出エジプト記 12:1-7
主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、 「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。 あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。 もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。 小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。 そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮にこれをほふり、 その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。
イスラエルの暦は、神のご命令に従い、出エジプトを記念として作られました。それは神は人を救われる、神の大いなる愛の御業か原点となって一年が始まることを意味しています。そして神は正月を記念するために、その月の10日目に子羊を取り分け、14日目に家族と共に、あるいは隣人と共に、その子羊を食し、その血を門の柱と家の鴨居に塗ることを命じられました。これはキリストの十字架の原型です。私たちの生活が神に始まり、神を中心に据え、神に寄り頼む信仰、キリストの十字架による契約を土台とするとき、神に選ばれた民として真の祝福の生涯となります。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.1-7.ja1955
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出エジプト記 12:8-14
そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。 生でも、水で煮ても、食べてはならない。火に焼いて、その頭を足と内臓と共に食べなければならない。 朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。 あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、急いでそれを食べなければならない。これは主の過越である。 その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。
神の民イスラエルが正月を祝う食事、出エジプトを記念する行事を、神は過越の祭りとして、イスラエルの守るべき永久の定めとされました。それは神がエジプトに対する最後の災い、死の使いを送ってすべての長子のいのちを奪うとき、神の言葉に聞き従って子羊の血を家の門と鴨居とに塗ったイスラエルの家を通り過ぎて災いを免れるため、そして様々な偶像の神々に仕える罪に満ちた国エジプトを後にする、信仰の原点を形にしたものでもあります。今でもイスラエルは過越の祭を守り行います。私たちもまたキリストの十字架を自分のスタートラインとし、救いの原点を日々思い起こしつつ、一年を、そして人生を歩み始める者でありたいと願います。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.8-14.ja1955
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出エジプト記 12:15-20
七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。 かつ、あなたがたは第一日に聖会を、また第七日に聖会を開かなければならない。これらの日には、なんの仕事もしてはならない。ただ、おのおのの食べものだけは作ることができる。 あなたがたは、種入れぬパンの祭を守らなければならない。ちょうど、この日、わたしがあなたがたの軍勢をエジプトの国から導き出したからである。それゆえ、あなたがたは代々、永久の定めとして、その日を守らなければならない。 正月に、その月の十四日の夕方に、あなたがたは種入れぬパンを食べ、その月の二十一日の夕方まで続けなければならない。 七日の間、家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生れた者であれ、すべて、イスラエルの会衆から断たれるであろう。 あなたがたは種を入れたものは何も食べてはならない。すべてあなたがたのすまいにおいて種入れぬパンを食べなければならない』」。
過越の祭の食事には、種なしのパンと苦菜を添え、7日間それらを食しつつ過ごさなければなりませんでした。それはエジプトでの奴隷生活の辛さを忘れないようにするため、そして罪を完全に断ち切るため、神に選ばれた聖なる者となるためでした。パン種とは罪を意味します。私たちが罪から救われるためには、罪から離れ、徹底的に罪を断ち切る生活を守ることから始まります。パン種すなわちイースト菌がパンを大きく膨らませるように、罪の根っ子が残ったままでいるならば、私たちの中で罪がどんどん増殖して、いつの間にか罪にまみれた生涯となり、永遠の滅びを免れることができなくなってしまいます。過越の精神を受け継ぎ、罪の過去を忘れず、罪から遠ざかって完全にきよめられ、救われた喜びに満ちた生き生きとした信仰生活を送る者でありますように。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.15-20.ja1955
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出エジプト記 12:21-28
そこでモーセはイスラエルの長老をみな呼び寄せて言った、「あなたがたは急いで家族ごとに一つの小羊を取り、その過越の獣をほふらなければならない。 また一束のヒソプを取って鉢の血に浸し、鉢の血を、かもいと入口の二つの柱につけなければならない。朝まであなたがたは、ひとりも家の戸の外に出てはならない。 主が行き巡ってエジプトびとを撃たれるとき、かもいと入口の二つの柱にある血を見て、主はその入口を過ぎ越し、滅ぼす者が、あなたがたの家にはいって、撃つのを許されないであろう。 あなたがたはこの事を、あなたと子孫のための定めとして、永久に守らなければならない。 あなたがたは、主が約束されたように、あなたがたに賜る地に至るとき、この儀式を守らなければならない。 もし、あなたがたの子供たちが『この儀式はどんな意味ですか』と問うならば、 あなたがたは言いなさい、『これは主の過越の犠牲である。エジプトびとを撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越して、われわれの家を救われたのである』」。民はこのとき、伏して礼拝した。 イスラエルの人々は行ってそのようにした。すなわち主がモーセとアロンに命じられたようにした。
神から過越の祭の決まり事を告げられたモーセは、急いでイスラエルの長老たちを呼び寄せ、全イスラエルが一人として漏れることなく過越を守るようにと命じました。そして過越の祭の意味を告げ知らされたイスラエルの民は、神が命じられたモーセの言葉に聞き従い、一人残らず守り行いました。私たちは、聖書を通じて神の救いの御言葉を聞かされていますが、御言葉に完全に聞き従っているかどうか改めて吟味する必要があります。神の御言葉を聞いても、その意味を真に理解せず、自分の実生活の中で守り行わないならば、神の救いはその人のものとはなりません。そして神の救いは、代々語り継がなければなりません。過越の祭も、その真の意味を語り継がなければ、今までイスラエルが守り通すことはできなかったでしょう。信仰の継承と、御言葉の精神、神の御心を正しく理解することの重要性を決して忘れることなく、御言葉の御前にひれ伏して聞き従う私たちでありますように。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.21-28.ja1955
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出エジプト記 12:29-36
夜中になって主はエジプトの国の、すべてのういご、すなわち位に座するパロのういごから、地下のひとやにおる捕虜のういごにいたるまで、また、すべての家畜のういごを撃たれた。 それでパロとその家来およびエジプトびとはみな夜のうちに起きあがり、エジプトに大いなる叫びがあった。死人のない家がなかったからである。 そこでパロは夜のうちにモーセとアロンを呼び寄せて言った、「あなたがたとイスラエルの人々は立って、わたしの民の中から出て行くがよい。そしてあなたがたの言うように、行って主に仕えなさい。 あなたがたの言うように羊と牛とを取って行きなさい。また、わたしを祝福しなさい」。 こうしてエジプトびとは民をせき立てて、すみやかに国を去らせようとした。彼らは「われわれはみな死ぬ」と思ったからである。 民はまだパン種を入れない練り粉を、こばちのまま着物に包んで肩に負った。 そしてイスラエルの人々はモーセの言葉のようにして、エジプトびとから銀の飾り、金の飾り、また衣服を請い求めた。 主は民にエジプトびとの情を得させ、彼らの請い求めたものを与えさせられた。こうして彼らはエジプトびとのものを奪い取った。
全イスラエルが過越の祭を執り行ったその夜、神はエジプトの国中を巡り歩き、神の言葉に聞き従わず家の門と鴨居に血のしるしのなかったエジプト人の家に入り、すべての初子を撃ってそのいのちを取り去られました。その夜はエジプトにとって大いなる嘆き悲しみの夜となりました。エジプト中に死のない家はなく、国中が喪に服することになったからです。それらはすべて、神の御言葉に聞き従わなかった心の頑なさが原因であることを忘れてはなりません。悲嘆に暮れたエジプト王は二度と目の前に姿を現すなと最後通告したはずのモーセとアロンを呼び出して、全イスラエルの民を、家族揃って、家畜に至るまですべて携えて、即刻エジプトの国から立ち去るようにと命じました。そしてエジプトを去るに際し、主はエジプト人にイスラエル人に対する好意を寄せられたので、人々は自分たちの身に付けている金銀の宝飾品や衣類を与えたため、イスラエルの民は今までの辛い奴隷生活の報酬を得、旅の備えとなりました。神は細やかな配慮をもって私たちのを必要を与え、苦難や忠実な働きに対する報酬を得させてくださるお方です。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.29-36.ja1955
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出エジプト記 12:37-42
さて、イスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに向かった。女と子供を除いて徒歩の男子は約六十万人であった。 また多くの入り混じった群衆および羊、牛など非常に多くの家畜も彼らと共に上った。 そして彼らはエジプトから携えて出た練り粉をもって、種入れぬパンの菓子を焼いた。まだパン種を入れていなかったからである。それは彼らがエジプトから追い出されて滞ることができず、また、何の食料をも整えていなかったからである。 イスラエルの人々がエジプトに住んでいた間は、四百三十年であった。 四百三十年の終りとなって、ちょうどその日に、主の全軍はエジプトの国を出た。 これは彼らをエジプトの国から導き出すために主が寝ずの番をされた夜であった。ゆえにこの夜、すべてのイスラエルの人々は代々、主のために寝ずの番をしなければならない。
ようやく出エジプトを果たしたイスラエルの民は、男性だけで60万人にも登る大民族移動となりました。ヨセフに招かれ、飢饉を避けてエジプトに寄留したヤコブ一家70人から、430年の歳月を経て、まさに神の御言葉の通り、海の砂のように増え広がったのです。そんな彼らのしんがりに神の軍勢が立ち、寝ずの番によってエジプトによる攻撃から守られました。神は出ると入るとを守られるお方、その約束を必ず果たし、真の祝福を授けられるお方です。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.37-42.ja1955
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出エジプト記 12:43-51
主はモーセとアロンとに言われた、「過越の祭の定めは次のとおりである。すなわち、異邦人はだれもこれを食べてはならない。 しかし、おのおのが金で買ったしもべは、これに割礼を行ってのち、これを食べさせることができる。 仮ずまいの者と、雇人とは、これを食べてはならない。 ひとつの家でこれを食べなければならない。その肉を少しも家の外に持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。 イスラエルの全会衆はこれを守らなければならない。 寄留の外国人があなたのもとにとどまっていて、主に過越の祭を守ろうとするときは、その男子はみな割礼を受けてのち、近づいてこれを守ることができる。そうすれば彼は国に生れた者のようになるであろう。しかし、無割礼の者はだれもこれを食べてはならない。 この律法は国に生れたものにも、あなたがたのうちに寄留している外国人にも同一である」。 イスラエルの人々は、みなこのようにし、主がモーセとアロンに命じられたようにした。 ちょうどその日に、主はイスラエルの人々を、その軍団に従ってエジプトの国から導き出された。
神は重ねてイスラエルの民に、出エジプトを祝う過ぎ越の祭りの規定を教えられました。その中には異邦人に対する規定も盛り込まれています。後の世にイスラエルは、自分たちだけ、イスラエル民族だけが神の救いに与ることができると、過越の精神を曲げてしまいましたが、神は最初から異邦人に向けても、過越の祭に代表される、真の救いに与る道を備えて規定を定められました。私たちは神の御心を取り違えて、自分たちの都合の良いように勝手に解釈してはなりません。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.43-51.ja1955
主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、 「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。 あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。 もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。 小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。 そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮にこれをほふり、 その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。
イスラエルの暦は、神のご命令に従い、出エジプトを記念として作られました。それは神は人を救われる、神の大いなる愛の御業か原点となって一年が始まることを意味しています。そして神は正月を記念するために、その月の10日目に子羊を取り分け、14日目に家族と共に、あるいは隣人と共に、その子羊を食し、その血を門の柱と家の鴨居に塗ることを命じられました。これはキリストの十字架の原型です。私たちの生活が神に始まり、神を中心に据え、神に寄り頼む信仰、キリストの十字架による契約を土台とするとき、神に選ばれた民として真の祝福の生涯となります。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.1-7.ja1955
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出エジプト記 12:8-14
そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。 生でも、水で煮ても、食べてはならない。火に焼いて、その頭を足と内臓と共に食べなければならない。 朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。 あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、急いでそれを食べなければならない。これは主の過越である。 その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。
神の民イスラエルが正月を祝う食事、出エジプトを記念する行事を、神は過越の祭りとして、イスラエルの守るべき永久の定めとされました。それは神がエジプトに対する最後の災い、死の使いを送ってすべての長子のいのちを奪うとき、神の言葉に聞き従って子羊の血を家の門と鴨居とに塗ったイスラエルの家を通り過ぎて災いを免れるため、そして様々な偶像の神々に仕える罪に満ちた国エジプトを後にする、信仰の原点を形にしたものでもあります。今でもイスラエルは過越の祭を守り行います。私たちもまたキリストの十字架を自分のスタートラインとし、救いの原点を日々思い起こしつつ、一年を、そして人生を歩み始める者でありたいと願います。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.8-14.ja1955
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出エジプト記 12:15-20
七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。 かつ、あなたがたは第一日に聖会を、また第七日に聖会を開かなければならない。これらの日には、なんの仕事もしてはならない。ただ、おのおのの食べものだけは作ることができる。 あなたがたは、種入れぬパンの祭を守らなければならない。ちょうど、この日、わたしがあなたがたの軍勢をエジプトの国から導き出したからである。それゆえ、あなたがたは代々、永久の定めとして、その日を守らなければならない。 正月に、その月の十四日の夕方に、あなたがたは種入れぬパンを食べ、その月の二十一日の夕方まで続けなければならない。 七日の間、家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生れた者であれ、すべて、イスラエルの会衆から断たれるであろう。 あなたがたは種を入れたものは何も食べてはならない。すべてあなたがたのすまいにおいて種入れぬパンを食べなければならない』」。
過越の祭の食事には、種なしのパンと苦菜を添え、7日間それらを食しつつ過ごさなければなりませんでした。それはエジプトでの奴隷生活の辛さを忘れないようにするため、そして罪を完全に断ち切るため、神に選ばれた聖なる者となるためでした。パン種とは罪を意味します。私たちが罪から救われるためには、罪から離れ、徹底的に罪を断ち切る生活を守ることから始まります。パン種すなわちイースト菌がパンを大きく膨らませるように、罪の根っ子が残ったままでいるならば、私たちの中で罪がどんどん増殖して、いつの間にか罪にまみれた生涯となり、永遠の滅びを免れることができなくなってしまいます。過越の精神を受け継ぎ、罪の過去を忘れず、罪から遠ざかって完全にきよめられ、救われた喜びに満ちた生き生きとした信仰生活を送る者でありますように。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.15-20.ja1955
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出エジプト記 12:21-28
そこでモーセはイスラエルの長老をみな呼び寄せて言った、「あなたがたは急いで家族ごとに一つの小羊を取り、その過越の獣をほふらなければならない。 また一束のヒソプを取って鉢の血に浸し、鉢の血を、かもいと入口の二つの柱につけなければならない。朝まであなたがたは、ひとりも家の戸の外に出てはならない。 主が行き巡ってエジプトびとを撃たれるとき、かもいと入口の二つの柱にある血を見て、主はその入口を過ぎ越し、滅ぼす者が、あなたがたの家にはいって、撃つのを許されないであろう。 あなたがたはこの事を、あなたと子孫のための定めとして、永久に守らなければならない。 あなたがたは、主が約束されたように、あなたがたに賜る地に至るとき、この儀式を守らなければならない。 もし、あなたがたの子供たちが『この儀式はどんな意味ですか』と問うならば、 あなたがたは言いなさい、『これは主の過越の犠牲である。エジプトびとを撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越して、われわれの家を救われたのである』」。民はこのとき、伏して礼拝した。 イスラエルの人々は行ってそのようにした。すなわち主がモーセとアロンに命じられたようにした。
神から過越の祭の決まり事を告げられたモーセは、急いでイスラエルの長老たちを呼び寄せ、全イスラエルが一人として漏れることなく過越を守るようにと命じました。そして過越の祭の意味を告げ知らされたイスラエルの民は、神が命じられたモーセの言葉に聞き従い、一人残らず守り行いました。私たちは、聖書を通じて神の救いの御言葉を聞かされていますが、御言葉に完全に聞き従っているかどうか改めて吟味する必要があります。神の御言葉を聞いても、その意味を真に理解せず、自分の実生活の中で守り行わないならば、神の救いはその人のものとはなりません。そして神の救いは、代々語り継がなければなりません。過越の祭も、その真の意味を語り継がなければ、今までイスラエルが守り通すことはできなかったでしょう。信仰の継承と、御言葉の精神、神の御心を正しく理解することの重要性を決して忘れることなく、御言葉の御前にひれ伏して聞き従う私たちでありますように。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.21-28.ja1955
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出エジプト記 12:29-36
夜中になって主はエジプトの国の、すべてのういご、すなわち位に座するパロのういごから、地下のひとやにおる捕虜のういごにいたるまで、また、すべての家畜のういごを撃たれた。 それでパロとその家来およびエジプトびとはみな夜のうちに起きあがり、エジプトに大いなる叫びがあった。死人のない家がなかったからである。 そこでパロは夜のうちにモーセとアロンを呼び寄せて言った、「あなたがたとイスラエルの人々は立って、わたしの民の中から出て行くがよい。そしてあなたがたの言うように、行って主に仕えなさい。 あなたがたの言うように羊と牛とを取って行きなさい。また、わたしを祝福しなさい」。 こうしてエジプトびとは民をせき立てて、すみやかに国を去らせようとした。彼らは「われわれはみな死ぬ」と思ったからである。 民はまだパン種を入れない練り粉を、こばちのまま着物に包んで肩に負った。 そしてイスラエルの人々はモーセの言葉のようにして、エジプトびとから銀の飾り、金の飾り、また衣服を請い求めた。 主は民にエジプトびとの情を得させ、彼らの請い求めたものを与えさせられた。こうして彼らはエジプトびとのものを奪い取った。
全イスラエルが過越の祭を執り行ったその夜、神はエジプトの国中を巡り歩き、神の言葉に聞き従わず家の門と鴨居に血のしるしのなかったエジプト人の家に入り、すべての初子を撃ってそのいのちを取り去られました。その夜はエジプトにとって大いなる嘆き悲しみの夜となりました。エジプト中に死のない家はなく、国中が喪に服することになったからです。それらはすべて、神の御言葉に聞き従わなかった心の頑なさが原因であることを忘れてはなりません。悲嘆に暮れたエジプト王は二度と目の前に姿を現すなと最後通告したはずのモーセとアロンを呼び出して、全イスラエルの民を、家族揃って、家畜に至るまですべて携えて、即刻エジプトの国から立ち去るようにと命じました。そしてエジプトを去るに際し、主はエジプト人にイスラエル人に対する好意を寄せられたので、人々は自分たちの身に付けている金銀の宝飾品や衣類を与えたため、イスラエルの民は今までの辛い奴隷生活の報酬を得、旅の備えとなりました。神は細やかな配慮をもって私たちのを必要を与え、苦難や忠実な働きに対する報酬を得させてくださるお方です。
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出エジプト記 12:37-42
さて、イスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに向かった。女と子供を除いて徒歩の男子は約六十万人であった。 また多くの入り混じった群衆および羊、牛など非常に多くの家畜も彼らと共に上った。 そして彼らはエジプトから携えて出た練り粉をもって、種入れぬパンの菓子を焼いた。まだパン種を入れていなかったからである。それは彼らがエジプトから追い出されて滞ることができず、また、何の食料をも整えていなかったからである。 イスラエルの人々がエジプトに住んでいた間は、四百三十年であった。 四百三十年の終りとなって、ちょうどその日に、主の全軍はエジプトの国を出た。 これは彼らをエジプトの国から導き出すために主が寝ずの番をされた夜であった。ゆえにこの夜、すべてのイスラエルの人々は代々、主のために寝ずの番をしなければならない。
ようやく出エジプトを果たしたイスラエルの民は、男性だけで60万人にも登る大民族移動となりました。ヨセフに招かれ、飢饉を避けてエジプトに寄留したヤコブ一家70人から、430年の歳月を経て、まさに神の御言葉の通り、海の砂のように増え広がったのです。そんな彼らのしんがりに神の軍勢が立ち、寝ずの番によってエジプトによる攻撃から守られました。神は出ると入るとを守られるお方、その約束を必ず果たし、真の祝福を授けられるお方です。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.37-42.ja1955
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出エジプト記 12:43-51
主はモーセとアロンとに言われた、「過越の祭の定めは次のとおりである。すなわち、異邦人はだれもこれを食べてはならない。 しかし、おのおのが金で買ったしもべは、これに割礼を行ってのち、これを食べさせることができる。 仮ずまいの者と、雇人とは、これを食べてはならない。 ひとつの家でこれを食べなければならない。その肉を少しも家の外に持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。 イスラエルの全会衆はこれを守らなければならない。 寄留の外国人があなたのもとにとどまっていて、主に過越の祭を守ろうとするときは、その男子はみな割礼を受けてのち、近づいてこれを守ることができる。そうすれば彼は国に生れた者のようになるであろう。しかし、無割礼の者はだれもこれを食べてはならない。 この律法は国に生れたものにも、あなたがたのうちに寄留している外国人にも同一である」。 イスラエルの人々は、みなこのようにし、主がモーセとアロンに命じられたようにした。 ちょうどその日に、主はイスラエルの人々を、その軍団に従ってエジプトの国から導き出された。
神は重ねてイスラエルの民に、出エジプトを祝う過ぎ越の祭りの規定を教えられました。その中には異邦人に対する規定も盛り込まれています。後の世にイスラエルは、自分たちだけ、イスラエル民族だけが神の救いに与ることができると、過越の精神を曲げてしまいましたが、神は最初から異邦人に向けても、過越の祭に代表される、真の救いに与る道を備えて規定を定められました。私たちは神の御心を取り違えて、自分たちの都合の良いように勝手に解釈してはなりません。
https://www.bible.com/bible/81/exo.12.43-51.ja1955