hiyamizu's blog

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永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』を読む

2024年04月13日 | 読書2

 

永井紗耶子『木挽町(こびきちょう)のあだ討ち』(2023年1月20日新潮社発行)を読んだ。

 

新潮社の内容紹介

ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙は多くの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者という侍が仇討ちの顛末を知りたいと、芝居小屋を訪れるが――。現代人の心を揺さぶり勇気づける令和の革命的傑作誕生!

 

第169回直木賞受賞、第36回山本周五郎賞受賞

 

「鬼笑巷談帖」

第一幕から終幕までの6幕に先立ち、「木挽町の仇討」の概要1枚が「鬼笑巷談帖」としてまず語られる。

1月31日、辺りが暗くなった頃、木挽町芝居小屋の裏手で一件の仇討ちがあった。雪の降る中、赤い振袖を被り、傘を差したまだ元服前の美しい若衆。大柄な博徒が女と見間違えて声を掛けた。若衆が、振袖を投げつけて、白装束となる。
「我こそは伊納清左衛門が一子、菊之助。その方、作兵衛こそ我が父の仇。いざ尋常に勝負」
堂々たる真剣勝負の決闘。ついに作兵衛の首級(しるし)を上げた菊之助、野次馬をかき分けて宵闇に姿を消した。
この一件、巷間にて「木挽町の仇討」と呼ばれる。

 

第一幕 芝居茶屋の場

それから2年。菊之助の知り合いを名乗る18歳の若い武士が木挽町を訪れた。彼は仇討ちの現場にいた芝居関係者を訪ねては、当時の話を聞かせてほしいと頼む。彼らは自分が見た仇討ちの様子を説明するが、すでに決着した一件の、いったい何をこの武士は知ろうとしているのか?

 

まずは、呼び込みの木戸芸者の一八(いっぱち)が仇討の様子を語る。

一八は、江戸の悪所のことは全くわからない若い武士に、芝居小屋や、吉原遊郭の説明をする。そして一八の来し方を問われ、女郎の子として生まれ、花街で育ち、太鼓持ち、男芸者とも呼ばれる幇間(ほうかん)になる。しかし、一八は、心の底にある嫌悪が邪魔して真の幇間にはなり切れなかった。縁あって台詞、節、音を覚えるのが得意な点を見込まれて木戸芸者という天職を見つける。
そして菊之助と出会い、当面黒子として芝居小屋で働けるようにしてやった。

 

第二幕 稽古場の場

次に若き武士は、剣の腕で身を立てるつもりだったのに役者に振りを付ける立師になってしまった与三郎を訪ねる。与三郎は菊之助にも剣の指南をした話から、武士ながら悪所に落ちた自らの身の上話を語る。

尾上松助は、

「手前ども役者は、河原乞食だの人外だのと言われ……その一方で、ご贔屓下さる皆々様からは、神仏の如く崇められ、手前で手前が何者なのか分からなくなっちまう時があります。だからこそ、肚(はら)を据えてかからねえと、あっという間に世間の声に振り回されて堕ちちまう」

「忠という字は心の中って書くでしょう。心の真ん中から溢れるもんを、人に捧げるってことだと思うんで。それは何も、御国や御主だけじゃねえ。……」

と語り、与三郎を芝居の道へ導いたのだ。

 

第三幕 衣裳部屋の場  孤児となって火葬場で育った衣装係で、女形の芳澤ほたるの話

第四幕 長屋の場    一人息子を亡くして失意の中にあった芝居の小道具職人久蔵とその妻お与根

『菅原伝授手習鑑』で、松王丸は、我が子小太郎の首を菅秀才の首と偽って歓声を上げる。久蔵はその首を魂込めて彫り上げた。

第五幕 桝席の場    旗本の次男だが婿先も決まり、金に困らず放蕩者になった金治は、「実」というものを知ることなく、心から楽しむことなかった。金治は、大阪で筋書をやっている五幣に「面白がったらええんとちゃいますか」と言われ、上方へ逃げ、つまるところ、芝居の台本を書く筋書、脚本家になった。

終幕  国元屋敷の場 この若い武士の正体は? 仇討の筋書きは?

 

 

初出:「小説新潮」2019年10月号~2021年4月号

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)

 

ともかく文句なしに面白い。悪所とされる吉原や、芝居小屋の雰囲気、それをとりまく怪しげな人々が、堅物の武士との対比でよけい魅力を増し、妖しさが匂いたち、根っこの人の好さの温かみが醸し出されてくる。

 

一幕一話ごとにそれぞれの人物が、菊之助とどんなふうに出会い、心を通わせたかを語り、いつのまにか仇討の真相が一皮ずつ剥けていく。そう言えば、この仇討には最初から何か引っかかるものがあったのだ。

 

また、若き武士は、それぞれの話し手がどのように生きてきて、何があって芝居小屋に導かれたのかを教えてほしいのだと問うのだった。何故なのか分からなかった。
また、一つ一つは辛い、深い話で、引き込まれたが、各々がどうつながっていくのか分からなかった。要するに、いずれも、芝居という得体が知れず魅力的なものに救われた人たちの物語ということだったのだ。

 

 

永井紗耶子(ながい・さやこ)

1977年、神奈川県出身。慶應義塾大学文学部卒。産経新聞記者を経て、フリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで活躍。

2010年、「絡繰り心中」(『恋の手本となりにけり』と改題)で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。
2020年刊行の『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で、細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞。
2022年、『女人入眼』が第167回直木賞の候補作。
2023年、『木挽町のあだ討ち』で、第36回山本周五郎賞、第169回直木三十五賞を受賞

他の著書に『大奥づとめ よろずおつとめ申し候』『福を届けよ 日本橋紙問屋商い心得』『横濱王』など。

 

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