ハン・ガン(韓江)著、きむ・ふな訳『菜食主義者』(クオン2011年5月25日発行)を読んだ。
ブックカフェCHEKCCORIと出版社クオンのオンライン書店 より
「新しい韓国文学シリーズ」第1作としてお届けするのは、韓国で最も権威ある文学賞といわれている李箱(イ・サン)文学賞を受賞した女性作家、ハン・ガンの『菜食主義者』。韓国国内では、「これまでハン・ガンが一貫して描いてきた欲望、死、存在論などの問題が、この作品に凝縮され、見事に開花した」と高い評価を得た、ハン・ガンの代表作です。
ごく平凡な女だったはずの妻・ヨンヘが、ある日突然、肉食を拒否し、日に日にやせ細っていく姿を見つめる夫(「菜食主義者」)、妻の妹・ヨンヘを芸術的・性的対象として狂おしいほど求め、あるイメージの虜となってゆく姉の夫(「蒙古斑」)、変わり果てた妹、家を去った夫、幼い息子……脆くも崩れ始めた日常の中で、もがきながら進もうとする姉・インへ(「木の花火」)―
3人の目を通して語られる連作小説集。
2016年ブッカー国際賞を受賞。
「菜食主義者」
特別な魅力や、短所もなく、無難な性格が気楽だったので結婚し、可もなく不可もなく暮らしをしていた妻・ヨンへが、ある朝、パジャマ姿で冷蔵庫の中の肉類をゴミ袋に詰め込んでいた。妻は突然肉を食べなった。理由を聞いてもただ、「夢を見たの」と言うだけだった。
字体を変えて彼女の夢―森の中の納屋で血だらけになって肉を食らったーが語られる。
妻は卵も牛乳も捨て、夫とのコミュニケーションも無くなっていく。ほとんど寝ていないらしく異常に痩せていった。会社幹部との会食の席で妻は出席者に気味悪がれてしまう。帰宅すると妻が上半身裸でジャガイモの皮をむいていた。ヨンへの父母、姉夫婦、弟夫婦が、義姉のマンションに集まった。義姉は化粧品店を経営し、義兄は芸術家だった。家族皆から強く言われるが妻は肉を食べない。ベトナム戦での活躍が自慢の父が激高し……。
「蒙古斑」
芸術家である義兄は、妻がヨンへは20歳まで蒙古斑が残っていたと言うのを聞いた時、女性の臀部から青い花が開く場面が衝撃のように思い浮かんだ。結局離婚して独り住まいのヨンへをアパートに訪ねた。彼女は全裸だった。彼はかねて望んでいた依頼をする。
「同じようなビデオ作業だ。長くはかからないと思う。ただ……服を脱がなければならないんだけど」
「木の花火」
入院したヨンへを姉・インが訪ねる。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
「菜食主義者」は★★★★★(五つ星)で、「蒙古斑」は★★☆☆☆(二つ星)、「木の花」は★★★★☆(四つ星)。
突然肉を食べられなくなったヨンへを囲む家族の話はカフカの変身を思わせる話で、シュールで、家族それぞれのヨンへへの対応の差が面白い。父親だけが異様に熱くなっていて、姉はかわいそうと思い、夫も含め他は冷たく他人事だ。濃密であろう韓国の家族の中で、一人だけ手の届かない世界に閉じこもってしまったヨンへ。
「蒙古斑」で、芸術家としてのめり込んでいく義兄の話には、私は乗り難い。人体に描かれた咲く花があやしく美しいのは解らないでもないが、きわもので読者をそそるのは俗物の私には受け入れがたく、低級だと思ってしまう。
「木の花」は、子ども時代から面倒を見てきた妹になんとか手を差し出そうとする姉の、ただ一人といってもよいやさしさに温かくなる。
「著者あとがき」に、この小説を書いていたときのメモ書きが紹介されていた。
慰めや情け容赦もなく、引き裂かれたまま最後まで、目を見開いて底まで降りていきたかった。
もうここからは、違う方向に進みたい。
そして、「そのとき心に決めたように、私はもう違う方向へと進んでいます。違うやり方で進んでいる今、慰めもなく目を見開き、底まで降りていったこの小説のことを思い出します。」と書いている。
訳者: きむ ふな
韓国生まれ。
韓国の誠信女子大学、同大学院を卒業し、専修大学日本文学科で博士号を取得。
現在は日韓の文学作品の紹介と翻訳に携わっている。
翻訳書に、津島佑子・申京淑の往復書簡『山のある家、井戸のある家』(集英社)、孔枝泳『愛のあとにくるもの』(幻冬舎)、 李垠『 美術館の鼠』(講談社)など。
著書に『在日朝鮮人女性文学論』(作品社)がある。