地上イージス疑問の山 北ミサイル発射受け購入へ(2017年9月2日中日新聞)

2017-09-02 10:37:07 | 桜ヶ丘9条の会
地上イージス 疑問の山 北ミサイル発射受け購入へ 

2017/9/2 中日新聞

 防衛省は8月31日、2018年度予算の概算要求を発表した。目玉は迎撃ミサイルを搭載するイージス艦の陸上版システム「イージス・アショア」。北朝鮮による弾道ミサイル発射を「追い風」に、米国から購入する。だが、この新装備には多くの疑問が付きまとう。そもそも本当に迎撃できるのか。安全保障法制と矛盾しないのか。米軍需産業のかもにされるだけではないのか。専門家らに聞いた。

 北朝鮮のミサイル発射を受け、三十一日にマティス米国防長官と電話会談した小野寺五典(いつのり)防衛相はイージス・アショア配備を「切望」していることを表明した。

 イージス・アショアとはどのような装備か。

 一言でいうと、イージス艦のシステムを陸上に設置するものだ。開発した米ロッキード・マーチン社の動画を見ると、レーダー部分はイージス艦の艦橋部分とそっくり。すでにルーマニアで設置が進んでいる。

 政府はこのシステムに迎撃ミサイルとして、日米が共同開発している新型SM3ミサイル(SM3ブロック2A)を配備し、射程や迎撃高度を大幅に向上させるという。国内に二基設置すれば、全国を北朝鮮の弾道ミサイルから防御できるとしている。

 防衛省の資料などによると、弾道ミサイルは(1)発射から高空まで加速していくブースト段階(2)ロケットの噴射が終わり、大気圏外を飛行するミッドコース段階(3)大気圏に再突入し目標地点に加速していくターミナル段階-をたどる。

 現在、海上自衛隊のイージス艦が装備しているSM3も新型SM3も、ミッドコース段階での迎撃を狙うことには変わりはない。

 では、なぜ新型SM3込みのイージス・アショアが必要とされているのか。

 元海自海将で、金沢工大虎ノ門大学院の伊藤俊幸教授(安全保障学)は「日本を目標とするような北朝鮮のミサイルなら、現在の海自イージス艦でも迎撃は可能。だが、グアムを狙うようなミサイルは長射程、高高度の弾道を飛ぶので対応できない。新型SM3ならば、対応できる」と話す。

 肝心なのは本当に迎撃可能か否かだ。試験は今年二月と六月、米ハワイ沖で実施されたが、二月は成功、六月は失敗したという。

 埼玉大講師で基地問題に詳しい吉沢弘志氏は「ミサイル防衛では発射時刻、発射地点の割り出しが大切。だが、米軍も自衛隊もそこまでできているとは考えられない。この点は新型SM3でも同じ」と指摘する。

 加えて吉沢氏は、実際にイージス・アショアを設置することは容易ではないとみる。その一因として、強力な電磁波を挙げる。イージス艦のレーダー作動時には、乗員の甲板外出が禁じられるほど、システムが発する電磁波は強い。

 「陸上でイージスシステムを運用するとなれば、周辺住民への健康影響に配慮しなくてはならない。生活への影響も出かねない」

 北朝鮮からグアム沖などを狙った弾道ミサイルに対抗するため、新型SM3が必要だというが、それは昨年施行された安保関連法に則しているのだろうか。

 小野寺防衛相は八月十日、グアム沖を狙ったミサイルでも、集団的自衛権行使が可能な存立危機事態の認定もありうるとした。

 だが、一五年六月の国会審議で、横畠裕介・内閣法制局長官は「わが国に向かうミサイルについてのみ」と述べ、存立危機事態には当たらないという見解を示している。

 吉沢氏は「グアムの米軍へのミサイルが日本の存立危機事態となるなら、中東などで展開する米軍が攻撃されても、存立危機事態となる。こじつけの論理ではないか」と批判する。

 政府は米国にイージス・アショアの購入を約束したが、財政負担は大きい。費用は一基で八百億円とも言われる。軍事評論家の田岡俊次氏は「それでも費用対効果は高い」と語る。

 現在、ミサイルの迎撃システムを持つイージス艦は四隻。田岡氏によると、うち二隻が常時、迎撃の任務に就いているが、定期的な修理もあり、タイトな運用になっているという。

 「新たにイージス艦を建造すると一隻で千五百億~千六百億円かかる。イージス・アショアなら、二基で計千六百億円程度。船は一隻につき乗員は三百人。陸は一基で五十人ほど。費用対効果、稼働率の高さを考えるとメリットは大きい」

 前出の伊藤教授も「イージス艦の操船には職人芸が求められる。だが、ミサイル迎撃の任務が多く、訓練を積みにくくなっている」と陸上の利点を強調する。

 ただ、安全保障に詳しい一般社団法人ガバナンスアーキテクト機構の部谷直亮(ひだになおあき)上席研究員は「陸上での設置には五年以上かかり、要員の訓練も必要。地上に置くことによって、攻撃の目標にもなりやすくなる。警備の手間と費用が必要になる」と問題点を並べる。

 軍事評論家の前田哲男氏は「(イージス・アショアを設置すれば)一時的に迎撃手段の厚みが増すとはいえる。だが、北朝鮮は迎撃システムを打ち破ることを考えるだろう。いたちごっこが続く」と懸念する。

 過去に似た例がある。一九七二年、米国と旧ソ連は弾道弾迎撃ミサイル制限条約を結んだ。一方が迎撃システムを開発すれば、もう一方は攻撃力を増強するという軍拡競争に歯止めをかけることが狙いだった。

 前田氏は「(米ソが)条約を結んだのは、ミサイル迎撃が経済的に成立しないからだった。対北朝鮮でも同じ。迎撃に力を入れると労多くして益少なしになる」と語り、外交的な解決を探るよう求める。

 前田氏は「結局は、米国の雇用増大というトランプ大統領の政策の実現につながるのだろう」とみる。

 イージス・アショア購入は「対外有償軍事援助(FMS)」という契約に基づく見通し。前田氏は「これは政府間の契約だ。日本の軍需産業はかむことができず、米国の企業に金が流れる。大規模なメンテナンスも米国が請け負う。米企業が安定的に利益を上げることができる」と語った。

 (大村歩、加藤裕治)