伊藤ファミリーBLOG

「緑のgoo!」のテンプレートに変えてみました!
(注:コメントスパム・TBスパムは予告なく削除させていただきます)

【COGHCC聖書通読】 2019/12/24

2019-12-24 07:45:25 | 一日一章・聖書通読日記
ヨシュア記 7:1

しかし、イスラエルの人々は奉納物について罪を犯した。すなわちユダの部族のうちの、ゼラの子ザブデの子であるカルミの子アカンが奉納物を取ったのである。それで主はイスラエルの人々にむかって怒りを発せられた。

主はエリコに属する者はすべて聖絶し、貴金属類も自分のものとしてはならないと命じられたにもかかわらず、ユダ部族に属するアカンは神に奉納すべき金の延べ棒と銀と美しい外套を自分のものとして盗み出し、自分のテントの下に隠しました。それ故神はイスラエルに向かって怒りを発せられ、たった一人の罪の故にイスラエル全体が罪に定められました。罪の影響力は甚大で、一点の翳りさえ見逃されることなく、罪があるかないか、ON-OFFで判断されます。聖なる神は罪ある者とは交わることができず、共に歩むこともなされないお方です。

https://www.bible.com/bible/81/jos.7.1.ja1955

*****

ヨシュア記 7:2-6

ヨシュアはエリコから人々をつかわし、ベテルの東、ベテアベンの近くにあるアイに行かせようとして、その人々に言った、「上って行って、かの地を探ってきなさい」。人々は上って行って、アイを探ったが、 ヨシュアのもとに帰ってきて言った、「民をことごとく行かせるには及びません。ただ二、三千人を上らせて、アイを撃たせなさい。彼らは少ないのですから、民をことごとくあそこへやってほねおりをさせるには及びません」。 そこで民のうち、おおよそ三千人がそこに上ったが、ついにアイの人々の前から逃げ出した。 アイの人々は彼らのうち、おおよそ三十六人を殺し、更に彼らを門の前からシバリムまで追って、下り坂で彼らを殺したので、民の心は消えて水のようになった。 そのためヨシュアは衣服を裂き、イスラエルの長老たちと共に、主の箱の前で、夕方まで地にひれ伏し、ちりをかぶった。

アカンの罪と並行して、ヨシュアもまた過ちを犯しました。難攻不落の要塞都市エリコを攻め取る際には神の御告げを聞く姿勢を取ったにもかかわらず、小さな町アイを攻略する際には、先に町の状況を探りに遣わしたスパイの言葉を鵜呑みにして、神の御心を尋ね求めることなく少数の兵力で出陣して惨敗し、死者を出す結果に終わりました。敗戦を受けてヨシュアは神の御前に進み出て、なぜ敗北したのか、御心を尋ねました。もとより不完全な存在に過ぎない私たち人間は、失敗する生き物です。その事実を踏まえて、失敗を犯したときに大切なことは、神に立ち返って御心を求め、同じ過ちを再び繰り返さないように反省することです。

https://www.bible.com/bible/81/jos.7.2-6.ja1955

*****

ヨシュア記 7:7-9

ヨシュアは言った、「ああ、主なる神よ、あなたはなにゆえ、この民にヨルダンを渡らせ、われわれをアモリびとの手に渡して滅ぼさせられるのですか。われわれはヨルダンの向こうに、安んじてとどまればよかったのです。 ああ、主よ。イスラエルがすでに敵に背をむけた今となって、わたしはまた何を言い得ましょう。 カナンびと、およびこの地に住むすべてのものは、これを聞いて、われわれを攻めかこみ、われわれの名を地から断ち去ってしまうでしょう。それであなたは、あなたの大いなる名のために、何をしようとされるのですか」。

神の御前に進み出たヨシュアは、神は何故イスラエルにヨルダン川を渡らせ、アナンの地に入植させたのですか?、主がヨルダン川を渡らせた奇跡の故に恐れおののいていたアモリ人たちは、アイでの敗戦を伝え聞いて勇気を出し、イスラエルはひとたまりもなく滅ぼされてしまうでしょう、それは神の御名を汚すことにならないでしょうかと、神の真実に掛けて訴えました。私たちの祈りは、自分の願望や要求をただ並べ立てるだけのものではなく、神の真実、神の本質に訴え掛ける祈りを捧げているでしょうか。神はご自身の名誉に掛けて、祈りに応えてくださるお方です。

https://www.bible.com/bible/81/jos.7.7-9.ja1955

*****

ヨシュア記 7:10-15

主はヨシュアに言われた、「立ちなさい。あなたはどうして、そのようにひれ伏しているのか。 イスラエルは罪を犯し、わたしが彼らに命じておいた契約を破った。彼らは奉納物を取り、盗み、かつ偽って、それを自分の所有物のうちに入れた。 それでイスラエルの人々は敵に当ることができず、敵に背をむけた。彼らも滅ぼされるべきものとなったからである。あなたがたが、その滅ぼされるべきものを、あなたがたのうちから滅ぼし去るのでなければ、わたしはもはやあなたがたとは共にいないであろう。 立って、民を清めて言いなさい、『あなたがたは身を清めて、あすのために備えなさい。イスラエルの神、主はこう仰せられる、「イスラエルよ、あなたがたのうちに、滅ぼされるべきものがある。その滅ぼされるべきものを、あなたがたのうちから除き去るまでは、敵に当ることはできないであろう」。 それゆえ、あすの朝、あなたがたは部族ごとに進み出なければならない。そして主がくじを当てられる部族は、氏族ごとに進みいで、主がくじを当てられる氏族は、家族ごとに進みいで、主がくじを当てられる家族は、男ひとりびとり進み出なければならない。 そしてその滅ぼされるべきものを持っていて、くじを当てられた者は、その持ち物全部と共に、火で焼かれなければならない。主の契約を破りイスラエルのうちに愚かなことを行ったからである』」。

ヨシュアの祈りに対し、神は、イスラエルの中に神に隠れて罪を犯した者がいるため、その罪の故にイスラエル全体が滅ぼされるべき者となったのだ、と答えられました。ここに罪の影響力の恐ろしさが表されています。たとい神の宝の民とされたイスラエルでさえも、たった一人の人が犯した罪の故に滅ぼされるべき者となったとするならば、まして神を知らず、遠く離れた生活をしてきた異邦人の私たちは、どのようにしたら罪赦され、滅びを免れることができるでしょうか。あなた方の中にある滅ぼされるべきものを除き去るまでは、決して敵と当たることはできない、敗北の人生から抜け出すことができないのです。私たちが自ら罪を徹底的に除き去るまでは、決して勝利の人生は約束されません。罪に対する神の裁きは実に厳粛で、かつ決して例外を認めない、徹底したものです。

https://www.bible.com/bible/81/jos.7.10-15.ja1955

*****

ヨシュア記 7:16-21

「こうしてヨシュアは朝早く起き、イスラエルを部族ごとに進み出させたところ、ユダの部族がくじに当り、 ユダのもろもろの氏族を進み出させたところ、ゼラびとの氏族が、くじに当った。ゼラびとの氏族を家族ごとに進み出させたところ、ザブデの家族が、くじに当った。 ザブデの家族を男ひとりびとり進み出させたところ、アカンがくじに当った。アカンはユダの部族のうちの、ゼラの子、ザブデの子なるカルミの子である。 その時ヨシュアはアカンに言った、「わが子よ、イスラエルの神、主に栄光を帰し、また主をさんびし、あなたのしたことを今わたしに告げなさい。わたしに隠してはならない」。 アカンはヨシュアに答えた、「ほんとうにわたしはイスラエルの神、主に対して罪を犯しました。わたしがしたのはこうです。 わたしはぶんどり物のうちに、シナルの美しい外套一枚と銀二百シケルと、目方五十シケルの金の延べ棒一本のあるのを見て、ほしくなり、それを取りました。わたしの天幕の中に、地に隠してあります。銀はその下にあります」。

ヨシュアは神の命令に従い、部族ごと、家族ごとにくじを引かせて、罪を犯した者の特定を行いました。するとユダ部族のアカンにくじが当たり、ヨシュアが問い質すと、アカンは自分の犯した罪を告白しました。罪を告白したのになぜアカンは滅ぼされなければならなかったか、それはアカンが犯した神の所有に対する罪の深さもさることながら、くじに当たるまで罪を告白しなかった隠蔽体質にもあったのではないでしょうか。罪を告白する際は、神に指摘されなくても自らの意志で、自主的に、包み隠さず告白する姿勢が重要です。

https://www.bible.com/bible/81/jos.7.16-21.ja1955

*****

ヨシュア記 7:22-26

そこでヨシュアは使者たちをつかわした。使者たちが天幕に走っていって見ると、それは彼の天幕に隠してあって、銀もその下にあった。 彼らはそれを天幕の中から取り出して、ヨシュアとイスラエルのすべての人々の所に携えてきたので、それを主の前に置いた。 ヨシュアはすべてのイスラエルびとと共に、ゼラの子アカンを捕え、かの銀と外套と金の延べ棒、および彼のむすこ、娘、牛、ろば、羊、天幕など、彼の持ち物をことごとく取って、アコルの谷へ引いていった。 そしてヨシュアは言った、「なぜあなたはわれわれを悩ましたのか。主は、きょう、あなたを悩まされるであろう」。やがてすべてのイスラエルびとは石で彼を撃ち殺し、また彼の家族をも石で撃ち殺し、火をもって焼いた。 そしてアカンの上に石塚を大きく積み上げたが、それは今日まで残っている。そして主は激しい怒りをやめられたが、このことによって、その所の名は今日までアコルの谷と呼ばれている。

ヨシュアは罪を告白したアカンの証言に基づいて、その証拠を確かめた上で、彼とその家族、家畜、資産に至るまで、石打の刑に処し、火で焼いて、徹底的に罪を滅ぼし尽くしました。そしてアカン一家の亡骸の上に石塚を積み上げ、二度と神への捧げものに対して罪を犯すことのないよう、記念としました。アカンの罪のために家族まで犠牲になったのは残虐ではないかという考えもあるかもしれませんが、それは罪の影響力の恐ろしさを余りにも軽視したお気軽ヒューマニズムに過ぎません。アカンの犯した軽率な行動、欲望に負けた罪の故に、既にアイとの第一戦で、最低36人以上の何の罪もないイスラエル兵のいのちが犠牲になっているのです。罪とは実に恐ろしいもので、神の共同体全体を壊滅させる威力を持っていることを、私たちは常に深く認識しなければなりません。

https://www.bible.com/bible/81/jos.7.22-26.ja1955
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【今日の聖句】 2019/12/24 | トップ | 【今日の聖句】 2019/12/25 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。