本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

宇治橋

2016-11-04 21:29:14 | 住職の活動日記

日本で最初に作られた橋で、

大化2年(646)年ごろといいます。

大化の改新の詔が発せられた年、

中国では玄奘三蔵(三蔵法師)が

大唐西域記を編纂された

年でもあります。

 

やはり、奈良と京都を結ぶ要衝の地

といっても

まだこの頃は京の都はなかった

奈良から北へ上がっていくには

この宇治を通らなければ

行けなかったということでしょう。

 

 

今のように立派な橋では

なかったのでしょう。

今でも流れはとても急で勢いもよく

橋を架けるのも難航したのでしょう。

この橋には面白いところがあります。

 

 

ちょっとした張り出しがあるのです。

「三の間」といわれています。

 

 

宇治川の守り神である

「橋姫」をお祀りしたところです。

今では観光客の撮影スポットのように

なっています。

 

 

そして、

10月にはここから宇治川の水を

汲んで、

「茶まつり」が行われます。

 

 

この金具がその時に使われる

ものなのでしょう。

 

 

ここから覗くと宇治川の流れは

とても速く感じます。

当時の衣装に身を包んだ人たちが

ここから水を汲み上げるのです。

 

その始まりは

太閤秀吉がここの水を汲んで

茶会を開いたのが始まりとも

いわれています。

 

宇治も昔は「菟道」と書きました。

宇治橋の近くには

宇治を開いたといわれる

「菟道稚郎子」から

(うじのわきいらつこ)

この名が付いたと言われ、

近くにはこの方の御陵が

宇治橋を見守るように

作られています。

応神天皇の皇太子で

不運の死を遂げられています。

 

水の神さまといえば

「弁天さま」(弁財天)があります。

上半身裸体で琵琶を持った姿が

有名ですが、

もともとは六臂(ろっぴ)で

腕が六本あり手には武器を持った

姿に作られています。

本来は破壊と恵みの神なのでしょう。

川の働きは潤沢に流れれば

恵みを与えてくれます。

ところが一端荒れ狂うと

すべてのものを破壊して

押し流してしまいます。

 

何でもない時は

本当に美しい姿なのですが

一端、雨とか降り続き

洪水となるとその力は

人間のはからいをはるかに超えて

すべてを破壊し流してしまいます。

そこに水の怖さがあるのです。

 

「橋姫」をお祀りしたり

「弁天さま」をお祀りするのは

その水の力を鎮める為なのでしょう

また川は敵の侵入を防いでくれる

という大きな働きも持っています。

静かに流れ私たちにとって

大量の物を運ぶという水運、

いろいろな面で私たちに

恩恵を与えてくれる川の働き、

昔から、川をいかに鎮め

その恩恵に預かるということに

苦心されてきたのです。

 

秀吉も太閤堤を作って

宇治川を利用して

伏見と大阪との

交通網を作ったりと

大変な工事をされています。

 

しかし、

川が氾濫するというのは

昔の話ではなく

今も続くて天候不順で

想定外のことが起こります。

自然の力の前には

人間の力などとても及びません。

 

自然とは不思議なもので

美しくもあり、

恐ろしい力を持ったものでもあります。

何気なく通る橋でも

自然の力という面から見直してみると

本当に有り難い働きをしてくれる

ものではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

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