さて、観光開始。
で、
イタリア人に出会ったら、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/3b/3efbdc8e6535beb5b87e58a0ea135053.jpg)
「Buongiorno(ボンジョールノ)!→おはよう、および、こんにちは」
ちなみに、イタリアに着いたのが夕方で、
初めてイタリア語は
「Bounasera(ボナセーラ)→こんばんは」でした。
一期一会の旅です、さよならする時は、
「Ciao(ちゃお)♪→ばいばい」
神の言いつけ、申し出に素直に了承する時は「Si(シ)→はい」
丁重にお断りする時は、発音を短く「Noッ(ノ)!→いいえ」
神のご加護、人々の温かい善意に対しては、
「Grazie(グラァツィエ)→ありがとう」と答えます。
ちなみに私この旅行中、
上記単語のみで会話しております。
夫「すごい。ジェスチャーだけで伝わった…」
伝わったから、私…、
お財布を持たされて、
買物係になりました。
とにかく店員さんには、
Allボディランゲージで思いと心と、
欲しいモノや食べたいモノを伝えます。
たとえば、
イタリアンジェラートを食べたい時は、
定員さんにアイコンタクトを送り続け、
ジェラートをガン見して、指差します。
そして、
「これよこれッ!これが食べたいのぉ!!」
と、思いのたけを店員さんぶつけます。
ぶつけられた店員さん、
最初は困惑気味ですが、
ここは世界遺産の街。観光客で経済が保たれています。
昨今イタリアも困窮気味で、特に日本人(カモ)を逃す手はありません。
ちゃんと、私の言いたい事(ジェラート)の細部まで理解してくれます。
で、
ピスタチオのジェラートを食べました。
「bouno!bouno!(ボぉノボぉノ)→うまい!うまい!」
旅の恥は掻き捨て、
必死に心伝えたら、
何とか伝わります。
が、どこかそこらで妥協して、
諦めてしまえば、そこまでよ。
神は、人の諦めない精神を見ている。
ピカァッと、
天から光が!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/d4/f67484bb957f3580e0b752e241569324.jpg)
と、これはイタリア一美しいアーケード、
"ガレリア・ヴィットリオ。エマヌエーレ二世"です。
1867年に完成し、周囲鉄とガラスのモザイク画と、フレスコ画に囲まれています。
はて、フレスコ画とは…?
イタリア語でフレスコ(新しい、新鮮)という意味。
フレスコは壁に漆喰を塗って、
漆喰がまだフレスコな状態(生乾き)で石灰水で溶いた顔料で描きます。
やり直しが効かないので、冷静さと度胸と神をも恐れぬ精神?と、
天に選ばれた才能とそれを維持する努力と、
磨き込まれた高度なテクニックが必要です。
ちなみに、
最終日ローマ、システィーナ礼拝堂の"ミケランジェロの『最後の審判』"もフレスコ画です。
夫「え?最後の晩餐は?ないの?」
妻「ないよ…」
ちなみに、ほとんどの礼拝堂や美術館は完全予約制。
予約が無いと…残念な結果となります。
イタリア観光遺産巡りの計画は綿密に。
さて、遺産には必ずそれらを造形するアーティスト集団がいます。
その一人が、レオナルドさん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/26/3f8272f7dfd5e32755260e6292877d0c.jpg)
レオナルド・ダ・ヴィンチさんの足元には、
多くの弟子たちがいます。
おぉ、神よ、足元にも及ばない凡人の私は、
ただただアートを見るだけなのでしょうか?
レオ「アーティストとは…
芸術を想像し、想像し得る能力と、
それを造形具現化する技術が要る。
ある一つの事だけではなく、
絵画、彫刻、建築、施工の、
すべてを熟す者たちが、
「アーティスト」と呼ばれ、
彼らによって神は作られる。
神を作るのは、彼らの心…」
私たち、レオナルドさんに御会いするにあたり、
近代美術館「ダ、ヴィンチ展」に予習がてら行きました。
まず驚いた事は書記のすべてが鏡文字になっていたということです。
左利きの彼が右手で作業しながら左で書くのは考え得ることですが、
わざわざ鏡に映して普通に読める文字を書くというのは不思議です。
もしかしたら、
多くの弟子たちに見せて、読ませて、
すぐに取り掛からせるために、
わざとこのような手法を使っていたのかな?と思ったり。
元祖カンニングの高度な技術を見たような気がしました。
わざわざ人に解答を読ませるとは天才の考える事は深い。
では、また明日。
で、
イタリア人に出会ったら、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/3b/3efbdc8e6535beb5b87e58a0ea135053.jpg)
「Buongiorno(ボンジョールノ)!→おはよう、および、こんにちは」
ちなみに、イタリアに着いたのが夕方で、
初めてイタリア語は
「Bounasera(ボナセーラ)→こんばんは」でした。
一期一会の旅です、さよならする時は、
「Ciao(ちゃお)♪→ばいばい」
神の言いつけ、申し出に素直に了承する時は「Si(シ)→はい」
丁重にお断りする時は、発音を短く「Noッ(ノ)!→いいえ」
神のご加護、人々の温かい善意に対しては、
「Grazie(グラァツィエ)→ありがとう」と答えます。
ちなみに私この旅行中、
上記単語のみで会話しております。
夫「すごい。ジェスチャーだけで伝わった…」
伝わったから、私…、
お財布を持たされて、
買物係になりました。
とにかく店員さんには、
Allボディランゲージで思いと心と、
欲しいモノや食べたいモノを伝えます。
たとえば、
イタリアンジェラートを食べたい時は、
定員さんにアイコンタクトを送り続け、
ジェラートをガン見して、指差します。
そして、
「これよこれッ!これが食べたいのぉ!!」
と、思いのたけを店員さんぶつけます。
ぶつけられた店員さん、
最初は困惑気味ですが、
ここは世界遺産の街。観光客で経済が保たれています。
昨今イタリアも困窮気味で、特に日本人(カモ)を逃す手はありません。
ちゃんと、私の言いたい事(ジェラート)の細部まで理解してくれます。
で、
ピスタチオのジェラートを食べました。
「bouno!bouno!(ボぉノボぉノ)→うまい!うまい!」
旅の恥は掻き捨て、
必死に心伝えたら、
何とか伝わります。
が、どこかそこらで妥協して、
諦めてしまえば、そこまでよ。
神は、人の諦めない精神を見ている。
ピカァッと、
天から光が!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/d4/f67484bb957f3580e0b752e241569324.jpg)
と、これはイタリア一美しいアーケード、
"ガレリア・ヴィットリオ。エマヌエーレ二世"です。
1867年に完成し、周囲鉄とガラスのモザイク画と、フレスコ画に囲まれています。
はて、フレスコ画とは…?
イタリア語でフレスコ(新しい、新鮮)という意味。
フレスコは壁に漆喰を塗って、
漆喰がまだフレスコな状態(生乾き)で石灰水で溶いた顔料で描きます。
やり直しが効かないので、冷静さと度胸と神をも恐れぬ精神?と、
天に選ばれた才能とそれを維持する努力と、
磨き込まれた高度なテクニックが必要です。
ちなみに、
最終日ローマ、システィーナ礼拝堂の"ミケランジェロの『最後の審判』"もフレスコ画です。
夫「え?最後の晩餐は?ないの?」
妻「ないよ…」
ちなみに、ほとんどの礼拝堂や美術館は完全予約制。
予約が無いと…残念な結果となります。
イタリア観光遺産巡りの計画は綿密に。
さて、遺産には必ずそれらを造形するアーティスト集団がいます。
その一人が、レオナルドさん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/26/3f8272f7dfd5e32755260e6292877d0c.jpg)
レオナルド・ダ・ヴィンチさんの足元には、
多くの弟子たちがいます。
おぉ、神よ、足元にも及ばない凡人の私は、
ただただアートを見るだけなのでしょうか?
レオ「アーティストとは…
芸術を想像し、想像し得る能力と、
それを造形具現化する技術が要る。
ある一つの事だけではなく、
絵画、彫刻、建築、施工の、
すべてを熟す者たちが、
「アーティスト」と呼ばれ、
彼らによって神は作られる。
神を作るのは、彼らの心…」
私たち、レオナルドさんに御会いするにあたり、
近代美術館「ダ、ヴィンチ展」に予習がてら行きました。
まず驚いた事は書記のすべてが鏡文字になっていたということです。
左利きの彼が右手で作業しながら左で書くのは考え得ることですが、
わざわざ鏡に映して普通に読める文字を書くというのは不思議です。
もしかしたら、
多くの弟子たちに見せて、読ませて、
すぐに取り掛からせるために、
わざとこのような手法を使っていたのかな?と思ったり。
元祖カンニングの高度な技術を見たような気がしました。
わざわざ人に解答を読ませるとは天才の考える事は深い。
では、また明日。