安倍前首相聴取 議員辞職にも値する (2020年12月23日 中日新聞))

2020-12-23 09:34:19 | 桜ヶ丘9条の会

安倍前首相聴取 議員辞職にも値する

2020年12月23日 中日新聞
 「桜を見る会」をめぐる疑惑で安倍晋三前首相が検察の事情聴取を受けた。国会で否定したが、証拠が出た以上、言い逃れはできない。国民に丁寧な説明が要るし、もはや議員辞職にも値しよう。
 今年二月の国会でのやりとりを思い出してほしい。野党議員が「桜を見る会」前日に東京都内のホテルで開かれた夕食会の疑惑を追及していた。会費は一人五千円とされていたが、その金額でまかなえるはずがない、安倍氏側が補填(ほてん)していたのではないか、そう野党議員は質問した。
 「補填はしていない」「明細書もない」と安倍氏は繰り返した。さらにその議員に向かって言い放ったのは「証拠を挙げていただきたい。ありえない」との言葉だ。
 告発を受けた東京地検が安倍氏の秘書らから事情聴取をし、約九百万円にものぼる補填の疑いが高まった。「ない」と言い張ってきた明細書も東京地検は入手している。これは動かぬ証拠である。
 もっとも秘書らは補填について「安倍氏には伝えていなかった」と述べているようだ。知らないなら共謀関係には問えない−つまり安倍氏自身は不起訴の公算が大きい。だが、仮にそうだとしても、これだけ世間を怒らせ、国会を紛糾させた大問題である。
 安倍氏自身が真実を知る方法はいくらでもあったろう。そもそも真実を知る努力はしたのか。それを怠り、事実と異なる答弁を国会で繰り返したなら、その罪は重いと言わざるを得ない。これだけでも議員辞職に値しよう。
 秘書らが夕食会の収支を政治資金収支報告書に記載しなかったとして、政治資金規正法違反に問われれば、なおさら議員辞職は当然のことと考える。不記載は重い罪であるうえ、秘書らは事情聴取に「報告書に記載すべきだと分かっていた」と説明しているようである。より悪質である。
 夕食会の問題だけに矮小(わいしょう)化してもいけない。「桜を見る会」には安倍氏の地元支援者らを数多く招き、「権力の私物化だ」と国民から厳しく批判された問題である。むろん公職選挙法にも触れかねない。その責任も極めて重いはずだ。
 安倍氏には開かれた国会の場で国民への真摯(しんし)な説明が必要である。かつ、それは偽証罪に問われうる証人喚問の形でなければ、誰が単なる弁明を信ずるであろうか。あくまで「秘書のせい」などと答えるならば、この問題を到底、終わらせるわけにはいかない。

 


立ち往生52時間 関越道で何が (2020年12月22日 中日新聞))

2020-12-22 11:16:14 | 桜ヶ丘9条の会

立ち往生52時間 関越道で何が

2020年12月22日 中日新聞
 新潟県や群馬県で降った大雪で、車の立ち往生が相次いだ。関越自動車道では十八日夜、発生から約五十二時間ぶりにようやく解消した。近年、大規模な立ち往生が相次いでおり、国は道路の事前通行止めやタイヤチェーン規制の強化といった対策をまとめていた。それが残念ながら不発になった格好だ。今回の立ち往生では、何が起きていたのか。 (石井紀代美、榊原崇仁)

<証言> 情報板表示「通常」 20分後大渋滞

 千葉県木更津市の無職男性(39)は十七日早朝、愛車のハンドルを握り、関越道と並走する国道17号を新潟側から群馬方面へと向かっていた。情報板には「チェーン規制」「冬用タイヤ規制」と出ていた。「通常通りだな」と男性は午前六時ごろ、新潟県の小出インターから関越道に乗った。
 約二十分走ると渋滞に差しかかった。「すぐに動きだすだろう」。その見通しは裏切られた。何時間たっても一ミリも動かない。「ツイッターやラジオで、ようやくトラブルがあったと知った」。外は雪で白一色。小用は路肩で済ませた。多くの人がそうしていた。
 日が落ちても車は動かない。車中泊用に積んでいた寝袋に入った。外は氷点下だが、エンジンを切った。マフラーが雪でふさがれ、一酸化炭素中毒により車内で死亡した事故があったと知っていたからだ。目が覚めた数時間後、車外に出て完全に雪に埋まったマフラーを見て、「間違ってなかった」とほっとした。
 自衛隊が雪かきをし、ようやく脱出できたのは十八日午前五時半ごろ。男性は「ずっと車に乗っているのが本当につらかった。くたびれた。事故や渋滞を知らせる情報が表示されていれば、関越道には乗らなかった。すでに立ち往生が発生していたのに、何をやっていたのか」と憤る。

<原因> 予想外の大雪、事前の注意喚起少なく

 関越道を管理する東日本高速道路(NEXCO東日本)新潟支社によると、立ち往生のきっかけは、積雪のせいでアクセルを踏んでもタイヤが空転してしまう「スタック」だった。
 十六日午後五時五十分ごろ、上り線の塩沢石打インター付近で、上り坂で車が雪にはまった。同十時ごろ下り線湯沢インター近くの下り坂で雪にタイヤが取られた車が道をふさいだ。そして、後続車両が次々と止まって渋滞になった。どんどん雪が積もり、多くの車が動けなくなった。
 立ち往生した車が最も多くなったのは十七日午後一時半ごろ。その数は上り線で約千七百五十台、下り線で約三百五十台に達した。
 現場付近は豪雪地帯の上、アップダウンがある「難所」だ。だが、同社も大雪に備え、応援を集めて除雪体制を敷いていた。立ち往生の大きな原因は、予想を上回る大雪だった。
 気象庁天気相談所の立原秀一所長は、「上空に非常に強い寒気が居座った。空気に含まれる水蒸気が冷やされ、雪雲が形成されやすい状況だった。加えて、日本海の海水温が例年より一、二度高く、水蒸気が供給されやすかったのもある」と解説する。その結果、十四〜十七日にかけ大雪が降った。新潟、群馬の県境付近では積雪量が例年の二、三倍。二十四時間の降雪量では観測史上最多になった。
 その割には、事前の注意呼び掛けが少なかった印象が強い。例えば、大型台風の前に開くような記者会見は、今回はなかった。
 同庁業務課の今野暁さんは「大雪警報を大幅に上回る降雪が予想される場合に実施するが、そこまでは見込めなかった。日本海側は普段から雪に慣れているというのもある」と話した。
 天気は仕方なかったかもしれない。ただ、情報が十分に知らされていれば、巻き込まれずに済んだ人もいたはずだ。
 NEXCO東日本新潟支社の広報担当者は「ホームページやツイッターも活用し、情報発信を行っていた」と説明する。だが、一人で運転していたら、スマホを見ることはできない。
 国土交通省長岡国道事務所の担当者は「車を運転している間、頼りになるのは道路の情報板ぐらい。それほど雪に気が回らず、あれよあれよという間に動けなくなった人もいたのではないか」と語る。
 その情報板。前出の男性によると「立ち往生」を知らせる表示はなかった。どうなっているのか。
 広報担当者は「スタックは故障車扱い。情報板に載せる優先順位が低い。渋滞も一般道の情報板には表示されないはず。見られなかったのは事実だ」と話した。

<備え> タイヤ点検 車内に食料、毛布を

 豪雪に伴う大規模な立ち往生は近年頻発している。
 二〇一四年二月には山梨、長野両県の国道20号で約三百台が動けなくなったほか、一七年一月には鳥取、岡山両県を結ぶ米子自動車道で一時百二十台以上がストップした。同じ年の二月に新東名高速道路であった立ち往生では、静岡県内で約千台が止まった。首都高速道路でも一八年一月、山手トンネルで十時間にわたって立ち往生が続いた。
 とりわけ深刻だったのが一八年二月六日朝に始まった福井、石川両県の国道8号の立ち往生だ。約二十キロの区間で動けなくなった車両は最大で約千五百台に上り、解消は九日未明にまでずれ込んだ。
 その後の同年五月、国土交通省は大雪時の交通対策に関する中間とりまとめを作成した。通行止めを避ける物流優先の方針を転換し、「大規模な車両滞留の抑制を目標とする」「空振りを恐れず対策を行うべきだ」と打ち出したのが大きな特徴だった。
 さらに▽冬用タイヤやチェーンの装着の徹底を呼び掛ける▽大雪が予想される時には多様な媒体を使い、外出を控えるよう周知する▽立ち往生が見込まれる場合には事前に通行止めなどを行う−などの対応を求めている。
 だが、今回の対応をみると課題が浮かぶ。
 NEXCO東日本の小畠徹社長は十八日の会見で「湯沢地域で二十四時間の降雪量が観測史上最多の一一三センチとなった。予測ができなかった」と見通しの甘さを認め、物流の維持などの観点から早期の通行止めに至らなかったと釈明した。物流優先を改めるのは、なかなか難しいのだ。
 一方、ドライバー側の準備が不十分だった部分もあった。小畠社長は、立ち往生した車の中には、摩耗した冬タイヤを使っていたケースもあったと明かした。
 識者は今回の立ち往生をどう見るのか。福井大の川本義海教授(交通計画)は「雪国の北陸でも『本格的な積雪は一月から二月にかけて』という意識がある。警戒心が強まっていない時期だからこそ、多くの人が『何とかなるかも』と考えて運転してしまったのかもしれない」と話す。
 川本さんの言うように、冬本番はこれからだ。今回と同じ事態が起きないよう、道路会社や行政にはしっかりしてもらいたい。だが、自分の身は自分で守ることも考えないといけない。
 川本さんは「立ち往生してからでは手の打ちようがない。一酸化炭素中毒などで命を落とすこともあり得る。リスクを認識し、『危うい場所がどこか』などの情報をきちんとつかんでおくべきだ。万が一、巻き込まれてしまった場合も念頭に置き、冬場はガソリンを満タンに。できることなら食料や毛布などを車内に用意しておく必要がある」と呼び掛ける。

 


生活保護の増加 貧困ビジネス切り離せ (2020年12月21日 中日新聞))

2020-12-21 11:02:51 | 桜ヶ丘9条の会

生活保護の増加 貧困ビジネス切り離せ

2020年12月21日 中日新聞
 コロナ禍で住まいを失い、生活保護を求める人に一部の自治体が無料低額宿泊所(無低)への入居を申請条件にしている。無低には「貧困ビジネス」と指摘される施設が多い。直ちにやめるべきだ。
 コロナ禍による雇用情勢悪化に伴い、生活保護の申請が増えている。厚生労働省によると、四月の申請数は二万一千四百八十六件。前年同月比で24・8%増だった。 その後、各種の生活支援でやや落ち着いたが、コロナの第三波到来で再び解雇、雇い止めが増え、年末年始に急増する気配だ。
 住まいを失った人びとが生活保護を申請する際、ハードルとなるのが無低だ。一部の自治体が入居を申請条件にしているためだ。
 無低は社会福祉法に基づく民間施設で、全国に五百七十カ所(同省調べ)ある。良心的な施設もあるが、劣悪な環境で粗末な食事しか与えず、入居者から生活保護費を搾取する「貧困ビジネス」の温床となっているケースが多い。
 なぜ、一部の自治体が無低を条件とするのか。自治体側は受給者の生活状況を把握しなくてはならないが、職員不足から無低に任せがちなことが一因だ。ただ、困窮者の支援団体からは「財政負担を減らすため、施設の劣悪さから申請を諦めさせる『水際作戦』に使っている」と指摘する声も強い。
 生活保護はアパートなどで暮らす居宅保護が原則で、生活保護法は本人の意思に反して施設に入所させることを禁じている。それゆえ、一部自治体の申請条件は原則から逸脱し、違法でもある。大部屋をカーテンで仕切っただけの施設もあり、新型コロナの感染対策からも現状は看過できない。
 厚労省は九月に各都道府県などに対し「申請権の侵害または侵害していると疑われるような行為」として、無低入居を条件化しないよう通知している。しかし、支援団体などによると、通知後も状況は改善されていないという。
 かねて生活保護バッシングが繰り返され、菅義偉首相は「自助」を強調する。しかし、生活保護は憲法二五条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に基づく制度だ。生活保護基準を下回る経済状況で、実際に生活保護を受給している世帯は二割強にすぎない。
 国は無低入居を申請条件にさせない指導を徹底し、空き家利用など住宅の供給にも一段と力を入れるべきだ。生活保護は「最後のセーフティーネット」だ。コロナ禍の厳冬期にその土台を固めたい。

 


コザ騒動」が伝える精神 週のはじめに考える (2020年12月20日 中日新聞)

2020-12-20 11:22:36 | 桜ヶ丘9条の会

コザ騒動」が伝える精神 週のはじめに考える

2020年12月20日 中日新聞
 コンビニや眼鏡店に交じってシャッターを下ろした空き店舗も。どこにでもある地方の街の風景。ただ、間を貫く片側二車線の広い道路がこの街の成り立ちを物語っています。米軍統治下に開設された旧・軍道24号。五十年前の一九七〇年十二月二十日未明、沖縄県コザ市(現・沖縄市)のこの道路で「コザ騒動」が起きました。
 「革命が起きた、と思って家を飛び出した」。近所に住んでいて騒ぎを目撃したという沖縄市観光物産振興協会の認定ガイド、古堅宗光(ふるげんそうこう)さん(73)は、騒然としたその夜を振り返ります。

沖縄は激動のさなかに

 「アメリカーや、沖縄人を虫けらみたいに扱いやがって、思い知れ!」。騒動は、酔っぱらい運転の米兵の車が横断中の住民男性をはねて負傷させたのが発端。付近の繁華街から集まった民衆が事故処理に当たった米軍憲兵隊に怒声を浴びせ、その車両や通りかかった米国人車両への放火、投石に発展しました。民衆の一部は約五百メートル西の米軍嘉手納基地に突入し、建物に火を放ちました。
 六時間余りの後、騒ぎは米軍鎮圧部隊と人々との衝突寸前に収束に向かいます。参集した民衆は約四千人、八十八人が負傷し米軍発表で八十二台の車が焼けました。
 「歩道の敷石が簡単に剥がせたからそれを投げたり、バーの軒下にあるビール瓶と給油所から手に入れた油で火炎瓶を作ったり。たまたま“凶器”が近くにあって騒ぎが大きくなった」
 こう説明する古堅さんが、続けて誇らしげに強調するのは「組織的でなかった、死人がなかった、略奪がなかった」こと。
 地元では事件を「コザ暴動」と呼ぶものの、琉球新報など県紙の報道は「コザ騒動」。沖縄の識者は「コザ反米軍市民蜂起」と定義すべきだと主張しています。
 太平洋戦争末期の沖縄占領と同時に始まった米軍統治はその時、既に二十五年に及んでいました。ベトナム戦争が泥沼化していたころでもあり、出征、帰還兵は歓楽街に繰り出して大金を使いながら酒や薬におぼれ、犯罪、事故を繰り返す。ただ、当時の琉球警察にはまるで権限がなく、憲兵も捜査に不熱心だったため検挙率は半分以下。暴動の直前には、現在の糸満市で主婦が轢殺(れきさつ)された交通事故の加害兵を米軍法会議が無罪とし、県民の憤りが沸騰しました。
 また前年には、日米政府間で基地を残したままの七二年沖縄返還が決まり、米軍は雇用住民を大量解雇。ストやデモが繰り返されていました。コザ近くで兵器用毒ガスが漏れる事故もありました。

ことさら問題視はせず

 米国憲法も日本国憲法も適用されない沖縄の人たちが、甚だしい人権侵害に遭っていたのは事実です。コザで起きたのは鬱積(うっせき)した不満の爆発に違いありません。
 が、民衆は無意識のうちに「秩序」や「理性」を保っていた。怒りは黄ナンバーの米国車両に向かい、米国人には向かわなかった。放火する車は延焼を避けるため、道路の中央に運ばれました。
 返還前の政治配慮か、米側にも事件を過大視する姿勢はなく、軍政府は琉球警察に逮捕者への厳罰を求めなかったともいわれます。
 燃やされた車に冗談めかして「FOR SALE(売り物)」の張り紙をした米国人も。基地では翌日から、雇用住民が普通に米兵と一緒に仕事をしました。
 社会学者の石原昌家・沖縄国際大名誉教授(79)は、事件を「沖縄人が人間としての誇りを取り戻した日」と総括します。耐え難い屈辱への反発を支配者に一瞬、形にしてみせた。無論、暴動や騒動ではなく「政治的メッセージ」だったと。
 沖縄での米軍関連犯罪は、県の調べで今も年に数十件起きています。軍用機事故も多発。しかし、暴動と呼ばれるような抗議はコザでの一度だけ。代わりに、県民は選挙や県民投票の民主的行動で辺野古新基地をはじめとする基地の縮小や、米軍の特権を認める日米地位協定の改定を求めています。

固定観念を排する精神

 古堅さんは、沖縄市を訪れる修学旅行生に「コザ精神」を説いています。その心は「人をイコールで見ない」。米国人だから、日本人だから、肩書が立派だからこういう人…と、固定観念でとらえず共存を図ることなのだそうです。
 嘉手納基地に続く通称・ゲート通り。往時のにぎわいはないながら、今でも夜にはバーの英字看板の下、大柄な米兵が日本人女性らを交えて酒を楽しんでいます。健全な社交風景は市民も尊重し、観光資源化の動きすらあります。
 米軍専用施設の七割が集中する沖縄の、基地の「門前町」が身に付けた生き方です。しかし、それは基地を無条件で受け入れることを意味しません。日米同盟を支持する大多数の国民は、そのことに早く気付くべきでしょう。

 


デジタル監視社会 自由を死守する正念場 中島岳志 (2020年11月1日 中日新聞))

2020-12-19 10:55:40 | 桜ヶ丘9条の会

デジタル監視社会 自由を死守する正念場 中島岳志

2020年11月1日 中日新聞
 菅義偉内閣はデジタル庁創設に力を入れている。そこでは行政の一元化など、利便性ばかりが論じられているが、いま世界的に議論されているのはデジタル監視の危険性についてである。コロナ危機により、公衆衛生という観点からのデジタル監視が拡大した。私たちの行動はスマートフォンの位置情報によって追跡され、特定のアプリをダウンロードすれば、部分的ではあるものの感染者との接触の有無がわかる。
 当然、これは個人の自由やプライバシーの侵害と表裏一体である。中国では、各人の感染可能性が三段階で表示され、治安当局は特定の個人の移動を強制的に制限する。香港の民主化運動では、若者たちが乗車履歴や買い物履歴から行動や情報を把握されることを恐れ、「デジタル断ち」を行った。
 マルクス・ガブリエルは、中島隆博との対談(『全体主義の克服』集英社新書)の中で、「デジタル全体主義」という概念を提示する。現代人は、自分の行動を写真に撮り、オンラインで公開する。すると、プライベート空間がネット上に公開され、私的領域と公的領域の区別がなくなっていく。かつての全体主義体制では、人々は自分の考えを隠そうとしたが、今は自ら喜んで公に晒(さら)している。ガブリエルは、このような状態を「市民的服従」と呼び、全体主義を自ら引き寄せていくメカニズムに警告を発する。
 「Netflix(ネットフリックス)」が独占配信し、世界的に話題となったドキュメンタリー「監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影」では、「人間の商品化」という問題が提起されている。私たちは、無料のソーシャルメディアを使ってコミュニケーションを行っているが、会員制交流サイト(SNS)を使えば使うほど、行動や嗜好(しこう)性についてのデータがネット企業に蓄積される。その情報によって、私たちは最適な広告を見るように誘導される。つまり、ネット企業にとって、「客」は広告主であり、ユーザーは「商品」である。
 私たちは、常に不可視の存在から見られているのだ。私たちの行動パターンこそが、商品として管理されている。この「監視資本主義」と権力はどのように結びつくのか。
 佐藤章「デジタル庁に忍び寄るアマゾン〜国家の機密情報や国民の個人情報は大丈夫か?」(論座、9月27日)は、菅首相が「マイナンバーカードの普及促進を一気呵成(かせい)に進める」と発言していることに注目する。政府は、しきりにマイナンバーと個人情報をリンクさせようとしている。マイナンバーカードを住民票や印鑑登録証明書、戸籍謄本をコンビニなどで交付する証明カードにするだけでなく、クレジットカードや銀行口座、各種ポイントカード、診察券、お薬手帳などの機能を付けることが検討されている。
 政府はこの情報処理事業を、Amazonに一任しようとしている。一国の全ての個人情報が入っているものを、外国企業に任せて大丈夫なのだろうか。他国への情報漏洩(ろうえい)を防ぐことができるのか。
 いや、それ以上に問題なのは、私たちの個人情報が、政府に筒抜けになることである。もちろん、政府は全ての国民のデータを逐次監視するわけではない。しかし、私たちは常に「見られている」という思いを抱くことになる。その時、国民の間に自主規制が起きるだろう。「この本を買ったら、反政府的な人間と思われて警戒されるのではないか」「だったら、買うのをやめておこう」ということになれば、言論は自発的に萎縮し、自主規制が蔓延(まんえん)する。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、「監視すること」よりも「監視されているという思い」を国民に植え付けることによって、国民を効率的・効果的に服従させるメカニズムがあることを明らかにしたが、現在はこの原理が起動する寸前にある。
 鈴木哲夫「長期政権図る菅首相 恐るべき権力掌握の舞台裏」(『週刊金曜日』10月2日号)は、菅内閣における上川陽子法相と小此木八郎国家公安委員長の人事に注目する。二人は二〇一七年の安倍内閣で入閣した際と同じポストに就任しており、そこには菅内閣が検察と警察をコントロールしようとする意思が表れているという。
 今起きていることに繊細にならなければ、取り返しの付かない事態を招くだろう。自由を死守する正念場だ。
(なかじま・たけし=東京工業大教授)