接種「努力義務」なのに ワクチン、打たない自由を考える
2021年6月22日
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- 新型コロナウイルスのワクチン接種が本格化しているが、強制ではないことは忘れられがちだ。接種のメリット・デメリットは十分周知されているか、打たない選択をしても差別や偏見にさらされないか−。「打たない自由」を考える。 (石井紀代美、佐藤直子)
副反応紹介に猛バッシング
「アメ横や日本橋に出かけると、一日歩き回って夜まで家に帰ってこないぐらい元気な人だったのに…」。信州大特任教授で、若者マーケティングの第一人者、原田曜平さん(44)は声を落とす。やや糖尿の傾向はあったものの、ぴんぴんとしていた父親(83)に異変が起きたのは五月十日だった。新型コロナワクチンを接種し、帰宅後に体調が悪化。その後、高熱が出続けた。母親が東京都の副反応相談センターに電話すると「熱が出ることはよくある」と言われた。しかし、接種三日後、熱が約四〇度まで上がり、原田さんも自宅へ駆けつけた。父親は布団にうつぶせになり、意識は朦朧(もうろう)としていた。着替えのためシャツを脱がせると、体中に発疹があり、なぜか右のわきの下が、ぼっこりはれ上がっていた。父親は救急車で病院へ運ばれ、集中治療室(ICU)に入った。全身に赤い斑点が出て「一時は赤鬼のような状態だった」。「ワクチンが原因の可能性が高いと考えます」。医師の診断書にはそう書かれていた。このまま進行した場合、敗血症や多臓器不全となり「致死率が20〜30%に至ります」とも。父親は現在も入院したままだが、熱は下がり、命に別条はないという。ただ、以前のように体は動かず「よちよち歩きで、階段は五段上るのがやっと」。今後、自立した生活は困難とみられ、看護師の助言で要介護認定の審査を受けた。こうした一連の経緯から、ワクチンの副反応に関する情報が少なすぎると感じた原田さんは、ツイッターやユーチューブなどで父親について発信した。だが、「持病が悪化しただけ」「接種の不安をあおるな」などと猛烈なバッシングを浴びた。「私は反ワクチン派でも何でもない。目の前の事実を伝え、一つの判断材料にしてもらおうと思っただけなのに」と原田さん。一方、重篤化する父親を間近で見ていた母親は、意外にも、迷わず接種を選んだという。原田さんは「ちょっと様子を見よう」と声をかけたが、最終的には「孫を抱っこしたいし、変異株もこわい」という母親の意思を尊重した。「ワクチンを打つも打たないも個人の選択。『副反応がこわいから打たない』という人がいてもいい。打たない人が、生きづらくなる社会にしてはいけないと思う」父親の一件を受け、原田さんは国の情報公開に不信感を抱くようにもなった。厚生労働省が副反応事例をまとめた報告症例一覧に、いまだ父親のケースが記載されていないからだ。厚労省医薬安全対策課の担当者は「医療機関から報告があれば記載されるはずだ。患者が退院後に送ってくることもあるし、副反応ではないと判断されれば、そもそも報告が来ない」と説明するが、原田さんは「ワクチンへの社会不安が高まれば、接種が思うように進んでいかないと思っているのかもしれないが、それは逆効果。包み隠さずすべての情報を出した方が社会不安は抑えられる」と訴える。同調圧力 米では解雇も
ワクチンを打たない選択をした人をめぐる状況は厳しい。日弁連は五月中旬、コロナワクチンに関する「人権・差別問題ホットライン」を実施したところ、二日間で二百八件の相談があった。多くは先に接種が始まった医療従事者や介護施設職員、看護学生、医学生、高齢者たちからだった。内容は▽ワクチン接種をしないと実習を受けさせない。単位を与えられないと言われた(看護学生)▽ワクチン接種をせずにいたら医学部の寮の担当教授から呼び出され、自主退寮を勧められた(医学部生)▽ワクチンを『受ける』か『受けない』かにチェックする表が職場に張り出されている(医療関係者)▽病院から、ワクチンを打ってコロナにかかった場合は七割の給与を補償するが、受けずにかかった場合は自己責任と言われた(看護師)▽職場で自分だけが接種していない。上司に『コロナにかかったらあなたのせい』などと言われた(介護施設職員)−などだ。実際に相談を受けた日弁連人権擁護委員会委員長の川上詩朗弁護士は「予想以上に多かった。接種はだれのためにあるのか。まずは自分の身を守るためにあるはずだが、『他人に感染させないために打て』という同調圧力が働いている」とみる。世界的にもワクチン接種歴を身分証のように使う考え方が広がっている。欧州連合(EU)は加盟国間の移動について空港などで接種を終えたことを証明するワクチンパスポートを提示する仕組みを導入しようとしている。国内でも出入国手続きをスムーズにするため、羽田空港でワクチン接種歴をスマートフォンで確認する実証実験が始まった。ワクチンパスポートの導入も検討が進む。米国では南部テキサス州を拠点とする病院グループ「ヒューストン・メソジスト」が、新型コロナウイルスワクチンの接種を完了していない職員百七十八人を停職処分にしたと明らかにした。停職二週間以内に接種しなければ解雇するという。従業員ら百人余りが病院側の義務付けは不当だとして訴訟を提起したが、連邦判事は訴えを退けた。ワクチンを打たない人の解雇事件が今後、日本でも起きうるのか。労働事件に詳しい戸舘圭之(とだてよしゆき)弁護士は「日米を単純には比べられないが、少なくとも日本の法律で新型コロナワクチン接種は強制でなく努力義務。接種は本人の同意に基づくので、接種しない自由はある」とする。雇用側が接種を義務付けたり、接種しないことを理由に解雇や配置転換などをすれば違法とされ、損害賠償責任が生じる可能性があるという。「打つのも打たないのも、どちらを選んでも配慮や支援があることが大事。リスクと効果をてんびんにかけた上で一定数の人は接種しない選択をすることを前提に考えておく必要がある」ただ、現場の医師にとっては「打たない自由」は難しい問題だ。ワクチン接種の合間に取材に応じた福島県立医大災害医療支援講座助教の原田文植医師は「医師の立場から言えば接種に協力してほしいと思う。アレルギーがあるなど接種しない方がいい人はいて、その場合は主治医が一筆書いて接種を見合わせるのがベターなやり方だろう」と語る。ワクチンの感染抑制効果は世界各国の実例から明らか。打たない選択の尊重の一方、非科学的・陰謀論的な反ワクチン論が広がることも避けねばならない。「政府は、因果関係が分からなくても接種後の副反応や死亡例の詳細などを隠さずにむしろきちんと公表していくべきだ。その方が結果的に接種に対する人々の信頼が高まっていく。隠せば陰謀論を助長しかねない」
副反応紹介に猛バッシング
「アメ横や日本橋に出かけると、一日歩き回って夜まで家に帰ってこないぐらい元気な人だったのに…」。信州大特任教授で、若者マーケティングの第一人者、原田曜平さん(44)は声を落とす。
やや糖尿の傾向はあったものの、ぴんぴんとしていた父親(83)に異変が起きたのは五月十日だった。新型コロナワクチンを接種し、帰宅後に体調が悪化。その後、高熱が出続けた。
母親が東京都の副反応相談センターに電話すると「熱が出ることはよくある」と言われた。しかし、接種三日後、熱が約四〇度まで上がり、原田さんも自宅へ駆けつけた。
父親は布団にうつぶせになり、意識は朦朧(もうろう)としていた。着替えのためシャツを脱がせると、体中に発疹があり、なぜか右のわきの下が、ぼっこりはれ上がっていた。父親は救急車で病院へ運ばれ、集中治療室(ICU)に入った。全身に赤い斑点が出て「一時は赤鬼のような状態だった」。
「ワクチンが原因の可能性が高いと考えます」。医師の診断書にはそう書かれていた。このまま進行した場合、敗血症や多臓器不全となり「致死率が20〜30%に至ります」とも。
父親は現在も入院したままだが、熱は下がり、命に別条はないという。ただ、以前のように体は動かず「よちよち歩きで、階段は五段上るのがやっと」。今後、自立した生活は困難とみられ、看護師の助言で要介護認定の審査を受けた。
こうした一連の経緯から、ワクチンの副反応に関する情報が少なすぎると感じた原田さんは、ツイッターやユーチューブなどで父親について発信した。だが、「持病が悪化しただけ」「接種の不安をあおるな」などと猛烈なバッシングを浴びた。「私は反ワクチン派でも何でもない。目の前の事実を伝え、一つの判断材料にしてもらおうと思っただけなのに」と原田さん。
一方、重篤化する父親を間近で見ていた母親は、意外にも、迷わず接種を選んだという。原田さんは「ちょっと様子を見よう」と声をかけたが、最終的には「孫を抱っこしたいし、変異株もこわい」という母親の意思を尊重した。
「ワクチンを打つも打たないも個人の選択。『副反応がこわいから打たない』という人がいてもいい。打たない人が、生きづらくなる社会にしてはいけないと思う」
父親の一件を受け、原田さんは国の情報公開に不信感を抱くようにもなった。厚生労働省が副反応事例をまとめた報告症例一覧に、いまだ父親のケースが記載されていないからだ。
厚労省医薬安全対策課の担当者は「医療機関から報告があれば記載されるはずだ。患者が退院後に送ってくることもあるし、副反応ではないと判断されれば、そもそも報告が来ない」と説明するが、原田さんは「ワクチンへの社会不安が高まれば、接種が思うように進んでいかないと思っているのかもしれないが、それは逆効果。包み隠さずすべての情報を出した方が社会不安は抑えられる」と訴える。
同調圧力 米では解雇も
ワクチンを打たない選択をした人をめぐる状況は厳しい。日弁連は五月中旬、コロナワクチンに関する「人権・差別問題ホットライン」を実施したところ、二日間で二百八件の相談があった。多くは先に接種が始まった医療従事者や介護施設職員、看護学生、医学生、高齢者たちからだった。
内容は▽ワクチン接種をしないと実習を受けさせない。単位を与えられないと言われた(看護学生)▽ワクチン接種をせずにいたら医学部の寮の担当教授から呼び出され、自主退寮を勧められた(医学部生)▽ワクチンを『受ける』か『受けない』かにチェックする表が職場に張り出されている(医療関係者)▽病院から、ワクチンを打ってコロナにかかった場合は七割の給与を補償するが、受けずにかかった場合は自己責任と言われた(看護師)▽職場で自分だけが接種していない。上司に『コロナにかかったらあなたのせい』などと言われた(介護施設職員)−などだ。
実際に相談を受けた日弁連人権擁護委員会委員長の川上詩朗弁護士は「予想以上に多かった。接種はだれのためにあるのか。まずは自分の身を守るためにあるはずだが、『他人に感染させないために打て』という同調圧力が働いている」とみる。
世界的にもワクチン接種歴を身分証のように使う考え方が広がっている。欧州連合(EU)は加盟国間の移動について空港などで接種を終えたことを証明するワクチンパスポートを提示する仕組みを導入しようとしている。国内でも出入国手続きをスムーズにするため、羽田空港でワクチン接種歴をスマートフォンで確認する実証実験が始まった。ワクチンパスポートの導入も検討が進む。
米国では南部テキサス州を拠点とする病院グループ「ヒューストン・メソジスト」が、新型コロナウイルスワクチンの接種を完了していない職員百七十八人を停職処分にしたと明らかにした。停職二週間以内に接種しなければ解雇するという。従業員ら百人余りが病院側の義務付けは不当だとして訴訟を提起したが、連邦判事は訴えを退けた。
ワクチンを打たない人の解雇事件が今後、日本でも起きうるのか。労働事件に詳しい戸舘圭之(とだてよしゆき)弁護士は「日米を単純には比べられないが、少なくとも日本の法律で新型コロナワクチン接種は強制でなく努力義務。接種は本人の同意に基づくので、接種しない自由はある」とする。
雇用側が接種を義務付けたり、接種しないことを理由に解雇や配置転換などをすれば違法とされ、損害賠償責任が生じる可能性があるという。「打つのも打たないのも、どちらを選んでも配慮や支援があることが大事。リスクと効果をてんびんにかけた上で一定数の人は接種しない選択をすることを前提に考えておく必要がある」
ただ、現場の医師にとっては「打たない自由」は難しい問題だ。ワクチン接種の合間に取材に応じた福島県立医大災害医療支援講座助教の原田文植医師は「医師の立場から言えば接種に協力してほしいと思う。アレルギーがあるなど接種しない方がいい人はいて、その場合は主治医が一筆書いて接種を見合わせるのがベターなやり方だろう」と語る。
ワクチンの感染抑制効果は世界各国の実例から明らか。打たない選択の尊重の一方、非科学的・陰謀論的な反ワクチン論が広がることも避けねばならない。「政府は、因果関係が分からなくても接種後の副反応や死亡例の詳細などを隠さずにむしろきちんと公表していくべきだ。その方が結果的に接種に対する人々の信頼が高まっていく。隠せば陰謀論を助長しかねない」