「教師のバトン」炎上1年 悲痛の訴え置き去り (2022年4月12日 中日新聞))

2022-04-13 16:13:58 | 桜ヶ丘9条の会

「#教師のバトン」炎上1年 悲痛の訴え置き去り

2022年4月12日 
 多くの学校で入学式や始業式が開かれ、生徒、児童らが期待に胸を弾ませる季節を迎えた。一方で、学校現場を支える教員の勤務実態の厳しさは続く。ちょうど1年前、文部科学省が、教員らにツイッターなどで仕事の魅力を発信してほしいと始めた「#教師のバトン」プロジェクトには、その意図に反し、過酷な労働環境を訴える投稿が相次いでいる。文科省はプロジェクトを継続しつつも、教員らの切実な声を放置したままだ。環境改善の解決策はないのか。 (山田祐一郎)
 「仕事が終わるのは、平日夜九〜十時は普通。部活の掛け持ちもあってゴールデンウイークはなし。年末年始も大みそかと元日しか休めなかった」
 文科省の「#教師のバトン」プロジェクトが始まって一年となる三月二十六日、教育学者や現役教員らが教員の働き方をテーマに開催したオンラインイベントで、匿名の高校教員が勤務実態をそう吐露した。
 この教員は、非正規の講師として十年勤めているという。月ごとの時間外労働が百時間を超えることが普通、百五十時間を超えたこともあるという。
 管理職に「これ以上、無理です」と環境改善を訴えたこともあったが、「講師のくせに文句を言うな」と取り合ってくれなかった。「管理職に雇用を握られているので、特に年度末はモノのように扱われる」と切々と語った。
 同じく非正規の小学校講師は数年前、大学卒業のタイミングで自治体の臨時的任用教員の募集に応じ、働くことが決まったが、三月末に急きょ取り消された。その後、別の自治体に何とか採用されたが、「家族がいたらと思うとヒヤリとする出来事だった。非正規教員には指導者もおらず、職場では分からないことだらけだった」。
 イベントを企画した名古屋大の内田良教授(教育社会学)は二人の話を聞くと、ため息をついた。「こんなの聖職者じゃない。奴隷だよ」
 「#教師のバトン」は、教員自らが仕事の魅力を発信し、なり手不足の解消を目的としたプロジェクト。「多様な学校で行われている工夫」や「ちょっと役立つイイ話」を現職の教員から、教員を目指す学生や社会人にバトンのようにつなぐというものだった。
 だが、ふたを開けてみれば、ツイッターには魅力どころか、過酷な労働環境への悲痛な叫びであふれ、炎上。萩生田光一文科相(当時)が会見で「願わくば学校の先生ですから、もう少し品のいい書き方を」と述べ、火に油を注いだ。
 現在も、ツイッターでは多くの投稿が寄せられている一方で、文科省の投稿は昨年九月十七日の「教員免許更新制に関する審議のポイントについて」を最後に止まったまま。文科省は「プロジェクトは終了したわけではない」というが、事実上、放置された状態だ。
 文科省の担当者は「SNS(交流サイト)を通じて教員同士が相談できるコミュニケーションの場を提供できれば理想だった。チャレンジングな方法だと認識していた」と話す。
 意図しなかったとはいえ、悲痛な投稿は教員の勤務実態を広く知るきっかけにはなったはずだ。その声を政策にどうくみ取っていくかがポイントだ。
 担当者は「最大限、反映していく」と話すが、投稿総数や内容については「把握していない」とした。具体的な分析もまだで、動きは鈍い。「今後、プロジェクトをどのように運用していくかは検討中。正直、いつまでに何をするというのは決まっていない」と説明した。
 愛知県一宮市の小学校教諭の加藤豊裕(あつひろ)さん(43)らは昨年、プロジェクトの炎上を受け、教員の本音を独自にSNSで集め、その訴えを複数回、文科省に提出した。「面会した文科省の担当者は投稿データの分析を約束した。文科省に積極的な発信を求めたが、全く行われないなんて。中途半端でお粗末な対応だ」と批判する。
 プロジェクトの意図にも疑問を持つ。「文科省は、労働環境の問題の解決をやりがいに求めようとしていた。論点がずれていると感じた」という。
 内田教授は「文科省が期待する前向きな声掛けではどうにもならないくらい現場が疲弊している」と炎上の要因を指摘する。文科省は本年度、教員の勤務実態調査を六年ぶりに実施する方針。「調査するなら、客観的な数字だけでなく、『教員が今、何を感じているか』にも向き合う必要がある」と注文を付けた。
 労働環境が悪化している背景にあるのは教員不足だ。文科省が一月末、昨年四月の始業日時点で、全国の公立小中高校と特別支援学校で、二千五百五十八人の教員が計画通り配置されていなかったとの調査結果を発表した。
 学校数で見ると、教員不足は全体の5・8%に当たる千八百九十七校で発生。五月一日時点でも、千五百九十一校で二千六十五人が不足したままだった。
 「ある中学では、教員がおらず、四月に英語の授業ができずに五月以降に集中的にやった、という話も聞く」。教育ジャーナリストの佐藤明彦氏は、教員不足の深刻さをそう説明する。文科省の調査結果も「実態を反映している数字とは思えない。現場の話を聞く限り、万単位の人が足りない」と指摘する。
 佐藤氏は、非正規教員への依存度の高さにも警鐘を鳴らす。産休や育休、病気休業などを理由に抜けた正規教員の穴を埋めるため、自治体は非正規教員を臨時的に採用してきた。「将来、少子化で教員が余らないよう、自治体は正規の採用を絞っている。非正規は、言ってしまえば『雇用の調整弁』。採用側の事情で都合よく使われている」
 二〇二一年度採用の公立小学校の教員試験は倍率が過去最低となり、受験者数も減少が続く。しかも、厳しい労働環境のせいで非正規でも教壇に立ちたいという人が枯渇しているといい、「このままだと教育インフラが崩壊する可能性がある」と危機感を募らせる。
 文科省は、教員の授業負担の軽減のため、本年度から公立小学校高学年(五、六年)で一人の教員が算数などの特定教科を受け持ち、複数の学級で教える「教科担任制」を導入。教員が学級担任としてほぼ全教科を教える「学級担任制」を大幅に見直した。
 また、公立中高の休日の部活動を地域団体やスポーツクラブに委託することも進めている。地域委託は、これまでに全国二百三十以上の学校でモデル事業を実施。当面は休日が対象だが、将来的には平日の部活動も対象とする。
 だが、これらの取り組みは始まったばかりで、実際に教員の負担減につながるのかはまだ分からない。
 慶応大の佐久間亜紀教授(教育論)は「教科担任制で担当する教科を分けても増員がないのが現状。同じ人数でやりくりするなら、負担は変わらない。コロナ対応なども重なり、労働環境は昨年よりひどい」と改革の効果に懐疑的だ。
 労働環境改善には、正規教員の採用拡大が必要だとした上で、少しでも現場に余裕ができるよう少人数学級の重要性も説く。「夢があって教員を目指す人は、『#教師のバトン』で発信しなくとも魅力を知っている。それなのにあきらめている人が増えていることを国は知るべきだ」
 

 


週のはじめに考える (2022年4月10日 中日新聞)

2022-04-10 23:02:27 | 桜ヶ丘9条の会

週のはじめに考える 「橋渡し役」と言うならば

2022年4月10日 中日新聞
 悲願の「核なき世界」へと、ヒロシマ、ナガサキの被爆者たちが心血を注いだ核兵器禁止条約の発効から一年余。あの門出に垣間見えた希望の光も、この戦禍でまた風前の灯(ともしび)でしょうか。
 核保有大国がよもや現実の戦線で「核使用」の恐怖を振りかざすとは。世界を凍らすロシアの蛮行が止まりません。結局、その裏に浮かび出たのは冷戦後、保有国の主導に任せた核軍縮がいかに「幻想」だったか、ということです。互いに角突き合わす抑止力の一角が一国の勝手で崩れたとたん、世界は核危機の崖っぷちです。
 その一方、新たな光も見えました。デジタル社会に乗り、一瞬で世界中に拡散する非核反戦の盛り上がりです。国家や政治の枠を超え、ネット上などで戦争の目撃者となった地球市民が声を上げ、その非道を責め立てる。かつてなかった機運でしょう。

夏の条約会議で行動を

 絶望と希望が交わる中、それでは誰が非核の歯車を回すか。世界の視線がこの国に注がれます。
 唯一の戦争被爆国にして、米国傘下の抑止力に頼るため核禁止条約には参加しない。でも核の国際社会で「橋渡し役」は自任する。その日本政府に問いかけたい。
 「橋渡し役」と言うならば、ほぼ絶望の保有国に渡す橋よりも、自国の被爆者に希望をつなぐ橋づくりが使命ではないか、と。それも口先ではなく行動で。
 さしずめ六月にウィーンで開かれる条約の第一回締約国会議に、日本政府のオブザーバー参加を提起します。被爆国の気概を示す行動が、デジタル社会でつながる地球市民を勇気づけ、やがては保有国の政治をも動かす「近道」になりうるからです。
 今より半世紀前の冷戦さなか。まさにその近道を体現した先達がいました。メキシコの外相も務めた外交官、ガルシア・ロブレス氏(一九一一〜九一年)です。六二年、米国とソ連が核戦争寸前までいったキューバ危機の後。近隣の中南米全域に湧き上がる非核機運を史上初の非核地帯条約に束ねた功績などで、八二年ノーベル平和賞に輝きました。
 この条約の要は、中南米各国のみならず、域外の核保有国にも条約の一員として核兵器の域内全面禁止を確約させたことでした。
 当時まだ開発途上の小国メキシコを支点に、米ソ英仏中の五大国を説得して回るような離れ業がなぜできたか。氏の外交人生を綴(つづ)る『賢者ガルシアロブレス伝』(木下郁夫著、社会評論社)には四〇年代半ば、国際連合の創設に向けた下交渉で、若き外交官が見せた気骨の逸話が出てきます。
 安全保障など大国主導の国連憲章案づくりに歯向かい、メキシコ政府の一担当官として米当局に意見書を送ったことです。人類普遍の人権の重さに「大国も小国もないはず」。書簡で国連の公平な仕組みを求めた根拠は、ごく正当な国際法の基本精神でした。堂々たる主張ぶりには早くから、米当局者も一目置いていたようです。
 いつの世も大国の身勝手に振り回される小国の悲哀は、小国にしか体感できないものでしょう。小国も等しく持つ主権と人権を、大国の身勝手から守り抜いてこそ真の世界平和は実現できる。いわば「小国ならではの正義」に立った訴えが、五大国をも説得できた橋渡しの極意でした。

被爆国の正義に立って

 先達の教えを今、被爆国日本に置き換えるなら、果たすべき役割は明白です。自国で被爆者たちが体感した核兵器の非人道性を広く次代へ語り継ぎ、地上に核廃絶の理想を実現する。「被爆国ならではの正義」に立脚した、過去から未来への橋渡し役です。
 けれど、その被爆者たちも今や平均八十代半ば。昨今募る不安は自分たちが一線を去った後、被爆国の正義を次代に継ぐ主役が途絶えかねないことです。途絶えぬよう、その主役を担うのは無論、日本政府でしかありえません。
 もはや無用な核抑止力の駆け引きも米国への忖度(そんたく)も論外。政府がここで決断すべきは、被爆者たちの悲願が息づく核禁止条約に参加し核廃絶へとたどる一本道です。
 その一歩となる六月の会議で、被爆者たちに同席する日本政府の姿は、この危機に世界が待望する真の橋渡し役の登場を印象づけることでしょう。非核の新たな歯車を回す原動力への期待です。
 そして時は今−。この機を逃せば核禁止条約の次の締約国会議は多分二年後、検討会議は四年後か。高齢の被爆者たちには、いよいよ後がなくなります。
 

 


出生数最小に 効果的な対策をもっと (2022年4月4日 中日新聞)

2022-04-04 15:52:55 | 桜ヶ丘9条の会

出生数最少に 効果的な対策をもっと

2022年4月4日
 生まれる子どもの減少が止まらない。少子化や人口減は社会や経済の活力を奪い、現役世代が支える社会保障制度の維持も危うくする。社会の支え手を増やすための効果的な対策が必要だ。
 厚生労働省の人口動態統計(速報値)によると、二〇二一年に生まれた子どもは八十四万二千八百九十七人と前年に比べ三万人ほど少なく、六年連続で過去最少を更新している。
 少子化傾向が続き、親となる世代の若者が減っていることに加えて、コロナ禍の影響も深刻だ。
 出生数は前年に比べて一〜二月の減少が目立つ。新型コロナウイルスの感染が拡大した二〇年春ごろの妊娠が減り、出産を控えた人が少なからずいたのではないか。
 将来の出生数を左右する婚姻件数は五十一万四千二百四十二組と前年から約二万組減り、戦後最少となった。婚姻件数の減少は少子化をさらに加速させかねない。
 政府はこれまで、保育所の整備や育児休業制度の拡充、長時間労働の是正などさまざまな対策を打ち出してはきた。不妊治療も今月から保険適用の対象を拡大した。しかし、こうした支援策の多くはすでに結婚した人が対象だ。
 これから結婚・出産をしたいと考えている人への支援が手薄なままであり、政府や自治体は対策に本腰を入れる必要がある。
 婚姻件数の減少が続くのは経済的な理由が大きい。非正規雇用が増加し、雇用が安定しない若者も増えている。正社員も賃金は長らく上がっていない。コロナ禍に伴い、休業や解雇などで収入が減った人もいる。
 政府は、非正規の待遇改善など生活不安解消のための対策を強化する必要がある。デジタル分野での職業訓練や、家計に負担の大きい住居費支援も効果的だろう。
 二三年度には「こども家庭庁」が発足する。子どもに関する政策を総合的に担う「司令塔」となるには、若者たちが安心して結婚・出産できるよう効果的な対策をいくえにも打ち出し、確実に実行する体制にすることが不可欠だ。さもなければ、少子化に歯止めをかけるのは難しい。
 

 


4党❓野党❓予算賛成で波紋の国民民主 指揮者に聞く (2022年4月2日 中日新聞)

2022-04-02 23:25:36 | 桜ヶ丘9条の会

与党?野党?予算賛成で波紋の国民民主 識者に聞く

2022年4月2日 中日新聞
 旧民主党系の議員らが所属する国民民主党(衆院11人、参院12人)が政府の2022年度当初予算に賛成し、与党と政策協議を続けていることが波紋を広げている。他の野党は「事実上の与党宣言で、野党の役割放棄だ」と批判するが、国民民主党の玉木雄一郎代表は「何でも反対ではない新しい野党の姿だ」と主張する。野党はどうあるべきなのか。夏の参院選の構図にも影響を与えそうな対応への評価を識者2人に聞いた。 (井上峻輔)

野党の在り方に一石 同志社大・吉田教


 −与党と野党の定義は。
 「議会の多数派となり首相指名で多数派の候補に投票するか。政策の立案、形成、可決に携わるか。それが与党の客観的定義で、それ以外は野党に含まれる」
 −当初予算に賛成し、与党と政策協議する国民民主が野党と言えるか。
 「連立協定を結ぶとか、包括的な政策形成の場に入る段階までいっていないので野党であるのは間違いない。だが、予算への賛成は政権の基盤そのものを是認することで、極めて異例で大きな方針転換だ。ただ、米英は与野党の境が明確な二大政党だが、多党連立が常態化するオランダやデンマークはかなりあいまいで、状況次第でその境は流動的になり得る。国民民主の対応は野党の存在に一石を投じるような選択だった」
 −このような対応をとる政党が現れた背景は。
 「かつてはどの政党も支持基盤がしっかりしていたが今は無党派層が増え、イデオロギーより自分たちの生活に資する政策を担えるかとの期待値で投票先を決める。野党が権力と対峙(たいじ)するだけで支持される状況ではない。国民民主も新機軸を打ち出したいのだろう」
 −日本政治への弊害は。
 「政策実現のための競争があること自体は健全で、もっと政策ベースの議論をすれば野党への見方は変わる。一方、権力の監視も野党の役割で、それを放棄してしまうなら問題だ。与党と取引することが常態化すれば、国民から不信感を持たれる」

 よしだ・とおる 専門は比較政治。欧州先進国の政党政治を研究。著書に「『野党』論−何のためにあるのか」など。

 

自民より立民に反発 上智大・中野教授

中野晃一氏=本人提供


 −国民民主を与党と野党のどちらとみるか。
 「与党に入りたいように見えるが入れてもらえるかは別で、良いように使われておしまいになる可能性も十分ある。そういう意味ではどちらでもなく、あえて言えば『反野党』ではないか。自民党より立憲民主党に非常に反発し、競争相手としているような動きだ」
 −昨年の衆院選で野党共闘の枠組みに入らなかったが、政権と対峙(たいじ)する立場だった。そこに期待して投票した有権者もいたはずだ。
 「市民連合が呼びかけた政策合意には入らなかったが、広い意味で野党共闘の一翼だったとも言える。政党としての立ち位置がなし崩し的に変わっていくと、有権者からすると投票後にどうなるか分からない政党になり信頼できなくなる」
 −自民の政権運営を利することにつながらないか。
 「当初予算は政権の一年間の大方針で、賛成したら予算を基にした政策を批判しにくくなる。一方の自民は国民民主に何かを譲歩したつもりはないだろう。改憲などを考えれば、使い勝手はあると思っているのではないか」
 −参院選で野党候補の一本化の障害になるのでは。
 「野党共闘しないと勝負の形にならないが、全野党で全国一律は困難になっているのは事実だ。全改選一人区は難しくても、地域事情に合わせ現実判断ができるか。勝負になる選挙区でできるだけ一本化しないと、参院選後の国会状況はひどいことになりそうだ」

 なかの・こういち 専門は政治学。国政選挙で野党候補の一本化を後押しする市民グループ「市民連合」運営委員。

 


非核三原則ないがしろ 被爆国に上がる「核共有」論 (2022年3月16日 中日新聞)

2022-04-02 09:08:03 | 桜ヶ丘9条の会

非核三原則ないがしろ 被爆国に上がる「核共有」論

2022年3月16日 中日新聞
 ロシアのウクライナ侵攻を機に、日本の抑止力を高めるとして、米国の核兵器を日本国内に配備して共同運用する「核共有」導入の検討を求める声が与野党から上がる。岸田文雄首相も政党による議論を容認し、見直し論が広がる。自民党は十六日、核共有を巡る議論を始める。だが、核兵器に関して「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」を宣言する非核三原則は、時の政権の判断では容易に変えられない、重い「国是」だ。識者は「日本を危険な方向に導く」と警戒する。 (川田篤志)
 与野党の議論の発端は、安倍晋三元首相が二月、核共有を巡り「現実に国民の命、国をどう守れるかはさまざまな選択肢を視野に議論すべきだ」と提唱したことだ。安倍氏に近い自民党の高市早苗政調会長は日米同盟の抑止力強化のため、「持ち込ませず」見直しをにらんだ論議の必要性を訴え、「(非核三原則を徹底すれば)核抑止力が全く機能しない」と指摘する。
 首相は国会審議で、核共有は「持ち込ませず」と相いれないことを理由に、政府として導入は検討しないと強調し、非核三原則を堅持する意向を表明。一方、与野党や国民の間で「国の安全保障に資する議論は行われるべきだ」とも述べた。議院内閣制の下、与党の意見は政府の政策決定に影響を与えかねない。
 唯一の戦争被爆国であり、核兵器の悲惨さを知る日本は戦後、原子力の平和利用を定める法整備や首相の国会答弁などで、核兵器の保持、製造、搬入を禁じる姿勢を鮮明にしてきた。一九六七年に佐藤栄作首相(当時)が国会で明言し、七一年に衆院がその順守を求める決議を採択したことなどにより、非核三原則は確立した。
 歴代政権は「国是」と位置付けてきたが、政府見解や国会決議などの積み重ねによる「宣言政策」で法的基盤が盤石でないため、将来の非核三原則変更を懸念する被爆者らが法制化を求めている。安倍氏は首相在任中の二〇一七年、「国是として堅持する」と強調したが、法制化は否定した。
 非核三原則を巡り、自民党の茂木敏充幹事長は核兵器の国内配備ではなく、日本有事に使用の意思決定に関与する仕組みなら「三原則に直ちに反するとも言えない」と主張する。日本維新の会の松井一郎代表は「三原則は昭和の価値観」と議論を促す。一方、立憲民主党の泉健太代表は「核は威嚇に使うことも許されない兵器。議論だけは良いなんて詭弁(きべん)」と批判する。
 核廃絶運動などに取り組み、非核三原則の実効性を高めるための法制化を訴えてきた「日本反核法律家協会」会長の大久保賢一弁護士(75)は「核の脅威に核で対抗しようとすれば、日本を危険な方向に導く。唯一の戦争被爆国であること、国是としてきた背景を振り返るべきだ」と訴える。

「政府は目に見える行動を」 広島の被爆者訴え

 ロシアのウクライナ侵攻を受け、安倍晋三元首相ら一部の国会議員から、日本が米国の核兵器を共同運用する「核共有」政策や非核三原則の見直し論が浮上している。被爆者はどう考えるのか。六歳で被爆した広島原爆資料館の元館長、原田浩さん(82)=写真=に聞いた。
 核兵器の非人道性を知ろうとしないから、非核三原則の見直しを求めるような議論になるのだろう。むなしさを感じる。
 私たち被爆者が核廃絶を訴えてきた原点は、原爆被害の「悲惨さ」にある。一九四五年八月六日、広島市では想像を絶する爆風や熱線、火災、放射線で一瞬にして数え切れない命が奪われた。炎天下にさらされ、荼毘(だび)に付された遺体の臭いは記憶から消したくても決して消せない。生存者も病気や差別に苦しんだ。
 だが、被害の実態を伝え切れていない現実もある。例えば、二〇一九年にリニューアルされた原爆資料館の常設展示は、新しい展示技術を駆使して「きれい」に構成されているが、あの日の惨状をもっと体感できるような工夫が必要だ。
 爆心地から至近距離で被爆し、強烈な体験をした人たちの多くは既に亡くなった。いずれ訪れる「被爆者なき時代」に、どこまで風化を食い止められるか。被爆地はさらに危機感を持って努力する必要がある。
 核使用の脅威が高まっている今、日本がなすべきことは、昨年一月に発効した核兵器禁止条約を生かす方法を模索することだ。政府は核保有国と非保有国の「橋渡し」の役割を担うと言う。であれば、条約の第一回締約国会議にオブザーバー参加するなど目に見える行動を取るべきだ。