熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。
三蔵法師のような姿をした友人の
夢を見た、と
三蔵法師とはどのような方ですか
というお尋ねがありました。
仏教の経典をまとめたものを
三蔵といいます
その三つとは「経・律・論」
お釈迦様が説かれた教えが
「経」つまりお経です
そのお経を解釈したものが
「論」ということで
今日には必ずその経を解釈した
論というものがあります。
般若心経がある『大般若経』の
論は『大智度論』といいます
そのように経には必ず「論」が
あるのです
ところが「律」となると
独立した経典で
お釈迦さまも亡くなった後は
「戒律がわが師である」
とおっしゃっています
戒律を能く保持して修行に励む
ようにと
弘法大師も遺言にあたる
「御遺告」(ごゆいごう)に
「戒律を自分の師とせよ」
ということを述べておられます
戒律と一つのものですが
厳密には、戒と律と
二つに分かれています。
戒というのは、
自分で自分を諌めていくもの
律というのは
法律とか旋律とかあるように
外から規制していくものです
「戒」という自分で自分を律し
それから、律という外からの
教団でいえば集団として守るべき
決まりでもって、
自分の内からの戒と
外からの律という二つで
自分自身を修め、修行に励む
ということになるのです
戒ということは「性戒」とも
いわれて、
外からのこうしてはいけない
というような意味じゃなしに
人間の人間性として持っている
ような戒なのです
今は、レベルが下がったというか
この「性戒」にあたる部分が
低くなったように思います
法律に触れなければ何をしても
いいというか
都合の悪いことは
なかったことにして
消去してしまう
そういう人間性として保つべき
自分自身の内面にある戒
これはしてはいけない
という人間性としての戒(性戒)
がなくなったようです。
しかし、戒律ということは
してはいけない、という
外からがんじがらめに自分を
縛るものではなく
本当は
自分の持てる力を最大限に
発揮するために
エネルギーの分散を防ぐもの
でもあります。
目的もなくふらふらしている
子どもでも
何か一つ目的ができると
自然に、
他にあった関心がなくなり
一つのことに集中していく
ものです
テレビ見たりゲームしたりと
散り散りになっている心が
目的をもつとそれに向かって
心も変わり行動も
変わっていくものです
だから、戒律というと
厳しく自分を縛るものと
思いがちですが
そうではなく
自分の持てるエネルギーの分散を
防ぐというのが
本来の目的です。
三蔵法師ということも
仏教の経典すべてを修めた
という意味で「三蔵」という
名前を頂かれたのでしょう。
三蔵という仏教の経典
からみれば、
万分の一もいや億分の一も
学んでいないのでしょう
八万四千の法門といいますから
遥かに深く広い世界を
もったものが仏教の経典です。
奥村歯科へ白川沿いの遊歩道
「ちゃりんぽみち」を通り
ちょっとした穴場か?
誰も人通りがない
土手沿いに咲く水仙
誰も近づけない所なのか
美しく咲いている
鳥たちの格好の遊び場
他の鳥たちは気配を察して
逃げてしまうも
鳩だけは悠々としたもの
餌が豊富なのか丸々と太っている
途中にはお地蔵様の祠
お参りして覗くと
数体のお地蔵様がいらっしゃる
ここから繁華街の通りへ出る
町のど真ん中に
珍しい花が咲いている
立ち止まって覗き込んでいると
隣の御夫人も
この花なんでしょう?と
話しかけてくる
小さな名札があって
それには「コバノセンナ」と
マメ科とあります
面白いビル、
全面がガラス張りなせいか
横のビルが映り
それが不思議な造形美を作り
だしているのでしょう
奥村歯科に着くと
今年の干支のしつらえが
迎えてくれる
同じネズミ年、何かしらの
親しみを感じながら
お正月らしいお飾りを
写真に収め
いつもの検診をしていただく
息子さんの院長先生に
不思議なもので指の感触は
お父様とよく似ている感じが
するようです
帰りも同じ道を
もう日も落ちかけ
水鳥たちは水から上がり
夕ご飯のようです
カラスも獲物を捕ったようで
足で押さえながら啄んでいる
カラスの濡れ羽色とでもいうような
艶々した黒い色が光り輝いている
日も落ちかけた河原には
去年のススキの穂が
美しい輝きを放っています。
何も変哲もない道中ですが
見方によっては
面白い見ものがあるようです。
芸術三昧とか創作三昧など
三昧という言葉も色々な場面で
使われるようです
この三昧ということも
インドの言葉の音写でサマディーを
そのまま漢字に当てた
インドではやはり瞑想の文化で
禅ということもドゥヒヤーナを
禅那と音写しそれが略して禅と
その禅という言葉も独り歩きして
いるようで
これは鈴木大拙という方の尽力で
禅がZENとなり世界共通語に
本来のインドの言葉ではなく
日本語の禅が世界のZENとなった
不思議な言葉です
禅も三昧も定(じょう)も
同じ意味合いの言葉ですが
厳密にはその違いがあります
しかし、
その内容の意味するところは
ものごとに集中するという
ことになるのではないでしょうか
「十地経講義」のなかでは
外に支配されているエネルギーを
内に向ける
無駄にエネルギーを使わずに
内面に向けていく、と
そうなってくると
外面的な生活に支配されている
生活を厭うということになる
それで、三昧とか定とかが
必要になってくるわけです
お経の中には
「禅三昧を食物となす」
ということが出てきます
精神生活の食物ということです
その三昧ということを
このように表現しておられます
「ものを見るんでも聞くんでも
目で見るんじゃなしに、
耳で聞くというんじゃなしに
全身が耳となると
こういうのが禅三昧という
ものです
つまり耳で聞いて何かするんじゃ
なしに、
全存在が耳となる
真理を聞くという場合、
そういう形をとるわけです。」
というように述べておられます。
そういえば、
三浦先生もよく、
「全身を耳にして聞いてください」
と洛南高校の生徒さんに
おっしゃっておられました。
その事が自然に生徒の身に付いた
のでしょう
いろいろな講師の先生の話を
聞く場合、後で聞いてみると
「洛南の生徒さんは
とても話しやすい、
話すことがスーッと入っていく」
ということを話されておられました
やはり、全身を耳にして聞く
ということが
素直に身に付いておられた
ということでしょう。
それから、
ものそのものに集中するというと
ものそのものが胸を開いてくる
ものそのものになるというと
ものが自分自身を開いてくると
こっちからいろいろ
ああだろうか、こうだろうか
というような小細工をやめて
ものそのものに全身が集中すると
集中した心に
ものが自分を語ってくる。
こういうように述べておられますう。
よく仏師の方が
自分がこの仏を彫ったのではない
木の中にいらした仏を
取り出しただけなのだと
木をじっと見たとき
木の中にいる仏が
語りかけて来るのでしょう。
すべてのことにおいて
自分がこうしたり
ああするのではなく
じっと集中して見ると
相手の方が語りかけてくる
ということなのでしょう。
それから先生は
「ものがもの自身を語ってくる
それが智慧ですね。」
とおっしゃておられます。
いずれにせよ
三昧とか禅定ということは
ものそのものになる
ということでしょう
こういう味(たのしさ)は
絶対に忘れらない
何事にも代えがたい喜び
となるようです。
護摩祈願に先立ち
百万遍のお数珠繰りが
行われました
住職を中心に輪も二重になって
声もそろえて
それぞれの思いを込めて
大きなお数珠が回ります
初不動の大祭とあって
護摩木の数も多く
やはり熱かったです
初不動の時は内陣参拝もあり
朱色の護摩木を
一本ずつ手に取って
願いを込めて炉のに投じます
それから住職より錫杖加持を受け
ご本尊様と隣のお大師様へ参拝
太鼓の響きに合わせて
般若心経と不動の真言を全員で
唱和します
無事に護摩祈願も終わり
席を移してお斎を頂きます
今日はいつものお赤飯と
付き合せは大根炊きとお揚げさん
質素ながら手作りの品々
住職よりご報告で
また今年もアカペラの
「ベイビーブー」の演奏が
4月29日に執り行われる
ということがありました。
それから、
2月1日は6時より
星まつりの御祈願が勤められます
どうぞお揃いでお参りください
豆まきの後は
豪華景品のくじ引がありますよ。
例年になく穏やかな
そして暖かい「初不動」です
梅の花もほころび始め
いい香りを漂わせています
一輪二輪と咲き出し
またこれから咲き出す花も
たくさんあるようです
枝が揺れ、
何かしら鳴き声らしき音
鶯かな??
と思い早速カメラを向けると
気配に気づいたのか
飛び去って行きました
この梅の木も
元気を取り戻してきました
芯の部分の腐ったところを取り出し
皮だけにしたのが功を制したのか
こうやって
たくさんの花を付けてくれます
凛とした寒い中に咲く梅の花
見るだけで気が引き締まります
仏さまのお花もこの時期は
梅の枝に水仙が一番です
ちょうど
初不動に合わせるように
咲いてくれます
修行大師様もこの様子を
ご覧になっていらっしゃる
このもみじも皮が太くなり
幹の部分はすっかりなくなって
皮が本体のようになっています
皮が包み込むように
だんだん大きくなっているのです
本堂横の紫陽花も
固い新しい芽を付けました
次第に葉を広げていくことでしょう
初不動というのに
もう外の世界では春の準備が
整っているようです
本堂も準備が整いました
これからお護摩に向かいます。
鐘や鼎のような大きい器は
簡単には出来上がらない。
人も、大人物は才能の表れるのは
遅いが、徐々に大成するもので
ある。と
広辞苑には出ています。
また、
こういう歌もあります
「大器晩成
還暦過ぎて
いまだ成らず」
なるほどと思う一句です。
この熟語も使いようで
なかなか子供さんの才能とか
良い面が見つからないとき
「この子供さんは大器晩成です」
といわれると
そうか! 大器晩成か!
と、妙に将来に向かって
期待をするものです。
ところが、
もう還暦を迎えたというのに
今だ普通のまま何の取得もなく
平々凡々と人生も終わりに
差し掛かった、という
実感のこもった歌のようです。
しかし、
先日お参りしたお寺さんの
本堂横の額に
確か、浄土宗のお寺さんです
「愚還」
(ぐげん)と読むのでしょうか
愚かに還る、
スティーブジョブズさんも
ステイ・フーリッシュと
愚直であれ、といっておられます
愚かということも大事なことです
親鸞聖人も「愚禿釈親鸞」と
名乗られています
おろかな、はげあたまで
お釈迦さまの弟子であるという
意味で、「釈」の字を入れて
おられます。
安田先生の講義の中に
「落在者」
ということがでてきます。
落ちてそこにある。
私たちは何かしらないけど
人に負けまいと背伸びしたり
無理をしたりして
落ち着かない日々を過ごしています
よく、
「手を放してごらん
すぐ下は地面出足が付きますよ」
と言われているのに
手を離したらもうだめ! と
一生懸命手を離さないでいる
そういうことを言われました。
ぶら下がって、不安定な自分
手を離すと
そこには動かない大地がある
手を放して落ちてみれば
そこは落ち着く平安な所
そこがなかなかわからない
何か知らないが、
自分の一物を立てて
それにしがみつき
それが絶対と思い離さない
そういうのが
迷いの姿かもしれません
「愚還」
愚かという自分に立ち戻る
そこに本当の安心の世界が
見出せるのでしょう。
たまに趣味は?
と聞かれる
返事に困るのはこれといった
趣味というものがないのです
三浦先生から
人生を趣味で生きてはいけない
と、忠告もされたのです
ところが、
そのせいではないと
最近ではつくずく思うのは
自分は何の取得もない
キャッチボールも出来ないし
スポーツと名の付くものは
何もできない
かといって
勉強ができるかといえば
そうでもない
人との交際も上手かといえば
それもできない
ということで趣味と言えるものが
ないというのが現実です
老人大学では
趣味をもって残りの人生を楽しく
生き甲斐を持って行きましょう
と言われるのですが
趣味に没頭できれば
幸せなのですが
どうも満足できないという。
そこで、気が付いたのは
「愚」ということです
大器ではなかった
ただの石ころであったという
ある面、よかったと思える
何かしら自分が
本当の自分に落ちてきたような
そういうことが
嬉しいように思います。
ここ数日、東奔西走の日々
4日間で走った距離800キロを
ゆうに超えています
今日は東へ行った先で見かけた
「タンポポ」
三浦先生がよく口ずさみ
その心を自分の魂として
支えとして生きておられた
ということもあって、
タンポポを見かけると
どうしても話しかけたくなる
「踏まれても
咲くタンポポの
笑顔かな」
ということは
詩の世界だけかと思いきや
今日見かけたタンポポ
ほんとうに踏まれながらも
必死に花を咲かせている
このタンポポも多分、踏まれて
茎が伸びずじまいで
葉の上にいきなり花が咲いている
詩の通り
踏まれても可愛い花を
咲かせている
この詩を作られた方の観察眼は
本当によく見ておられる
このタンポポもわずかに茎が
あるのですが
たぶん随分踏まれたのでしょう
坂村真民さんの詩に
『タンポポ魂』があります
「踏みにじられても
食いちぎられても
死にもしない
枯れもしない
その根強さ
そしてつねに
太陽に向かって咲く
その明るさ
わたしはそれを
わたしの魂とする」
そう思って見かけると
その根強さには驚かされます
花は枯れても
種を作り、風に任せて
周りに見き散らす
そして与えられた場所で
根を静かに深く下ろしていく
種を飛ばした後は
葉を広げて次の春を待つ
大体は春の花
2月から5月が最盛期とあります
ところが今日は気温も上がり
春の陽気
温暖化のせいでしょうか
今頃はどこに行っても
一輪か二輪は見かけるものです
なかなか、
「タンポポの笑顔」とは
いかないものです
踏まれたら萎れてしまうか
根性があれば
踏まれたら踏み返してやる
となるのです。
無理にでも笑顔を作って
それが身に付くまで
笑顔を絶やさない
(これも修行ですね!)
タンポポを見るたびに
思い直しています
何気なく道を歩いても
気になるのがタンポポです。
お茶を買いに「小山園」へ
入口のショウウインドウには
今年の良きことを願って
ということでしょうか
「吉祥」の文字が掛けられて
います
「吉祥」という言葉も
よくお経には出て来る言葉です
以前住んでいたところは
吉祥院(きっしょういん)
東京には吉祥寺(きちじょうじ)
があります
どちらの読み方でもいいようです
いつも読む『理趣経』には
在於欲界他化自在天王宮中
一切如来常所遊処吉祥称歎
大摩尼殿種々間錯鈴鐸…
というように出てきます
面白いのは、
お釈迦さまのお経が説かれるのは
静かな清浄な場所でなく
欲界の他化自在天というところで
説かれるということです
浄土ではなく欲の渦巻く欲界
というところです
どの経典も欲界他化自在天
という場所のようです
もう水仙が活けられています
帰りしなふと目をやると
梅の蕾が膨らみ始めています
ちょうど雨が上がったところ
露に濡れた姿は美しい
つぼみだけで花はまだかな?
と探してみると
一輪花開いています
梅の中ではもう春がそこまで
来ているようです
また、「吉祥」というのは
インドの言葉では「シュリ-」
よいこと、めでたいこと、という
意味です
鬼子母神が持っている
魔よけの果実は吉祥果といいます
ザクロの実ともいわれています
吉祥草は茅(ちがや)に似た草で
お釈迦さまは吉祥童子が刈った
吉祥草を敷いてその上に座し
さとりを得られたと伝えています
お釈迦さまは
迷いの真っただ中にあって
教えを説かれた
ということででしょうか
欲の世界で説かれるというのは
欲界にいる私たちの中に
あえて紛れ込まれて
そして法を説き、
その欲界を浄土へと変えて
いかれたということでしょうか
考えさせらるところです。
お位牌の下には、
「○○之霊位」とか「○○位」
またはそういうものがなく
ただ、「釈○○」というもの
など、宗派によっていろいろです
今日の先輩のお葬儀
お坊さんですので位牌の文字は
シンプルでお坊さんの位と
僧名その下に「不生位」と
書いてあります。
お坊さんは簡単で、
「空海」とか「親鸞」とか
二字だけが戒名です
そしてその下に「不生位」と
不生??
生まれない、ということですが
仏さまの中に「阿羅漢」という
方がおられます
羅漢さんとも呼ばれています
この阿羅漢というのは
そのまま音写した言葉で
訳した言葉は
応共(おうぐ)、殺賊(せつぞく)
不生(ふしょう)、真人(しんじん)
ということになります
応共というのは、
供養を受けるに相応しい人
殺賊は、煩悩の賊を殺害した人
翻訳にしても何か物騒な
気がしますが、煩悩を滅した
ということでしょう
そこで、
「不生」というのは
仏の涅槃の世界に入って
もはや迷いの世界に生まれない
ということです。
仏さまでも十号(じゅうごう)
といって10の名前を
持っておられます
これは、「仏」といっても
一言では表しつくせない
ということで多くの名を
持っておられます。
この阿羅漢の場合は
「阿羅漢の三義」といって
応共・殺賊・不生という
この三つでもって阿羅漢の内容
を表しています。
不生ということと
似たような言葉で「不退」
という言葉があります
退かない、
この言葉もよく『十地経』に
出てくる言葉です
さとったところの菩薩の地位や
さとった法を退失しない
失わないということです
禅定に入って、つまり三昧に
入っている時は心静かなのですが
禅をやめてしまうと
もとの心の状態に戻ってしまう
それが三昧も深くなってくると
もはや元の状態には戻らない
四六時中、禅定三昧というのです
歩くも住するのも立つのも
座るのも全部禅の中だと
行住坐臥ですね
道元禅師は書かれた中に
顔の洗い方、トイレの作法
日常生活の細かいところまで
注意書きをしておられます
まさに「神は細部に宿る」です
こういうことまで書かれたのは
道元禅師だけらしいです
生活すべてが禅の中にあるのだと
禅をしているときだけが
禅ではなく、寝ても起きても
歩く時もトイレに入る時も
すべてが禅の作法にかなっている
というのです
そうなってこそ「不退」という
ことが適ってくるのでしょう
「不生」ということも
日常生活のすべてが法に適う
仏の行になってくる
そういうことでもはや
迷いの世界に戻ってくる
ことはない、生まれない
ということになるのです。
不退と不生とは厳密には
違いがあると思いますが
何かしら似たような意味合いを
感じるのです。
今日は朝から
一日先輩と共にしました
ごつい人だったので
やはりお骨も立派なものでした
初七日を済ませ夕刻、帰路に
つきました。
ご家族の心の中に生き続けられる
でしょうが
それは仏心(ぶっしん)として
別な意味での父として
生き続けられるのでしょう。
連絡を受け駆けつけると
いつものような顔をして
休んでおられる
まるで眠っているよう
額に手を当てるとやはり冷たい
昨夜まで奥様とも話し
そのような様子さえなかったようです
ほんとうに分からないものです
一日たっていろいろ思い出してくると
18の時からお世話になり
あれやこれやと教えていただいた
初めてお会いした時
何と大きい人だろうと(体格が)
その笑顔は福助人形のようで
いつもふくよかな笑顔を
周りに人に振りまいていた
東寺での草刈りから
夕方には洛南高校の掃除
トイレから各教室まで
そのやり方を教えていただいた
なにせその体格から出て来る力は
へなちょこな私を圧倒した
よくも
あんなものが持ち上がるものだと
とてもじゃないが何から何まで
及ぶものではなかった
最近では『十地経講義』が
愛読書のようでした
安田先生はとても大切に思って
おられたようで、
講義の中でも名前が出て来るのは
この先輩ぐらいです
その話をしたら
たぶん、先生のお宅が
隣の火事に遭った時
その後片付けで頑張ったから
でしょう、と
三浦先生にも、
「あの君は野に置けレンゲソウ
ということもあるので
そのままでいいのですよ」
と言っておられたようです。
不思議なもので
50年以上のお付き合いに
なりますが
体つきもお顔も昔のまま
休まれていたその布団のかさ高い
ことは昔のままです
胸が厚すぎて横向きに寝れない
といっておられましたが
思い出すと尽きない思い出があり
寂しさは
話せる人が一人二人と
去って行かれることです
ほんとうに話の出来る人は
数少ないものです
師匠から叱られながら
やってきたことは
振り返ってみると
それなりの重みのある
かけがえのないものであり
だからこそ、又苦労した話が
できあうものです
そういうことを話し合えなくなった
それが何よりも寂しいものです。