初めて海に浸かった飼い犬ジンは、戸惑いながらも、孫娘と同じように喜ぶまで時間はかからなかった。
臨終30分前に、彼と言葉を交わすことができた。
ありがとう。
君がいたから家族がばらばらにならずにすんだよ。
鬼が肉を喰らう。
口の周りに血がまとわりついても、ぬぐおうともしない。
己のためだけに、肉を喰らう。
自らもいずれは、食われる身なのに今を生きる。
鳥は、自分が飛べるだけの餌を食べ、多くの獲物を子供に与える。
魚は、自らの屍をプランクトンに与え、虫に食われやがて孵化した小魚の餌となる。
動植物は、食物連鎖の中に身を投じ、人だけが肥え太る。
家を継ぐ。
何を継ぐというのか。
自らのルーツを守ることがそんなに偉いことなのか。
ルーツのために生きてるものを殺しても許される。
恨みつらみも、カエルの面に小便のごとく、唯々己のために生きる。
どうぞ、みな持って行ってください。
あの世に宅急便などありはしない。
抱えていくのだって、わずかなものだけなのにそんなに稼いでどうするの。
美味しいものも、不味いものも体を通り抜ければ同じです。
鬼は、身の程知らずである。
自らの醜さなど見たこともない。
他人の醜さだけを指摘する。
笑わすんじゃないよ。
野菜も作れない。漁もできない。
人からいただくこともない。奪うだけしか能がない。
苦労したことが、そんなに誇ることなのか。
笑ったこともないくせに、生き方など語るんじゃないよ。
(小休止)
人々の心に棲む鬼です。
鬼を改心させることなどできるのでしょうか。
滓のように、私の体に凍みこんでいく。
鬼さえも 笑わしたろか おちよはん
2021年4月8日
<<あとがき>>
欲と善意の葛藤の毎日です。
親が残した財産で喜ぶ人もいれば、
難儀なことじゃのと、逃げ出したい人もいる。
過疎地に空き家と耕作放棄地が増えていく。
近所の手前、お世話になった先祖に申し訳ない。
気だけが揉めて、身体は動かない。
貝塚に混じって人骨が現れる。
私たちは、特別ではありません。
自然の成り行きに身を任せるしかない。
100年もすれば、空き家も朽ちて畑も原野に返る。
宿った想いを誰かが掘り出し、役にたててもらえばよい。