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ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2025.8.25 旅は最終日 今日も一人でお留守番・・・無事帰京

2025-08-25 23:52:47 | 

 昨夜は記事アップ後、前夜に引き続き部屋のお風呂でさっと汗を流す。洗い場が付いているものの、湯桶や椅子が備えられていないのがなんだかなぁである。夫はやはりお疲れモードで既にウトウト。2日連続でなかなか眠れない。

 今朝は夫が5時に起き出して目が覚めてしまう。せめてあと1時間半は寝たいのに、と思いつつちょっと喋るとすぐに咳込む。外は今日もいいお天気。昨日より最高気温は上がって33℃の予報。パッキングもしなければならないので、諦めてのろのろと起き出す。

 2つ分のキャリーケースのパッキングをほぼ終えて、身支度をし、BS朝ドラを視てから(また数年が経って昭和40年代になっていた。)ゆるゆるとレストランへ向かう。

 チェックインの時、朝食は8時前後は混むと言われたけれど、さすがに土曜宿泊よりも大分空いているようでブッフェの混雑は昨日ほどではなかった。今朝は息子お薦めの温泉卵(黄身がとても美味しかった)とだだちゃ豆とパプリカのピクルス、だだちゃ豆のスープにバターロールを一口ずつ。果物もメロンとスイカを一切れずつ頂いた。今日は3組とも2名席に座ってバラバラ。

 義妹夫婦と息子夫婦はひとまず10時チェックアウト、私達の部屋だけ12時のレイトチェックアウトである。昨日予約したパンを受け取りに義妹夫婦が9時半に出かけ、戻ってきて荷物を預けたら5人は出発だ。
 まずは水族館ラブのお嫁ちゃんのリクエストで加茂水族館へ向かった模様。クラゲやアシカ、アザラシ等の写真が送られてくる。お嫁ちゃんがアザラシの餌やりを愉しんだらしい。

 私は昨日のようにコロリと眠れるかと思いきや、なかなか眠れず、なんだかすぐにMSコンチンを飲む時間になってしまう。昨日とチェンジした内湯、露天風呂を覗きに行ったら、文字通り貸し切りだったので、さっと洗って足湯と半身浴をざっと済ませ15分であがる。
 露天風呂には鳩がいて、私がドアを開けるとびっくりしてバタついていたけれど、出ていかなかった。チェックアウト迄30分を切っている。急いで戻って最終的にパッキング。杖やら日傘やらお土産のパンやらでかなりの大荷物。

 ヨタヨタしながらフロントに行き、3部屋分の支払いを済ませ、ソファで少し書類整理。30分ほどしたところで、レストランに入ってランチを頂く。さすがに月曜日なので店内はガラガラ。朝は座れなかった窓際の席に初めて陣取れた。サラダとスープがブッフェ形式でセルフサービス。バターチキンカレーはつや姫か十六雑穀米が選べるというので少な目のハーフ&ハーフにして頂いた。

 それでも食べ切れず。食後は氷少な目のアイスコーヒーをちびちびと頂きながら、漸く持参した文庫本を読む。平日はカフェタイムもクローズとのことで14時には退散することに。空港には17時を目途に向かうというので16時前後までは一人時間を潰さないとならない。
 ライブラリースペースのソファに座り、読書を続ける。沢山の本が並んでいるが、まずは自分の読みかけの本を、と頁を繰る。ところが眠くてなかなか捗らずあっという間に時間が過ぎた。

 水族館でランチを摂った後、夫と息子夫婦はJRの特急に乗る義妹夫婦とは別れ、長くお世話になっている果物屋さんの2階にあるパーラーでフルーツタルトを頂いてきたという。私も行きたかった~とついつい残念がってしまう。食べられないくせに卑しいのだ。息子夫婦がフルーツタルトを堪能するのを目の前で見ながら頂けない夫の方がもっと気の毒だけれど。

 そして最後は酒田の山居倉庫まで足を延ばしたそうな。以前訪れた時には倉庫内に沢山のお店があって楽しかったが、それがすっかり撤去されて随分寂しい感じになっていたようだ。
 そんなこんなで3人がホテルに戻ってきたのは結構遅かった。その後、ガソリンスタンドで満タンにしたレンタカーを返し順調に空港に到着。私一人だけオンラインチェックインが出来ず、ちょっと心配だったが、窓口で確認すると案の定一昨日空港での車椅子利用の所為だった。

 無事チェックインが済み、若い二人は職場のお土産を調達し、保安検査場を通り、搭乗口へ。小さな空港なので、ここで車椅子に乗る必要はないが、羽田での降機場はまたしても一番端ということで、リムジンバスの乗り場まで使えるようにお願いする。 
 飛行機はほぼ定刻に離陸し、飲み物を頂いたと思ったら、もう着陸態勢である。また訪れることが出来るかどうか。とにもかくにも一時は行けないかもしれない、と本気で心配した13回忌のお勤めが済んで本当に安堵した。

 自宅最寄り駅行のリムジンバスは1時間に1本。最後に飛行機から降りて、スタッフの方に車椅子を押して頂き、なんとか19時台のバスに乗れるね、と喜んでいたら出発30分前の段階で既に満席。さらに1時間後まで帰れないことが分かりがっくり。息子達の最寄り駅は15分に1本の割合で空席あり、だったが、一緒に夕飯を摂るということになり、20時台のバスチケットをそれぞれ購入した。

 夕飯も喉越しが良い物、と稲庭うどんのお店に入る。カウンター席に4人並んで座る。大荷物で車椅子入店だったが問題なくクリア。ちょうど母に連絡する定刻だったので、ひとまず羽田に無事到着し、バスの時間まで皆で夕食を摂ってから帰宅することだけ伝える。皆それぞれ好きなお膳やセットをチョイスし、私は冷し浅利ぶっかけを頂いた。半分は息子に横流し。

 お嫁ちゃんに車椅子を押してもらって、バス乗り場まで送って貰い、ここで2人とお別れ。バスはほぼ満席だったが、可愛いピンク色のキャラクターバスに当たりラッキーだったかも。
 定刻通り順調に最寄り駅に到着し、すぐにタクシーに乗り換えて帰宅した。
 3日留守にした家の中はむわっと空気が淀んでいる。窓を全開にして空気の入れ替えをしつつ、キャリーケースの中身を片付けて今に至っている。

 明日は午前中、訪問看護師のMさんがいらっしゃる日。夫も会社の後輩の告別式に参列するということで、午前中には家を出るという。残念ながらなかなか寝坊は出来ないようである。


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2025.8.24 旅は2日目 晴読雨読どころか・・・ひたすら眠る

2025-08-24 23:25:17 | 

 昨夜は記事アップ後、部屋のお風呂で気兼ねなく汗を流す。温泉でないのがちょっと残念だったけれど。私が入浴するかしないかのうちに夫は既に気持ちよさそうに高いびき。まぁ、今回の諸々の調整で疲れたのだろうな、と思う。それにしても、やはりこの騒音ではどうにも眠れない。何度か「静かに眠ろうよ~」「眠れません~」と声をかけているうちに日付が変わってしまった。

 今朝は普段より早くアラームをかける。窓の外はいいお天気だ。青い空、白い雲、目の前に広がる緑の水田。遠くに見える線路を特急が走るのが見える。これぞ日本の原風景だなぁと思う。
 私は東京生まれの東京育ちだから所謂田舎がない。夫と結婚して初めて定期的に訪れる場所ができた。いわばここは第二の故郷である。今回久しぶりにこちらを訪れたことで、義母のこと、夫の叔母一家(既に叔父叔母は他界し、次男である従弟が家を継いでいる。)のこと等々、自分でもびっくりするほど鮮やかに思い出した。
 何とか起きられたので夫たちの食事に同行することにした。今日は昨日より最高気温が低いようだが、それでも32度。朝夕は少し涼しいか。

 ロビーで義妹夫婦と待ち合わせてレストランへ。かなり混んでいて、なかなか眺望の良い室内のテーブルが見つからず、テラス席に陣取った。最初はそれほど気にならなかったが、日が高くなってくるにつれ、じりじりと暑くなってきた。
 地産地消をモットーにするレストランは、この地で獲れた食材の割合が8割を超えるという。和洋食ブッフェ形式だったが、混雑している中、よろよろとトレーを持って歩き回る元気がなかったので、空いていたところでジュースとヨーグルト、フルーツに小さなクロワッサンだけ頂いてくる。
3人は懐かしい郷土料理をあれこれ取って楽しそう。

 少し遅れて息子夫婦がやってきたが、2階席は満席で1階にどうぞ、と言われたという。見れば室内の近くの席が空いたので、結果的に彼らは私たちの背中を見ながら食事をする形になった。

 食後、5人はまずは2班に分かれ、夫と義妹夫婦は叔母(義父の妹)の位牌にお参りに従弟宅へ向かった。息子夫婦は一足遅れて致道館博物館あたりを散策し、そこで夫をピックアップしてくれるという。義妹夫婦は義母の友人宅に挨拶に行った後、お土産を調達したいとのことで別行動になった。

 私は涼しい部屋で一人時間。晴耕雨読ならぬ晴読雨読のつもりが、色々あってそれどころではなかった。
 まずは、昨日できなかった母への定期連絡を、日を越した今朝に。珍しくすんなり取った。昨日は従姉が暑い中わざわざ立ち寄ってくれて、買ってきてくれたお寿司を一緒に食べて楽しかったという。有難いことである。従姉にはLINEでお礼を。
 夫と2人分セットで数珠を忘れるという大ボケをやらかしたとはいえ、とにもかくにも生きて無事13回忌の法要が終わり、今日は皆を見送って一人で休ませてもらっていると報告する。ゆっくり休むように、と言われる。

 言われるまでもなく、その次に気づいたら知らないうちに1時間半以上経っていた。いつの間にか眠りこけてしまい、既にMSコンチンを飲む時間を過ぎているのに、ぼーっとしていた。12時には清掃をお願いしているので部屋を出なければならず、その間に空いていたら露天風呂に行ってみようかなどと考えているうちにすっかり飲み忘れてしまう。

 部屋着に着替えてスパ方面に行ってみる。毎日男性用と女性用が入れ替わるとのこと。息子が露天風呂はお勧めだというので覗いてみることに。ちょうどお一人が出てくるところで、下駄箱には1人分の靴だけ。これなら、と入ることに。

 中は洗い場の先に露天風呂とサウナが繋がっている。お一人はかなりのサウナーらしく、サウナ帽子も被っている。露天風呂は結構熱く、かき混ぜても暑い。一人で具合が悪くなっても困るので、足湯に止め、頑張って半身浴ならぬお尻浴だけ。
 空は高く、目の前の稲穂は刈られる時を待つように大分頭を垂れている。トンボが浴槽の端っこで羽を休め、鳩がお米(?)を啄んで歩いている。のどかである。けれど、かなり日差しが暑くなってくる。

 話のタネにサウナのドアを開けるととんでもない高温。水を石にかけるセルフ方式です、とのことでちょっと柄杓でかけてみたが、熱い水蒸気が出たらもう中にはいられずに早々に退散。
 洗い場では先ほどの方がまだいらしたが、ちょっと早く出られたので、一瞬貸し切りになった。それでもパウダールームではかち合ってしまった。お風呂には30分ほどいただろうか。さすがに疲れて、途中のライブラリーラウンジで涼と休みを取る。30分ほど時間を潰して部屋に戻ると、無事清掃が終わり、部屋が綺麗に整えられていた。

 薬も飲みたいし、何も食べないわけにもいかないからお昼はレストランでランチでも、と思っていたが、身支度が面倒で昨日夫が買ってくれたメロンパンを頂くことにした。このメロンパンも義母が生きていた時分にはよく送ってくれた。珍しいチョコクリーム入りでとても美味しいのだ。自分でもびっくり、1個をペロリと平らげた。
 食後、しばらくしてMSコンチンを飲んでいなかったことに気づいて慌てる。正規の時間より3時間近く過ぎてしまっていた。咳き込みや痛みが出ずによかった。

 そしてまた眠ってしまった。しかも鍵もかけずに。コンコンとノックの音が聞こえたような気がするが、目が覚めない。かちゃりとドアが開く。えっ!?と焦ると義妹が「パンを買ってきたから」と差し入れしてくださる。ホテルの近くにパン屋さんの工場があるという。明朝、買えるように予約してきてくれたとも。
 スッピンでカツラもバンダナも被っていない酷い姿だが隠しようもなく、お礼を言って見送り、今度は内鍵をかけた。

 外からの西陽が暑い。カーテンを閉めて、水分補給する。そしてまた眠ってしまう。
 今度は長いノックの音。あ、鍵が締まっているのだった・・・とぼーっとしながら起き上がると、今度は夫だった。トウモロコシ畑の巨大迷路にチャレンジしたお嫁ちゃんも疲れてお昼寝に一度戻ったそうだが、息子と夫は2人でもう一か所訪れてから帰ってきたそうな。元気である。

 目が覚めたと思ったら、お腹が差し込むように痛い。あっという間に下痢になった。食べ過ぎだ。うーん、夕食、どうしようと悩む。今夜は地元でもなかなか予約の取れないイタリアンを早々と予約してあった。一度は来てみたいと思いつつ、銀座や東京駅の出店にしか行ったことがなかったので、楽しみにしていた。けれどこの下痢と生唾が出てくる気持ち悪さ・・・。
 向こうで皆に迷惑をかけるわけにもいかないし、と迷う。ギリギリまで迷って、なんとか落ち着いたようなので身支度をして出かけることに。

 今夜は息子とお嫁ちゃんの車に私が、義妹夫婦の車に夫が分乗した。30分弱の道のり、なんとナビには古いお店の場所が入っていたそうで行き過ぎてしまう。慌てて戻って移転した新しいお店へ。5分少々の遅刻となった。

 今日は息子の挨拶で乾杯。お任せのコースはどれもボリューミーな8品、それに残り3皿というこの時期しか頂けない岩ガキを追加して皆でシェアする。どのお料理も美味しかったけれど、一口ずつ味見をするのがやっとで悔しい限り。
 たっぷり2時間半かけてディナータイムが終わった。最後は尾花沢スイカのパンナコッタの上にスイカのグラニテがトッピングされたドルチェを一口とお店の名前のついた発酵茶を頂いた。

 皆パンパンのお腹で再び車でホテルまで戻ってきた。
 明日は皆、チェックアウトした後に水族館を経て山居倉庫に行くそうだ。私はレイトチェックアウトで昼迄部屋にいて、その後はどうやって時間を潰そうかと今から思案中である。


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2025.8.23 義母13回忌法要 久々に夫の郷里へ皆でGO!

2025-08-23 23:19:05 | 

 昨夜は今朝に備えて早々と記事を書き上げ、入浴を終え、薬を飲んでベッドに入った。寝つきには少し時間がかかったものの、無事6時間睡眠を取れる予定だった。
 ところが、あろうことか2時半過ぎにお手洗いに目が覚める。寝ぼけていたせいか、起き上がって右や左にふらついてごつんごつんとぶつかった。こんなことは春以来のこと。手摺に捕まりまがらちょっと怖くなった。
 そしてその後、眠れない。痰が絡んで咳き込みが始まる。目を瞑って瞑想を試みるが、どうしても眠れない。せめてあと1時間は眠りたいと思ったけれど、ダメだった。アラームが鳴る前に諦めてリビングへ。夫も30分ほど前に起きていた。

 どう考えてみても寝不足だ。6時のニュースを視ながら(一体この時間に朝食を摂るのはどのくらいぶりだろう。)朝食を摂り、身支度をする。タクシーを呼ぶが、贔屓の会社はもとより二番手の会社も迎車には時間がかかるようで、結局GOを呼ぶ。
 5分ほどで到着したが、なんとも不愛想なドライバーさんで、朝からなんだかなぁのスタートになった。

 外は早くも熱い(暑いよりも適している。)。ホームに降りるとアスファルトの照り返しで茹で上がりそうだ。予約したライナーに乗り、無事ターミナル駅に到着。息子夫婦とはJRのホームで待ち合わせしている。
 酷暑の中、このところずっと家に籠って殆ど外を歩いていない私は、たった3か所の階段の昇降ですっかり顎が出る。ライナーを降りる寸前に気合を入れるためのオプソを飲んだというのに。

 息子たちとはすぐに合流し、今日は彼らに従ってモノレールで空港に向かうことに。しっかり席も確保してくれてラッキー。いや、立ったまま30分電車に揺られるのはかなりきつかっただろう。モノレールに乗るまではただ息苦しくて口が利けなかった。こちらも慣れた2人に従って、うまいことボックスシートを確保して終点第二ターミナルまで。
 つい5か月前にトルコから悪夢の帰国をした以来の羽田空港である。あの後の1か月半は実に怒涛の日々以外の何物でもなかった。

 フットワークの良いお嫁ちゃんが、ささっとインフォメーションセンターに走って車椅子を借りてくれる。乗せてもらったらもう楽ちんである。夫が押してくれて菩提寺と従弟宅へのお土産をゲット。そのまま保安検査も優先レーンでスイスイと。
 相変わらず庄内便は搭乗口が一番端っこ。延々と歩かなければならない。これはとても息切れや咳き込みなしに歩けなかったと思う。お嫁ちゃんの交渉により、飛行機のドアまで車椅子移動が叶い、体力温存が出来た。それにしてもどれだけ体力がないのだろう。情けないことこの上ない。

 所要時間は1時間だが、実際に飛行しているのは30分ほど。上がったと思ったらすぐに最終着陸態勢だ。眼下には月山をはじめとする出羽山地の山々が広がり、間もなく緑のグラデーションが美しい田んぼの風景が近づいてくる。機内は満席。親子連れ、赤ちゃん連れも多く、着陸間際は泣き声の大合唱だった。

 到着空港でも車椅子に乗せて頂くので、機内を降りたのは一番最後。荷物も預けていなかったので、そのまま到着ロビーを抜け、レンタカー事務所まで我が家4人貸し切りのシャトルバスで向かった。今回初めて触れる夏の庄内の風は熱風である。最高気温35度。東京と全く変わらない。纏わりつくような暑さだ。日本で涼しい場所はあるのだろうかと思ってしまう。

 私たちが空港に到着する時間と、義妹夫婦が新幹線と特急を乗り継いでJR駅に到着する時間は若干タイムラグがあったが、待ち合わせ場所は中間地点にある評判の良い麵処。混雑していたが、小上がりのお座敷席で無事合流して名物の麦切りや天ぷらを美味しく頂いた。
 私たち夫婦は義妹夫婦に会うのは昨年秋の息子の結婚式以来だったが、息子夫婦は先月泊りに行くなどすっかり打ち解けて話が弾んでいる。調子に乗って喋ると苦しくなるのでじっと我慢。
 お腹を満たしたところで、仏花やお供えのお菓子、果物などを調達するため、ショッピングセンターへ向かう。私はとても広い店内を歩けないので、入口付近のベンチに座って皆にお任せ。役立たずの嫁である。そして、ホテルへ向かいひとまずチェックイン。
 以前から泊まってみたかった水田に浮かぶようなデザインのホテルは、庄内初上陸のお嫁ちゃんも泊まりたかったところだという。息子が早々と予約してくれて宿泊が叶った。

 それぞれの部屋に散り、ぱぱっと喪服に着替え、夫の菩提寺に向かう。既に夫の従弟は到着している。暑い中喪服を着て頂いて申し訳ない。16時からの法要は境内本堂での読経、焼香、墓前での読経と続く。法事は滞りなく済み、庫裏で冷たいお茶を頂きながら暫し歓談。一時は墓じまいも考えていたのだけれど、息子が今後は墓守をしてくれるという決意表明があったので、ありがたくも頼もしいこと。ご住職に連絡先をお伝えしてきた。

 四半世紀以上前、義父の法事で息子が菩提寺を訪れた時、太鼓を叩き、銅鑼を鳴らし好き放題やったという黒歴史(息子曰く)を皆から何度も言われて照れ臭そうな息子ももはや妻帯者である。
 賑やかなことが好きだった義母は、皆が集まってくれてきっと喜んでいることだろう。不肖長男の嫁も13回忌まで生きて参加できたのだから上等か。6年前の7回忌は、私が治療の副作用の体調不良で参加出来ず、夫と従弟、義妹夫婦の4人で少し寂しかったという。

 さて、私の葬儀にはこのご住職に出張して頂くことになるのかどうか。戒名も読経も要らないとは思ってみても、夫や息子のことを思えば、そんな身勝手もできないのかもしれない。
普段引き籠っているせいか、暑い外気に当たるだけでかなり消耗する。墓前の読経時にはふらついて怖かった。念のため杖を持ってきたが、支えがあって本当に良かった。

 夜の会食時間まで小一時間。公園を散策するという当初の予定は、出来れば喪服を脱ぎたいという皆の意見が一致していったんホテルに戻った。とにかくカツラを外して5分でもいいので横になりたかった。

 実際横になれた時間は5分にも満たなかったけれど、喪服を脱いで一時でもカツラを外せて少し元気になった。
 そこから会食会場へ。かつて義母とも一度来た事のある蔵のレストランだ。前回は1階の個室だったが今日は2階の個室。ヘロヘロしながら上に上がる。コース料理は一口ずつ味見をするだけでも普段の夕食の一体何食分だろうと思うほどの量になった。お腹はパンパン。途中でとてつもなく眠くなり、皆の会話に入れない時間もあった。2時間ほど堪能して解散。ホテルに戻ってきた。

 温泉、サウナなどスパも充実しているようだけれど、飢餓の子どものようなこの裸体を大風呂で晒す勇気はなく、今日は部屋のお風呂で済ませることにした。夫は息子と一緒にお風呂に出かけ今しがた帰ってきた。

 明日は皆朝から精力的に動くようだが私はお留守番。朝食だけ一緒に摂りたいのだが、はて私はそんなに早く起きられるだろうか、まったく自信がない。 お掃除の時間以外は部屋で晴耕雨読ならぬ晴読雨読で過ごしたいと思う。読みかけの文庫が何冊もあるのに、全然進んでいない。今日も眠気と疲れで一頁たりとも本を読むことができなかった。通院がなくなったら本を読むことがなくなるとは、なんとも皮肉なことである。










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2025.8.22 洗濯後 作業療法士さん来訪 引き続きオンライン交流会 午後はパッキング てんこ盛り金曜日

2025-08-22 21:52:55 | 治療日記

 昨夜は記事アップ後、薬を飲んでから入浴する。もろもろのことを済ませてベッドに入ったら、残念ながら日付が変わってしまった。それにしても暑い。部屋の熱気が夜迄冷めない。冷房除湿タイマーは5時間になった。寝ている間はほぼ点けっぱなしの状態だ。

 今日もアラームが鳴る小一時間前に目覚めてしまう。グズグズしながらニュースを点けてBS朝ドラを視て、涙ぐんでしまう。「一生懸命やってきたつもりだけれど、自分は何者にもなれなかった」という台詞がとても他人事に思えなかった。病気にならなければ等と、思っても詮無き事を考える自分が情けないという涙だったのかもしれない。
 夫にそんなことを呟いたら、あれこれ励ましてくれた。息子を育て上げた、病気を抱えながら20年勤めた、同じ立場の患者さんたちを沢山励ましてきた、それだけで十分凄いんだ、と。有難うございます。
 洗濯機を廻しながら、朝食を摂る。洗濯物を干したら、作業療法士のIさんがリハビリに見える準備だ。

 朝食を終えたタイミングで洗濯物が出来上がり、身支度をして、カツラの代わりにバンダナを被ってお待ちする。夫は明日からの旅で必要なバッテリー等を買いに行く、とIさんの到着前に出かけた。毎日々々、暑い中マメに出かけて偉いことだ。

 今朝も頭が痛い。頭の中でまた何か起こっているのか。さらにここ数日、今迄落ち着いていた胸部痛が再燃している。これまで左だったが今は右だ。骨の痛みなのか、内臓の痛みなのか。明日からなんとか大人しくしていて欲しい。オプソを飲むのは様子見。ほぼ定刻にピンポンが鳴る。

 まずは先週からの体調報告。今週は夫のがんセンター付き添いから始まり、火曜日はK診療所の往診、水曜日はリフレに行って疲れたのか昨日はヘルパーさんが見えたが殆ど動けずじまい、で今日になったこと。
 明日からは夫の郷里へ出向いて義母13回忌の法事であることは既にご存知で、どうぞ無事に行って来てください、と言われる。9月もお披露目会やら合唱練習やら、あれこれ日程が詰まっていますね~と。

 加えて患者会の瞑想ヨーガクラスの日程が決まったことをお話する。前回も「出たかった~。」と仰っていたが、来月の夜のクラスもお子ちゃまたちは既に寝室に行っている時間なので、是非、とのこと。11月のハイブリッドクラスも参加したいと仰る。有難いことである。

 血圧とSpO2等の測定。体温は6度9分。SpO2と心拍数は95-97。自前の機器で起床後すぐに測ったら93-105だった。血圧は低めで79-68。ふらつきや立ち眩みはなかったが、頭痛はこの所為なのかもしれない。
 黙って静かに話をしている分には酷く咳込むことはないが、廊下を往復するだけでどうしても息切れして咳込みを誘発する。
 それでも今日はレスキューのオプソも飲まずに何とかお話出来た。ついつい喋り過ぎるので普段より少し早めに切り上げたのだが。
 
 「では、今日もちょっと身体を動かしていきましょうか」の時間だ。
 いつものように呼吸を整えて座り、深呼吸兼ストレッチからスタート。呼吸に合わせ片手を上げ、肋骨を広げるように倒れて脇腹を良く伸ばすこと左右3回ずつ。両腕をクロスして右左に捩じる動きも呼吸に合わせて左右3回ずつ。左手は術側だがどうも上がりが悪い。以前より身体を動かしていないので硬くなっているようだ。

 今日は上半身を捩じる時もそれほど喘鳴が酷く出なかった。座ったままで足上げを片足10回ずつ。足首を上げてキープを片足10回ずつ。足指を開いてグーパーを繰り返す。爪先上げと踵上げをそれぞれ10回ずつ。呼吸に合わせて、椅子から立ち上がる、座るを3回繰り返して、いつもより早めに終了。
 玄関までお見送りして朝のMSコンチンを飲み、自室に移動して、キャンソルさんのオンライン交流会に遅れての参加だ。

 今日で丸2年、第14回のキャンソルさん主催オンライン交流会。前回は7月初めの開催で咳込みが酷く耳だけ参加だった。今日も余り喋らずに静かにしていようと思ったのだけれど、色々発言したい内容でついつい喋り過ぎてしまった。
 今日はスタッフ4名、参加者がTさん、Iさん、私の3名で7名の参加。Tさんの近況報告が始まっていた。
 薬の止め時についてなかなか決断できないということのようだった。Tさんのお芝居にいらした話や、Iさんが緊急入院後わずか1か月でカナダに2週間滞在された話など、今やすっかり引き籠りの私としては眩しい刺激を受ける。

 カナディアンロッキーには独身の頃、母とツアーに参加したことを遠い目で思い出す。後にも先にも母と2人で海外旅行に出かけたのはこの時だけ。おんぶにだっこの母を連れて、ハネムーン客の中に混じって大変だった・・・という記憶しかない。
 スタッフの方たちからはお仕事やキャンプ、不調についてのお話等様々。
 私は脳転移後、無治療になって4か月だが、先日の訪問診療の状況を報告した。
 再発治療に正解はない。それぞれが自分の身体の声を聴き、自分をよく観察して納得した上で治療を決めていく。普段なかなか話が出来ないことまで突っ込んで話せるのはこの場の素晴らしいところだと思う。思いのほか、発言をしたものの咳込むこともなくほっとした。
 気づけばお開きの時間。夫が途中で帰宅して、顔を出した。結構早かったと思ったら、遠くのDIYには行かずに駅前で用が足りたそう。
 次回は10月を予定しているとのこと。その時も体調が落ち着いていて参加出来たらいいなと思う。

 「昼食はどうする」と訊かれ、レンチン焼きそばを頂く。完食は出来ず、夫に少し横流したけれど、頑張って7割は頂いたと思う。食後は桃。

 疲れてしまって、すぐには明日に向けてのパッキング作業が始められず、録画したドラマを視ながらソファと一体化。 
 重い腰を上げて夕方近くになってパッキング開始。喪服や黒い靴、バッグ等も持っていくのでそれなりの量だ。夫は白いワイシャツがない、とまたしても駅前まで買いに出かけた。お疲れ様である。
 私自身は和室と自室を何往復もして荷物を運んでいたらあっという間に息が上がってゼェゼェハァハァ。直ぐに心拍数が上がってしまう。
 がっくり疲れておやつはロイヤルミルクティとアイスクリームをお腹に入れてからソファでウトウト。
 
 母への定期連絡時間。今日も暑かったけれど、夕方、近くのドラッグストアにだけちょっと買い物に出たそうだ。明日から2泊3日は会食時間に定期連絡時間がバッティングするので、その時間に連絡は難しい事を説明して納得してもらう。
 合間を見て連絡はするつもりなので、取れたら取って、とお願いするが、どうだろう。従姉から連絡があって明日立ち寄ってくれるという。有難いことである。

 夫が夕食を用意してくれた。少しずつだったけれどそこそこお腹に入れることが出来た。出かける前に冷蔵庫の中があれこれ片付いて良かった。

 とにかく明日から2泊3日、明日が朝から晩まで一番のハードスケジュールだ。何とか乗り切らなくては。


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2025.8.21  朝は起きられず 今日も不調で寝てばかり

2025-08-21 23:06:59 | 日記

 昨夜は記事アップ前に入浴を済ませ、そのままベッドに向かって久しぶりに日付が変わらないうちに眠りにつけるように努力した。とにかく起きていられないほどの眠気と疲れでヘロヘロ。湯上りのあれこれケアもかなりいい加減になってしまった。
 
 今朝は平日仕様のアラームが鳴る1時間以上前に目が覚める。お手洗いを済ませ、ベッドに戻りウトウト。BS朝ドラがスタートする5分前にアラームをかけ直す。ぼーっとしながらBS朝ドラを視た後、地デジでもう一度視るのは止め、さらに寝直す。
 
 今日も暑そうだ。部屋に残っていた冷気はあっという間に消えて、遮光カーテンを通して強烈な暑い空気が入り込んでくるようだ。それでも眠る。汗ばんで気持ち悪いな、と思うのだから起きればいいのに、しつこくベッドでグダグダ。リビングに移動すると夫は今朝も朝食を摂るのを待っていてくれた。

 今日は洗濯はお休み。モタモタしていたら準決勝の第一試合は終了していた。延長10回タイブレイクの良い試合だったようだ。地元なのに観られず残念。明後日の決勝戦は移動中なので観られないか。
 その後もソファと一体化してゴロゴロ。何となく頭が重く、ムカムカする。暑さ負けか。
 夫は暑い中、スーパーまで買い出しに出かけ、ポストに山のように入っていた旅行パンフレットを持ってひぃひぃ言いながら帰って来た。まぁ去年までは毎月のようにツアーに参加していたので、それなりにお得意さんであったけれど、トルコ旅行の途中離脱以降ツアーとはすっかりご無沙汰である。

 遅いお昼はカップのきつねうどんを半分とスイカを頂く。動いていないし、時間もそれほど経っていないので食べられる方が不思議だけれど。今年は本当に良くスイカを頂いた。

 眠くて怠いが動きたくないとも言えず、ヘルパーさんがいらっしゃるので最低のお化粧をして、バンダナを被る。夫は今月5回目のジムに向かった。
 ほぼ定刻にピンポンが鳴る。すぐに横になりたくなるが、ヘルパーさんがいらしているのにそうもいかず、ソファで座ってスマホでYouTubeを視ながら過ごす。最後に確認印を押してお見送りする。あと1回で8月も終わりですね、と言われ頷く。
 今や毎日が夏休みの身だから、8月が終わっても普通に9月が来るだけなのだけれど。

 録画したドラマをソファと一体化して視る。いつの間にかウトウトしてしまう。夫が帰ってきても起きられず。身体に力が入らない。しゃんとしない。ムカムカと気持ちが悪い。

 母に定期連絡の時間。今日はデイサービスのお昼が良かった(それがとても大事なことらしい。)とご機嫌そうだった。それでも小鉢に使われていた食材の名前がぱっと出て来なかったり、会話がなかなかスムーズに進まず、自分でもイライラしていたようだ。
 昼食をちゃんと食べれば夜はありあわせで大丈夫だからという、なんだか給食さえしっかり食べていれば夜は適当にされている小学生のようだ。

 夕食に夫がビーフシチューを作ってくれるが、頭が痛くて、ムカムカも止まらず、ロキソニンを飲むもなんだかすっきりしない。時間はかけたものの最後まで食欲は湧かず、せっかくの夕食をかなり無駄にしてしまった。申し訳ないが、どうしても食べられない。
 
 明日は作業療法士さんのリハビリの日。
 終了後にキャンソルさんのオンライン交流会に参加出来きればいいなと思っている。午後からは、何より明後日からの法事のためにパッキングをしなくては。


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