダークマネーが日本に流入することを阻止しなければならないからだ。
 引きつづき、冴子がアフリカ諸国を巡り、中国のアフリカ進出状況を捜索している間に、土田は中国で製造された武器の流出経路を自分の目で確かめるために、ロシア経由でパキスタンに入る捜索行動に出る。土田は総額1200億円規模のヘリコプターを含む武器類が半ば公然と輸出されてていくルートと組織を把握していく。
 
 冴子と土田以外にも、諜報員はパラレルに中国に対する諜報・工作活動を行っていた。一人は、大里靖春である。彼の最初の仕事は、中国国内の武器工場とその搬出ルートの確認だった。その過程で、闇銀行の存在と関わりも知ることになる。
 もう一人は、新人警部で諜報課に着任したばかりの津村鉄徳。彼は水原北京支局長から、影子銀行(闇銀行)の中で、武器の不正輸出に投資している銀行をピックアップして、その背後にあるグループの解明を指示される。
 更に強烈に独自の活動を推進する岡林剛が加わる。彼は、海南島の三亜市を拠点にして、中国のアフリカ進出を阻止するミッションの中で、津村と連携して理財商品の一部破壊と中国の財務ルートの有力者を協力者として獲得することを企んでいた。その為の橋頭堡が、海南島の公安署長に勧め、試験的に養殖を始めた真珠が軌道に乗り始めたことである。この真珠の生産を拡大することを公安署長に勧めることから始めて行く。この事業がエージェントとしての隠れ蓑となる。そして党本部の外交関係に携わる張部長が海南島に滞在する機会をうまく利用する企みに着手していく。

 どこまで、中国のアフリカ進出を阻止できるか。このストーリーは対中工作に取り組むエージェントの活動をパラレルに織りなして行く。そのプロセスで、中国社会の政治経済面での裏の現実を見、関わって行くことになる。まさに、インテリジェンス小説である。
 大きくは2つのストーリーの流れとなる。アフリカへの中国からの武器輸出をどのようにそこで阻止するか。その阻止が中国の輸出元組織集団に強烈なダメージを与えることになる。もう一つは、中国国内で、闇銀行の存在に大きなダメージを与えることである。その画策として岡林は理財商品に目をつける。

 このストーリーには興味深いところがいくつかある。
1.表にはあまり情報として現れてこない中国社会における裏の構造に光りを当てた情報が盛り込まれていく点。勿論フィクション化されているところがあるだろうから、何処までが事実かはわからない。しかし、中国社会を多面的に捕らえて行く上で、一つの押さえ所になる。
2.対中国問題に対する過去並びに現在の日本の対応について、問題事象となる点、憂慮すべき点をさりげなく登場人物に語らせてるところ。勿論、それは読者に注意を喚起させる程度の間接的描写に留まるが・・・・・・。そのモデルとなった実例はありそうな気がする。
3.エージェントがどのようにして情報源となる「協力者」を確保していくか。また、協力者との関係を維持するか、という側面に触れていること。

 このストーリーでは、岡林剛のけっこう派手で鮮やかな工作活動と土田政隆の地道な諜報活動のコントラストがおもしろい。榊冴子はプロローグでは、ちょっと激しい立ち回りを演じるが、その後の諜報活動では、ワレンスキーとの情報交換が中心に描き込まれていく。世界の政治経済情勢をどうとらえるか。世界のマクロ的な動きを押さえながら、日本とアフリカを捕らえ直していくというところがおもしろいと思う。参考にもなる会話である。

 「対中工作」という目的ではストーリーが集約される。しかし、榊・土田・大里の関わる活動ストーリーの収斂と岡林・津村の関わる活動ストーリーの収斂という形で、パラレルで結末を迎える。この点、エンディングの落ち着きがスッキリしないと感じた。そう思うのは、わたしだけだろうか。
 
 小説というフィクションの媒体を通してではあるが、中国という国を考える情報小説になっている点は、中国を多面的に捕らえる材料として参考になるのは間違いない。

 ご一読ありがとうこざいます。

本書から、関心を抱いた事項を少し検索してみた。一覧にしておきたい。
国連分担金の多い国  :「外務省」
実質破綻「国連」分担金制度いまこそ見直しを  :「JIJI.COM」
急拡大する中国のシャドーバンキング  :「大和総研」
アフリカにおける中国?戦略的な概観 (China in Africa) :「IDE・JETRO」
中国、アフリカを「実験場」に 政治・経済両面で影響拡大―米報告書 :「JIJI.COM」
中国の武器貿易条約加入。今後の中国からの武器移転に対する影響は?【武器貿易条約(ATT)関連レポート_2020年7月_vol.3】 :「テラ・ルネサンス ブログ」
中国、世界第2位の兵器生産国に ロシア抜く 2020年1月報道 :「AFP BB News」
世界で最も武器を輸出している国トップ10 2018年3月報道 :「BUSINESS INSIDER」
AK-47 :ウィキペディア
中国製56式歩槍 AK-47のパクリ? それとも? :「秘密国家ベックミン」
56式自動歩槍 :ウィキペディア
中国における大気汚染について  :「在中国日本国大使館」
見ているだけで息が苦しくなる…… 中国の大気汚染の深刻さが分かる33枚の写真
  2019.10.23   :「BUSINESS INSIDER」
中華人民共和国の大気汚染: 現在の大気汚染地図
中国は大気汚染を克服したのか =手放しで評価は時期尚早= :「RICHO」
アングル:中国の水質汚染、世界の水処理企業が熱視線  :「REUTERS」
長江で10年間の全面禁漁 工場排水などで水質汚染、漁獲量激減 2021.1.13:「SankeiBiz」

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