ジョン・グリシャムの弁護士を主人公にした法廷ミステリー小説を一時期立て続けに読んでいた。その後出版されたグリシャムの文庫本を購入したまましばらく遠ざかってしまっている。そんな状況でこれが目に止まった。カバーの右肩には、カタカナ表記の著者名よりも、訳者・村上春樹の名がポイント数の大きな活字で表記されているのがおもしろい。片仮名8文字と漢字4文字のデザイン的なバランス感覚なのかもしれないが・・・・。
法廷ミステリー小説では好きな作家の一人であるし、和名タイトルへの興味と訳者名に惹かれて、未だ眠っている本をそのままに、これを手に取ってみた。原題は「CAMINO ISLAND」である。邦訳がこのタイトルのままならすぐに手に取ることはなかったかもしれない。私にはこの島の名称から何も連想できなかったから、タイトルに惹かれることはない。アメリカ人には何か連想が働くのかもしれないが・・・・・。
さて、読後に少し調べてみると、この小説は2017年6月6日に出版された作品であり、グリシャムにとっては、法廷ミステリー分野から飛び出し、犯罪小説を書き、希覯本の盗難を主題に扱うのは初試みだったようだ。この小説の中に作家が書店でのブックツアー、著者サイン会の実態を描いているが、グリシャム自身この分野の小説を書いた後、作家生活25年間で初めての大規模ブックツアーをしたという。自分自身が大々的にそれを実行してどのように感じたのだろうか。聞いてみたい思いである。
この翻訳本は2020年10月に初版が出版された。
さて、このストーリー。冒頭はプリンストン大学のキャンパスから始まる。
プリンストン大学のキャンパス内に爆弾を仕掛け、マッカレン学寮の二階で銃を発砲しているという通報をして、偽装爆発・発砲という形で大騒動が引き起こされる。大学内で危機的状況が創出された。併行して、ファイアストーン図書館の特別蒐集品室の下にある地下室が狙われる。厳重な保管庫から希覯本を強奪する作業が進展する。大騒動はこの希覯本強奪の目くらましだった。
犯人たちは、F.フィッツジェラルド「文書」、つまりオリジナル直筆原稿の強奪をターゲットにしていた。『美しく呪われしもの』『夜はやさし』『ラスト・タイクーン』『グレート・ギャッピー』『楽園のこちら側』の5つ全部が見つけ出されて、奪いさられてしまう。
つまり、翻訳本のタイトルはフィッツジェラルドの小説の一つのタイトルが使われたことになる。『グレート・ギャッピー』がピンと来なくても、何かを追跡するストーリー、探偵ものか・・・・そんなイメージはまず連想させる。
FBIの迅速な初動捜査が始まる。監視カメラの映像記録や様々な証拠から、犯罪グループの一角が速やかに暴かれて犯人の一部が特定される。FBIの「希少資産回収班」は熱心に捜査した。だが、逮捕された犯人の一部は黙秘を貫徹。そこから先、希覯本の行方は杳として掴めなくなる。
一方、強奪された希覯本には、大学が当然ながら保険をかけていた。希覯本が回収されなければ、保険会社には保険金支払いの義務が発生する。保険会社は、FBIとタイアップする一方で、独自に希覯本の追跡捜索に着手する。このストーリーのメインはここからである。
登場するのはこのストーリーの中核となる3人の人物。まず、最初にブルース・ケーブルだ。彼は、大学生で23歳の時、父の急逝により30万ドルの遺産と書籍の一部を相続する。己の生き方を模索する旅をした結果、彼はカミーノ・アイランドで1996年8月に「ベイ・ブックス-新刊及び希覯本」を開業する。
二人目は、ノース・カロライナ大学で新入生に文学を教える非常勤講師で小説作家のマーサー・マン。州議会の予算削減策の影響を受け、大学との非常勤講師契約を失う羽目になる。過去に長編小説1冊、短編小説集1冊を出し、新しい長編小説に取り組んでいるが停滞したまま3年が経つ。解雇されたことで、生活費の確保、学資ローン返済という軛の重圧に打ちひしがれる状況にいた。
そこに、三人目、イレイン・シェルビーが登場する。経済的に窮地の状態のマーサーにまず偽名で勧誘の手を伸ばしてくる。彼女は保険会社の調査部門の優秀なリーダ-だった。彼女はFBIと協力して、6カ月間捜索を続けてきた、原稿が回収できなければ、6ヵ月後にはプリンストン大学に、2500万ドル支払わなければならないという。その捜索には、マーサーの協力が最適なのだと勧誘する。なぜか。その経緯が綴られる。
結果的にマーサーはイレインに協力することに。学資ローン返済の重圧から解放され、マーサーはカミーノ・アイランドに赴いていく。名目はその島で生活し作家として小説を書くことである。ヨットの遭難事故で亡くなったテッサの遺産である海辺に建つコテッジを部分的に継承していたので、このコテッジで生活を始める。それはイレインがマーサーを最適とする要素の1つだった。島との繋がりがもともとあるという自然さだ。
イレインは今までの独自捜索の結果、何らかの形でブルース・ケーブルが強奪された希覯本に関与していると推定する。彼の書店に『グレート・ギャッピー』他全ての希覯本を秘匿しているという証拠を掴みたいのだ。マーサーにブルースの口から希覯本に関連した話が出るように仕向けて、何らかの端緒を引き出して欲しいという。
イレインがマーサーに指示したのは、自然な形でブルースに近づき、彼の口から希覯本に関連した発言を引き出すということである。小説家マーサーがいわばスパイ活動を始めて行く事になる。カミーノ・アイランドがその舞台ということに。これで原題の由来が明確になる。
マーサーは、この島に住む作家たちとの交流から始める。作家たちと書店経営者とは自然に繋がりが築かれているのだから。イレインはマーサーの日々報告を受けながら、ブルース攻略のためのアイデア交換や指示の話し合いをこの島で行うことになる。
マーサーとブルーノとのいわば狐と狸の化かし合いのような駆け引きが始まっていく。
この小説の読ませどころの観点はいくつかある。
1.FBIの捜査の進展状況の描写。
2.マーサーの心理の変容の描写。
マーサーの過去の思い出、祖母テッサとの関係の心理的整理が大きな要因となる。またイレインとの人間関係も影響を及ぼしていく。
3.マーサーとブルースの二人の人間関係がどのように変化・進展していくかの描写。
その過程でのマーサーの価値観、正義感、倫理観などの維持と変容。
4.カミーノ・アイランドに住む作家たちとブルースを介して語られる出版界の裏話の描写。
5.最終ステージでの希覯本取引の描写。
カミーノ・アイランドを舞台としてマーサーの行動ストーリーが少しずつステップアプしていくプロセスがメインとなる。このプロセスを楽しめるか、つまらないと感じるかで、この小説の評価が割れるかもしれない。いずれにしてもマーサーがどのようにして証拠を握るかをお楽しみに。なお、そこで The End にならない意外な仕掛けと一捻りがおもしろい。後は本書を開けてのお楽しみということに・・・・・。
本筋ではないが、興味深いことをご紹介しておこう。新刊と希覯本を扱う書店を経営し成功しているブルースはマーサーに、「いかにして小説を書くか、ケーブルの十箇条」と題してルールを語る。4,000冊以上の本を読んできた熟達のエキスパートとして自らまとめたハウツーのルールだと言って。
1. プロローグは嫌い。⇒プロローグで始める構成を否定する立場を表明
2. 第1章での登場人物の紹介は5人で十分。
3. もし類義語辞書に手を伸ばしたいと思ったら、三音節以内の言葉を探すべき。
4. 会話にはクォーテーション・マークを付ける。
5. 語りすぎない。常にそぎ落とす。⇒センテンスは短く。不必要なシーンは削除など。
ここまで語り、ブルースはマーサーに「必要なのはストーリー」だけだと言う。「必要なのはストーリー」というのは第6条になってもよさそう。
グリシャムはブルースにここまで語らせている。これは彼自身が心がけているルールなのだろうか。後4つはどういうことが上がるのだろうか。第1条には賛否両論があるかもしれない。後は十分納得できる。普通のことを言っているとも言えるのだから。
ウィキペディアを読むと、この本の人気は
”The book appeared at the top of several best seller lists including USA Today, The Wall Street Journal, and The New York Times.”
と記されている。
発売当初はいくつかのベストセラー本リストのトップにランクづけされたようだ。
ご一読、ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
Camino Island From Wikipedia, the free encyclopedia
The Real Camino Island :「Karen Stensgaard」
CAMINO ISLAND by John Grisham YouTube
NC Bookwatch John Grisham | Camino Island PBS YouTube
F. Scott Fitzgerald From Wikipedia, the free encyclopedia
F・スコット・フィッツジェラルド :ウィキペディア
プリンストン大学 :ウィキペディア
【先取りベストセラーランキング】ハリケーン後に死体で発見された小説家と消えた遺稿 ブックレビューfromNY<第55回> :「P+D MAGAZINE」
稀覯本が盗まれた! 古書窃盗団 vs. 図書館特別捜査員の熱き戦いを描いたノンフィクション :「ダ・ヴィンチニュース」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
法廷ミステリー小説では好きな作家の一人であるし、和名タイトルへの興味と訳者名に惹かれて、未だ眠っている本をそのままに、これを手に取ってみた。原題は「CAMINO ISLAND」である。邦訳がこのタイトルのままならすぐに手に取ることはなかったかもしれない。私にはこの島の名称から何も連想できなかったから、タイトルに惹かれることはない。アメリカ人には何か連想が働くのかもしれないが・・・・・。
さて、読後に少し調べてみると、この小説は2017年6月6日に出版された作品であり、グリシャムにとっては、法廷ミステリー分野から飛び出し、犯罪小説を書き、希覯本の盗難を主題に扱うのは初試みだったようだ。この小説の中に作家が書店でのブックツアー、著者サイン会の実態を描いているが、グリシャム自身この分野の小説を書いた後、作家生活25年間で初めての大規模ブックツアーをしたという。自分自身が大々的にそれを実行してどのように感じたのだろうか。聞いてみたい思いである。
この翻訳本は2020年10月に初版が出版された。
さて、このストーリー。冒頭はプリンストン大学のキャンパスから始まる。
プリンストン大学のキャンパス内に爆弾を仕掛け、マッカレン学寮の二階で銃を発砲しているという通報をして、偽装爆発・発砲という形で大騒動が引き起こされる。大学内で危機的状況が創出された。併行して、ファイアストーン図書館の特別蒐集品室の下にある地下室が狙われる。厳重な保管庫から希覯本を強奪する作業が進展する。大騒動はこの希覯本強奪の目くらましだった。
犯人たちは、F.フィッツジェラルド「文書」、つまりオリジナル直筆原稿の強奪をターゲットにしていた。『美しく呪われしもの』『夜はやさし』『ラスト・タイクーン』『グレート・ギャッピー』『楽園のこちら側』の5つ全部が見つけ出されて、奪いさられてしまう。
つまり、翻訳本のタイトルはフィッツジェラルドの小説の一つのタイトルが使われたことになる。『グレート・ギャッピー』がピンと来なくても、何かを追跡するストーリー、探偵ものか・・・・そんなイメージはまず連想させる。
FBIの迅速な初動捜査が始まる。監視カメラの映像記録や様々な証拠から、犯罪グループの一角が速やかに暴かれて犯人の一部が特定される。FBIの「希少資産回収班」は熱心に捜査した。だが、逮捕された犯人の一部は黙秘を貫徹。そこから先、希覯本の行方は杳として掴めなくなる。
一方、強奪された希覯本には、大学が当然ながら保険をかけていた。希覯本が回収されなければ、保険会社には保険金支払いの義務が発生する。保険会社は、FBIとタイアップする一方で、独自に希覯本の追跡捜索に着手する。このストーリーのメインはここからである。
登場するのはこのストーリーの中核となる3人の人物。まず、最初にブルース・ケーブルだ。彼は、大学生で23歳の時、父の急逝により30万ドルの遺産と書籍の一部を相続する。己の生き方を模索する旅をした結果、彼はカミーノ・アイランドで1996年8月に「ベイ・ブックス-新刊及び希覯本」を開業する。
二人目は、ノース・カロライナ大学で新入生に文学を教える非常勤講師で小説作家のマーサー・マン。州議会の予算削減策の影響を受け、大学との非常勤講師契約を失う羽目になる。過去に長編小説1冊、短編小説集1冊を出し、新しい長編小説に取り組んでいるが停滞したまま3年が経つ。解雇されたことで、生活費の確保、学資ローン返済という軛の重圧に打ちひしがれる状況にいた。
そこに、三人目、イレイン・シェルビーが登場する。経済的に窮地の状態のマーサーにまず偽名で勧誘の手を伸ばしてくる。彼女は保険会社の調査部門の優秀なリーダ-だった。彼女はFBIと協力して、6カ月間捜索を続けてきた、原稿が回収できなければ、6ヵ月後にはプリンストン大学に、2500万ドル支払わなければならないという。その捜索には、マーサーの協力が最適なのだと勧誘する。なぜか。その経緯が綴られる。
結果的にマーサーはイレインに協力することに。学資ローン返済の重圧から解放され、マーサーはカミーノ・アイランドに赴いていく。名目はその島で生活し作家として小説を書くことである。ヨットの遭難事故で亡くなったテッサの遺産である海辺に建つコテッジを部分的に継承していたので、このコテッジで生活を始める。それはイレインがマーサーを最適とする要素の1つだった。島との繋がりがもともとあるという自然さだ。
イレインは今までの独自捜索の結果、何らかの形でブルース・ケーブルが強奪された希覯本に関与していると推定する。彼の書店に『グレート・ギャッピー』他全ての希覯本を秘匿しているという証拠を掴みたいのだ。マーサーにブルースの口から希覯本に関連した話が出るように仕向けて、何らかの端緒を引き出して欲しいという。
イレインがマーサーに指示したのは、自然な形でブルースに近づき、彼の口から希覯本に関連した発言を引き出すということである。小説家マーサーがいわばスパイ活動を始めて行く事になる。カミーノ・アイランドがその舞台ということに。これで原題の由来が明確になる。
マーサーは、この島に住む作家たちとの交流から始める。作家たちと書店経営者とは自然に繋がりが築かれているのだから。イレインはマーサーの日々報告を受けながら、ブルース攻略のためのアイデア交換や指示の話し合いをこの島で行うことになる。
マーサーとブルーノとのいわば狐と狸の化かし合いのような駆け引きが始まっていく。
この小説の読ませどころの観点はいくつかある。
1.FBIの捜査の進展状況の描写。
2.マーサーの心理の変容の描写。
マーサーの過去の思い出、祖母テッサとの関係の心理的整理が大きな要因となる。またイレインとの人間関係も影響を及ぼしていく。
3.マーサーとブルースの二人の人間関係がどのように変化・進展していくかの描写。
その過程でのマーサーの価値観、正義感、倫理観などの維持と変容。
4.カミーノ・アイランドに住む作家たちとブルースを介して語られる出版界の裏話の描写。
5.最終ステージでの希覯本取引の描写。
カミーノ・アイランドを舞台としてマーサーの行動ストーリーが少しずつステップアプしていくプロセスがメインとなる。このプロセスを楽しめるか、つまらないと感じるかで、この小説の評価が割れるかもしれない。いずれにしてもマーサーがどのようにして証拠を握るかをお楽しみに。なお、そこで The End にならない意外な仕掛けと一捻りがおもしろい。後は本書を開けてのお楽しみということに・・・・・。
本筋ではないが、興味深いことをご紹介しておこう。新刊と希覯本を扱う書店を経営し成功しているブルースはマーサーに、「いかにして小説を書くか、ケーブルの十箇条」と題してルールを語る。4,000冊以上の本を読んできた熟達のエキスパートとして自らまとめたハウツーのルールだと言って。
1. プロローグは嫌い。⇒プロローグで始める構成を否定する立場を表明
2. 第1章での登場人物の紹介は5人で十分。
3. もし類義語辞書に手を伸ばしたいと思ったら、三音節以内の言葉を探すべき。
4. 会話にはクォーテーション・マークを付ける。
5. 語りすぎない。常にそぎ落とす。⇒センテンスは短く。不必要なシーンは削除など。
ここまで語り、ブルースはマーサーに「必要なのはストーリー」だけだと言う。「必要なのはストーリー」というのは第6条になってもよさそう。
グリシャムはブルースにここまで語らせている。これは彼自身が心がけているルールなのだろうか。後4つはどういうことが上がるのだろうか。第1条には賛否両論があるかもしれない。後は十分納得できる。普通のことを言っているとも言えるのだから。
ウィキペディアを読むと、この本の人気は
”The book appeared at the top of several best seller lists including USA Today, The Wall Street Journal, and The New York Times.”
と記されている。
発売当初はいくつかのベストセラー本リストのトップにランクづけされたようだ。
ご一読、ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
Camino Island From Wikipedia, the free encyclopedia
The Real Camino Island :「Karen Stensgaard」
CAMINO ISLAND by John Grisham YouTube
NC Bookwatch John Grisham | Camino Island PBS YouTube
F. Scott Fitzgerald From Wikipedia, the free encyclopedia
F・スコット・フィッツジェラルド :ウィキペディア
プリンストン大学 :ウィキペディア
【先取りベストセラーランキング】ハリケーン後に死体で発見された小説家と消えた遺稿 ブックレビューfromNY<第55回> :「P+D MAGAZINE」
稀覯本が盗まれた! 古書窃盗団 vs. 図書館特別捜査員の熱き戦いを描いたノンフィクション :「ダ・ヴィンチニュース」
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