Jerry Emma Laura Piano

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

続源太郎(6)

2013年09月20日 | 腰折れ文
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「源太郎と絵理香」登場人物や設定はすべて架空です。

「僕が、これから山葵田で知っている事を話します。難しい事はわかりませんから、質問はなしでお願いします」と言って、源太郎が湧き水の話しから始める。話しを聞いていた校長は、この子の観察力がこれ程とは思っても見なかった。湧き水の流れやそれをどのように田に行き渡らせるか、そして山葵がどうやって育つかまで、学者の様な説明だ。野呂からは、勉強のできない子と聞いていたが、それは全く違う。

説明が終わると、真っ先に男たちは立ち上がり歩き始める。彼らは魚採りのことしか頭にない。校長は源太郎と一緒に歩き、源太郎がなぜ山葵田について詳しいのか聞いてみた。すると、源太郎は「小さい頃に親父とこの山葵田を作る時に手伝って大人から聞いた」とだけいい、それ以上は言わない。校長は益々、源太郎に興味を抱く。

山葵田の小屋まで来た所で、絵理香が班割を話し、源太郎が山葵田に入る注意を言い、男友達の名を言って、田に入る者は彼らの指示に従うように話す。そして、最後に沢の石は滑るから、配った草履を必ず履くように説明した。

竈を作る班に源太郎はその作り方の説明を始める。いくら田舎の子供でも造った事のない子が大半だった。竈が二つがやっと出来た処で、「火をつけよう」といい、一つは千鶴子がそれに加わった。ところがいつまで経っても火がおきない、源太郎が竈を見ると、ただ太い枝を並べている。
「ダメだ。細い枝を同じ方向に並べないと、火はつかない。枝を揃えて」
すると、先ほどまで燻っていたのが見事に着火した。
「奥の空気穴に向って風が通るんだよ。逆らったらダメだ」と念を押している。
絵理香の竈は、前回源太郎に火の付け方を聞いていたので、すでに太い枝が燃えている。沢から男友達が「鰍は取れたが、人数分無い」と源太郎に大声で伝てきた。名人の源太郎が採ってもこれだけの人数に分けるだけの鰍は採れはしない。それは解っている、だから案内には弁当持参と書いてもらっていた。
「いいよ。上がって来いよ」
男たちは沢から上がったが、男勝りの多恵子は最後まで鰍採りに興じていた。

いまひとつの班は沢蟹を採っている。その連中にも、上がるように言った。源太郎は絵理香に竈班の連中に山葵の葉を茎ごととってくるよう頼んだ。絵理香は初めて沢に入った。そして藁草履が滑らない事を感じたが、それ以上に流れる湧き水の冷たさに改めて驚いた。千鶴子も生まれて初めて沢に足を入れ、「冷たい」と声をあげた。

源太郎は竹串を手際良く作り、鰍を串に刺して焼き始める。そして、絵理香たちが採って来た葉を仕分けして、茎を刻み湯通しを始めると校長は覗き込んできた。

校長は、源太郎から渡された茹でたての茎を食べ、「美味い」と声をあげる。
源太郎は嬉しそうに仕事を続けた。

「おい。沢蟹をやるか」と男友達に話し、綺麗に洗った沢蟹の子供を大きめな缶に入れて火にかけた。あたりに香ばしい匂いが漂った。

「先生。ちょと早いけれど、弁当にしましょう」と源太郎がいうと皆切り株や石垣に座った。そして、山葵の葉に盛付けられた沢蟹と茎、そして食べたい者に鰍が添えられ渡された。当然、源太郎や男友達は鰍は遠慮した。

千鶴子は見るのも、食べるのも初めてだ。隣に腰掛けた絵理香に言われるままに口に運んだ。その恐る恐るの光景に源太郎達はクスクスと笑った。暫くして、源太郎達は竈を片づけ、各自に山葵を採ることの説明に入った。

「山葵は、食べ残すところはありません。ひげの一本まで食べることができます。だから、大事に全部持ち帰って下さい。絵理香の親父さんの了解をもらっていますが、必ず一人一本採るだけにして下さい。いいですか」
「はい」と何人かが答えた。
「採り方を見てください。このように絶対に引っ張ったりしないこと。そして、根の周りの小砂利は必ずその場に戻して下さい」
千鶴子が言われるように採りにかかった。
「先生。ダメだ。それじゃ根が切れる」

採り終わった者から、山葵を大事に新聞紙にくるみ袋に入れている。源太郎は皆が採り終えた場所の小砂利を平にして、問題ないことを確認し、千鶴子に「終わった」と言った。

校長が「今日は、大変貴重な野外活動でした。それでは学校に戻りましょう」といい、皆右岸の道を下り始めた。

絵理香の家の前に着くと校長は、「挨拶して行きます」と千鶴子に話し、源太郎達は学校に戻っていった。

学校に戻るなり、野呂が校門にいて、「ダラダラ歩くな」と言っていたが、皆は聞き耳を持っていなかった。「大井先生、源太郎が何かしでかしましたか」と難癖気味に聞いたが、「何もないですよ。良くやってくれました」言ったから、生徒にさらに「整列、整列」と声を荒げた。
「野呂の野郎。一人置いてきぼりになって、悔しいんだよ」と男友達が言うと源太郎は、「そうだな」と言って笑い飛ばした。

下駄箱に戻ると、絵理香は婆さんの作った草履を履いたまま学校に帰ってきていたが、千鶴子も他の同級生も同じだった。それほど草履の感触が良かったに違いない。これが、夏休み前の源太郎と絵理香の話だ。

連休中は暫し休憩。





続源太郎(5)

2013年09月19日 | 腰折れ文
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「源太郎と絵理香」登場人物や設定はすべて架空です。

ガリ版刷のわら半紙が月曜日の午後に配られた。綺麗な字は、少しかすれているが、絵理香の字は読みやすく、野呂のものより格段に上だ。野外学習は水曜日と決まった。

ラジオから聞き取った天気予報は大丈夫そうで、源太郎は安心した。三十分早めたいといったが、学校の都合で出発は十時となった。持ち物や服装は丁寧に書いてある。男たちには、平鉈やモリなどを持たせ、女たちには何も持たせない事にしてある。救急箱は、先生に借りて、信頼できる男に持たせるように計画した。
問題は草履をどうやって準備するか困った。生徒は全部で三十四人、そのうち源太郎がしっている草履を編むことが出来る婆さんがいる家は、八軒しかない。しかし、源太郎は千鶴子に何とかすると言ってしまった。

家に帰ると、婆さんにこの事を話した。婆さんは、「今日、念仏講があるので仲間に話してみる」と言ってくれ、シワだらけの顔が生き生きしていた。百姓作業も用済みの婆さん達にとって、孫の一大事で、それも学校の校長先生の頼みだというではないか。しかも、婆さん達にしか出来ない事だ。

その夜。お堂に集まった婆さん達は、お念仏はどうでも良く、源太郎の婆さんの仕切りで藁草履の製作談義が始まった。草履を編めるといっても実際に出来る人数は五人しかいない。それも、源太郎の婆さんのように器用な人は三人だった。しかも明日一日しかない。
「ヨネさんとトメさんは揃った藁を頼みます。木槌や道具は全部ある。明日の朝から作るよ」と言って、婆さんは家に戻り、源太郎に「任せておけ」といった。そして、古い布切れを囲炉裏端に持ってきて、細く割いて鼻緒に巻く布を作り始めた。普通、源太郎が履く草履の鼻緒は藁だけだった。手の混んだ代物を婆さんは作ることにしたのだと思った。爺さんは、土間でいい藁を見繕い、揃え始めた。それは夜更けまで続いた。

源太郎が起きる頃に、庭先が賑やかになっていた。婆さん達は庭に、むしろを敷き広げ、もう、細い紐状の縄を撚っている。右膝に出来上がった紐を挟み、引っ張りながら、新しい藁を数本取っては手のひらを匠にすり合わせ撚っている。その早さと言ったら、すごい。作ることは出来るが慣れていない婆さん達は、見様見真似でやっているが、三人の早さには到底及ばない。

学校に行くと、男友達は明日の事で盛り上がっていた。普段なら、一緒に騒いでいる源太郎だったが、草履のこともあり騒げなかった。それより、明日の説明をどうやってやるか気になっていた。
「源太郎君。おはよう」と絵理香が声をかけた。
「ああ。おはよう」
「父がね。小屋の脇の山葵を一株づつ持って帰っていいと言っていたわ。採っていいって」
「あれは、三年物だよ」
「わからないけど、先生たちにも採ってもらいなさいと源太郎君に伝えてと言われたの」
「解った。それは女たちに頼もう。それで時間が按分出来る。男たちの時間が取れる。木屋の隣の田だな」
「そうよ」絵理香は源太郎に少し元気が出たのに気づいた。

源太郎は、遊びは知っていたが、街場の先生たちにどんな話をしていいか悩んでいた。絵理香の親父の助け舟で、少し間が持てると思った。

夕方、源太郎の爺さんが背負子に藁草履を付け学校に持って来た。用務員は、千鶴子に連絡して迎えに出た。其処には人数分を越える真新しい草履があった。爺さんはそれを渡すと、丁寧に頭を下げ帰ろうとした。千鶴子は呼び止め、校長先生を呼んでくると言ったが、爺さんは「畏れ多い」と言って帰っていった。千鶴子はこの田舎の人達は学校に勤めている自分たちを聖職者の様に思っている事に改めて驚いた。

源太郎は、自宅に帰ると、囲炉裏端でお茶をしている婆さん達に、お礼を言った。婆さん達は「久しぶりに面白かったよ」と言って笑っている。そしてトメさんが、「源ちゃん。お前、大関の絵理ちゃんと仲いいらしいな。明日は先生役だって言っていたよ。まあ、しっかりやんなさい」と言った。村は狭い。すべてが伝わっている。今回は悪いことではないので、少し安心したが、絵理香とのことを婆さん達から言われるとは思わなかった。

朝、お袋が弁当を作ってくれた。と言っても握り飯と僅かなおかずを、ハランの葉で包んだ質素なものだが、それで十分だった。そして大きめな空き缶を何時もの様に二つ麻袋に入れて、学校に向かった。朝礼が終わり、一時間目の国語の授業を上の空で聞き流し、終わると、直ぐに校庭に集合した。男たちはもう今日はこれが全てだと思って集まっている。
千鶴子が、朝礼台に立ち、注意事項を述べている。そして、今日は源太郎と絵理香の指示に従って行動する様に最後に言った。誰もそれには異論はない。男たちは源太郎の指示に従えば楽しい時間になると思っているから、問題無かった。校長は何も言わず、ニコニコしているが、野呂だけは、列が乱れていると言って、ぶつくさ文句をいて、ガニ股歩きで肩を揺らして歩いている。学校を出れば、野呂はついて来ない。暫くの辛抱と皆思っていた。千鶴子は、束になった草履を朝礼台に置き、これは地域のお婆様が作ってくださったといって、各自一足づつ持つように言った。校長も大きさを見て一つ取った。

千鶴子が「出発しましょう」と言って、源太郎と絵理香が先頭になって、歩き始めると、校長は二人に近づき、「良くやってくれました」といい、「頼みます」とも言った。そして「藁草履は始めてです。お婆様に宜しく言って下さい」と源太郎に言った。源太郎は、丁寧に話しかける校長に、ただただ、頷いていた。

絵理香の家の前に着くと、母親が校長と千鶴子に頭を下げて何やら話した。源太郎は「これから山道だから、足元に気をつけて」と女たちに告げた。男たちは、源太郎の男友達に連れ立って、道を上がって行った。少し遅れて校長と千鶴子も登った。そして小高い平場に着いて小休止した。男たちは早く登りたかったが、授業だし、校長もいるので腰を降ろして、休憩が終わるのを待った。
「皆さん。ここで源太郎君から、山葵田の話をしてもらいます。皆さんはその話を聞いて、金曜日までに感想文を出してもらいますから、しっかり聞いて下さい」と休憩の終わりがけに、千鶴子が言った。それを聞いた皆は、「ええ」と発した。校長が「感想文を楽しみにしています」と付け足したから、もう誰も何も言わなかった。源太郎も聞いていなかったので、絵理香に聞いていたかと聞くと、絵理香は聞いていたと答えた。



続源太郎(4)

2013年09月18日 | 腰折れ文
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「源太郎と絵理香」登場人物や設定はすべて架空です。

「絵理香。足は大丈夫か」と源太郎が言うと、彼女は微笑んで「大丈夫」と答えた。見ると、綺麗な、真っ白な包帯が巻かれている。「診療所に行ったのか」「ええ。あれから。行ったの。傷も綺麗で、大丈夫だと言われたわ」
源太郎達なら、あの程度の傷では診療所に行くことはない。

「そうか。悪かったな。俺が靴をちゃんと見ていれば、怪我をしなかったのに」
「大丈夫よ。それより、放課後に理科室に行きましょう。野呂先生に言われたの」と彼女は楽しそうに言った。
それから放課後まで、落ち着かない時が過ぎた。

「源太郎君、行きましょうか」と絵理香に言われ、二人揃って教室を出る時、男友達が、何やら冷やかした。
理科室には、昨年お茶の水女子大学を卒業して、着任したばかりの若い大井先生が待っていた。源太郎達は、大井の事を名前の千鶴子をもじって、マップ子と読んでいたが、流石に絵理香は呼びはしなかった。

理科室の実験台を囲んで木の椅子に腰掛けた。千鶴子が「源太郎君、絵理香さん。校長先生から聞きました。山葵田の話をしてくれない。何が其処にあるか聞きたいの。何でもいいの。草や木や魚の事でいいから」と言った。
絵理香と源太郎はお互いに顔を見合わせ、絵理香は自分は解らないから源太郎が話すように促した。少し間をおいて、源太郎が話し始めた。
「先生。僕は何も解らないけど、遊びの話ならできる」そう源太郎がいうと、「いいわ。話して」と千鶴子は頷いた。

「あそこの山葵田は、村で一番広くて、いい山葵が採れるところです。なぜかと言うと湧き水が豊富で山葵田の幅いっぱいに流れ下る水の量がある。山葵はそんなに水深はいらないが、根の周りにゆっくりでも水の流れが無いとダメだ」
源太郎は、生き生きと説明を始めた。千鶴子はノートにポイントを書き綴った。

「そのために、あそこの溶岩の石を一尺ぐらいの高さに積んで、田を平らにするんです」
「一尺」千鶴子は、源太郎が長さの単位を尺で話すことに驚いた。学校では教えていない。単位は勿論知っているが、子供が日常話すことは今まで聞いた事は無かった。
「一尺。言うのはこの位」と源太郎は手を上下に広げて説明した。横の絵理香は解らなかったのでやっと理解したようだった。
「この石積みが大事で、水が均等に流れているのが一目瞭然にわかるんだよ。もし水が偏ると、どっかが深く、どっかが浅い。水の落ちる音でも解る」
千鶴子は、この子の観察力に驚いた。「何故、その高さなの」と聞き返した。
「あんまり、高いと崩れやすいし、高いと水が落ちたところが掘れてしまって、山葵の根がダメになるだよ。僕らはこの小さな淵で鰍を採るのさ」
「鰍がいるの」千鶴子は驚いた。
「ああ、先生。いい形のやつがいるよ。あいつは小砂利と同じ色をしていて、なかなか見つからないが、水が落ちて少し波がおさまった所にいるのさ」
「先生。とても美味しいんです」絵理香が突然相槌を入れた。
「絵理香さんは食べた事があるの」
「ええ。昨日初めて食べたました」絵理香は得意そうに話した。
「そう。それで」千鶴子は経験のない話に興味を持ち始めた。
「鰍以外に、今は沢蟹が美味いんだ。これは、あんまりよくないけど。それより、先生は山葵は好きですか」
「ええ。好きだわ」
「山葵は、捨てるところがないんです。葉も茎も、根の髭も」と言ったが、千鶴子が時折わからなそうなので、山葵の話しはここでやめた。
「鰍を食べると言ったわね」
「はい」
「家に持って帰るの」
「いいえ。あの魚は、ぬめりがあって、弱い魚だから時間をおくとダメになりやすいから、その場で焼きます」
「火はどうするの」
「火は起こすんです」
「僕らは火を起こすのは慣れています。下手な奴はいますが、皆やりますよ」千鶴子はガスレンジしか知らなかった。無理もない、想像を超えている。暫く千鶴子にとって源太郎の授業が続いた。

土曜日の午後に、千鶴子は教職員のアパートに二人を呼んだ。アパートは大きな滝のある左岸の高台にあった。窓を開けると、下からゴーと滝の音がした。
「先生のところは、アパートなんだ」
源太郎が初めて入るアパートに驚いた様子で言うと、絵理香は微笑んだ。
「先生は、独身だから、アパート住まいなの」と千鶴子は答えた。

綺麗にしている部屋の壁にある本棚にはぎっしり本が並んでいた。都会育ちの先生の部屋をキョロキョロと見渡し、源太郎はちゃぶ台の真ん中に座った。絵理香は座布団の方向を直し、スカートの裾を気にしながら座った。千鶴子は魔法瓶からお湯を注いで、紅茶を入れた。紅茶のいい香りが伝わってくる。そして小さな冷蔵庫から手製のプリンを出して、お茶にしようと言った。源太郎は、紅茶もプリンも初めてだった。横目で絵理香の仕草を見て真似た。角砂糖を少し高い位置から落とした源太郎は紅茶が飛び出しかと思って焦った。

「時間割を作りましょう。絵理香さんはわら半紙に書いてくれる。源太郎君は大体の時間と場所の説明をしてくれる。学校の出発時間は十時にしましょう」
「十時か。ちょっと遅いかな。みんなで歩くと遅い、もう三十分早い方がいい」と源太郎が言うと、それならその時間でいいと千鶴子は答えた。



続源太郎(3)

2013年09月17日 | 腰折れ文
「源太郎と絵理香」登場人物や設定はすべて架空です。

「山葵は、美味いだろ」「初めてなの」「ああ、この山葵は美味いんだ。と言ってもお前の家のものだけどな」と笑った。
「俺たちは食べるだけしか採らないし、そして採ったものは残さない、だから勘弁しろよ。その沢蟹もだべてみろ」と箸を出さない彼女に言った。
絵理香は恐る恐る沢蟹を口に運んだ。そしてその美味しさに驚いたが言葉が出なかった。香ばしく、冷えたご飯に絡めて食べると、コリコリという食感が不思議だ。

「嫌なら残してもいいぞ。俺が食べるから」と言うと絵理香は大丈夫という仕草を見せた。「鰍も焼けた」と言って、少し醤油を垂らし、串ごと絵理香に渡した。
少しグロテスクな鰍を彼女はしばらく見ていたが、真似して、大きな頭の脇の背を食べた。
熱い。表面の焼き目がついたパリッとした皮が歯に当たり、そして柔らかい白身の肉にが口にはいると、その美味しさに驚いた。初めて絵理香は、「美味しい」と声を上げた。源太郎は微笑んで、彼女を見ていた。男友達は彼女がどれも口にして、最後に美味しいと言った事に驚いていた。

「足は痛くないか」と切株に座っている絵理香に声を掛けた。「大丈夫」と答えが返ってきたが、源太郎は「片付けはするから座っていろ」といい、釜戸の火を丁寧に消し、空き缶を綺麗に洗い、麻袋に入れ、あっと言う間に元の平地に戻した。そして男友達にタモなどの道具を渡し、自分の自転車の荷台を空け、絵理香が座れる様にした。「後ろに座っていけ。ガタガタするが、サドルにしっかり捕まっていろよ」
自転車のスタンドが、立ったままなので少し高い荷台に手伝ってまたがせた。「いいか」と言って自転車を前に押した。スタンドが、外れる瞬間、トンと落差で揺れた。絵理香がしっかり捕まっているのを確認して道を自転車を押しながら下っていった。

「源太郎くん。楽しかったわ。ありがとう」源太郎は頷き、道の小石を巧みによけながら、自転車を押している。男友達は荒れた道を、何時もの様にスピードをあげて下っていったので、もう見えなくなっていた。

木立ちの中を沢から吹く風を感じながら谷の出口まできた。絵理香の家の庭先にきて、自転車を止めたが、スタンドを立てるには、彼女の腰の下にある荷台を持たなくてならない事に源太郎は気づき、「自転車を手前に少し倒すから」と言って、ゆっくり倒した。絵理香は片足が地面について自転車から降りた。
「またな。ちゃんと足を消毒して、赤チンを塗っておけよ」といい源太郎は帰っていった。絵理香は源太郎が通りの門に消えるまで、見送った。
源太郎が家に着くと真っ白になった親父が農機具を片づけていた。

月曜日の朝、何時もの様に学校に行くと、男友達が、「野呂先生が職員室に来い」と言っていたと教えてくれた。職員室に呼ばれる事は、怒られると決まっていた。また小言を言われると思い、神妙に職員室に入ると、野呂が中二階にある校長室に一緒に来いと言う。これはただ事ではない。胸に手を当てても、悪い事は思い出せない。まして校長室という所に入った事もなかった。

丸めがねをかけた校長が座っていた。
「源太郎君を連れて来ました」と、日頃、君づけなどしない野呂が、気持ち悪い。
「源太郎君。君は日曜日に大関さんと山葵田に行ったそうだね」
何で校長が知っているのか。源太郎は、嘘はつけないので、頷いた。
「そこで、怪我をした大関さんを手当てして、自宅まで送ったらしな」
誰が喋ったのか、それが悪いことなのか。源太郎は不安になった。
「大関さんのご両親から、お礼を言って欲しいと先ほど見えて、君の名前を言ってかえった。いいところがあるじゃないか」
野呂が、口を挟んだ。
「こいつは、勉強はダメですが、そういう所はしっかりしています」
さも自分の手柄のように野呂は言い放った。
「野呂先生。その言い方は良くない。褒める時は、ちゃんと褒めなさい」
野呂は、ガニ股の足を揃えて、「はい」と答えた。あの怒ると直ぐにビンタが飛ぶ野呂を見て笑えた。
「僕はね。山葵田という所にいった事がない。今度、理科の授業で課外活動をしたいと大井先生から頼まれている。どうだい、君が先生役で山葵田を案内してくれるかね」
校長は昨年街の大きな学校から転任してきたばかりで、都会の先生だったから本当に知らないのだと源太郎は思った。
「こいつには、無理ですよ」と突然野呂が口を挟んだ。
「そんな事はない。君は頭越しに言いすぎる。やらせて見ることは大事だ。源太郎君。どうだ、やってくれるか。僕も参加するから」と校長は絵理香の家の了解もとってあるといい、源太郎に同意を求めた。源太郎は頷き、それを見届けて「頼むね」と立ち上がって源太郎の肩を叩いた。

「お前、ガリ版出来るか」と野呂が聞いたが、源太郎は昔ガリ版の鉄筆を壁に投げて遊んで、こっ酷く野呂に殴られて以来、触れたことなどなかったから、首を横に振った。
「それなら、大関さんにも手伝ってもらいなさい」と校長がいうと、野呂は、それなら大丈夫だと言った。

源太郎は、何をどうするかわからないので、「校長先生。僕は遊びならできますが、難しい事は無理です」と不安な気持ちをいうと、「遊びでいいから、やって見なさい。理科の大井先生には私から話しますから、放課後に大関さんと理科室に行きなさい」と校長はいって、野呂に彼女にも伝えるように指示した。校長室を出る時に野呂は、またガニ股を揃えてお辞儀をした。

教室に源太郎は戻った。