遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『マンダラは何を語っているか』 真鍋俊照  講談社現代新書

2021-08-20 18:16:01 | レビュー
 博物館や美術館に仏教美術展を見に出かけると、時折、マンダラ(曼荼羅/曼陀羅)が展示されている。密教美術としての胎蔵界曼荼羅、金剛界曼荼羅以外にも、当麻曼荼羅、智光曼荼羅、春日曼荼羅などがある。最初はあまり深く考えずに眺めていたが、その回数が重なるほど、「曼荼羅」って何なのだろうという方向に関心が向いて行った。
 マンダラを手許の辞書で引くと、仏教語でサンスクリット語の音写であり、曼荼羅・曼陀羅と表記されること。「本質を有するものの意」と記し、「密教で、仏の悟りの世界を表現するために、多くの仏や菩薩などを体系的に描いた図」(『日本語大辞典』講談社)と説明されている。しかし、密教以外でも上記の如く使われている。また、『図説 歴史散歩事典』(井上光貞監修、山川出版社)には、「宗教画の世界」の冒頭に、<曼荼羅>の見出しで胎蔵界と金剛界の両界曼荼羅について2ページで概略説明をしている。それで大凡の意味合いは理解できる。だが、もう一歩踏み込んで、マンダラについて知りたいと思っていた。そこで目に止まったのが新書版の本書である。1991年9月に第一刷が発行されている。

 本書の特徴は、最初に「1 マンダラとは何か」を説明した上で、「2 マンダラの起源をさぐる」方向に掘り下げる。その上でマンダラという言葉の使われている状況を網羅的に説明していく。読者にはマンダラを冠する分野について、その全容をまず押さえていくことができる。つまり、
   「3 両部(両界)マンダラの世界」
   「4 浄土マンダラとは何か」
   「5 別尊マンダラの世界」
   「6 神道マンダラと参詣マンダラ」
という形でマンダラという言葉が使われる分野の全体象を掴むことができる。本書は6章構成になっている。

 最初の2章は、著者が高野山での修行経験を踏まえた上で、マンダラについて観念的概念的に説明を展開する。十分に理解できたたとは思えないが基本的事項は押さえることができた。後半の4章はそれぞれ実例絵図を提示して、その内容の分析と図像の関係性を主に説明している。具体的な図像の構造や内容、その使われ方などの説明であり、理解しやすくなる。基礎的知識を網羅できるところが本書の利点である。

 以下、少し内容をご紹介していこう。

1 マンダラと何か
 曼荼羅/曼陀羅は古代インドのサンスクリット語が漢字に音写された。マンダは、「心髄」「本質」「醍醐」という中心の意味を持ち、ラは物の所有をあらわす接尾語であると言う。マンダラと合成語になることで、「本質を所有せるもの」「本質を表示(表現)せるもの」を意味する言葉となる。音写された言葉が伝わり、そのまま使われたことで、使い方が種々雑多になったそうだ。
 著者は密教において修行の結果得られた悟りの境地について、密教諸尊が凝縮した場・空間として表現したものが胎蔵界・金剛界というマンダラであると論じていく。悟りの「醍醐味」を表現したものがマンダラと説く。悟りの境地という言葉と結びつくと、途端に私には敷居が高くなる。
 「私はマンダラの核の部分の原像あるいは原風景は、この釈尊の涅槃という一瞬に根ざしているように思えてならない」(p31)。また、マンダラの画面を理解するのがむずかしいといわれるのは、「これは見る側(主として修行者)に、悟りの境地を踏まえた心構えのようなものが必然的に要求されるからである。これが他の宗教画に接するときとの違いである」(p32)と著者は記す。
 この章の最後に、マンダラが方形である根拠を論じている。

2 マンダラの起源をさぐる
 「マンダラの原初の状況」を論じ、モチーフの源はインド神話にあり、古代インドの宗教的美意識が反映しているとみる。「マンダラを生んだ宇宙観」には、インドから中国に伝わった段階で中国人の宇宙の概念が加わる点を論じ、「マンダラの構図の根拠」へと展開していく。
 最終的に「五仏・四菩薩を中心とする両部マンダラは、中国において空海の師・恵果によって統合され、完成したと考えられている」(p70)という。

3 両部(両界)マンダラの世界
 空海は高野山に修法の場を創設し、空海の意志をうけついだ真然大徳が、根本大塔内にマンダラ空間を現出した。マンダラは宇宙の真実の表現だという。両界マンダラは経典の内容を図絵にしたものであるが、説明の要点を図式化すると私の理解では次のようなキーワードでの関係になる。
 金剛界 『金剛頂経』 精神的「智」の象徴 男性的原理 九会で構成   観想の体系化
 胎蔵界 『大日経』  物質的「理」の象徴 女性的原理 十二大院で構成 内観の世界
「空海という人は、その二元的価値の世界を説きながら、それを総合し、統一した世界を両界(両部)マンダラとして表現したのである。ここにはとうぜん演出もある」(p78)と言う。
 ここでは、胎蔵界の中央・中台八葉院から始め十二大院、金剛界の中央・成身会から始め九会、それぞれの説明を行い、各界内の相互の関係並びに両界の関係が具体的に説明されていく。両界マンダラの構造と関係性が具体的にわかるので初心者には役に立つ。

4 浄土マンダラとは何か
 有名なのが「当麻曼荼羅」であるが、浄土三曼荼羅として「智光曼荼羅」「清海曼荼羅」がある。他に、浄土教が説く極楽浄土の世界を描いた絵画もマンダラと呼ばれることがある。しかし、著者は正しくは「浄土変相図」と解釈すべきだと説明している(p122)。 この章では、経説に即した場面づくりの説明をしたあと、”浄土三曼荼羅”の概説を行っている。

5 別尊マンダラの世界
 両界マンダラから個別に特定の尊格をとり出し、人々はその尊格を熱心おがみ現世利益を願うという信仰をした。そのため特定の尊格を中心にしたマンダラが作られた。この別尊マンダラにはその現世利益を達成するための修法が必ずセットになっているという。
 ここでは、別尊マンダラは7種類のグループに分けられると説明した上で、「2 さまざまな別尊マンダラ」を個別に例示、説明している。請雨経マンダラから始め、荼吉尼天マンダラまで、26のマンダラを例示しその内容が説明されている。別尊マンダラの全容を知る役に立つ。

6 神道マンダラと参詣マンダラ
 冒頭で触れた春日曼荼羅はこの章の範疇に入る。日本で「本地垂迹説」が登場して以降に、「神道マンダラ」が生み出されて行った経緯が説明されている。「垂迹マンダラ」「習合マンダラ」とも呼ばれるそうである。神々に姿を変えた仏、両者の関係性をイメージ化しやすいようにしたものと言えそうだ。
 著者は神道マンダラについて、「モンタージュの手法」に近似しているとし、「むろん風景のなかに円相などの小世界を配置して、全体を統合すれば、きわめて抽象的な世界の展開となるのが垂迹画法の特色である」(p192)と言う。神道マンダラの実例を提示し説明を展開して行く。
 最後に参詣マンダラに言及している。今は車で高野山の山頂近くまで上ってしまうので意識すらしなかったことだが、高野山の西側、山下の慈尊院から中門までは180町で、1町毎に道標・石卒塔婆が設置されていて、これが胎蔵界180尊に当てられているという。このことを本書で知った。町卒塔婆が参詣マンダラとなっているそうだ。さらに、山上の中院から奥院までの36町が金剛界37尊にあてはめられているという。
 末尾で富士山参詣のマンダラ図が説明されている。

 参考文献が最後に一覧になっている。さらに深くマンダラに分け入って行く時に役立つリストである。私にはだいぶ先の課題になりそう・・・・。

 一読で十分に理解できるという新書ではないが、マンダラについて理解を深めていく上で、必要に応じ立ち戻ってみる手頃な参考書として役立つと思う。
 インターネット検索をしてみると、各種論文を含めかなり幅広く情報を得ることができることも知った。

 ご一読ありがとうございます。

本書を読み、関連事項・関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
両部曼荼羅について   :「高野山霊宝館」
MANDALA DUALISM ホームページ
重文の両界曼荼羅図を公開 京都・東寺 YouTube
両界曼荼羅図奉納開眼法会  高野山   YouTube
大悲胎蔵大曼荼羅   :「造仏記」
厨子入 智光曼荼羅    :「元興寺」
絹本著色智光曼荼羅図  :「文化遺産オンライン」
当麻曼荼羅  収蔵品データベース :「奈良国立博物館」
当麻マンダラ   :「Amida Net」
聖光寺 清海曼荼羅  :「奈良地域関連資料画像データベース」
重要文化財 阿弥陀浄土曼荼羅 収蔵品データベース :「奈良国立博物館」
別尊曼荼羅とは     :「高野山霊宝館」
朝鮮時代、文定王后の発願による薬師曼荼羅図の復元模写 :「京都市立芸術大学」
一字金輪曼荼羅   収蔵品データベース :「奈良国立博物館」
星曼荼羅 博物館ディクショナリー  :「京都国立博物館」
重要文化財 春日鹿曼荼羅図 収蔵品データベース :「奈良国立博物館」
春日社寺曼荼羅  :「奈良国立博物館」
絹本著色笠置曼荼羅図 :「文化遺産オンライン」
三国第一 富士山禅定図  :「三保松原」
那智参詣曼荼羅   :ウィキペディア
タンカ :ウィキペディア
カンボジア美術の至宝!アンコール「バンテアイ・スレイ遺跡」珠玉のレリーフアート
:「トラベル.jp」

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