そして、「これだ!」と叫びましたね。
その瞬間、私の設問は氷解し、また「システム」の意味が理解できたのです、躍り上がって感激したことを、今でも覚えています。
人の生き方そのものが社会システム。すなわちお互い不完全であるがゆえに、不完全同士が、お互いの足りないところを補完し合って(有機的結合)こそ、生きていくように作られている、という理解です。
ここで重要なのは「不完全」というキーワードです。ここで不完全の定義を、「自分にあって、他人にない状態、および自分になくて他人にある状態」とする。そうすると繁栄のために男は女を必要とし、女は男を必要とする、自分は他者を必要とし、他者は自分を必要とするということがわかります。
すべからく完全でないことが、前提になっているということです。だから本能的に、自分が完全になろうとする、その気持ちはわかるが、それでは事実上排他的になる。「俺は、なんでも自分でやれるぜ」という人には、他人は手出しできませんからね。だから、そうしたなんでも自分でといった気持ちを抑えて、他人、友達や仲間や社員と、有機的結合を計ることが、生きる上にも企業の繁栄と長生きにとっての本来、根本なのだ、ということになります。
これが私のたどり着いた人間の有り様、生命システムの概念です。「なんだ、そんなこと」と笑わないでくださいね。このことを突き詰めた方向に、事業が繁栄する戦略がある、って言いたいだけですから。
たとえば、組織のあり方を、この視点から考え直してみると、ずいぶん糺すべきことがあるはず。
長くなりました。ここでこの稿、おしまいです。ごきげんよう。
その瞬間、私の設問は氷解し、また「システム」の意味が理解できたのです、躍り上がって感激したことを、今でも覚えています。
人の生き方そのものが社会システム。すなわちお互い不完全であるがゆえに、不完全同士が、お互いの足りないところを補完し合って(有機的結合)こそ、生きていくように作られている、という理解です。
ここで重要なのは「不完全」というキーワードです。ここで不完全の定義を、「自分にあって、他人にない状態、および自分になくて他人にある状態」とする。そうすると繁栄のために男は女を必要とし、女は男を必要とする、自分は他者を必要とし、他者は自分を必要とするということがわかります。
すべからく完全でないことが、前提になっているということです。だから本能的に、自分が完全になろうとする、その気持ちはわかるが、それでは事実上排他的になる。「俺は、なんでも自分でやれるぜ」という人には、他人は手出しできませんからね。だから、そうしたなんでも自分でといった気持ちを抑えて、他人、友達や仲間や社員と、有機的結合を計ることが、生きる上にも企業の繁栄と長生きにとっての本来、根本なのだ、ということになります。
これが私のたどり着いた人間の有り様、生命システムの概念です。「なんだ、そんなこと」と笑わないでくださいね。このことを突き詰めた方向に、事業が繁栄する戦略がある、って言いたいだけですから。
たとえば、組織のあり方を、この視点から考え直してみると、ずいぶん糺すべきことがあるはず。
長くなりました。ここでこの稿、おしまいです。ごきげんよう。
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