(時の氏神)
ワンマンで通してきたボクも、
定年で毎日が日曜日となれば、
42年も連れ添ったカミさんにも、気を使うようになる。
同時にカミさんは毎日居る亭主のボクに
見張られているように感じるようで、
何かと気にしている様子であった。
数ヶ月もたつとお互い好きなことをして一日を過ごすようになって、
お互い気にかけることが少なくなった。
一日のうち二人同じ事をしている時間は、
朝食と夕食(時々昼食)のとき、
同じテレビ番組を見るとき、
食材を買いに行くとき、
月に一回、嫁いだ娘と昼食を共にするとき、
外国旅行をしている全行程、
夜寝ている間、などなど。
それにしても、考えてみると意外に少ない時間である。
夫婦の会話が多いのは、
普通夕食のとき、寝入る前というが、
我が家の二人の会話は、朝食時が多い。
だから朝飯の時間が一時間も掛かってしまう。
時に意見が合わず喧嘩別れになると、
その日一日、気分が悪く、
夕食時まで持ち越すことになる。
ボクが言い過ぎたと思うときは、
相手がどの程度ダメージがあるか、
ジャブを出す。
つまり、他愛の無いことを話しかけて相手の反応を見る。
カミさんが言い過ぎたときは、
しきりにご機嫌を伺ってくる。
お互い以心伝心というか、どうしたいか分かるので、
綺麗さっぱり、
明るく応対することにして、わだかまりを解いて行く。
これで終わりである。
夫婦というのはなんて便利なものだと最近思う。
結婚当初の若いうちは、なかなか仲直りが出来なかった。
よる布団に入って、手が触ったり、足が触ったりして、
当然の成り行きでHをすることになり、
その時、悪かったほうが「ごめん」といって、
喧嘩は終わりになった。
夫婦喧嘩は時の氏神というが、
仲裁役の氏神は実はHであったなんて
犬も食わないに違いない。