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B.A.D.「B.A.D.Ⅴ」(台湾)

2005年02月21日 01時06分22秒 | CD紹介
 Alex、Ben、Dannyの3人組。頭文字をとってB.A.D.。地域は台湾としたが、一人くらいアメリカ国籍を持っているかも。3人ともアメリカの大学を出ている(はず^^;)。Ⅴということはもう5枚目のアルバム。ついこの間デビューしたような気がするんだけど。
 デビュー当時は、「まあ、普通のアイドルグループかな」と思っていたのだが、このところしっかり歌えるようになってきた。Alex(写真左)は顔も声も少年っぽく、Ben(写真中央)はややハスキーで低めの声、Danny(写真右)は伸びやかな高音と、3人の個性もはっきりしてきて、グループとして成熟が感じられる。 前作がかなり良かったので、この新譜には期待していたのだが、ちょっとびっくり。まるで、K-popなんである。EnergyというグループがK-popカバーを得意としていて、北京語で歌うのが不思議なくらいなのだが、B.A.D.よお前らもか!という感じ。しかも、本家・神話のEricまで参加しちゃってる^^; 要するに、今回のコンセプトは「Hip Hop」らしい。
 とはいえ、R&Bの「愛上了壊」「Don't say goodbye」は甘く聴かせてくれるし、カラオケでオッサンが酔っ払ってるみたいな「這首歌不是我點的」は笑える。「愛情攻投」は恋の駆け引きに長けた彼女をプロ野球選手に例えるあたり、野球の盛んな台湾らしい。Bonus Trackの「Get High」はスカ(東京スカパラダイスオーケストラのような)と、よく聴くとバラエティに富んでいる。
 日本のジャニーズ系の雰囲気を持つ若い男性グループが次々出てくる台湾だが、この3人は一応、音楽で売れるようになりそうだ。
B.A.D.Ⅴ @YesAsia.com
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呉國敬

2005年02月19日 04時20分28秒 | 
 今や香港歌壇に確固たる地位を持つ作曲家の呉國敬(エディ・ン)。彼は元々歌手だった。しかも、数々のスターを生んだ新人歌手コンテスト、新秀歌唱比賽で蘇永康と同期。入賞こそしなかったが、そこそこ可愛いルックスだったこともあって(当時)、売れたのは蘇永康より早かった。グループサウンズ系のロックンロールを得意としたが、もちろん香港ポップスバラードも歌える。倫永亮作曲の「我説過要イ尓快樂」はその頃の代表作(後に趙學而がカバーした時、ゲストボーカルで参加している)。早い時期から作曲はぼちぼちやっていたようで、自分の作品には使っていた。本格的に他の歌手に提供するようになったのは、自分の歌が売れなくなってから^^; といっても安易な転身ではなく、みっちり作曲を勉強し直してからだそうだ。  鄭秀文や許志安に提供した曲が売れて作曲家として認められ始めたが、作曲の印税で食べていける!程になったのは、なんといっても「越吻越傷心」の大ヒットだろう。この1曲で、彼は完全にヒットメーカーの一人になってしまった。蘇永康とのコンビはこれが初めてと思われがちだが、実は93年のアルバム「生命色彩」収録の「無心的約會」を提供していた。後の作品と聞き比べると、“エディ節”ともいえるメロディの特徴が垣間見える。(わりと同じ音、同じ組み合わせが続く)  聞いた話だが、彼は競馬が得意で(!)そっち方面でもそこそこ儲けているらしい(趣味と実益を兼ねている?)。副収入があることで落ち着いて作曲に取り組めるのかも^^; 途切れずに依頼があるということは、安定した力があるんだろうか。  いわゆる「○○&Friends」的なライブは何度かやっていたが、03年6月、初めて香港コロシアムで「個唱」ソロコンサートを開いた。(実際は次々ゲストが出てきて、&Friendsとあまり変わらなかったのだが^^;)いよいよ最後の曲では感極まって涙していた。ちなみに、蘇永康・張衛健・許志安・梁漢文の4人は仲良しグループで、蘇永康ファンは勝手に「4兄弟」と呼んでいるのだが、呉國敬も入れて「5兄弟」と呼ぶこともある。
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「越吻越傷心」(蘇永康[不想獨自快樂]収録)

2005年02月17日 03時55分22秒 | 
 この曲を初めて聴いたのは、98年の夏、香港へ一人で旅行に行った時だった。 91年から96年にかけて駐在の夫と香港に住み、もう一度行きたくてうずうずしていた私は、この年香港観光局が企画した、いろいろなアーチストが出るイベントを見るツアーに参加したのだ。イベント以外は自由行動。映画を見たり、買い物したり、ホテルでTVを見たりして楽しんだ。懐かしの香港ローカルTV、翡翠台の歌番組を見ていたら、私の最愛の歌手、蘇永康が出演! この新曲を披露してくれた。聴いた第一印象は、「ちょっと地味な曲かな~」。ジャズっぽくもR&Bっぽくもなく、譜割りが細かくて言葉数が多くて、難しそうで、、、それほど強い印象もなく、「これは売れそう!」という気もしなかった。翌日、イベントを見て大満足(蘇永康は出演してなかったけど)、気持ちよく日本に帰った私は、その後にとんでもない事態が起ころうとは夢にも思っていなかった・・・
 8月末から放送が始まったTVドラマ「妙手仁心」が大ヒット。出演者の一人だった蘇永康も大ブレイク。ドラマ挿入歌も収録されたアルバム「不想獨自快樂」は空前の売れ行き。そして、ドラマでは流れなかったにも関わらず、「越吻越傷心」はラジオ・テレビのヒットチャート全てで1位になるという快挙を成し遂げてしまった。その勢いで、ついに蘇永康は初めての香港コロシアムコンサートを12月に開き、そのチケットは“98年で最も手に入りにくいコンサートチケット”と言われたのだった。(もちろん私は、なんとか実家の母と亭主に子供の世話を頼み込んで、香港へ駆けつけた。当時は子供たちが小さかったので、家を空けるのは一苦労^^;)そして、年度末の音楽賞は総なめ。その年に最もヒットした曲「金曲奨」に選ばれたのだった。
 以来、この曲は蘇永康の“定番”になっている。北京語アルバムにも「我為你傷心」のタイトルで収録された。(コンサートやライブでは歌わずに済ませられないので、さすがに本人は歌い飽きているらしい^^;)作曲は、自身も歌手だった呉國敬。彼とのデュエットバージョンは、香港を代表するジャズギタリスト・包以正(ユージン・パオ)のアコギで聴かせる。アルバム「不想獨自快樂」2ndバージョンには、陳潔儀とのデュエットバージョンと、コーラスグループを従えたSOULバージョンも収録されている。そして、この曲はすでに何人もの歌手がカバーしている。香港では鄭秀文が「香港廣播75年金曲銀禧紀念CD」で歌っている。(このアルバムは、前半は名曲のカバー、後半はオリジナルという構成。張國榮の「無心睡眠」を陳冠希が、陳百強の「深愛著你」を許志安が、林憶蓮の「依然」を陳小春が歌うなど、面白い選曲が見られる。蘇永康も楊千[女華]とデュエット曲をカバーしている。)台湾では実力派女性歌手の李翊君が「我為你傷心」をカバー。そして、西武でピッチャーしてる野球選手の張誌家が、来日前になぜか歌手としてアルバムを出しているのだが、それにも入っているんである。球場へ行って、「サインください」ってCD出したら、張選手はサインしてくれるんだろうか・・・
 最近、香港で飛ぶ鳥を落とす勢いの古巨基が出した新曲+精選にも、メドレー「勁歌金曲」の中に1フレーズ入っている。こういうのに入ると、なんか“経典”(広東語でクラシックの意味)という感じがして、ちょっと嬉しい。本人は歌い飽きたかもしれないが(笑)“経典”となる曲を持つというのは、歌手なら誰でもできるというわけではない。実力と運に恵まれた人だけが手にする宝物じゃないだろうか。蘇永康という歌手の運命を変えた曲、である。
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李聖傑「痴心絶對」(台湾)

2005年02月06日 23時30分21秒 | CD紹介
 「これはいいかも!」という新人が出てきた時、私が必ず思うのは、「この人は2ndが出せるだろうか・・・」ということだ。毎年たくさんの新人が次々出てきては、記憶に留まることなく消えて行く。海賊盤がはびこっている中華圏では、「新人をぱっと売ってすぐ終わる」ほうが、海賊盤の損害を被る前に儲けられるから、レコード会社も実はそのほうが得・・・という噂さえある。
 この李聖傑(サム・リー)のデビューアルバムが出たのは2002年。その後なかなか2ndが出ず、私は「やっぱり一発屋だったのかしら」と寂しい思いをしていたのだが、レコード会社の問題だったようだ。1stを出した東方魅力が音楽から撤退してしまったので、その後の移籍先探しに手間取っていたのだと思う。幸い、無事に移籍できたようで、2004年末に滾石唱片(ロックレコード)から「手放開」をリリースした。今、このタイトル曲がけっこうヒットしているようで、嬉しい。そんなタイミングなので新譜を紹介した方がいいのかもしれないが、「これはいいかも!」と思ったデビューアルバム抜きには語れないのだ。
 背が高く、程よく日焼けした李聖傑は、デビュー前はコーチで稼いでいたほどテニスができるらしい。パワーがあるが、決して荒っぽくはないボーカル。北京語の発音がクリアで聞き取り易く、詞がすんなり耳に入ってくるのがいい。ところどころ入れるファルセットで、バラードは切なさを増す。一方、ファンキーな「想太多」、ノリのいいディスコナンバー「Now & Forever」、ベタベタなジャズの「擁抱」とバラエティも充分。最後はアコギ1本でサラ・マクラクランの「Angel」を聴かせてくれる。タイトル曲の「痴心絶對」は、中国でドラマの主題歌に使われたようで、大陸でも知っている人は知っているらしい。この曲は移籍にあたって“餞別”にもらったのか、2nd「手放開」にも収録されている。
 台湾では、新譜発売後しばらくして、何かオマケを付けた新バージョンが出ることがある。「手放開」もTV特番のVCDを付けたバージョンが出た。最初のバージョンでは流行りの無精髭でワイルドなイメージだったのが、新バージョンでは髭を剃ってすっきり、二枚目になっている。初めっからこれにすればいいのに~、と思ったのは私だけ?


痴心絶對 @YesAsia.com
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マカオでは

2005年02月05日 03時19分32秒 | ××語
 広東省では広東語を話す地域が多い。広東省に隣接する香港とマカオも、住民の多くは広東語が母語だ。香港はイギリスの植民地だったので、英語教育を受けた人が多く、英語を話す人が多い・・・ということになっているが、最近はかなり怪しいと言われている。中国大陸からの観光客が激増したこともあって、北京語のほうが通じやすくなっているかもしれない。それでも、バリバリ広東語で話しながら、メモは英語でサラサラ取っている人もけっこういる。
 一方マカオはポルトガルの植民地だったので、ポルトガル語が通じる・・・かどうか、試してみたことはなかった。(とりあえず、通りの名前は全てポルトガル語と中文で表記されている。)が、先日マカオのポルトガル料理のレストランでランチを食べていたら、隣のテーブルの、どう見ても中国系の爺さん二人が、バリバリのポルトガル語でしゃべっているのである。かと思うと、店の主人のポルトガル人のおじさんが、店員にバリバリの広東語で何か指示している。
 マカオには広東人と結婚して根を下ろしつつ、ポルトガルの言葉と伝統を守って暮らすマカニーズと呼ばれる人々がいる。混血を重ねるうちに顔はどんどん中国人になっていくが、習慣も教育もポルトガルを守る人々、、、爺さん二人もそんな人たちだったかもしれない。(香港にも、祖父母か曽祖父母に一人だけイギリス人がいる、なんて人は珍しくないが、そういう人はもうどっぷり中国人になっているだろう。)
 通りの名前のプレートをかたどったマグネットを買った。「AVENIDA DE AMIZADE/友誼大馬路」なんか、良くない?
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CD紹介の国・地域名

2005年02月02日 03時10分14秒 | Weblog
CD紹介の記事タイトルで、かっこ内の国・地域名について。
(アーチストの出身国・地域/活動する国・地域-CDが発行された国・地域)と表示する事にします。
アーチストの国籍としなかったのは、所属し活動する国・地域が必ずしも国籍(パスポートを発行されてる国)と一致しないからです。特に香港は、パスポートはアメリカだけど香港の永住権も持っているなんて人がそこらじゅうにいるわけで・・・。
その上、香港の歌手は台湾のレーベルから北京語のCDも出す。それは香港のCDとは言い切れない。
また、香港の出身だが台湾に根を下ろし、ほとんど台湾のレーベルから北京語のCDだけを出している人もいるわけで。(周華健、CoCo Leeなど)
出身・活動が同じ場合は左が一つ、全て同じ場合は、一つしか書きません。
発行地域は、地域によって別バージョンが発行された場合のみ、併記します。
ややこしいので例を。
香港出身、香港で活動、台湾から発行・・・香港-台湾
香港出身、台湾で活動、台湾と香港から別バージョン発行・・・香港/台湾-台湾/香港

張敬軒の例で言うと、中国出身、ほぼ中国で活動、中国と香港から別バージョン発行・・・中国-中国/香港としました。
(香港にはよく来るけど、住んでるわけではないし、たぶん長期滞在ビザを持ってないので、中国で活動と考えます)
歌詞が何語かは、本文の中で言及する事にしますが、香港発行のものはだいたい広東語、台湾・中国発行のものはおおむね北京語と考えてください。
ややこしくってすみません。

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