遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『オメガ 警察庁諜報課』  濱 嘉之   講談社文庫

2021-08-06 17:07:52 | レビュー
 文庫書下ろしで始まった新シリーズ。日本の国際諜報機関が活動するストーリーがここに生み出された。2013年6月に出版されている。
 プロローグは、日本国警察庁長官官房諜報課の北京支局香港分室から始まる。勿論、その存在は極秘の組織。まず登場するのは、榊冴子。警視庁のキャリアで警視。東京大学法学部出身、29歳。エキゾチックな美貌の持ち主。スイス生まれで、英語、北京語を母国語のように操れる。諜報課に異動し香港分室に属する榊冴子のファーストミッションは、「広東省を拠点として流通する覚醒剤の製造ルートにまでさかのぼり、これを根絶させる」(p27)ことである。香港分室のキャリア技官・時任祐作が冴子を化学分析の側面からサポートする。
 プロローグは、ザ・ペニンシュラ香港で、榊冴子がある男と高純度のフェニルメチルアミノプロパンの取引交渉をしている場面から始まる。そして、上記のプロフィールが明らかになる。読者はおもしろい展開になりそう・・・・・という予感に導かれる。

 「第1章 諜報課」は、警察庁刑事局長の高橋潔と警備局長の根本克彦が中央合同庁舎5号館の喫茶室で小声で会話をしている状況から始まる。2人はこの諜報課誕生の背景と現状認識を話し合っていく。諜報課誕生並びに組織体制の状況を読者はここで背景情報として知ることになる。高橋と根本は東大運動会出身の同期。彼等が密かに情報交換をしていた直後に、彼等自身の進路が方向付けられていることを知る。
 このストーリーは、諜報課が誕生してまだ10年とたたない時点から始まる。諜報課は誰言うとなく「オメガ」と通称されるようになっていた。Ωはギリシャ語アルファベットの最後の文字で「究極」という意味をもつという。
 片岡警察庁長官から呼び出された根本はオメガの諜報官になることを命じられる。そして、高橋は次長になり、次期長官という路線、2人が情報共有を積極的に行う前提で、組織のシナリオが描かれたのだ。根本は長官からオメガの概要を知らされた。
 根本は高橋に語る。「オメガ内はミッションごとにチームで動くんだ。一つの事案が解決すればチームは即解散する。それは支局長の判断だ。複数の局にまたがった合同作業もありえる」(p48)と。このストーリーは、諜報官となる根本の総合的な指揮管轄下で、香港分室の榊冴子のミッションが始まって行くということになる。

 内調の衛星情報センター室に次長として出向している樋口から、根本は北朝鮮の列車の奇妙な動きについて報告を受けた。根本は深圳市の福田区に捜査官を即潜入させる判断をする。一方、榊冴子は時任の分析から福田区に潜入する必要性を意識していた。
 タイミングよく経団連の国際経済本部が深圳市の特区への視察団派遣を計画していた。根本から潜入捜査にふさわしい人材がいるか、と尋ねられた諜報課のアジア担当主幹・篠宮は榊冴子の名前を即答した。冴子は経団連職員の肩書で視察団に加わることになる。
 一方、この視察団に岡林剛が桐朋化学の社員という触れ込みで加わる。彼は北京支局の捜査官だった。冴子は彼が元警察キャリアと認識していたが、同じ諜報課の一員とは知らない。岡林の登場の仕方がおもしろい。かつ、彼のミッションは何か。わからぬままで状況が進展する。冴子のミッションとの関わりがでてくるのか? それとも、同時進行する別のストーリーなのか? 読者には謎のまま関心が深まることに。
 冴子はミッションに関わるターゲット情報の一端を深圳の特区で入手する。

 第1章の面白いところは、中国の社会構造における裏事情がかなり背景として描かれているところにある。インテリジェンス小説としてかなり裏付けのある事実を背景に書き込まれていると思う。そういう意味でも、興味深い。この情報は読者にとって副産物と言える。

 この後のストーリーの展開の流れをご紹介しておこう。後は読んでのお楽しみということに。
「第2章 天命」
*読者は榊冴子はなぜ諜報課の捜査官になったのか、に当然関心を抱くはず。この経緯が語られて行く。
*冴子が諜報課に所属すると、課長の押小路警視監から与えられた最初の課題は、アメリカの武器富豪も参加を予定するドバイでの商談会が何の商談かという捜査である。冴子は掴んだ情報を押小路に報告する。折り返し、押小路からドバイでのミッションが指示された。そのミッションの顛末譚となる。冴子の力量が試されたのだ。

「第3章 計画」
*話は香港分室に戻る。土田捜査官の協力で、冴子はミッション達成のための証拠固めを推進する。課題は鴨緑江大橋を通る貨物列車の積載物とその量の解明である。
*土田は凄腕のハッカーでもあった。警視庁のハイテク犯罪対策に関わる者たちの間では、より優れた技術者「ウィザード」と呼ばれていたという。土田捜査官のプロフィールが徐々に明らかになっていく。
*冴子は中国の麻薬精製工場の徹底破壊、土田は北朝鮮の工場の破壊を担う。

「第4章 ハッカー」
*ストーリーは日本国内で諜報課がなぜかオタクハッカー集団が行うイオフ会、アムニマウス集会を監視する場面に一転する。これが、ストーリーにどうかかわるのか?
*岡林捜査官のプロフィールが根本と押小路との会話で明らかになっていく。
*話はオメガ香港分室に転じる。岡林が香港分室をおとずれ、土田と交流する場面となる。通信衛星技術絡みの話題が飛び交う。土田がなぜ諜報員になったかの理由が吐露される。

「第5章 工作」
*鴨緑江大橋を渡る貨物列車を監視衛星から撮った画像をモニターする場面から始まる。
*土田は丹東市に赴き現地調査を始める。このプロセスがけっこうおもしろい。
 この章は土田の活動にフォーカスしていく。

「第6章 協力者」
*冴子と土田はそれぞれが担当する工場の破壊工作の準備を着々と整え始める。
 どのような準備を進めるかが、ひとつの読ませどころにもなる。
*冴子も土田も、それぞれ相手に気づかれずに協力者を作っていく。このあたりが諜報活動の要となるのだろう。
*独自に行動している岡林が再び登場する。その状況が描かれる。

「第7章 横槍」
*ストーリーの流れからすると、ちょっとドキリとさせる展開に。
 指示に忠実に働き、憂き目をみる警察官が描かれるのは、ちょっとしたアイロニーか。
「第8章 春節」
*それぞれの破壊工作の実施、Xデーが描き出されて行く。そのプロセスで一波乱があるのだが・・・・。
 ストレートに終わらせないところがおもしろい。

「エピローグ」
 いくつか挿入されてきたエピソードのピースが嵌まるべきべきところに嵌まって関連していく。いわば落ち穂拾い的にストーリーのつながりができることにもなる。
 ミッション完了後、冴子は南アフリカ共和国のケープタウンでひとときの休暇を過ごす。冴子なりの命の洗濯だという。だが、彼女には既に次のミッションが指示されていた。

 最後に、この小説に書き込まれている興味深い情報をいくつか抽出しておこう。
*(香港には)金融資産を100万ドル以上持つ富裕世帯は、21万世帯を超えるのよ。 p22
*北朝鮮は2005年9月に羅神港の50年間の租借権を中国に渡している。 p52
*今や中国は、北朝鮮最大の鉄鉱山「茂山鉱山」の採掘権を確保し、中国企業は、東北アジア最大の銅山「恵山銅鉱山」、亜鉛鉱山「満浦」、金鉱で有名な「会寧」にこぞって資本を投入していた。 p52-53
*北朝鮮は今でも、いくつものルートで麻薬や覚醒剤をさばいている。
 輸出先の6割が中国、3割がロシア、そして残りの1割がにほんというところか。p141

*中国のネット社会には、当局にとって有利な発言を書き込む「五毛」と呼ばれる世論誘導役が30万人ほといると言われる。  p151
*黒社会というのは特定の組織を指して用いるのではなく、犯罪組織や地下経済、及びそれらにより派生する社会そのものを表す言葉なんだ。 p166
  ⇒香港三合会、14K、和勝和など。
*陸水信号部隊は、中国人民解放軍総参謀部第三部指揮下で育成されたサイバー戦争用部隊だ。 p201
*中国の放送局の中には、反日ドラマや反日報道ばかりを24時間流しているチャネルが3つはある。 p202
*(中国の)歴史教科書はその内容の7割が近現代史で占められていて、特に清朝後半の列強からの侵略を受けた屈辱的な部分と、日清戦争以降の抗日活動に重きが置かれている。 p206
*警視庁公安部は様々な業界にダミー会社をもっていた。 p209

 このシリーズがどこまで広がって行くのかを楽しみにしたい。2021年8月時点では第2弾が出版されているところで足踏みしているようだが・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
中国サイバー軍  :ウィキペディア
NEC、三菱電機も被害、中国ハッカー集団の全容  :「日経ビジネス」
黒社会  :ウィキペディア
三合会  :ウィキペディア
和勝和  :ウィキペディア
深圳市  :ウィキペディア
深セン進出のメリット・デメリット|日本企業の意図・進出動向は?:「Digima~出島~」
父・習仲勲の執念 深セン経済特区40周年記念に習近平出席  :「NewsWeek 日本版」
中朝友誼橋  :ウィキペディア
新鴨緑江大橋 :ウィキペディア
中朝国境の橋「中朝鴨緑江大橋」、年内開通へ急ピッチ  :「SankeiBiz」
海南島  :ウィキペディア
広州 海南島  :「阪急交通社」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『警視庁情報官 ゴーストマネー』   講談社文庫
『警視庁情報官 サイバージハード』  講談社文庫
『警視庁情報官 ブラックドナー』   講談社文庫
『警視庁情報官 トリックスター』   講談社文庫
『警視庁情報官 ハニートラップ』  講談社文庫
『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』   講談社文庫
『電光石火 内閣官房長官・小山内和博』  文春文庫
『警視庁公安部・青山望 最恐組織』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 爆裂通貨』    文春文庫
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』    文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』    文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』    文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』    文春文庫