経営コンサルタント田上康朗の雑感帳

経営コンサルタント田上康朗が、気ままに本音で記す雑感帳です。書く日もあれば書かないときもあります。

黒い恋人

2007年08月18日 | Weblog
チョコレートの多くは黒系、茶色である。そこへ北海道のイメージの強いミルクを主材料することで生まれたのが、「白い恋人」である。黒の中に白だからたちまち注目された。
 今また、この「白い恋人」が注目された。それは「恋人を裏切った」事件により、である。
 
 黒板に白いチョークを使うのは、くっきりと目立つからである。今、多くはホワイトボードに黒のマーカーで点を打つ。
 みな見ているのは、小さな点の方。黒板では白。ホワイトボードでは黒点であり、白い空間でない。
 一点を見つめる、といった言い方がありますが、まさにこれ。その他は見ていないということ。

 脳力開発でいうなら、この一点は特殊性。他が普遍性ということある。大部分が普遍性で占められているにもかかわらず、私たちは特殊性に囚われがちである。
 この1点を、自分と見なしたら、自分以外の人たちが普遍性です。ここに多数決の論理や、ABC分析、主観と客観などを持ち出したとしたら、どちらに軍配があがるか。自明の理だ。事の是非ではなく、このことは常に頭においておく必要がある。

 私は、企業再生や革新の仕事をするとき、企業と企業外、といったことで前者と後者の温度差、量の差、質の差・・・、といった風に見ることにしている。要は社会と孤立している企業かどうかを押さえておきたいからだ。

 情報でいえば、企業外の情報が圧倒的に多い。
 内と外のつながりで情報は相互交流している。この場合、内である企業と外(これを世間と呼びましょうか)では、大きさが違う。もつ情報量も違う。

 ですから、社内の結束や統制、打合せを密にするといったことを徹底してやると、逆に外部との情報の流れを遮断してしまうケースがしばしば起きる。これは社内が、外部に対して孤立化したため外部との交流が分断される、といった原因で発生する現象である。
 井の中の蛙現象が組織レベルで発生する、と考えたらわかりやすい。

 社内で発生する問題は大なり小なりすべて外部とのつながりがある。ですからその対応・対策を社内での打合せに留め置くと、逆に外部との情報乖離が開き、同じ問題が繰り返されるだけでなく、さらに問題が大きくなる、といったことになる。

 メディアの俎上に載る企業事件やトラブルを外から見るだけで、私たちは、「何で馬鹿なことを白い恋人よ。」と、(ほとんど後付なのですが)いったりするのだが、組織内の人は、ある意味では真剣に大まじめでそうした間違いをやっている。その理由が、これ。

 多い方、企業で言えば客の立場で観てみる。これを客観といいますが、お客の方から、みて、「このことお客の自分にとって喜べることだろうか」といった見方が組織内に浸透していないとこうしたことは防げない、と私は思っている。

 正しい対応は、外部との打合せを密にする、外部との情報交換を刻々やる、外部へ情報公開をする。この3点である。むしろ外部に社内の温度を合わせる、外部の風を入れて風通しを良くする。この外部の構成でもっとも多いのは消費者ですから、このことはとりもなおさず、客として観る、といったこと。これを組織の意識、風土、シクミにすること。
 
 こうしたことが対策だろう。優先順位として、社内の風通しより社外との風通しが先、重要だ、ということを念を押しておきたい。

 密閉度の高い、閉鎖的な企業、金太郎飴的な企業は、反面、外部から孤立する危惧が高くなることを念頭に置いて、その問題を真剣に解くことをやらないと、何かの拍子に内部崩壊する。こうした事例は枚挙に暇がない。そう、ほとんどの経営者は、「枚挙に暇がない」の意味を考えていない。

 つまり、 その枚挙に暇がありませんの中に、自分の所も含まれている。これはえらいこと、といった意識が欠如しているのである。だから枚挙に暇がない状態が続くのある。

 白い、といったこの色の持つ清楚なイメージを、黒い汚点で汚した当社は、消費者という恋人を裏切ったことになり、その影響と責任は大きい。


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