「行ってきます」
少し寂しげな表情を浮かべて父は出発した。疎ましかった存在も、いなくなってみると時折、家に隙間風が吹くように感じられる。しばらく帰ってこれないだろう。しかし、1週間ほど経った頃、思わぬ訪問者がやってきた。
「今日からしばらくの間、お父さんの代理を務めさせていただくことになりました」
どうやら父からの贈り物のようだった。(何も言ってなかったのに)
「ああ。お父さん、そっくり!」
「未熟者ですがどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
僕らはアンドロイドを快く迎え入れた。見た目はどう見ても父そのもので、父よりも礼儀正しい人間のように映った。尤もそれは最初だけで、すぐに遠慮のない振る舞いをするようになったが。
「おーい、新聞取ってくれー!
お茶くれー!
おかわりくれー!」
注文ばかりして座布団の上に居座った。
母は本物の父にするように、特に文句も言わずに接していた。(それでは益々調子に乗るぞ)彼は時々気まぐれにいなくなって、忘れた頃に戻ってきた。その時は、山の方に行き趣味の植物の写真を撮ってくるのだった。
「うわーっはっはっはっはっ!
いーひっひっひっ……
大げさに言うなってー!」
笑い方や口癖までもそっくりだ。
本当に何から何まで似すぎていて、恐ろしい。(本当は魂も愛情もないくせに)いつしか僕の胸の内には反発が生まれつつあった。
「まあまあお父さんもうその辺で」
母が半分残った彼のグラスを引いた。
「何を言うかー!」
彼は母の前で腹立たしそうに眉をつり上げた。それから突然、目の前にあったお皿や箸や調味料、とにかく目についた物を片っ端から投げ始めた。
「わしが悪い言うんかー!」
床に落ちた食器が割れる。壁に当たって破片が散乱する。人には当たらないように加減して投げている。とは言え彼は投げっぱなしで、片づけるのはすべて母の方だ。下手に動くと投げた物が当たりかねない。しばらく、静観してから僕は立ち上がった。近づいて行くと彼は身構えた。
「何だ。何か文句があるのか?」
こいつ、もうがまんできない。
「そこまで似るなよ!」
僕は感情に任せて代理の父の頬を殴った。
(痛いっ!)
すぐに自分の愚かさを呪いたくなった。彼は生身ではない。傷ついたのは一方的に僕の方だった。
母がリモコンを押して父型アンドロイドの息の根を止めた。
「原則を知らないロボットは駄目ね」
そうして代理の父は返品されることになった。
(こんなんじゃあいない方がましだ)
3年がどれほどのものかはまだわからない。
けれども、僕らは不在の谷で父を待ちながら暮らすことに決めた。
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