今朝のラジオ深夜便3時台、にっぽんの歌こころの歌は小林亜星作品集。
多方面に活躍しているのはわかっていたけれど、「北の宿から」がかかって、そうだったのか、でした。作詞:阿久悠は何となくわかっていたけれど、作曲に関しては何か演歌中心の作曲家の方のように思っていました。
そして一番最後は、「ちょっとまだ時期的に早いのですが」と、アンカーの中村宏アナウンサー。
かかったのは「あわてんぼうのサンタクロース」
そうか、そうだったのか、です。
そもそも、ずっと古くからあった曲のように思っていました。
1971年の作品。古いといえば古いけれど、私は中学生でした。
その頃は、まだクリスマスケーキを食べるということがなかったように思います。
地元のお菓子屋さんは和菓子が中心で、もしかしたらクリスマスケーキを作っていたのかもしれませんが、小学生時代は食べてないような気がします。
中学生になった頃か、もう少しあとだったか、地元に大阪屋が開店しました。
その時に、クリスマスケーキを買ってもらった気がします。
生クリームではなく、バタークリーム。
今は、地元に大阪屋はなくなったと思います。当時は商店街に出店だったのに、今はもうお店がすごく減ってしまいました。
そういうことを思えば、「あわてんぼうのサンタクロース」が1971年というのも、田舎ではクリスマスというのが身近になった時期なのかもしれないと思いました。
多方面に活躍しているのはわかっていたけれど、「北の宿から」がかかって、そうだったのか、でした。作詞:阿久悠は何となくわかっていたけれど、作曲に関しては何か演歌中心の作曲家の方のように思っていました。
そして一番最後は、「ちょっとまだ時期的に早いのですが」と、アンカーの中村宏アナウンサー。
かかったのは「あわてんぼうのサンタクロース」
そうか、そうだったのか、です。
そもそも、ずっと古くからあった曲のように思っていました。
1971年の作品。古いといえば古いけれど、私は中学生でした。
その頃は、まだクリスマスケーキを食べるということがなかったように思います。
地元のお菓子屋さんは和菓子が中心で、もしかしたらクリスマスケーキを作っていたのかもしれませんが、小学生時代は食べてないような気がします。
中学生になった頃か、もう少しあとだったか、地元に大阪屋が開店しました。
その時に、クリスマスケーキを買ってもらった気がします。
生クリームではなく、バタークリーム。
今は、地元に大阪屋はなくなったと思います。当時は商店街に出店だったのに、今はもうお店がすごく減ってしまいました。
そういうことを思えば、「あわてんぼうのサンタクロース」が1971年というのも、田舎ではクリスマスというのが身近になった時期なのかもしれないと思いました。
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