北面武士

至誠通天

平成30年 秋季神楽祭

2018-09-23 | 日記

九月二十三日(日) 晴曇

本日は、皇大神宮・秋季神楽祭を拝観すべく、早朝に諸雑務を済ませて神宮へ移動。

秋季神楽祭は9月22日(土)~9月24日(月)まで開催されるとの事で、昨日は雨天で参集殿にての開催となるので行かなかった。

今朝は天気が安定しているようなので野外開催と見極め、写真機と脚立をかついで1時間前から内宮神苑まで撮影場所確保へ行くと、いつもの顔見知りの報道カメラマン達と遭遇し、神楽開催時間まで雑談をして時間を潰す。  彼らは職業柄多種多様な情報を持っており、私と違う神宮関係者との繋がりを持っているので、話をしているだけで勉強になる。 

不謹慎極まりないと思うが、夜の能の如く篝火を焚いて、幽玄な神楽を拝観しながら一献・・・、と思ってしまうのは私だけであろうか?  

満月の夜、慈照寺の縁側にて一献を夢見る感覚とほぼ同じ・・・。  

 

 

2015年のブログに記載した、神楽の由来を再度記載。(神宮より拝受した神宮舞楽解説より)

☆ 雅楽とは?

今日雅楽と呼ばれている音楽は、飛鳥・奈良時代から平安時代の初めにかけて、支那大陸や朝鮮半島などから日本に伝来した音楽と、我が国で古来より行われた音楽(神楽歌など)の総称。

雅楽は、その伝来や舞の有無によって管弦・舞楽・催馬楽(さいばら)・朗詠・国風歌舞(くにぶりのうたまい)などの別がある。

支那や朝鮮では王朝の交代などに伴って早くに途絶えたが、我が国に伝来した雅楽は宮中の儀式や社寺の祭礼に用いられて、今日まで連綿として伝承されている。

○ 外国から伝来した雅楽
   *支那・印度に由来した「左方」または「唐楽」。
    舞がないものを「管弦」、 舞があるものを「舞楽」 左舞(さまい)

   *朝鮮に由来した「右方」または「高麗楽」。
    舞がある「舞楽」 右舞(うまい)

 ○ 日本に在来した雅楽
    舞がない 和歌を用いる「催馬楽」、漢詩を用いる「朗詠」
    舞がある「国風歌舞」(神楽歌・東遊など)

舞楽について

雅楽に舞が伴うものを舞楽。 舞楽は左方の舞(左舞)と右方の舞(右舞)に分けられる。

左舞は唐楽ともいい、支那・印度方面から伝来したものを指す。
奏楽は三管三鼓といって、笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・龍笛(りゅうてき)・鞨鼓(かっこ)・太鼓(たいこ)・鉦鼓(しょうじ)の六楽器編成で、赤色を基調とした装束を用いる。

右舞は高麗楽ともいい、朝鮮方面から伝来したものを指す。
奏楽も左舞とは異なり、笙を用いず、龍笛に代わって高麗笛を、鞨鼓に代わって三ノ鼓を用いる。
装束は緑色を基調としている。

左舞・右舞ともに外来の舞楽だけでなく、これに倣って日本で作られた舞楽もある。
楽曲を奏する所役を管方といい、襲装束(かさねしょうぞく)と呼ばれる装束を着けて鳥甲(とりかぶと)を被る。
管方の筆頭である鞨鼓の所役は襲装束の上に赤い袍(ほう)を着ける。

今季の御神楽は、「振鉾」(えんぶ)、「迦陵頻」(かりょうびん)、皇仁庭(おうにんてい)、長慶子(ちょうげいし)が披露された。

 

内宮神苑へ到着した頃に曇天となる。 写真撮影するには影ができないのでベストな状態だ。

 

まずは「振鉾」。 後方の三つ巴が描かれているのは大太鼓で、重厚な音が内宮神苑に響き渡る。

「振鉾」  左方 一人舞   右方 一人舞
舞楽にあたり初めに奏される。
古代支那の故事に由来し、左方と右方の舞人が鉾を振り大地を鎮め安じて、天下太平を言祝ぐめでたい舞楽。
鉾で天地を厭うことから「厭舞」(えんぶ)と称されたものが、鉾を振ることから「振鉾」の字を充てるようになったと思われる。
転じて舞台を祓い清める舞楽とされている。
舞人は襲装束という出で立ちで、左方は赤の袍に金色の鉾、右方は緑の袍に銀色の鉾を執って舞う。

 

鉾の扱いは鑓の扱いとは違うようだ。

 

 

 

 

 

撮影しているだけでも暑い。 この衣装を着用して踊るのは大変な事であろう。  お疲れ様です。

 

次は「迦陵頻」。 春季神楽祭時は、背中が鳥の羽ではなく蝶々の羽の「胡蝶」となる。

「迦陵頻」 左方 四人舞

極楽に住んでいるという鳥、迦陵頻伽(かりょうびんが)の舞い遊ぶ様を現したもので、起源はインドといわれ、わが国へは奈良時代に伝えられたといわれている。  また、子供の舞である「童舞」とされ、神宮では舞女が舞う。

舞人一人ずつ舞台に上がり、太鼓の拍子に合わせて「出手」(でるて)を舞い、向かい合わせに立ち定まる。 続く「迦陵頻音取」(かりょうびんのねとり)の後、「当曲」(とうきょく)が始まると、それぞれの位置で緩やかに舞う。  やがて曲の中盤からは銅拍子を打ち鳴らし、舞台を一周して鳥の飛翔を表したのち、舞いながら舞台を下りる。

舞人は赤色の装束を着け、鳥の羽を模した型を背負い、桜の花を挿した天冠を着ける。  手に持つ銅拍子の音色は、迦陵頻の鳴き声を表現しているといわれている。

  

 

 

 

 

 

 

大空へ飛び立つ姿のようだ。

 

後方の雅楽を演奏している方々の屋根の色が気にくわない。 周りの景観に合わせるか、着脱可能なものにすれば良いのに・・・。

 

 

実に優雅である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十五年ぶりの御披露目となる「皇人庭」。  今回初めて拝観する。

「皇人庭」  右方 四人舞

応仁天皇の御代に百済から渡来した人物と伝えられる王仁が、仁徳天皇の御即位に際して治世の繁栄を願って詠んだ和歌「難波津の歌」が曲の起源とされる。

四人の舞人が萌葱色の襲装束を着け、袍の右肩を脱いで舞う。  口を真一文字に結び眉間にシワを寄せた威厳ある表情の面は、祝福の曲に合わせて庭上で舞った王仁の顔を象ったともいわれている。

破と急の曲のうち、急の中には「皇仁小躍」という、御即位の喜びを表した特別な舞の手法がある。  この曲は左方の「喜春楽」とともに、古くから東宮(皇太子)の冠礼(成人の儀礼)の時には必ず奏されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長慶子」  舞なし
平安時代中期の雅楽の名手、源博雅の作曲と伝えられる。
よく整った格式の高い曲とされ、舞を伴わないものの舞楽曲に分類される特殊曲。
舞楽終了の際には、退出を催す退出音声として奏されており、拍子の早い舞楽吹で奏すことになっている。

 

退出される管方。

 

二千年前から変わらぬ伝統と文化が息づいている。 日本が世界に誇れる宝の一つと言っても過言ではない。

 

”暑さ寒さも彼岸まで”と言われるが、今日は真夏の暑さだった。 撮影中汗まみれ・・・。 朝は涼しかったのに・・・。

正午前に終わったので、神宮会館へ挨拶に行ってから、「麺屋やまと」にて豚骨細麺のネギ豚ラーメンと明太子丼を食す。

帰宅後、録画していた番組を見ながら転た寝を楽しむ。 

夜は減量中なのでサラダ、豆腐、なます、カツオ刺身(45点)。

それでは、また。 ごきげんよう。

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ご案内拝受

2018-09-22 | 日記

九月二十一(金) 雨

蜷川先生、群青忌実行委員会の方々より御恵送戴いた「野村秋介追悼二十五年「群青忌」のご案内」を拝受。 感謝合掌

10月20日(土)17:00 - 19:00

江戸の牛込箪笥区民ホールにて開催予定となっており、受付開始が16:00より。

会場整理費 ¥3,000

私も参加させて戴く予定だが、本業のスケジュールが1週間ずれ込むと参加が困難な状況となる。

前回は「野村秋介追悼二十年「群青忌」」に参加させて戴いているので、今回も是非とも参加したい。

 

送付して戴いた案内状。

 

野村先生の代表句「俺に是非を説くな 激しき雪が好き」。  詠むたびに、心に響き、心に染みる。

海外を放浪していた若き頃に拝読した「さらば群青」が、己の人生観に多大なる影響を与えてくれた。

野村先生はフィリップ・マーロウの名台詞の如く、「男は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」を実践されてきたように感じる。  

当時の私は野村先生を鑑みて、一人の日本人として如何にあるべきか、一人の男として如何にあるべきかを自分自身に問いながら、幾多の海外の連中達と共に、仕事と生活を共にしてきた。  おかげで、一度もトラブルに巻き込まれる事もなく、JAL Cargoに乗って帰国する事もなかった。

残念ながら、野村先生とはお会いする機会がなかったが、その後、野村先生と縁のある素晴らしき方々とお会いでき、自分の心に真っ直ぐな背骨が付いてきたように感じる。 

私の稚拙な文章では表せないほど、野村秋介先生から受けた影響は大き過ぎる。 

それでは、また。 ごきげんよう。 

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楽しき宴

2018-09-16 | 日記

九月十四日(金) 雨

本日は、私が2年前まで従事していた会社のCEOが久しぶりに米国から来訪され、前の同僚達と共に一席楽しんだ。

私一人部外者なので、いつも宴席に誘って戴き(時には私だけ誘われ、CEOの部下達との一献もあり)恐縮しているが、かつて知ったる長い間苦楽をともにした元同僚達との宴は楽しいので、節操もなく参加させて戴いている。

立場的に私はライバル会社の社員となるのだが、私は酒の席ではほとんど仕事の話をしないので、CEO達は安心されているのかもしれない。

今回は地元から車で約30分程走ったところにある、真っ暗闇の森の細道を延々と進んだ海の近くの森の中にポツンと一軒の明かりが見える洒落た店での一献会となった。  酒を嗜まない元同僚に迎えに来てもらい、車2台連なってはぐれないないよう移動。 

店に到着した時、こんな辺鄙なところに、何故こんな洒落た店が出来たのか?という印象だった。

店員さん達の接客態度も申し分なく、料理も充分満足できる品ばかりだった。 ちょいと遠いのが難点だが・・・。

全員着席して各々好きな飲み物を注文。 私はもちろん生ビールだが、最近は減量中なので少々控えめとす。

 

手前から牡蠣佃煮、はも、タコ煮付け、甘栗、このわた。  秋の稲穂の演出が素晴らしい。

これだけで日本酒の熱いやつ1合楽しめる。

 

松茸の土瓶蒸し。 季節感溢れる料理に心と胃袋が満たされていく。

 

生フィッシュ。 地元で食す刺身は全て美味し!  日本酒を飲りたいが、減量中なので却下・・・。

 

レンコンを摺って野菜を練り込んだ一品。 餡と絡めるといと美味し。

 

車エビとサンマ。  このサンマで飯を食いたくなった。

 

天ぷら。 私はあまり天ぷらを食さないような気がする。 

 

バタ貝(ヒオウギ貝)。  上品過ぎて少々物足りなかった。 道の駅で豊和君がシンプルに網で焼くバタ貝の味の方がパンチが効いて美味い。

 

茶漬け。 コースの流れからすると、肉よりカツオ茶漬けの方が良かったのではないか? というか、カツオ茶漬けが食べたかった。

 

冷やしてある何とかブリュレ。  久しぶりに食す甘い味が胃に染み渡る。 甘味も意外と美味いと感じた次第。

つい先日まで灼熱地獄の如き猛暑に見舞われていたが、天変地異が起きた後からお天道様がお隠れになられて連日雨ばかり。

朝夕は涼しさを感じるようになったが、湿度が高いので気分はすぐれない。 ツクツクボウシの鳴き声を聞かず秋となったような感じだ。

夏の疲れが蓄積されて体調も低下しているし、連日多重業務遂行でアップアップ状態で、プライベート時間も諸雑務で多忙を極めた。

多忙でブログにアップ出来なかったものも多々あった。(私はブログをアップするのに意外と時間がかかってしまう)

2週間ぶりの宴席を心行くまで満喫でき、心身のリフレッシュを行う事が出来た。 感謝合掌 

 

この金額で良いのですか?と思ったくらいお値打ちな食事でした。 御馳走さまでした。

個人的に和食の店を選ぶ事は無いので、今回は新鮮な気持ちで和食を楽しむ事が出来嬉しく思っている。

季節を感じるなら和食が一番と実感した日でもあった。

それでは、また。 ごきげんよう。

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平成30年 伊雑宮参拝禊会 外宮・内宮御垣内参拝

2018-09-09 | 日記

九月二日(日) 曇

伊雑宮正式参拝と直会の後、豊受大神宮(外宮)へ移動。

数名の方々は都合により帰途につかれましたが、これより外宮御垣内参拝が行われる。 

ここは食を司る神様なので、全国の飲食店関係の方々が参拝に訪れられる。

 

駐車場から外宮火除け橋へ移動する一同。

 

 火除け橋前で整列し、参進。

 

手水舎にて清め、外宮御垣内参拝を行うべく参進。

 

 

 

 

 

 

 

 

外宮御垣内参拝後の集合写真。

 

別宮・多賀宮、風宮、土宮を遙拝。

 

堂々たる道彦・竹ノ内宮司。 

 

 

豊受大神宮を横から拝観。

これより皇大神宮 内宮へ移動。  神宮会館にて集合。

 

神宮会館前にて整列し参進。

 

参道には古くて大きさの違う、壊れかけの石灯籠が多くあったが、皇學館大学近くの石灯籠にバスが接触し、石灯籠が倒れて死亡事故が発生したので、現在は危険な状態の石灯籠の撤去が行われている。  

この事故が発生する前まで、石灯籠の持ち主が不明であったり、連絡が取れずに撤去が困難だったので、行政としては撤去するには良い口実となったようだ。

事故が起きてからでは遅いのだが、日本は支那と違い法治国家なので何かと手続きが面倒だ。  

 

皇大神宮 内宮・宇治橋前にて集合写真。

 

宇治橋より五十鈴川を望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十鈴川にて口と手を清められる大柿氏。

 

正宮へ参進。

 

内宮 正宮前にて集合写真。  正宮にて御垣内参拝を行い、その後、荒祭宮を参拝。

 

荒祭宮へ参進。

その後、御酒殿前にて解散となる。 

御酒殿前にて、竹ノ内宮司より挨拶。

 

 

 

 

これにて解散。 皆様、二日間お疲れ様でした。 遠路はるばる御来訪戴き、ありがとうございました。

また来年の3月にお会いできる日を楽しみにお待ち致しております。

解散後、神宮会館へ挨拶し帰途につく。  いつも多大なる御支援を給わり感謝致しております。

それでは、また。 ごきげんよう。 

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平成30年 伊雑宮参拝禊会 禊講習会・懇親会・禊行・直会

2018-09-04 | 日記

九月一日(土) 雨曇

本日は、大阪加藤G主催による伊雑宮参拝禊会が開催されるので、午前中に私的な用事を全て終わらせた。

先週の皇學館館友会事務局へ提出する写真DVDと、個人的に渡すプリント写真と写真DVDを南さんへ手渡し、全ての残務をクリア状態とする。

その後、買い出しに行き、いつもお世話になっているM会長の事務所を訪れ、発泡スチロール数箱入手、軽トラを借用し午後に氷を戴きに行く事とする。 感謝合掌

少々早めの昼食にヒレカツ膳を食して自宅に戻り写真機の準備をしていたら、竹ノ内宮司より”もうすぐ伊雑宮へ到着予定”との連絡を受け、押っ取り刀で伊雑宮へ向かう。

昼過ぎ頃に伊雑宮へ到着すると、既に大勢の方々が集合されていた。

 

津軽、相馬、江戸、美濃、大坂、安芸から来訪された方々。

この後、中六で昼食を摂られ、上之郷公民館にて禊講習会が開催された。

 

これより禊講習会開始。

 

国民儀礼。

 

 

 

今回の伊雑宮参拝禊会において多大なる御支援を給わった、伊雑宮奉賛会副会長・南幸生氏による御挨拶。

 

國の子評論社社主・横山孝平氏による「古事記と禊」の講習。  明確で理解し易い講習と感じた。

 

真剣に勉強に取り組む参加者の方々。

 

 

 

 

 

 

 

素晴らしい講習を拝聴させて戴きました。 感謝合掌

 

引き続き、道彦・竹ノ内宮司による禊講習会が始まる。 禊作法と鳥船行事についての説明。

 

 

禊講習会が始まったばかりだが、私は缶ビールを入れた発泡スチロールに氷を詰めに行く為、講習会を後にする。

M会長に挨拶して一人黙々と氷を詰めていたら、会長からスルメ1箱と缶ビール1箱を戴いた。 いつもありがとうございます。

軽トラに発泡スチロールを乗せて宿の駐車場へ運び、軽トラを返却して再び宿へ移動。 

村田憲彦がアッパ貝を取りに行くというので、私はBBQ用の炭を購入して帰宅し、村田憲彦に迎えにきてもらう。

これにて安心して飲む事が出来る!  昨年同様、講習会時は雨に見舞われたが、BBQ開始時間になると雨が止む。

 

竹ノ内宮司による乾杯の音頭。  これより楽しき宴が始まる。

 

 

 

いつも美味しい食事を提供して戴き感謝致しております。  ピリ辛ホルモン焼きがメチャ美味かった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は新宅氏のお誕生日。 おめでとうございます!

 

 

恒例となっている藤野氏と東岡氏のコント?  熱々のエビでちょんまげ。

楽しい宴は深夜まで続いた。  明日は早朝05:00から海禊行だ。

私は23:00頃帰宅し、明日の準備を行いシャワーを浴びて就寝。

翌9月2日(日)は04:00起床。 写真機をかついで宿へ移動。

05:00 整列。 阿児の松原海水浴場まで駆け足で移動。 エッサー、エッサ、エッサー、エッサ。

 

旗手2名を先頭に整列。  参加者数を確認すると、3名ほど足りない・・・。 

 

全員集合し禊行開始。

 

日の出前のビーチ。  高感度にて撮影。

 

 

朝日に向かって遙拝。 

 

年々重厚さを増す竹ノ内宮司の祝詞。

 

 

鳥船行事開始。

参加者一同、一心不乱に禊行に取り組む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これより海へ。 エイッ!エイッ!

 

 

今回、禊行初参加の方は約半数弱。 

 

 

 

 

波が襲ってくる。

波にのまれた。

 

 

 

キンタ君が、誰か足をすくわれて倒れないか期待してビデオ撮影を行っている。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海禊行完遂。 おめとうございます!

 

露出を変えてもう一枚。

 

全員無事を確認後、整列して宿へ帰還。

 

 

道彦・竹ノ内宮司の挨拶。

 

禊を終え、清々しい顔の参加者一同。

 

 

 

 

福島から参加の方々。  遠路はるばる御来訪ありがとうございます。

 

竹ノ内さん、新宅さん、鹿島さん、小川さん、加藤さん。 

禊行無事完遂、おめでとうございます!

この後、朝食を摂られてから09:00に伊雑宮集合。  当方は一時帰宅して再び撮影の準備を行う。

 

09:00 伊雑宮正式参拝。 

 

稲熊宮司の導きにて参進。

 

 

代表者数名が正宮内へ。

 

稲熊宮司による祝詞奏上、修祓の儀が行われる。

 

 

御神酒。

 

 

 

 

 

 

集合写真撮影。

 

左美長神社を遙拝。

 

南幸生氏の御高配にて、伊雑宮式年遷宮に加藤さん、竹ノ内さんと共に参列した時を思い出す。 

当日は、南さん、大野宮司、犬塚先生達と共に、あの幻想的な時空を超えた時間を共有出来た事を幸せに思う。

 

 

 

上之郷公民館にて直会。

 

国民儀礼。

 

 

南幸生氏による御挨拶。  ストロボの調子が悪く発光してなかった・・・。 長い間酷使してきたからな・・・。

 

稲熊宮司による御挨拶。

 

遠路福島より参加して戴いた、大柿氏による御挨拶と乾杯の音頭。

 

 

 

 

 

 

伊雑宮参拝禊会、無事完遂を祝い万歳三唱。  いとめでたし!

豊受大神宮(外宮)と皇大神宮(内宮)御垣内参拝は次回のブログにて。

それでは、また。 ごきげんよう。

 

 

 

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