中村富士美著『「おかえり」と言えるその日まで 山岳遭難捜索の現場から』(2023年4月15日新潮社発行)を読んだ。
新潮社の内容紹介
発見の鍵を握るのは、行方不明者の「癖」。プロファイリングによる捜索実話。
「せめてお別れだけでもしたい」――いくら探しても見つからないという家族から依頼を受け、著者は山へ向かう。たとえ身近な低山でも、運命の分かれ道は登山道の随所に潜んでいるのだ。家族のケアをしながら丹念に話を聞き、プロファイリングで消えた足跡を辿る6つのエピソード。予防と早期発見に役立つコラム付き。
山での遭難者の探索・救出は警察主体の山岳救助隊が行う。一方、民間の捜索チーム、例えば著者が代表のLiSS(リス)への捜索依頼の多くは、山岳救助隊の捜索が打ち切られたあとに寄せられる。生存の可能性が著しく低くなった遭難者、遺体を探すが著者たちの主な仕事だ。待ちわびるご家族の心のケアも大事な役割となる。
依頼されて、まず行うのは、家族からの遭難者の年齢、山登りのキャリア、性格、職業、癖などのプロファイリング。事前の登山計画には書かれていない、場所のヒントが得られる。
第1章 偶然の発見
登山経験が少なかった著者が、地元の里山で、ベテランが発見できなかった遭難者の遺体を、初心者の眼で見て発見することが2回起こった。看護師だった彼女は、「山岳遭難捜索」の世界へ導かれた。
第2章 母が帰らない
60代の女性が一人で奥秩父へ登山し、行方不明になった。彼女は友人から春に登った時の写真を手渡され、持って登っていたことが分かった。夏には植物が成長し、看板は見えなくなり、景色は大きく変わる。家族は現地で10日間も待ち、ようやく彼女が道を間違えた地点が分かり、……。
第3章 一枚の看板
その日、山頂を示す看板の矢印が反対側を示しているようだったとの証言が得られた。風で動いたのだろう。
第4章 捜索の空白地帯
丹沢のすべての沢の制覇を目指し、毎週通うベテランKさんは、3枚の登山計画書を、自宅冷蔵庫、登山ポスト、持ち歩き後のベースキャンプのテントに置いていた。3枚目が無かった。ということは……。
第5章 目的の人だけが見つからない
日光で縦走中のWさんが遭難した。Wさんはココヘリの受信機を持っていて、いざと言う時にはヘリコプターか、地上隊の受信機に反応するはずなのだが反応しなかった。結果的に受信機のスイッチが入っていなかった。
そこで、SNSや登山サイトの投稿記録を調べ、Wさんと山で遭遇した登山者を探した。Wさんとすれ違った人と連絡がとれ、捜索を広げていく中で同じ山で遭難していた生存者と遺体を見つけ、そしてようやくWさんの遺体を発見した。
第6章 長いお別れ
雪渓は谷や斜面に局所的に残っている積雪のことで、平なので歩きやすいが、下には水が流れていて、雪を踏み抜いて沢に落ちる危険がある。
Sさんは2年経っても行方知れずで、会社経営に支障がでていた。死亡が認められるのは、7年経過後の「普通失踪」と、船の沈没や震災などの危難に遭遇し1年経過後の「危難失踪」による。準備を重ね、裁判所から、ようやく危難失踪認定を受けたが、山岳遭難で認められたのは、おそらく2例目だろう。2日後に、遺留品が発見され、遺体も見つかった。
中村富士美(なかむら・ふじみ)
1978年、東京生まれ。山岳行方不明遭難者捜索活動および行方不明者家族のサポートを行う民間の山岳遭難捜索チームLiSS(リス)代表。DiMM国際山岳看護師、(一社)WMAJ(ウィルダネス・メディカルアソシエイツ・ジャパン)野外災害救急法医療アドバイザー、青梅市立総合病院外来看護師。遭難事故の行方不明者について、丁寧な聞き取りをしながら、家族に寄り添った捜索活動を行っている。また遭難捜索や野外救急法についての講演などの情報発信もしている。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
それほど高くも、厳しくもない一般登山における遭難の実例が示され、登山の危険を再認識できる。説得力をもって、遭難予防の対策のヒントが得られる。
低い山でも、ちょっとしたことで遭難がありうるのだとよくわかった。
家族にすれば、どこの山に行くのか、どのようなルートを取るのかなどの話はいつものようにされなくて、ただ山に出かけたと思っていたのに、そのまま帰ってこない。気持ちがプツンと切れたままになってしまう。もはや生きて帰ってくるとは思えなくなっても、どこでどうなったのか、遺体、遺品を家族の手に取り戻して、「おかえりなさい」と言ってあげたいとの思いもわかる。
コラム 捜索費用・保険:山岳遭難件数は2021年2,635件で遭難者は3,075名(単独行が多い?)。死者255名、行方不明者28名。
捜索隊員一人の日当は3~5万円+交通費。山岳保険に加入し、登山届やルートなどのメモを残して欲しい。
コラム 遺留品:遺体は数か月で白骨化し小さくなるが、登山道具は残り、見つけやすい。特に大きなリュックが目立ち、色は自然界にない「青」が最適だ。
山中での死因
外傷、もしくは低体温症が多いと思われる。人間の体は、脳や心臓など深部体温が35度を下回ると低体温症になり、血液が身体全体に行き渡らなくなり、意識が遠のき、死に至る。
登山時の注意点
道に迷い遭難をしやすいパターンは、「登りの沢、下りの尾根」。沢を渡りながら登ると、登山道の傾斜を感じにくい。尾根は末広がりでルートを外れても気づきにくい。
人は山で迷ったとき、沢に出会うと、下る選択をしがちだ。沢は足場が悪く、降りられない滝にぶつかることが多い。下るのではなく、とにかく上へ登るべきだ。
私も若い時、丹沢で遭難しそうになった経験がある。尾根を下っての下山途中で、予定より遅れてきたのに焦り、地図を見て近道の沢に降りてしまった。足場が悪く、滝を迂回しながらの下山で時間を食い、暗くなってしまい、川岸で一夜を過ごすはめになった。友人はあせって崖を登りだしたり、飛行機に懐中電灯を振ったり、半分パニックになって、なだめるのに苦労した。結局、無事帰宅できたが、山を甘く見ていて、その上、沢の怖さを知らなかった。
また、ほぼ死亡したと分かっても、家族はお金をかけても遺体を引き取りたいと思うことも、納得しました。朝、「山へ行ってくるよ」とだけ言って、そのままなのは、家族にとって気持ちが宙に浮いたままになっているのでしょうね。
私はとてもできませんが、こんな人のための仕事もあるのですね。
世の中には色んな仕事があって、人のためになっているんだなと感慨深かったのと同時に、Wさんの遭難の経緯がわかって切なかったです。
冷水様も登山されて怖い思いもされたことがあるのですね。
私はアウトドア苦手なのであまり経験はありませんが、ガイドつきで登山道を歩いた屋久島縄文杉ツアーでさえ、「あー、これは油断すると死ぬわー」と思いました。
なので、多分これからの人生で登山はしないで、人様の写真や経験談だけで満足する事にいたします。