年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

苅田岳

2006-10-02 | フォトエッセイ&短歌
 蔵王の主峰熊野岳と苅田岳に抱かれた「御釜」はエメラルドグリーンの湖面を巻き立つガスにその神秘的な姿態を隠そうとしていた。それは龍神の鋭い牙からモクモクと雲を吐き出しながら尾根を越えて来る壮大な動きだった。御釜を見下ろす我々の足許にも押し寄せてきた。視界3m、太陽が雲間の月のようにボンヤリと浮かんで見えた。
 爆裂火口に水が貯まった湖。表面から10数mの深度で摂氏2度まで下がり、更に深度を増すと温度が高くなる特殊双温水層で世界にも例がないという。
 とその時とぐろを巻ていた龍神が尾でも振ったのだろうか、突風が起こりガスが切れ初秋の青空が一瞬垣間見られたが、彼女は再び神秘な姿を晒すことはなく深い霧の中に埋没した。肌に冷たいものが流れた。

 霧雨の苅田岳の西は山形に続く九十九折の長い下り坂である。東は宮城白石に出る長い坂道が続く。小さな雨滴が転がり落ちて西に行くか東に行くのか暫し迷っていたが、一陣の風がどこかに連れ去った。
 
西側に飛ばされると最上川に収斂され荒れ狂う日本海に流れ込みナホトカ港辺りに達するかも知れない。東側に転がると阿武隈川に注がれ温暖な太平洋をゆったりと渦巻きながら日付変更線越えアメリカの西海岸にぶつかるかも知れない。何か一瞬のたわいない事が生涯の存在のあり方を決定していくのだ。
 あの時の男の戯れの一言によって、あの時の女の何気ない仕種によって東西への流れが決定される。それからも幾つかの峠を越えながら流れ流れた今がある。あの時、反対側に転がっていたら全く別の人生を歩んでいたかも知れない。良かったのか悪かったか……自分にとっての分水嶺となった峠はどこだったのだろうか。
           

 麓の高原では蕎麦の花が満開だった。ローングリーンの絨毯に花嫁の純白なドレスが踊っているように華やいで見え艶めいた香りが漂っている。手に取って眺めると素朴だが気品のある容姿をしている。『蕎麦の花も一盛り』ナルホドナ~。現今、うっかり使えない諺ではあるが。


    宮城遠苅田温泉から苅田峠を越えて山形蔵王温泉に至る



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