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眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

終局の空気

2024-05-16 00:32:00 | ナノノベル
 張り詰めていた9時40分の空気を私は懐かしく振り返っている。まだ駒に手をかけない先生の背中は両者ともに自分の勝利を信じて真っ直ぐに伸びていたものだ。昼食後の幾つかの疑問手を経て形勢は徐々に差がつき始めた。よい将棋を正しく勝ちきることができるなら、半数の将棋は勝てるだろう。一日の勝負は長い。冷静な目と朝の気合いを保ち続けることは、私のような人間にはとても難しいことだった。
 最善手を探究する心は尊い。だが、私の目は指し手のみに集中することはできず、先生の横顔に、背中の角度に、ペットボトルの数に、中継のカメラへ……、カオスとなって散って行く。

 夕休が明けてしばらくすると部屋の中からネガティブな空気が読み取れるようになっていた。すっかりと落ちた棋士の肩が座布団に着いていた。脇息の上の足首がぶらんぶらんとして、ゴミ箱の上に乗った手が流行りの歌のサビの部分を繰り返していた。駒音は途切れ、そこに漂う空気は9時40分のものとはまるで変わってしまった。

「先生、やる気は……」
「ありません」
 六段は天井を見上げたままつぶやいた。
 記録用紙に(投了)と書き込んで今日が終わる。








ムービー・スター

2024-05-15 01:01:00 | ナノノベル
 美しくありたいと願ったことはないか。願いは罪にはならない。けれども、ある一点の美学のために破滅へと向かって行くこともある。ありのままを描くより少しだけずれた世界を創造したい。俺は路上の似顔絵師。人々の顔を描いてはささやかな収入を得ている。スパイスに飢えたシェフ、記憶をたどる秘書、明日へと向かう夢追い人。俺のキャンバスの前で足を止める人は様々だが、みんなどこかで未知の自分を探しているのではないだろうか。

「できました」
 一心不乱に描いて手を止めた。改めて自分の描いた顔を見てみるとどこかで見覚えがあった。日常の中ではない。そうだ……。

「あなたは!」
 昨日観た映画の中に出てきたチンピラだ。
「ちょっと撮影の合間でして」
 言葉遣いのしっかりとした実に感じのいい青年ではないか。俺はずっと俳優という職業に強い憧れを持っていた。
「あなたも色々と大変だね」
 彼が出演する幾つかの作品について少し触れた。
 医者、刑事、ミュージシャン、魔法使い、社長、弁護士、泥棒、教師、遊び人……。時に全く異なる世界観の中で全く異なる自分になってみせるなんて。そして、あたかもそういう人間が現実に存在しているかのような説得力を持って演じることができるのだ。

「大変と言えばみんな変わりませんよ」
(自分は与えられた役柄を淡々とこなすだけ)
 青年はさばさばとした感じで言った。
 そうかもしれない。誰にでもできる簡単な仕事。そんな仕事がどこにあるというのか。続けて行くことは何より大変だ。
 誰だって一瞬だけなら、自分以外のものを演じることもできるだろう。
「頑張ってください」
「ありがとうございます」

 一週間後、役者は殺人容疑で逮捕された。
 きっと何かのフィクションだ。
 俺は何も信じなかった。








スクリーン・テスト

2024-05-14 00:25:00 | ナノノベル
 映画はだいたい2時間。
 人間が集中していられる時間もだいたい同じ。
 2時間あれば人生を知るには十分だろう。

 君との距離15センチ。
 適切な間隔を置いて、君は僕の周辺視野の中にいた。
 どこで笑い、どこで泣き、どこを気にとめないのか。同じ方向を見つめながら、密かに横顔を探っている。
 全く同じではつまらない。全く違うのも寂しすぎる。ちょうどいい君が、この世界のどこかにいるはずだ。

 ……
 文字盤の上のカタツムリ。長く留まれば指の運動に制約を受ける。もしも歩みが重なればミスタッチになる。どうしてここに? 
 痛みは雨のようなものだ。自分の意思でコントロールすることはできない。けれども、雨を知っていればきっと乗り越えられる。
「どうしてここに?」 
 互いに理由を答えられない。きっとそんなものはないのだろう。運命という響きはここに似合わなかった。風が教えてくれたタッチ。
 カブトムシの座標をかわしながら、主人公は物語を完成させる。
 表現が偏っている。
 エピローグまで書店員たちには届かない。
 作者は笑っている。カタツムリの笑顔のようだ。
 そして、カタツムリは空の上を歩き始めた。
 星に働いていた力。そのすべてを忘れて。


「つまらない映画だったわ」
 はっきりと君は言い切る。
「そうかな。感動的だった」
 僕たちは真逆。ジャンルが違う。

「さようなら。あなたの人生にはつき合い切れない」
「それじゃあここで。僕はもう少し見ていくよ」
 彼女だけが席を立った。少しあきれたような顔。

「もう終わってるわ。お先に」
 僕は独りエンドロールを見送っている。
 さよなら……









エアー・タッチ(空踏みpomera)

2024-05-13 10:50:00 | ナノノベル
 時にポメラは予測を遙かに超えた言葉を返してくることがあった。
「自分とだ」
 他にはないと思えた僕の意図はあっけなく裏切られ、時分のあとに戸田が現れる。戸田? 戸田さんなんて知らない人だ。
 一瞬、自分のミスタッチを疑ったがそうではない。
(他にはない)というのが、自分本位の感覚に過ぎない。

 ああ、こんなに傍にいて伝わってないんだ。
 距離なんて関係ない。
 僕は僕。ポメラはポメラ。
 何でもわかってもらえるわけがない。

「その動きいる?」
「えっ?」 
 タッチに無駄があると戸田さんは言った。
「左手がつられて動いてる」
 戸田さんの指摘は間違ってはいない。
 右手がキーを叩いている時、直接関係のない左手があてもない宙を泳いでいるのだ。ドリブルで相手を揺さぶる時の空踏みのように。
「みんな直立して歌うわけじゃないだろ」
「ここはステージというわけ?」
 もしもそうなら僕はただ震えているばかりだ。どこにも届かないかもしれない。そういう恐怖とずっと付き添いながら。

「ここがどこかなんてまだわからないよ」
「だったら探しにいかないとね」
 戸田さんは他人事のように言った。
「まあ、気が向いたらね」
「いつからそんなにふらふらしているの?」
「わからない」
 タッチについて言われたことなんてなかった。
(誰も見もていなかったから)

「あなたは謎だらけね」
 あなたの方こそ。
「ポメラは何も奏でないから」
 どこかに響いたかなんてわかりっこない。
 埋まらない距離を知りながら、僕は馴れ馴れしくポメラに触れた。
「おだいじに」
 そう言って謎の戸田さんは去って行った。









ノベル・バンド

2024-05-12 00:19:00 | ナノノベル
 一人が欠けたとしても表現することは十分に可能なはずだった。だが語り始めてすぐに息が苦しくなった。風景がかすみ、修飾が見当たらない。主人公の動作はぎこちなく、意思を反映させることも難しかった。自分にコントロールできると思ったのは過信だったのか。今にも主人公は躓いて転倒してしまいそうだった。小説の体をなすこともできず、誰もが目を離してしまうかもしれない。
 改行担当が行を空けた。
 段落担当が字を下げた。
 そして僕のパートがかえってきた。

(いつもならあいつが主人公の声で生き生きと語り出すのに)

 地の文の僕は何をどう話せばいいのかわからない。あいつがいなければ何もできなかったのか。今さら気づいたところで手遅れなのだ。僕は主人公の声を主義を主張を、何も知らない。小説をどう表現していくべきかわからない。客席からの冷たい視線を感じる。ここに心躍らせる物語はない。もう疲れた。改行してくれ。
 改行担当が素早くスペースを空ける。
 段落担当が続けて全角スペースを空ける。
 また逃げ場がなくなった。
 強い地声があれば言葉の尾をつかみ取って、どこまでも疾走していくことができるはずだ。だけど、僕には地に足をつけて言葉を引っ張っていくパワーが足りない。主人公の横顔を街の風景の中に映して遠回しに心情を語ること、小さな仕草を積み重ねることによって愛を浮き立たせること、本当はそんな地力が必要なのだろう。僕はそんな風には生きてこなかったのだ。いつもあいつの声のあとを補足するばかりだった。結局はあいつの声だけを頼っていたのだ。今日、僕らは結末まで持たないだろう。もう駄目だ。おしまいだ。ここで解散だ!

(お、お前、熱は下がったのか……)

 絶望しかけたその時だった。
 首に葱を巻き付けて「あいつ」が現れた。
 あとは俺に任せろ。一瞬そんな顔をして彼は堂々と舞台の真ん中に立った。(きっとあいつはこうなることがわかっていたんだな)

「教えてくれ! 僕はどうすれば出られるんだ」
 小説が声を上げると客席の目は輝きを取り戻した。

「まるであなたがそれを望んでいるみたい」
「どういう意味だ?」
「わからない? あなたは迷うことを楽しんでいるの」
「まさか」

「慣れすぎたのよ。すっかり居心地がよくなったのよ」
「違う! 僕は出かけるんだ!」
「旅行者気分でいられると思っているのね」
「旅行とおでかけは違う!」
「同じよ。カテゴリをよく見ることね」

「いったい何の話だ?」
「とぼけないで! カテゴリに縛られているのは誰なのかしら」
「そんなつもりはないね。僕はただ詩歌が現れるのを待っていただけだ」
「それは小説とは違うの?」
「話したくはないね」
「私にとっては日記でも何でも同じよ。言葉は言葉じゃないの」

「同じなものか」
「ずっと迷路を楽しんでいるくせに」
「パズルなんて嫌いだ」
「それだって言葉遊びじゃない。ここは炬燵の中なのよ」
「違う。僕は自由なんだ!」

「自由なんてまだあるとあなたは本……」










あまりある飛翔

2024-05-11 09:19:00 | ナノノベル
 運命の分かれ道は僕の手の中に握られていた。先手必勝。その勝率は5割を大きく上回って6割にも近づきつつあった。責任重大。名人の歩を5枚すくい取る手は既に震えていた。

「それでは振り駒です」
 手の中に納めてしゃかしゃかと振り始める。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪

 ぱっと握ってぱっと放す。
 そんなやっつけ仕事みたいな真似はできない。
 対局者の神妙な面持ちが、この局面の重大さを物語っている。
 だから、簡単に振りを終えることはできないのだ。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪

 運命の導く結論を祈るように見つめる二人。
 静寂の中に神聖な駒音だけが鳴り続けている。
 それを止める権利と責任はすべて僕の手の中にある。
 だから、こんなにも震えが止まらない。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪

 平等のために作られた時間。
 僕はもう十分に手は尽くしただろう。
 頃はよし。これ以上は誰もこの緊張に耐えられまい。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 ふぅわぁー♪
 そして、僕は手を開き駒を宙に放った。

 運命の滞空時間。彼らはどのように落ちて行くのだろう。
 しかし、放たれた勢いが強すぎた。
 あるいは、ため込んだ力の方だろうか。
 歩らは音を立てず舞い続けた。そして、天井を突き抜けて天空へと引かれて行く。

「待ってくれ!」(運命に逆らうな)

 天を仰ぐ名人。お茶を飲む八段。特別な瞬間を切り取るシャッターの音。最初の振り駒は失敗に終わった。こういうこともあるのか。先生たちに少しも動揺した様子は見えなかった。

「振り直しです」
 僕は対局室を回って歩を集めた。
 余り歩が主役になる。そんな朝だった。









最後の笛

2024-05-07 00:15:00 | ナノノベル
 ゴール前に幾度も上がるクロスは、ストライカーの前を通過していくばかりだった。ゴールに必要な特急券を持つ者は現れなかった。ゲームはノンストップで進みアディショナルタイムに突入した。
 最後の最後までゴールのない長いトンネルを抜ける出口は見つからなかった。もはや互いに力を使い果たし、決定的な仕事をするような者はいない。花火の上がらないスコアレスドロー。いつ笛が鳴ってもおかしくはない。互いに傷つかない結果を受け入れて歩いている選手もいた。5分、10分、15分……。それでも笛は鳴らなかった。これは変だ。
 それぞれのポジションを捨てて選手たちが審判を取り囲んだ。

「何やってんだ。時間が止まっている」
「ゴールが見たかったんだ」
 審判はストライカーを見上げて言った。
「俺たちだって!」
「みんな必死にやった結果でしょう」
 結果を受け入れることもプロの宿命だ。
「観客だって見たかったはずだよ」
「だけど、それでも終わらせないと」
「そうだよ。みんなを家に帰してあげないと」
「コンプライアンス守らないとね」

「どこにも帰りたくない!」
(思ってた試合じゃなかった)
 審判はまだ駄々をこねていた。
「俺たちだってそれはそうだけど」
 サイドバックが気持ちを寄せた。

「しっかりして!」
 キャプテンが厳しく言い放った。
「今日が終わるから明日が始まるんでしょ。区切りをつけるのがあなたの役目だ」
「うん」
 審判は膝を震わせながら立ち上がった。
「さあ笛を」

 長いベルが鳴る。

「まもなく名古屋行き最終列車が発車いたします。
ご乗車の方はお急ぎください」









風の禁じ手

2024-05-06 17:31:00 | ナノノベル
 口を開かずとも強く存在している者がいる。私が愛用する扇子もそのような存在だ。触れているだけで不思議と心を落ち着かせてくれる。大きく開くまでもない。読みに集中する時には、パチパチと刻まれて読みのリズムと共鳴する。
 いま、私の玉頭に大きな脅威が迫っていた。
 最も危険なのは間違いなく飛車の直射。
 手筋!
 と飛車の頭に歩をあびせた。

「大駒は近づけて受けよ」
 格言にもある通りだ。



 連打連打と歩を叩く。将棋は歩の使い方で決まる。
 一歩ずつ飛車が近づきいよいよ自陣にまで迫ってきた。駒台に伸ばした手は、フラットな一面を撫でるばかりだった。
 あったのに。あんなにたくさんあったのに。まだあるはずだった。ないとおかしかった。あるとよかった。あってほしかった。読んでいなかった。あるとは限らなかった。愚かなことだった。取り戻せればよかった。本当はね。

(あの一歩一歩が)
 すべて特別な歩だったのだ。

 ここにきて歩がなければ、いままでのは何だったのかわからない。それは相手へのプレゼント。もはや脅威の飛車筋をきれいに止める手段は何もなかった。
 私は大きく扇子を開くと飛車に向けて念じた。
「立ち去れー!」
 すると大きな風が起きた。
「ひえーっ!」
 座布団の上の名人が吹き飛んで行く。
 私の反則負けだ。










不気味の谷のお父さん

2024-05-04 07:42:00 | ナノノベル
「行ってきます」
 少し寂しげな表情を浮かべて父は出発した。疎ましかった存在も、いなくなってみると時折、家に隙間風が吹くように感じられる。しばらく帰ってこれないだろう。しかし、1週間ほど経った頃、思わぬ訪問者がやってきた。 

「今日からしばらくの間、お父さんの代理を務めさせていただくことになりました」
 どうやら父からの贈り物のようだった。(何も言ってなかったのに)
「ああ。お父さん、そっくり!」
「未熟者ですがどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
 僕らはアンドロイドを快く迎え入れた。見た目はどう見ても父そのもので、父よりも礼儀正しい人間のように映った。尤もそれは最初だけで、すぐに遠慮のない振る舞いをするようになったが。

「おーい、新聞取ってくれー!
 お茶くれー!
 おかわりくれー!」
 注文ばかりして座布団の上に居座った。
 母は本物の父にするように、特に文句も言わずに接していた。(それでは益々調子に乗るぞ)彼は時々気まぐれにいなくなって、忘れた頃に戻ってきた。その時は、山の方に行き趣味の植物の写真を撮ってくるのだった。

「うわーっはっはっはっはっ!
 いーひっひっひっ……
 大げさに言うなってー!」
 笑い方や口癖までもそっくりだ。
 本当に何から何まで似すぎていて、恐ろしい。(本当は魂も愛情もないくせに)いつしか僕の胸の内には反発が生まれつつあった。

「まあまあお父さんもうその辺で」
 母が半分残った彼のグラスを引いた。
「何を言うかー!」
 彼は母の前で腹立たしそうに眉をつり上げた。それから突然、目の前にあったお皿や箸や調味料、とにかく目についた物を片っ端から投げ始めた。
「わしが悪い言うんかー!」
 床に落ちた食器が割れる。壁に当たって破片が散乱する。人には当たらないように加減して投げている。とは言え彼は投げっぱなしで、片づけるのはすべて母の方だ。下手に動くと投げた物が当たりかねない。しばらく、静観してから僕は立ち上がった。近づいて行くと彼は身構えた。

「何だ。何か文句があるのか?」
 こいつ、もうがまんできない。
「そこまで似るなよ!」
 僕は感情に任せて代理の父の頬を殴った。
(痛いっ!)
 すぐに自分の愚かさを呪いたくなった。彼は生身ではない。傷ついたのは一方的に僕の方だった。
 母がリモコンを押して父型アンドロイドの息の根を止めた。

「原則を知らないロボットは駄目ね」
 そうして代理の父は返品されることになった。
(こんなんじゃあいない方がましだ)
 3年がどれほどのものかはまだわからない。
 けれども、僕らは不在の谷で父を待ちながら暮らすことに決めた。






スマッシュ・ヒット(宇宙リリース)

2024-05-03 00:41:00 | ナノノベル
 長年培ってきたものが、サード・アルバムでついに爆発した。

最優秀アルバム賞…1位
最優秀作品賞…1位
ゴールデンアルバム賞…1位
アメージングアルバム賞…1位
エンターテイメント・アルバム賞…1位
モースト・インポータント・アルバム賞…1位
革命的アルバム賞…1位
今世紀最大のアルバム賞…1位
抱いて眠りたいアルバム…1位
天国まで持っていきたいアルバム…1位
レコード店員がおすすめするアルバム…1位

やったー♪

 あらゆるチャートを独占した。私は一気に一流アーティストの仲間入りを果たすだろう。生きてきた中で最高の充足感に包まれている。来年は忙しくなるぞ。
 プロデューサーは難しい顔をしてテーブルの前にいた。

「残念な知らせがある」
「えっ」
 今この時にそんなものがあるはずがない。

「発売禁止になるかもしれない」
「どうして?」
「国の方から待ったがかかった」
 原因はAIによる未来予測にあるらしい。私のアルバムはよすぎるために、危険と判断されたのだ。

「朝から晩まで君のアルバムを聴いてすごす人がいるそうだ」
「ありがたい話ですね」
「月曜日からだ」
「それで」

「困ったことになるらしいんだ」
「私の作品がわるいんですか」
「やりすぎたな。よすぎるんだよ」
「そんな馬鹿な話がありますか」
 法を犯したわけじゃない。日頃の行いに問題があったわけでもない。ただ純粋に作品を作り上げたというだけだ。

「国民の意欲を奪ってしまうというんだ。あらゆる意欲だ。創作への意欲。労働への意欲。愛することへの意欲」
「与えるということはないんですか」
「ああ」
「どこにそんなエビデンスがあるんですか」

「AIの指摘だ。それは絶対なんだ」
「人間の作ったものじゃないんですか」

 私は街へ飛び出した。
 どこまで行っても私の最新シングルがエンドレス再生されている。
 しかし……
 それもまもなく止められてしまうだろう。

(私はやりすぎてしまったのか)

 きっとこの国の市場(器)が小さすぎるのだ。
 10年に渡る活動期間を振り返りながら私は空を見上げた。
 大宇宙時代……。
 これからのリリースはあの先にある。

「星だ」






ダンス・ウィズ・ドリブル

2024-05-02 00:21:00 | ナノノベル
 仕掛けに備えて身構えているとドリブラーはふしぎなおどりを踊りはじめた。
「おちょくってるの?」
「踊っているとアイデアが湧くのさ」
「じゃあ、まだ今はないんだね」
 ならば今がチャンス。踊りの隙を突いてボールを奪える。

「飛び込むな!」
 ベンチからの指示が俺の足を止める。
「どうして?」
 行かなければ奪えないじゃないか。
「味方のフォーローを待て!」
 デュエルで奪えるのに。

「時を稼げ! 話しかけろ!」
 監督に逆らってベンチに下がりたくはない。

「いつもどこで踊っているの?」
「踊り出したらそこがステージさ」
「怖くはないの?」
「何をそんなに恐れる?」
「ボールが足から離れてる。俺取れそうなんだけど」
「はあ? それにしては距離があるじゃないか」
「わけあって今は詰めれないんだ」
「そうか。まあ俺には関係ないけどさ」

「踊りは楽しい?」
「決まってるだろ。アイデアがどんどん湧いてくる」
「俺を抜くつもりなのか?」
「ああ、時が来たらそうするよ。お前も踊ってみなよ」

「俺?」
「そんな風に突っ立ってたら、いざという時に対応できないぜ」
(だとしたらどういう優しさだ)
 話しながら見つめている内に、俺の体は徐々に揺れ始めていた。

「ほら、恥ずかしがってないで」
「いや別に」
 惑わされるな。俺はただ時間を稼げばいいのだ。

「俺と同じじゃなくていいんだぜ。好きに踊ればいい」
「俺はダンサーじゃない」
「俺だってそうさ」
「今はそうは見えないけどな」

「個を切り取って見れば何にだって見えるだろう」
「それはまあそうだろうが」
「俺たちは今デュエルの最中にいる」
「本当か」
 俺自身の意思だけで動けるならいつでも勝てるのにな。

「こうしている間にも無数の仕掛けが温められているのだ」
「無駄な時間ではないと俺も信じたい」
 援軍はまだか。ただ待つことは時を虚しくする。
 俺はもう待ち切れそうもない。

「本気で勝とうと思うなら新しい仕掛けが必要だ」
「そうか」
「だから踊っている!」
「楽しそうだな」

「デュエルはどこにある?」
「至る所にあるんじゃない?」
「そう。負けん気の中にあるのだ。
 そしてボールは踊りの中にあり、
 踊りは人生の中にある」
「そういうもんか」

「だから踊っている!」
「だったら俺も!」
 もう理由なんてどうでもいい。 
 互いの援軍がやってくると俺たちを取り囲むように踊り始めた。やっぱりみんなも踊りに来たみたいだな。

(ボールはどこだ?)
 いやもうそんなことはどうでもいいだろう。

「踊れ! 踊れ!」
 主審も駆けつけて、笛を鳴らしながら踊っている。
 そうだ。
 これが、
 俺たちのフリースタイル・フットボールだ!






レプリカ・レボリューション

2024-05-01 09:14:00 | ナノノベル
 真似ている間はかわいいものだった。かわいさは、いつか頼もしさになり、恐ろしさに変わったが、そうなった時にはもう恐ろしさを口にすることもできなくなっていた。どこかで革命的な進歩があって、現実を凌ぐ勢力が現れたのだ。

 紙は紙のようなものに差し替えられた。手触りは紙ではなかった。紙の匂いもしなかった。それでも紙にできることをすべてこなし、紙のような失敗をすることがなかった。
 肉は肉のようなものに押されて消えていった。歯ごたえ、旨み、栄養素、すべてが肉そのものを上回っていた。ようなものが肉そのもののよい部分を合わせ持ち、肉に取って代わったのだ。

 猫のようなものが猫のテリトリーを奪い取った。かわいらしく、機敏で、気まぐれで、用心深く、抜け目がなかった。居酒屋の暖簾の下に、自転車の隙間に、コンビニの駐車場に、至る所に、猫のようなものがいる。どこか違う……。そう見える瞬間もあったが、「そこ」と指摘できるものを見つけられた者はいない。
 すべてに優先されたのは経済効率だ。

 世界は絶え間ない入れ替え戦の最中にあった。後からやってくるものは例外なく強く、ディフェンディングチャンピオンの頑張りには哀愁のようなものが漂ってみえた。
「肉を食わせろー!」
 肉でも食わなきゃやってられないと叫ぶ紳士も、既に肉そのものが提供されていないことは、十分に承知していた。それくらいはほざいてもみたくなる。時勢だろうか。(生き残るのは言い回しのみ)

「ごちそうさま」
 そう言って金のようなものを払った。それが電子なのか、木の葉なのか、もう興味は失われつつあった。
 既に私たちの半分以上が入れ替わっているようである。
 きっと彼らは無駄な消費をすることもないだろう。

「あとはよろしく」(めでたしめでたし)
 そう言って私は本文を閉じる、
 今日はまだ少し現実のようである。







ファースト・イメージ・コンタクト

2024-04-29 10:20:00 | ナノノベル
 いつかのやさしいものに似ていたら、やさしい衣を着せてしまう。ファースト・コンタクトであっても、完全な素でそのものを受け取ることはできないのだ。鳥に似ていたら勝手に翼を着せて見てしまう。馬に似ていたら勝手にスタミナを着せて見てしまう。蛙に似ていたら勝手に歌声を着せて見てしまう。時には偏り、また時には都合よく着せてしまうのが脳というものだ。好きだったものに似ていたら、無意識にハートを着せてしまう。

サッサッサッサッサッサッ♪

 少し近づこうとしただけで犬は離れて行ってしまう。

「おいで。大丈夫だよ」(話したいだけ)

サッサッサッサッサッサッ♪

「最初の宇宙人がよほど酷かったのだろう」
「隊長、どうしますか」

サッサッサッサッサッサッ♪

 その逃げ足には恐怖が染み着いているのが見えた。

「我々は誰かの残像にすぎぬ」
「無理ですかね」
「いや。粘り強く見せていこう……」
「はい!」
 記憶は脱げない。重ねて着せていくことしかできない。
「人としての誠意を」


ユキヒョウ並走

2024-04-28 00:09:00 | ナノノベル
 走っていると不安が襲ってくる。
(どこかで道を間違えてしまったのでは) 
 その答えは誰も教えてくれない。ずっと独りだからだ。不安を避けて走ることはできない。走っていなければ自分でいることができない。どこまで行けばいいのだろう。あるいは、いつからこうなってしまったのだろう。この上なく愚かなことをしているのではないか。進んだ先にゴールはあるのか。
(何もいいことなんてないのでは)
 いいこと? そこが指す場所はどこだ。
 走っているとどんどん自信がなくなっていく。
(自分はここで何をしているのだろう)
 人々は酒を楽しみ、言葉を交わし、写真を撮り、テクノロジーを駆使し、漫画を描き、絵画を鑑賞し、海を開き、野菜を串に通し、肉を焼き、雲を追って、山に登り、日記を通し、共感を抱き、羽を広げ、自分を磨き、琴を奏で、温泉に浸かり、人としての本分を……。

「僕は道を外れているのでは」
「みんなそうだよ」
「みんなって?」
「あなた以外のみんなよ」
「そうかな?」
「みんな疑っているわ」
「そうは見えない。確信を持っているように見える」
「あなたの方こそそう見えているのよ」
「そんなことが……」
 いつの間にか、ユキヒョウが隣を走っていた。

「あなただってジェラシーの対象になるの」
「あり得ないよ」
「自分が何も持っていないと思っているのね」
「僕には何もないよ」
「いいえ。すべてを持っていないというだけよ」
 ユキヒョウは落ち着いた口調だ。まるで止まっているように息一つ乱れていない。

「それはまるで違うよ」

「あなたは考えすぎの虫ね」
 彼女から見れば僕は虫のように小さく映るのだろう。けれども、虫はもっと機敏だ。
「みんなうまくいかないよ」
 走っているのは自分の意志だろうか。勿論、最初はそうだった。でも、今はどうだろうか。惰性の先に風景が流れ去るだけではないのか。
「平坦な道なんてないわ」
 この道はいつか来た道だろうか。
「どこだって歪んでいるのだから」
 ユキヒョウはどこに行くのだろう。ちょうどコースが被ったのだろうか。

「生き物というのはみんなそう」
 まだ自分が走っていることが不思議だ。
「食べれて眠れて愛せる人なんていないわ」
 彼女は急に早口になって何かを言った。

「えっ、何だって?」

「ちゃんと愛せる人なんているもんですか」
 どこか怒っているようにも見えた。
 僕はまだ走っている。どこに行くあてもないというのに。
「この道があるじゃない」
 ユキヒョウは自分に言い聞かせるように言った。

「足りないんじゃない? あなたは走りが」
 彼女のように走ることはできない。

「もっと飛ばしなさい。この夜を」
 そう言ってユキヒョウは一気に加速して闇の向こうに消えた。
 ああ、いいな。
 あんな風に僕だって駆け抜けたいよ。


本官の夢(野生の叫び)

2024-04-07 21:24:00 | ナノノベル
 老人の訴えは耳を疑うものだった。ステマが捕獲されて大変なことになっていると言うのだ。本官はいつでも市民の味方である。しかし、時には味方である者同士の板挟みとなって苦悩することもある。何より大切なことは、親身になって耳を傾けること。冷静に真実を見極める目を持つことだ。老人の訴える現場に近づくと女性が駆け出してきた。

「家の人ですか?」

「すみません。この人かなりぼけてるもので。おかしなことを言ったかもしれませんが、寝言と思って聞き流してください。いつも夢見ているような状態ですから」

「そうでしたか。事情はわかりました。しかし、確認のために少し家の中を見せていただいてもよろしいですか?」

「構いませんが、夜も更けましたのでできれば明日にしていただけると助かります」

「わかりました。それでは明日また改めまして」

「駄目じゃ。今じゃ。今でないと。今じゃろ」

「もう、おじいさん! 何を言ってるの。ご迷惑よ」

「いえいえ、どうか気になさらずに。それではおやすみなさいませ」

「ごくろうさまです」

「ヒヒーン!」

 その時、家の奥から明らかに野生のものと思われる声が響いた。一瞬、家人の顔色が変わったようにも見えた。

「やはり、今見せていただきましょう」

「しかし、突然今というのは……」

 家人の制止を振り切って家の中に突入した。野生の声を追って地下室にまで下りていくと秘密めいた扉があった。

「ここですじゃ」

 すべてはおじいさんの言う通りだった。狭い室内に入ると哀しみに満ちた視線が、一斉に本官の方に向いた。たくさんの希少動物たちが違法に集められて飼育されていたのだ。明らかに劣悪な環境だ。

「ここには置いておけません」
 家人は何も反論せず、すべてを解放することに同意した。

「ご協力を感謝いたします」
 老人の勇気によって事件が1つ解決した。

 応援に駆けつけた者と協力して、地下室から哀れなものたちを救出した。多くが久しぶりに見る外の世界に興奮している様子だ。
 ペンチアスクリーンキャットの足は小刻みに震えていた。サッポロユキヒョウの凛々しい横顔が見える。オオクジラッコはマイペースで行進の途中で突然立ち止まる。ムーンサーベルモンキーがちょっかいを出してもスネクイーンオオカミは動じない。ヘッドライトをあびてステマザウルスの背中がきらりと光る。マカロンポニーが笛を吹いたように鳴く。バルーンポニーは持ち前の好奇心を徐々に回復させて野草に口をつけた。月明かりの下でキメラスポメラの瞳が夜露のように潤んでいた。

「わしもつれていってくれ!」
 闇夜のパレードの向こうからおじいさんが駆けてきた。
 危うく忘れるところだった。

「失礼しました。一緒に行きましょう!」

 任務はこれにて完了であります。野生の一鳴きに気づかなければ危険なところでありました。本官を支えているのは強い使命感なのであります。大切な市民の味方として、いつでも公正な姿勢を保たねばなりません。権利と平等を守ることにおいては、人も動物もないのであります。本官にとってみれば、皆が大切な住民であります。本官はこの街が好きであります。愛すべきこの街が真の愛に包まれること。それが本官の夢であります。