北面武士

至誠通天

移動 マドリッドーバルセロナ

2018-12-17 | 旅行

平成三十年十一月二十九日(木) 晴

本日はバルセロナへ移動だがAVE(新幹線)の出発の時間が11:30なので、08:00に朝食を戴き、出発前に未練タラタラの気持ちで再び王宮を訪れた。

入館出来ないのはわかっているが、王宮に行きたくて仕方ないのだ。 しかし王宮に入れない運命なのかもしれない。 クソ近平めが!

 

プリンシペ・ピオ駅よりホテルを望む。  朝の冷たい風が心地良い。

 

世界中どの都市でも、08:00過ぎはラッシュアワーだ。

 

王宮までの坂道が辛い。 体重は軽い方が良いと実感。

 

 

坂道を登り詰めたところに看板あり。 右へいくとPalacio Real(王宮)だ。

 

王宮の後方から一葉。 右手は庭園。

 

あ~、あの天辺まで行きたい・・・。

 

庭園入口。 下に降りなくてはいけないので却下。 ただ上から眺めて楽しむ。

 

憧れの王宮が目の前にあるのに・・・。 入りたい・・・。

 

中世の頃、半ズボンをはけるのは貴族のみであった。  私も夏になると、汚いすね毛を出して半ズボンをはいている。 

 

警備がしっかりしていたので、人ごとながら安心する。  素晴らしい伝統と文化の継承は、その国のみならず人類の宝である。

ちなみにここに王家の方々はお住まいになられていない。  公式行事の時のみ使用との事。

 

欧州の紋章は面倒くさいデザインが多い。 しかし、嫌いではない。

しつこいくらい未練タラタラの気持ちでホテルへ戻り、少々早めにアトーチャ駅まで移動。 

 

駅の入口を入ると植物園かと思った。 何だここは、植物園か? シンガポールか?

 

どうも駅という感じがしない。 奥の2階が出発ゲートとなる。

 

バルセロナ・サンツ駅行きは11:30発。  出発20分前まで出発のプラットフォーム位置がわからない。

 

出発までの時間を軽くビールを飲んで過ごす。

 

テロ対策の厳しい手荷物検査を経て新幹線へ乗る。 一人一人のチケットを確認。

 

シンプルだが洒落た感じのプラットフォーム。

 

 

 

日本のように出発前にベルがならない。 静かにドアが閉まり動き出す。

 

2等車だが、横3席(1席&2席の並び)で各々一人用の椅子で広々としている。 充分過ぎるほど快適な乗り心地だったので満足。

どうせスペインだから出発も遅れるかと思っていたが、たった1分遅れで出発したので吃驚。

マドリッド~バルセロナ間、約3時間くらいだったかな?  ゲームをしていたので忘れてしまった。

同車両にシナ人の女が一人乗っており、スマホのスピーカー・モードで大声のシナ語で長時間電話を続けていた。 最悪のマナーに全員ゲンナリ。

こいつも昨日近平のマドリッド訪問時に、熱烈歓迎要員として動員されたシナ人の一人なのだろう。

あまりにも煩いので、ノイズキャンセラを効かせたSONYウォークマンでNIRVANAを聞きながら、ゲームに没頭す。

 

荒涼とした大地。  米国とは異質の乾いた土地だ。

 

途中いくつかの駅に停車したが、ほとんどが驚くような田舎町だった。  こんなところに新幹線が止まるのか?って感じの場所だ。

 

丘の上に歴史を感じさせる城が見える。  ちょいと風情があったので、立ち寄って見たかった。

 

車内にて飲食を提供している。 もちろん立ち飲み立ち食いスタイルで、昼時なので混み合っていた。

 

ビールとサンドイッチを注文し食す。 ビールはもちろんのこと、何度も言うがパンが美味い。 揺れもなく快適だった。

 

腹の出たおっさんが3人並んでいるが、私はどれでしょうか?  誰だ、こんな写真を撮ったやつは?

 

殺伐とした風景。 大好きだ!

 

バルセロナに近づくにつれ、大自然に人の手が入った風景へと変化していく。

バルセロナ・サンツ駅へ到着後、そのままホテルへ直行し、チェクイン後に即バルセロネータのトーレ・サン・セバスティアへ移動しロープウェイに乗る。

この時期は日没時間が早いので急がなければいけない。   ここでもシナ人のグループと遭遇・・・。 なんてこった・・・。 

 

トーレ・サン・セバスティアからロープウェイに乗り、モンジュイック城がある丘の中腹まで移動。

 

ロープウェイからバルセロナ市内を一望す。 バルセロナで一番良い眺めを楽しめる。

 

遠くにサグラダ・ファミリアが見える。

 

コロンブスの塔。 志摩スペイン村に縮小版があったのを思い出す。

 

良い感じのロータリー。 

ロープウェイで丘の中腹まで到着し、地獄のような坂を上ってモンジュイック城まで移動。

 

丘の上のモンジュイック城。 1779年に要塞として築かれたが、19世紀以降は獄舎として使われ、フランス政権下ではアナーキストやコミュニストが大勢処刑されたそうだ。

今でもコミュニストをxxすれば良いと思うのだが。

 

昔バルセロナは独立国家で、カスティーヤ国の首都だった。

 

ここからゴンドラに乗ってフニクラ(鉄道)乗り場まで移動。

フニクラ乗り場まで到着したが、現在整備中の為運行していないとの事。 仕方ないのでバスでフニクラの到着駅のパラ・レル駅まで移動。

とりえず一度ホテルへ戻り荷物を広げて休憩し、近所のスーパーマーケットをチェック。

街中のスーパーマーケットへ行くと、その国の人々の生活を感じる事ができ、全体的な物価も知る事も出来る。 異国の食文化を知る事が何よりも楽しい。

今回はフランスとスペインの食文化の違いを充分知る事ができた。  自称歴史研究家として一番嬉しく感じる時だ。

ホテルの近所を散策していたら腹が減ってきたので、有名なサン・ジュゼップ市場まで移動。 

 

宿から徒歩10分の駅で乗り、ディアゴナルという駅で乗り換えてリセウ駅まで移動。

 

サン・ジュゼップ市場内は店じまいが始まったので、隣接する店にてタパス(小皿料理)とピンチョス(パンの上に串刺しされたつまみ)を楽しむ。

市内至る所で気軽に楽しめる店がたくさんある。

 

写真左の2皿は鰯。 スペイン、ポルトガルでは鰯の丸焼きなどが普通に食されている。

スペイン語で、鰯はボケロン、牛はバカ、ニンニクはアホ、おかまはマリコ(マリコン)、ケツの穴はクロ。

加賀まりこさんはスペイン語圏内へ行くと大変な事となる。 カガはうんちする、マリコはおかま。-> うんこするおかま・・・。

失礼しました・・・。

 

この店では、普通にフィリピンのサン・ミゲルビールが出された。

フィリピンという国名は、昔大航海時代にスペインがフィリピンを統治した時にフィリッペ国王の名を国名に冠したという記憶がある。

サンミゲルビールはスペインで飲んでも美味かった!  左のボトルはミネラルウォーター。

 

きつい香辛料が効いたチョリソ(左)と、豚肉の煮込み。  何故か魚を注文しない・・・。 赤葡萄酒も美味し。

 

モッツァレラチーズと野菜。 赤葡萄酒との相性抜群。

たっぷり飲んでほろ酔いとなり、地下鉄に乗ってホテルへ戻り、熱いシャワーを浴びて爆睡。

明日はいよいよ最終日となる。 バルセロナの一番の目的地であるサグラダ・ファミリア教会見学だ。

それでは、また。 ごきげんよう。

 

 

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« マドリッド散策 | トップ | バルセロナでの最終日 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

旅行」カテゴリの最新記事