熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。
お経の最初の文句は
「如是我聞」(にょぜがもん)
この時の我というのは
阿難尊者のことです。
このように聞きました
ということから始まります。
そのように仏教においては
「聞く」ということが
修行の出発点になります。
ソクラテスも
「無知の知」ということを
言って、何も知らないのだ
だから教えてくれと、
あまりしつこく聞きまわったので
「うるさいハエ」というような
あだ名もついたようです。
とにかく自分は無知であると
そういう立場で聞くということを
中心に置いたようです。
十地経の講義では
「聞というような広い道はない
教えたりするから狭くなる。
分からんことは聞く。
分からんものは分からんし
分かったものは分かったと、
こういうのが公明正大な
裏も表もない態度が聞法です。
何も聞くのが恥じゃない
逆に知らんのに知ったというのが
大きな恥だ。
人間には聞くということが
大道なんです。」
「知らないから求める
無知の自覚というものが聞法
ということです。」
今の時代聞くということを忘れ
自己主張というか
しゃべることの方が
多くなってきているようです。
しかし、
聞いていると今の若者たち
本当に上手にしゃべり
感心させられます。
よく、師匠の三浦先生から
「身体じゅうを耳にして聞け」
ということを常日頃
厳しく教えられました。
ものごとを見るにしても
ただ見るのではなく
真の姿を見るには
自分を無にして
身体中を耳にして聞かなければ
そのものの声は
聞こえてこないのです。
スティーブ・ジョブズさんが
stay foolish 愚直たれ
と言われたことも
自分の無知ということを
知らなければ本当の声は
聞こえてこないということでしょう。
昔から、
「耳を傾ける」とか
「聞く耳を持つ」
というようないい言葉が
たくさんあるようです。
お経の中にも
「聞不具足」(もんふぐそく)
ということがあります。
聞いていても本当に聞いていない
ということです。
人の話は真剣に聞く
聞くということも
考え直してみると
人間の原点のような気がします。
篠山市が今日から丹波篠山市に
名前が変わったようです。
篠山盆地にあり、
京都への交通の要衝の地
また、お米や丹波黒の黒豆、丹波ぐり
などの名産があります。
入口に聳える一本杉
相当な樹齢でしょう
「別れの一本杉」でも
口ずさみたくなるような杉の木です
その下のモミジも見頃のようです
曇り空で生憎色の出はよくありません
そこから少し行くと
山の中にぽつんと
イタリアンレストラン
「クワモンペ」があります。
とても人気のお店のようで
開店と同時にもう行列ができています
窯で焼くピザが人気のようです
そのお店の庭には
人懐っこい鴨たちがいて
逃げもせず羽繕いに忙しそう
何とも絵になる風景です。
道を走っていても
盆地ということもあって
両脇から迫りくる山肌は
色づき始めています。
丹波篠山、
道沿いにも看板もなく
のどかな風景を作りだしています
とても気持ちが落ち着く
のどかな風景が続きます
藁ぶきの古民家も絵になります
築200年とか
躯体はそのままに中を改装して
今も現役で活躍中
ここもお店なのですが
看板一つありません。
こういう所でご飯を頂いたら
さぞかしおいしいでしょう。
我が家からも1時間チョイで
行けるような所
もう少したって天気のいい日であれば
それこそ
秋の夕日に紅葉も染まり
昔の田舎の原風景を
作りだしてくれるのでしょう。
平等院鳳凰堂のライトアップ
特別拝観が日を限っての公開です
行ってみると初日とあって
大変な人出です。
境内をのぞくと
人出でごった返しています。
もうお参りするどころでは
ないようです。
仕方なく、
外からお参りをと
境内の外を一周して帰ることに、
歩いていると
木立越しに何とか拝めます
これはいい所が見つかりました
人もさほどいなくて
ここからのほうが絶景です
マイクの声が
「止まらずに歩いて下さい」
これは写真撮ったりもできない様子
案外外の方がよかったのかも
正面に回ると
遥か向こうに阿弥陀さまが
いらっしゃいます。
この光景を見たかったのです
今はライトアップですが
昔は蝋燭の揺れるあかりの中
阿弥陀如来からの手から引かれた
五色の糸にすがり
念仏を唱え、お浄土を観想して
極楽浄土へ旅立たれたのでしょう
何とか駆使してそのお顔を
垣間見ることが出来ました。
その池に写った鳳凰堂の姿も
見事なようです
しかし、この人出では
それどろではないようです。
ちょっとしたラッシュアワーのような
体を催しています。
極楽浄土への往生を願って
建てられた鳳凰堂も
このご様子を阿弥陀さまも
その藤原頼通公も
さぞや驚かれているのでは
ないでしょうか。
帰りはお隣の縣神社(あがた)を
お参りして、
ここのお祭りも深夜に執り行われ
その様子を知らないのですが
奇祭としても有名です
これはその時の「梵天さま」
ではないでしょうか。
今日からの土日だけ公開
12月の2日まで
情報は行き渡っていて
大変な人出です
じっくりと阿弥陀さまとの
ご対面は叶いませんでしたが
遥か彼方にでも
拝めたことは何よりでした。
垣根越しながら、
静かに1000年の昔を
偲んでいました。
平等院ライトアップで検索したら
新聞社の美しい写真が見れます。
11月は神無月ですが、
出雲大社では今月は神在月
全国の神さまが出雲の国に
お見えになるという月です。
11月17日の今日神さまをお迎えする
儀式が執り行われ
24日まで出雲大社で神さま方の
会議が執り行なわれるのです。
本殿の周りには
たくさんの祠があり
そこが全国の神さまのお休みどころ
ということだそうです。
美しい塀越しに見る本殿の姿は
見事なものです
新しく葺き替えられた塀の屋根
檜皮葺の流れる線は美しい
その足元を見ると
礎石に合わせて木を削るという
古いものはそのままに
傷んだところだけ修復するのが
出雲大社の方法だそうです。
いつ見てもここの注連縄は圧巻で
独特の形をしています。
博物館では
元の大社の姿はこうではなかったか
という模型が数種類展示してあります
というのは、
発掘調査でこういう柱が出て来て
やはり、記録に出て来るように
数十メーターの高さに
本殿を築いたということが
わかったのです。
3本の大きな柱を束ねて1本にし
9本の柱で支えるという、
しかし、
思うにそれでは横揺れに
対応出来ないのではないかと、
ところが、
翌日たまたま案内された
神魂神社(かもすじんじゃ)
生憎この日は雨
出雲大社より古いという
その柱の構造を見て
納得したのでですが
9本の柱を囲うように
補助の柱を立て
その補助の柱を横木の柱で固定する
そうすれば、
48メーターという高さも
可能だったのではないでしょうか。
昔から日本におられた神さま方
それを国津神と呼び
高天原から降りこられた神々を
天津神(あまつかみ)
神さまの名前はいろいろ呼び方が
違っていて分かりにくいのですが
一つには
大和王権というのが天津神で
昔らの神々との融合ということを
国譲りの物語で表現している
のでしょう。
私たちもお参りの時
「天神地祇」(てんじんちぎ)
ということを言いますが
天神というのが天津神で、
地祇というのが国津神
両方の神々にお参りする
ということで、
天神地祇ということを
唱えるのでしょう。
やはり出雲の国は
銅鐸や宝剣がたくさん出土し
その文化の深さを思い知ります
京都にも「出雲」という地名も
あるようですし、
東寺の紋も「八雲紋」です。
何がしらの歴史の流れを感じる
そのような気がしました。
年に一度の神々の集まり
これからの日本の行く末も
問題山積みです
どうか、
実り多いものがありますように
祈るばかりです。
外はようやく紅葉が進み、
しかし今年は暖冬
山の方へ行かないと美しい紅葉は
見られないようです。
我が家の小さなポットに植えてある
アイビの葉も緑から紫色へと
美しい変化をみせています。
裏の、山法師
紅葉というより
枯れかかりながらも
ハタラキを終えた葉が最後の
美しさを見せながら
散り始めています。
そのような中
我が家には賑やかなお花が
活けられました。
明るくお花どうしが
まるで語り合っているようです
ピンクのバラやカーネーション
紫の花も
色とりどりの美しさです。
お経の中に『華厳経』という
ものがあります。
奈良の東大寺は華厳宗
山門には大きな華厳宗の文字が
書いてあります。
華厳ということは、
雑華でもって荘厳するという
そこから華厳ということが
出てきたようです。
雑華荘厳(ぞうかしょうごん)
それぞれが競い合うことなく
お互いがお互いを邪魔することなく
それぞれに力強く精一杯
花を咲かせている
私たちの関係も
そうありたいものです
人間世界も仏さまの目から見れば
それぞれに自分の個性を発揮して
楽しくやっているのでしょう
しかし、
私たちの心の中は
他と競い合い嫉んだり僻んだり
忙しいかぎりです。
「そのままでいいですよ」
それじゃ
「このままでいいのですね」
いや、
「このままではいけません。
そのままでいいのです。」
という会話がありますが
仏さまの目からは
「そのままでいい」
とおもうのです。
自分の我を張って
「このままでいいのですね」
というと間違って来ると思います
花のように
そのままの姿でいたいものです。
藤原道長が、
「この世をば我が世とぞ思う望月の
欠けたることもなしと思えば」
と詠んでから今年で千年になります
旧暦の10月15日ですから
新暦でいえば11月にあたります。
ちょうど、今日の京都新聞に
この道長の歌の再評価という
記事が出ています。
その中で、
京都学園大学の山本淳子教授は
新しい説を述べておられます。
「我が世」ということについて
「わが支配の世」という
今までの解釈ではなく
「思いのままの満足の時」
「心ゆく楽しい時」
というように読み取っておられます
それから、「望月」は
満月の月ではなく
自分の娘が妃の座を満席にした
という比喩ではないかと、
人間の心の奥の洞察としてみると
なかなか面白い見方ではないかと
思います。
と思って外に出てみると
お月さまは半月の姿でした。
それから、
ニュースで流れていたのですが
坂本龍馬が亡くなった日
京都の霊山護国神社では
彼の好きだった軍鶏鍋が
参拝者にふるまわれていました。
そして
これも京都新聞の記事ですが、
「京都御苑さんぽ」
毎週楽しみにしてファイルにして
折に触れてそれをもって
御所を訪ねているのですが、
そのなかで、
「139年前の今日
明治12(1879)年11月15日、
祇園祭の山鉾が御苑に参入した。」
とあります。
この年の7月、コレラが流行して
祇園祭が11月に延期になった。
この時、右大臣の岩倉具視も
見ていたようです。
それから、
お寺の行事では余り有名では
ないのですが、
15日は「布薩会」(ふさつえ)
という、
一月間の罪を懺悔(さんげ)する
お勤めが行われます。
むかしはどこのお寺でも
必ずと言っていいほどお勤められた
のですが、
今では「東寺」に残る位でしょう
お釈迦さまの頃は
月に二回も行われ
お釈迦さま自身も、
自分が知らずに犯した罪があれば
言ってほしいとまで言われています
それほど重要なお勤めだったのです
しかし、
懺悔ということは
なかなか受け入れにくいのでしょう
商売繁盛とか先祖供養とか
身近に感じるものは流行りますが
罪を懺悔するとなると
受け入れ難きものがあるのでしょう
中随煩悩に
無慙・無愧(むざん・むき)
ということがありますが、
その反対の言葉で
「慙愧に堪えない」
という言葉もあるように、
「恥じ入る」ということが
最近はなくなり
それこそ無慚無愧というように
恥知らずというか
法律に触れないさえすれば
何をしてもかまわないという
そいう風潮のようです。
しかしそれが
最近のニュースで気になることは
会社の不祥事で
「申し訳ありません」
と、頭を下げておられる光景を
目にします。
やはり、慚愧という心が
希薄になって来ている証拠でしょう
いろいろな出来事がありましたが
本来は15日という日は
自分を顧みるという
そういう日にしたいものです。
いつ行っても美しい足立美術館
といっても今回が2度目なのですが
早速、美しく紅葉したもみじが
飛び込んできます。
入った瞬間から
心奪われてしまいます。
どこを見ても手入れの行き届いた庭
足を進めていくと
絵画のような景色に出会います
どこから写真を撮っても美しい
遥か向こうには借景の滝が見えます
あの間には道が通っている
ということですが
そんなことは感じさせないような
この庭と一体化した風景です
この白さと木立の対比が見事です
専門の職人さんが毎日手入れされ
朝からは職員の方々総出で落葉の手入れ
掃除をされるそうです
どこまでも行き届いた庭
この緊張感が何よりも素晴らしい
庭の隅に落ちたもみじの葉
お掃除の後に風で飛ばされた
のでしょう
それがまたなんともいい景色を
醸し出しています。
どこから見ても美しい
どこから見ても絵になる
いつ行っても美しいのでしょう
雪の時に真っ白な景色も
またいい味を出しているのでしょう
何気ない通路の柱
上手に竹で覆ってあります
それを黒の結束バンドで留める
なんともいい工夫です
さりげなくこういう心遣いを
してあるところが憎いですね。
出口のところまで手を抜かずに
庭作りをしてあるところは
さすがと、感心します。
絵画や陶芸の展示もあり
横山大観、竹内栖鳳などのも堪能
4時間余り、
中で食事も頂きお茶もして
ここだけで
一日ゆっくり過ごしました。
四季折々楽しんでみたい
美術館です。
数日というかもっと前か?
家内が進めるままに
「ルテイン」の錠剤を飲んでいました。
ここのところ不思議なことが
老人性飛蚊症の網のようなものが
消えたのです。
以前、栄養士の先生によると
「機能性食品」は
「気のせい食品」ですからと
ということを聞いていたので
こういうものは余り
信用していなかったのですが
このルテインというのは即効性が
あるようで、
飲めばすぐ効くという感じです。
近くの眼科では
まあこの飛蚊症は老人性で
もう治りませんと宣告を受けて
いたのですっかり諦めていたのです
見るということは眼が見るのではなく
脳が見ているのです
気にしないようにすれば
気になりませんよと
アドバイスを受けていたので
そのつもりでいたのですが、
毎日、文字を書くということは
ノートに向かって書くのですから
特に気になります
集中している時はさほどでも
やはり気になるものです
それが、
網目のような模様が消えただけでも
何かしら嬉しくなってきます
書くということも前のように
楽しくなってきます。
それにしても、
何気なくかもしれませんが
家内が勧めてくれたお陰で
眼の霞というか網のようなものが
消えたのは何とも有り難い限りです
他の人にはどうかわかりませんが
私にはとても合ったようです。
縁ということは仏教の大切なこと
お釈迦さまのさとりも最初は
「縁」ということのようです
普通よく使いますが
「縁は異なもの味なもの」
「縁もゆかりもない」
とかいろいろありますが
お寺にいるときも
良縁祈願もあれば
縁きりの祈願もありました。
縁ということ
英語ではどうも表現しにくいようで
関係性というrelationということが
当てられているようです。
むかしの歌に
「結べば草の庵にて
解くればもとの野原なりけり」
というのがありました。
ただ生えている草でも
それを結んで屋根のようにすれば
簡単な小屋のようになりますが
解けてしまうともとの草原に
なってしまうという。
因縁ということの一つのたとえとして
教えていただきました。
縁ということも良縁もあれば
そうでない縁もあります。
それから、縁ということも
ただ縁があるというだけでなく
そこには、
お釈迦さまの最初の教えの中に
四諦という
苦・集・滅・道ということがあって
この「集」ということも
苦の原因は
ただいろいろなものが集まった
ということだけではなく
そこには「集起する」という
集まったものはものを起してくる
という力があります。
人を好きになると
いろいろなことが気にかかり
気にかかることが集まって
そして、いろいろな行動が
起ってくるものです。
そういう縁の集まりが
愛という行動を
起こしてくるのでしょう。
反対に、
なにかの縁で嫌いになってくると
嫌いなことが積み重なってきて
することなすこと嫌になり
一緒に空気を吸うことさえ
我慢できなくなってしまうのもです。
それも縁の積み重ね、集まりです
集まるということ
それは力を持ち起るという
行動になってくる。
だから、縁ということと集という
ことは密接な関係があるようです。
好きになって縁が切れて
別れることになった
なんだか清々するという
ことも
あるようですが
何かの便りにその人が
亡くなったことを知った
縁が切れているようでも
その人のことが気にかかる
切れているようでも切れない
そこに人間の縁ということの
不思議さがあります。
初七日、二七日、四十九日と
お参りするたびに思い出し
また、縁のつながりを思い
日にちも経ち一周忌、三回忌となって
だんだんとその人との縁も薄れて
肉身としての姿も薄れ
良かった思い出とか
(ある面それが法身というものに
なるのかもしれませんが)
そういうこととの出会いがあり
自然とお別れができていくのかも
しれません。
本当に縁ということは
異なもの不思議なものです
会っても別に気にならない人も
いますが、
どうも気になって仕方がない人
出てくるもので、そこから
ご縁を深めていくということも
あれば、
何かのことで縁が切れる
ということもあります。
また、復縁といって
縁が復活してくることもあります。
本当にどうすることも出来ない
ものです。
しかし、
縁ということもただ起るのではなく
そこには「集」ということがあって
どういうものをどうやって
集めていくかということが
その人を形づくっていくようにも
思われます。
「縁は異なもの味なもの」
といわれますが
縁とは不思議なものでもある
ようです。
そこにお釈迦さまの説かれた
「縁起の法」という
大切な教えがあるようです。
以前、夕張でたけしさんの絵を見て
以来なにか気になるものがあり
今回、守山市の佐川美術館で
「アートたけし展」が開催され
早速足を運びました。
なんだか面白というか
見ていて元気の出るような作品です
入り口からいろいろ拵えがあり
興味をそそられます
一緒に乗れて撮れるバスがあり
たけしさんの作品にはネコちゃんが
よく登場しています
映画のフィルムよろしく
いろいろの投稿が展示してあります
まあ楽しめる展示です
よくああいう発想が出てくるものだと
やはり才能の持ち主です
人間の煩悩の姿を彼なりの目線で
面白くおかしく表現してるようです
忙しいさなかに良くも
これだけの作品を造られたものだと
驚きます
場所も佐川美術館
この広大な空間に引けを取らない
静と動を見るようで
面白いマッチングだと思います
デパートとかではない
一味違った見方ができるようです
常設展では平山郁夫さんの作品もあり
それから向うに見えるのは
現代的な茶室
その地下には楽吉左衛門さんの
現代の作品も並び
面白い取り合わせの展示会です
地下のなにもない空間
水の光だけが差し込む
なんとも贅沢な広がりです
この長椅子に座って
静かな時間を楽しむのもよし
外に出ると葦の中にお茶室が
RCの造りながら和の雰囲気を
醸し出しています
外国の方も多くお見えで
やはり「キタノ監督の作品」
は有名です
しかし、
ごたごたした展示場ではなく
琵琶湖に面して水の広がりと
和モダンの展示場の造り
とても満足いものではないでしょうか
紅葉も始まり出しています
そのグラデーションも美しい
これからますます色づきを見せて
いくことでしょう。
帰り道は高速道路は使わず
琵琶湖沿いの道を走り
それから瀬田の唐橋を渡り
瀬田川沿いに走り
瀬田川は京都に入ると宇治川となり
山道と川を眺めながら
始めりかけた紅葉を楽しみ
宇治の町へと帰ってきました。
アートたけし展も
いろいろな所で
開催されているようですが
この佐川美術館での開催は
その場所といい
そのロケーションといい
やはり一味もふた味も違った
展示会のように感じました。