1999年ペルーでの3ヵ月の旅を終え10月20日に帰国しました。ペルーは世界の地理と人類進化の流れを包括しています。山岳地帯、アンデス山脈、ジャングル、遺跡、砂漠、海岸、と全部揃ったのはペルーだけです。5000mの高地で住めるのは風が吹かないからです。プレインカを合わせてアンデス文化といいますがインカは大変な文化を持っていました。800年前クスコマチュピュツに建てた空中都市の建造物はナナメに出来ていて楕円形が特徴です。地震の時もスペイン人の建物は全部倒れたがインカの建物は倒れませんでした。インカの人は段々畑で農業試験場の様な所で品種改良したりして今もこの食文化は豊富に残っていてペルーのグルメはおいしいです。また宗教センターも有り天体も観測していました。
若月陽子プロデューサー が天命反転住宅へ打合せの為来られました。CNNは世界放送です。今回のテーマは60才超えた人達の生きがい、目的をいかにしてみつけるか。反転住宅でみつけた還暦の夢などをインタビーューされます。
縄文ストレッチ教室に来られる60才超えた人達の健康美を世界に紹介いたします。60代に70代の健康の下地を作る為。70代は80代の為に・・・クリエティブ に生きる事が条件でこの反転住宅に入居した事でがんじがらめになっていた女の紐がほどけて行っています。この反転住宅で自由に生きれるノウハウが身に付き頭がスッキリしてきたのでコンピューターワークにいま凝っていますが、ブログもほぼマスターしました、ところどころお見苦しいところがありますが、スグに出来るようにいたします。以前は携帯持つだけがやっとという有様でしたが・・・4月4日~13日までサンフランシスコからニューヨークヘ行ってきます。ブログがその間書ければと思い今用意中です。ニューヨークでは荒川・ギンズさんのお宅におじゃまいたします。どんな事になるのか楽しみです。
今回は社員の方が縄文ストレッチで肩凝りは楽になったが腰痛の方がまだダメです。という事でしたので腰痛のストレッチから始めました。腰痛は肝臓の疲れから来ます、心理的には怒りがあります、腹わたが煮えくりかえるとか云うでしょう。背中を押すよりお腹のヒーリングをした方が効き目があります。足をねじって組み両手もねじって組んでお腹の臍の横に置き圧を与えます。「アー腰が楽になったー」と云う声があがりました”。陰と陽”の事についてのお話をしました。郵便局にあった新聞記事に”若い人達のドラック使用”の記事を見たので参考にしてもらえればと、12年前アメリカのボストンにマクロビオlティク<玄米、生食)の久司道夫先生の所で勉強した事でドラックを欲しがる人は陽性(肉、ミルク、卵、油っこいもの)を食べ過ぎている為極端な陰性(ドラック)が欲しくなる、バランスを取る為に。ドラックを止めるにはまず食生活を変える事、昔の日本人が食べていた(味噌汁、煮物、豆類、海そう、玄米)など基本食にする。アメリカでは小学校でもドラックが出まわっていて、学校に行かせない人が増えています。ドラックを23歳になる10年の間やり続けて子宮筋腫が出来手術した女性から相談受けました時、今はやってないけど刺激物を摂ると頭にツーンときてテンションが上がってまい普通に暮らせないと話していました。タバコとドラックはどちらが悪いかと論争にもなりましたが、タバコは10年吸っても止めれば何とかなるけどもドラック浸けの体は中々元に戻らない。マクロの食事でも最低8年かけると何とかなって行くと。1960年代のヒッピーでドラックやったけどチャンと社会復帰して国の仕事についている人もいます。”この宇宙では陰陽が解かれば笑うしかない”とマクロの創始者桜沢如一。からだの陰陽、心の陰陽、食べ物の陰陽について勉強しました。
今日は午後からC.N.A放送のインタビューの人が下見の為反転住宅の202号へ来られます。
一
ペルーイキトスよりアマゾン河横断ブラジルベレンへの旅その22
南米の赤道直下の厳しい条件の中で心導ヒーリングの普及という目的を果たしながら人々との出会いを通して自分が弱い存在である、大自然と対峙して遂にベレンで倒れました。強いと信じていたのは、文明から守られた疑似的な自分の姿でした。南米では何が起こっても不思議ではなく今日の命は”今”この時限りのもので自分を守るという、必死の作業で神に祈るという事の前にまず一歩前に進むことの出来るからだのエネルギーに気持ちが集中いたします。“足が一歩前に出る”事の素晴らしさはなんと神に近い事か。人は何万年もかけて歩き出した事をこの旅で実感出来ました。自由を求め、環境を求めそれぞれの神話をD.N・Aに組み込んで民族となり歴史を築きあげました。人間の動きこそ神業そのものではないか。インデイオの貧しく厳しい生活にこそ理想を求める人間の原点があるのかも知れないという事でした。21世紀困難な時代を生き抜かなければならない子供達に伝えたい!という心からの叫びを思いながら日本へ帰国いたしました。終わり
6日間の天命反転住宅滞在を終えて今日帰国します。日本へ11回来て今回は時差をあまり感じなかった、反転住宅で魂のふるさとを感じた、フインランド人に反転住宅を体験してもらいたいとツーラー。高花会長が20人の方たちを招待してくださり、夕食会を開いてくださいました。京王プラザホテルの”南園”のテーブルの上にはフインランドの歴史についての情報のレポートが置いてあり、改めてフインランド歴史や国政などをしりました。室舘勲社長もマジックでフインランドの国旗を披露してツーラーたちも爆笑、高花会長からおみやげをいただきました。カメラと漆器の器にツーラー達は感嘆!野川公園の桜も開花寸前”ビユテイフル ”を連発して日本を後にしました。
ペルーイキトスよりアマゾン河横断ブラジル、ベレンへの旅その21
いよいよ日本へ帰国する前日おみやげを買いにアルパカのお店に行きました。そのお店の息子さんが13歳の時に花火の事故で脳を三分の二破裂させて植物人間のようになり9年間寝たっきりで、私達もお見舞いさせてもらいました。少しからだをヒーリングいたしました。20歳になったそうですが白くきれいな顔立ちが印象的でした。正太君の手を握って話かけると彼の頬から涙がにじみ出てきました。お母さんの懸命な看病に彼は答えています。小水のクダも今はしていなくて排尿をもよおしたら10分位かかってアゴを動かしてふんばるそうです。ちゃんと知らせてくれるようになりましたオムツをしている時はお金も結構かかっていたけど息子はそれを知ってかどうかお小水も大便も知らせる事が出来る様になった。お母さんの愛に答えて10分もかかって自力でオシッコをする姿、意識の限りをたどる行為に感動を覚えました。アゴは踏ん張る力が一番強い所です。重量上げの選手はアゴで支えて上げるそうです、正太君の頑張りに頭がさがります。3ヶ月の南米の旅を今日で終えて日本へ帰国します。旅の思い出に浸りながら心導のワークで最後の調整をしました。。
花園神社参拝
ツーラとパッシー<フインランドのプロゴルフアー30才)と花園神社へ参拝へ行きました。神社の中を案内して頂きました。お寺とは少し違った雰囲気、からだが澄んできて静かな気持ちになります。お神酒を頂きとてもおいしくてもう一杯というわけにはいかなくて。ツーラ達も真剣にお話を聞いていました。二礼、ニはく、一礼、してお願い事を致しました。桜も7分咲き帰国直前に満開になるでしょう。花園神社の片山宮司はドクターでもあります。三笠宮殿下の考古学のレクチャーが先日花園神社でありました。片山宮司は先見を見通す眼力がある方です。倉富さんは水脈だネとおっしゃってくださいました。ツーラ達は片山宮司にお会い出来てラッキーでした。
ペルーイキトスよりアマゾン河横断ブラジル、ベレンへの旅その(20)
次の日マチュピュツよりクスコへ汽車で行く。ホテルで白い大きなコンドルがお腹の中に入ってくる夢を見た。コカ占いのすごい人がいると聞いて行く事にした。途中で昨夜見た白いコンドルがゲートにあった、夢が現実になった。旅の厳しさで感がするどくなりだした。クスコの村はずれに固まって何軒かの家にシャーマンがいます。コカの葉を使って占うのですが、観てもらう人はコカの葉に名前をいって息を吐きかけます。コカ占いのおばさんは赤ん坊におっぱいをのませながら私にここういいました。貴方は子供が2人いて1人は歯医者か電気関係の仕事をしています。<離婚した夫が歯医者で息子が電気関係の仕事をしています)。貴女は国を出ようとしています、それは叶います。(アメリカのグリーンカードを申請していてペルーから帰国してまもなくグリーンカードが降りたのでアメリカへ行きました。)貴女は何か団体の様なものを持っていて2年後にそれが分裂しそうになり貴女は悩みます。<実際にそうなりました>海外で買った宝くじが当たります。バラ以外の花を入れた水を浴びて禊をしてください。5人占ってもらいみんな当てられました。花の禊を途中で止めたので宝くじはまだ当たっていませんが海外で始めた心導ヒーリングが爆発的に北欧で広がっています。コカ占いに関心がある人はペルーでガイドしている秋田勝氏に連絡して下さい.masaru@terra.com.pe
ペルーイキトスよりアマゾン河横断ブラジル、ベレンへの旅その19
マチュピチュを訪れるのは3度目です。雨、晴れ、雨上がりの霧のマチュピチュを見ればマチュピチュの素晴らしさがわかるとか、マチュピチュの精霊を山の線の強さに感じられる。空中都市といわれるインカ帝国の強さがここに残されている。カミソリ一枚も通さない石と石のつなぎ、灌がい用水設備、農業試験場、天体観測、スペイン人が侵略した時、下から見上げても城壁は見えないように設計されていた。100年前突然姿を現す前の800
年間は砂をかぶっていたと聞きました。1999年に初めてマチュピチュを訪れた時はまだ観光化されてなくて、グッパイボーイ(曲がりくねった山道をバスと走って競争する少年)に感動を覚えましたが、昨年ダライラマが“2000年のエネルギースポットはマチュピチュだ”と云った事から文明国からの資本が入り急ピッチで観光化されされていて、マチュピュツの頂上にロープウエイを作るとか、みんなが反対しています。山のポーターで働く地元のインデイオ達は、毎日40キロ位の荷物を担いで朝から夕方まで、休日もあまり取れなくて働く為腎臓が悪くなり利尿作用が悪く血尿がでます。その時は薬草や村の診療所に行き治す、足のふくろはぎが傷むとか。50才位までしかポーターの仕事はできない。足のヒーリングをみんなでしました。ゴムのサンダルを履いているのでくい込んだ処が汗でふやけてしまっていて可哀想になりました。仕事を終えた一時にトウモロコシで作ったビールを飲むのが楽しみだそうだ。山にある自然の温泉で知り合ったペルー人のフアミリーと温泉に浸かって肩こりのヒーリングをしあいっこしました、みんな病を持っていて世界中どこに行っても癒し系は重宝されます。下は砂地のぬるめのマチュピチュの温泉でゆっくり温まって気持ちが爽快になりました。
23日にツーラー(縄文、心導インターナショナルインストラクターが天命反転住宅を訪れました。着いてすぐにヒーリングして旅の疲れと時差の調整しました。経絡の概念は”時間”です、7時間日本の方が遅い。天命反転住宅の第一声『フリーダム!』心もからだも自由になる頭も、と野川公園に散歩へ、3ぶ咲きの桜に「ビュティフル!」温泉に行き寿司を食べに行きました。デコボコ床で就寝、a.m1:00に目が覚めて1時間瞑想した、また眠くなって6じまでグッスリネタ。ココは良く寝れる、床が気持ち良いとと言っていました。5人のフインランド人が日をずらしてきます。24日はツーラのデモンストレーションに12名参加、フインランドでインストラクターコースを受けた西川潔先生(80才)奥さま(81才)が来られ8年振りの再会で話とからだがはずみ元気になりました。児玉真理さんのバイオリンのミニ演奏会で球体の部屋はコンサートホールのように響く、キッチンの中はとてもひきやすく思ったと。バッハのシャコンヌが天命反転住宅に響いて皆さんウlットリ有意義な1日でした。