出エジプト記 22:1-6
「もし人が牛または羊を盗んで、これを殺し、あるいはこれを売るならば、彼は一頭の牛のために五頭の牛をもって、一頭の羊のために四頭の羊をもって償わなければならない。 もし盗びとが穴をあけてはいるのを見て、これを撃って殺したときは、その人には血を流した罪はない。 (上)しかし日がのぼって後ならば、その人に血を流した罪がある。(下 22:1の後に)彼は必ず償わなければならない。もし彼に何もない時は、彼はその盗んだ物のために身を売られるであろう。 もしその盗んだ物がなお生きて、彼の手もとにあれば、それは牛、ろば、羊のいずれにせよ、これを二倍にして償わなければならない。 もし人が畑またはぶどう畑のものを食わせ、その家畜を放って他人の畑のものを食わせた時は、自分の畑の最も良い物と、ぶどう畑の最も良い物をもって、これを償わなければならない。 もし火が出て、いばらに移り、積みあげた麦束、または立穂、または畑を焼いたならば、その火を燃やした者は、必ずこれを償わなければならない。」
盗んではならない、という戒めに対し、神はモーセに盗みの罪と、犯した場合の償い方についても基準を示されました。人に対する傷害罪の場合は対等の償いを命じられましたが、所有物に対する盗みについては2倍以上の償いを命じられています。これは殺人や傷害を軽い罪としたのではなく、本来は倍の償いをしなければならないところを、罪を犯した人の人格に対する神の憐れみによって、償いの基準を軽減されたと捉える方が理解しやすいでしょう。もし対等の償いでよければ、人は簡単に罪を犯してしまう、実に罪深い存在です。そのように罪を軽視すふことのないよう、神の償いの基準は重いものと心得るべきです。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.1-6.ja1955
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出エジプト記 22:7-15
「もし人が金銭または物品の保管を隣人に託し、それが隣人の家から盗まれた時、その盗びとが見つけられたならば、これを二倍にして償わせなければならない。 もし盗びとが見つけられなければ、家の主人を神の前に連れてきて、彼が隣人の持ち物に手をかけたかどうかを、確かめなければならない。 牛であれ、ろばであれ、羊であれ、衣服であれ、あるいはどんな失った物であれ、それについて言い争いが起り『これがそれです』と言う者があれば、その双方の言い分を、神の前に持ち出さなければならない。そして神が有罪と定められる者は、それを二倍にしてその相手に償わなければならない。 もし人が、ろば、または牛、または羊、またはどんな家畜でも、それを隣人に預けて、それが死ぬか、傷つくか、あるいは奪い去られても、それを見た者がなければ、 双方の間に、隣人の持ち物に手をかけなかったという誓いが、主の前になされなければならない。そうすれば、持ち主はこれを受け入れ、隣人は償うに及ばない。 けれども、それがまさしく自分の所から盗まれた時は、その持ち主に償わなければならない。 もしそれが裂き殺された時は、それを証拠として持って来るならば、その裂き殺されたものは償うに及ばない。 もし人が隣人から家畜を借りて、それが傷つき、または死ぬ場合、その持ち主がそれと共にいない時は、必ずこれを償わなければならない。 もしその持ち主がそれと共におれば、それを償うに及ばない。もしそれが賃借りしたものならば、その借賃をそれに当てなければならない。」
盗みの罪に関連して、人に貸し借りをした場合に起こった事件についても、神は償いの基準を設けられました。なぜなら他の人から借りたものを、自分の所有物ではないからといって無責任な扱いをしないためです。人のものはなおさら、私たちは責任をもって管理しなければなりません。同時に、それが故意によるものなのか、不慮の事故によるものか、盗まれたりしたものなのか、証拠を明らかに提示することは、対人関係のトラブルを防ぐ最良の知恵です。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.7-15.ja1955
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出エジプト記 22:16-20
「もし人がまだ婚約しない処女を誘って、これと寝たならば、彼は必ずこれに花嫁料を払って、妻としなければならない。 もしその父がこれをその人に与えることをかたく拒むならば、彼は処女の花嫁料に当るほどの金を払わなければならない。 魔法使の女は、これを生かしておいてはならない。 すべて獣を犯す者は、必ず殺されなければならない。 主のほか、他の神々に犠牲をささげる者は、断ち滅ぼされなければならない。」
これらの掟は一見、関連性のないように見えますが、姦淫してはならない、という戒めに関連するものです。人と姦淫することはもちろんのこと、魔法すなわち悪魔と姦淫すること、獣と姦淫すること、偶像の神々と姦淫することとして、一連の戒めとして扱われています。性的に乱れきった現代社会においても、神の目には姦淫は死に当たるほどの罪であることを、私たちは肝に銘じなければなりません。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.16-20.ja1955
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出エジプト記 22:21-27
「あなたは寄留の他国人を苦しめてはならない。また、これをしえたげてはならない。あなたがたも、かつてエジプトの国で、寄留の他国人であったからである。 あなたがたはすべて寡婦、または孤児を悩ましてはならない。 もしあなたが彼らを悩まして、彼らがわたしにむかって叫ぶならば、わたしは必ずその叫びを聞くであろう。 そしてわたしの怒りは燃えたち、つるぎをもってあなたがたを殺すであろう。あなたがたの妻は寡婦となり、あなたがたの子供たちは孤児となるであろう。 あなたが、共におるわたしの民の貧しい者に金を貸す時は、これに対して金貸しのようになってはならない。これから利子を取ってはならない。 もし隣人の上着を質に取るならば、日の入るまでにそれを返さなければならない。 これは彼の身をおおう、ただ一つの物、彼の膚のための着物だからである。彼は何を着て寝ることができよう。彼がわたしにむかって叫ぶならば、わたしはこれに聞くであろう。わたしはあわれみ深いからである。」
これらの規定は、隣人に対して憐れみの心をもって接するべきことを教えた戒めです。その理由として、あなた方もかつてはエジプトで奴隷だったことを思い出しなさいと、神はイスラエルの人々が経験してきた苦しみを事例に挙げて、殊に社会的弱者に対して憐れみ深くあることを諭されました。人は喉元過ぎれば熱さ忘れるような愚かな存在ですが、相手の身になって物事を考えるとき、憐れみの心を持つことができます。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.21-27.ja1955
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出エジプト記 22:28-31
「あなたは神をののしってはならない。また民の司をのろってはならない。 あなたの豊かな穀物と、あふれる酒とをささげるに、ためらってはならない。あなたのういごを、わたしにささげなければならない。 あなたはまた、あなたの牛と羊をも同様にしなければならない。七日の間その母と共に置いて、八日目にそれをわたしに、ささげなければならない。 あなたがたは、わたしに対して聖なる民とならなければならない。あなたがたは、野で裂き殺されたものの肉を食べてはならない。それは犬に投げ与えなければならない。」
これらは神を畏れ敬うことに関する戒めであり、喜んで捧げること、自分にできる最高のものを捧げること、更に捧げものとなる動物のういごに対しても憐れみの心を持つべきことを教えた戒めです。神は私たちに最善をなしてくださるお方ですから、私たちもまた自分の手の届く範囲で最高のものをもって神に仕える心を持つことが重要です。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.28-31.ja1955
「もし人が牛または羊を盗んで、これを殺し、あるいはこれを売るならば、彼は一頭の牛のために五頭の牛をもって、一頭の羊のために四頭の羊をもって償わなければならない。 もし盗びとが穴をあけてはいるのを見て、これを撃って殺したときは、その人には血を流した罪はない。 (上)しかし日がのぼって後ならば、その人に血を流した罪がある。(下 22:1の後に)彼は必ず償わなければならない。もし彼に何もない時は、彼はその盗んだ物のために身を売られるであろう。 もしその盗んだ物がなお生きて、彼の手もとにあれば、それは牛、ろば、羊のいずれにせよ、これを二倍にして償わなければならない。 もし人が畑またはぶどう畑のものを食わせ、その家畜を放って他人の畑のものを食わせた時は、自分の畑の最も良い物と、ぶどう畑の最も良い物をもって、これを償わなければならない。 もし火が出て、いばらに移り、積みあげた麦束、または立穂、または畑を焼いたならば、その火を燃やした者は、必ずこれを償わなければならない。」
盗んではならない、という戒めに対し、神はモーセに盗みの罪と、犯した場合の償い方についても基準を示されました。人に対する傷害罪の場合は対等の償いを命じられましたが、所有物に対する盗みについては2倍以上の償いを命じられています。これは殺人や傷害を軽い罪としたのではなく、本来は倍の償いをしなければならないところを、罪を犯した人の人格に対する神の憐れみによって、償いの基準を軽減されたと捉える方が理解しやすいでしょう。もし対等の償いでよければ、人は簡単に罪を犯してしまう、実に罪深い存在です。そのように罪を軽視すふことのないよう、神の償いの基準は重いものと心得るべきです。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.1-6.ja1955
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出エジプト記 22:7-15
「もし人が金銭または物品の保管を隣人に託し、それが隣人の家から盗まれた時、その盗びとが見つけられたならば、これを二倍にして償わせなければならない。 もし盗びとが見つけられなければ、家の主人を神の前に連れてきて、彼が隣人の持ち物に手をかけたかどうかを、確かめなければならない。 牛であれ、ろばであれ、羊であれ、衣服であれ、あるいはどんな失った物であれ、それについて言い争いが起り『これがそれです』と言う者があれば、その双方の言い分を、神の前に持ち出さなければならない。そして神が有罪と定められる者は、それを二倍にしてその相手に償わなければならない。 もし人が、ろば、または牛、または羊、またはどんな家畜でも、それを隣人に預けて、それが死ぬか、傷つくか、あるいは奪い去られても、それを見た者がなければ、 双方の間に、隣人の持ち物に手をかけなかったという誓いが、主の前になされなければならない。そうすれば、持ち主はこれを受け入れ、隣人は償うに及ばない。 けれども、それがまさしく自分の所から盗まれた時は、その持ち主に償わなければならない。 もしそれが裂き殺された時は、それを証拠として持って来るならば、その裂き殺されたものは償うに及ばない。 もし人が隣人から家畜を借りて、それが傷つき、または死ぬ場合、その持ち主がそれと共にいない時は、必ずこれを償わなければならない。 もしその持ち主がそれと共におれば、それを償うに及ばない。もしそれが賃借りしたものならば、その借賃をそれに当てなければならない。」
盗みの罪に関連して、人に貸し借りをした場合に起こった事件についても、神は償いの基準を設けられました。なぜなら他の人から借りたものを、自分の所有物ではないからといって無責任な扱いをしないためです。人のものはなおさら、私たちは責任をもって管理しなければなりません。同時に、それが故意によるものなのか、不慮の事故によるものか、盗まれたりしたものなのか、証拠を明らかに提示することは、対人関係のトラブルを防ぐ最良の知恵です。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.7-15.ja1955
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出エジプト記 22:16-20
「もし人がまだ婚約しない処女を誘って、これと寝たならば、彼は必ずこれに花嫁料を払って、妻としなければならない。 もしその父がこれをその人に与えることをかたく拒むならば、彼は処女の花嫁料に当るほどの金を払わなければならない。 魔法使の女は、これを生かしておいてはならない。 すべて獣を犯す者は、必ず殺されなければならない。 主のほか、他の神々に犠牲をささげる者は、断ち滅ぼされなければならない。」
これらの掟は一見、関連性のないように見えますが、姦淫してはならない、という戒めに関連するものです。人と姦淫することはもちろんのこと、魔法すなわち悪魔と姦淫すること、獣と姦淫すること、偶像の神々と姦淫することとして、一連の戒めとして扱われています。性的に乱れきった現代社会においても、神の目には姦淫は死に当たるほどの罪であることを、私たちは肝に銘じなければなりません。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.16-20.ja1955
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出エジプト記 22:21-27
「あなたは寄留の他国人を苦しめてはならない。また、これをしえたげてはならない。あなたがたも、かつてエジプトの国で、寄留の他国人であったからである。 あなたがたはすべて寡婦、または孤児を悩ましてはならない。 もしあなたが彼らを悩まして、彼らがわたしにむかって叫ぶならば、わたしは必ずその叫びを聞くであろう。 そしてわたしの怒りは燃えたち、つるぎをもってあなたがたを殺すであろう。あなたがたの妻は寡婦となり、あなたがたの子供たちは孤児となるであろう。 あなたが、共におるわたしの民の貧しい者に金を貸す時は、これに対して金貸しのようになってはならない。これから利子を取ってはならない。 もし隣人の上着を質に取るならば、日の入るまでにそれを返さなければならない。 これは彼の身をおおう、ただ一つの物、彼の膚のための着物だからである。彼は何を着て寝ることができよう。彼がわたしにむかって叫ぶならば、わたしはこれに聞くであろう。わたしはあわれみ深いからである。」
これらの規定は、隣人に対して憐れみの心をもって接するべきことを教えた戒めです。その理由として、あなた方もかつてはエジプトで奴隷だったことを思い出しなさいと、神はイスラエルの人々が経験してきた苦しみを事例に挙げて、殊に社会的弱者に対して憐れみ深くあることを諭されました。人は喉元過ぎれば熱さ忘れるような愚かな存在ですが、相手の身になって物事を考えるとき、憐れみの心を持つことができます。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.21-27.ja1955
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出エジプト記 22:28-31
「あなたは神をののしってはならない。また民の司をのろってはならない。 あなたの豊かな穀物と、あふれる酒とをささげるに、ためらってはならない。あなたのういごを、わたしにささげなければならない。 あなたはまた、あなたの牛と羊をも同様にしなければならない。七日の間その母と共に置いて、八日目にそれをわたしに、ささげなければならない。 あなたがたは、わたしに対して聖なる民とならなければならない。あなたがたは、野で裂き殺されたものの肉を食べてはならない。それは犬に投げ与えなければならない。」
これらは神を畏れ敬うことに関する戒めであり、喜んで捧げること、自分にできる最高のものを捧げること、更に捧げものとなる動物のういごに対しても憐れみの心を持つべきことを教えた戒めです。神は私たちに最善をなしてくださるお方ですから、私たちもまた自分の手の届く範囲で最高のものをもって神に仕える心を持つことが重要です。
https://www.bible.com/bible/81/exo.22.28-31.ja1955