それゆけ!ぶんぶん一家☆ミ

不器用な3人家族と、ゆかいな仲間たちのブログです。

不思議がいっぱいあふれてる尼崎えびす神社が面白い☆兵庫県尼崎市♪

2019-07-22 05:23:23 | おでかけ

美味しい海鮮のお店で、ほ~んっとうに美味しい海鮮を食べて、とっても幸せで、

それでも調子良く呑んだからね、公園?自販機でコーヒーなんて買って、ちょっと休憩。

・・・も、缶コーヒー3口、数秒で飲み干し。う~んっと。お。おおお、そこに有ったのは巨大鳥居!

何これ?、鳥居。いや分かるが何でここに?、神社やからやろ~。って、分っとるわい!

鳥居の外っ側、公園側では、ちと年季の入った、尼んちゅ達がワンカップで呑んでるの、

彼らはアウトドア派なのね。

その巨大なのは、高さ17m、笠木22m、柱直径1.6mの荘厳さを誇る、尼崎戎神社の大鳥居。

友を放置して、ちょっと見てくる~って、小躍りしながら偵察に・・・・。

 大鳥居を潜って、きっと拝殿?本殿?へ向かうのだろうの辺りに、

見ざる聞かざる言わざる。一瞬、ぎくりとさせられる。こうやってるのが普通になったら、

もっと生き易くなるのでしょう。それにしても・・・・。三猿って言えば、日光東照宮でしょう。

何か関係が有るのかしら?それにしても、日光東照宮のそれにはお見せできない、メタボ加減。

こちら、徳川将軍家の霊廟石燈籠なのだそう。何で尼崎に!?

ちゃんと石燈籠の傘部分に、葵の御紋があるんさ。

元々、江戸上野の東叡山寛永寺の徳川家霊廟にあったって事で。

同じく江戸・・東京の増上寺と共に、徳川家霊廟はその殆どを東京大空襲で焼失。

2ヶ所の寺が再建寄付の返礼として、焼け残った石燈籠を譲渡していったそう。

そのひとつが、ここにある。っていうもの。

こちらが本殿かしら?主祭神は、八重事代主大神(やえことしろぬしのおおかみ)。

醍醐天皇時代以前の創建。はっきりしないのね。件の醍醐天皇は885年(元慶9年)~930年(延長8年)。

え?45歳か??平安時代の第60代天皇。在位期間は33年。・・・・よりも早くこの神社があったという事だ。

庭師がはいっているのか??この草木のレイアウトが、たまらなくギュっときたわ。

今は青々として、向こうに紫陽花。

秋には、紅葉が色付いて、朱色と混ざってこれまた美しくなるのだな。

馬がいた。勝ち馬さんだ。

このお馬さん、人々の願いを神様に伝えてくれるのですって。

神様のお使い的な方々、沢山いてるので、神様は色んな言語がわかるのでしょう。

天満宮なら牛だし、春日大社や厳島神社は鹿、お稲荷さんは狐で住吉さんは兎でしょ。

お伊勢さんは鶏で、熊野三山は八咫烏。・・・・もっともっと、沢山の神様のお使いがいらっしゃる。

ところで、この勝馬(かちうま)、今までの自分に打ち勝つ力を授けてくれるそう。

真心を持って手を触れてお願いしたら、一歩を踏み出すよう、背中を押してくれるかも。知らんけど。

何か・・・妄想してるような蛙がいて。六福かえる。

幸福(幸せ)かえる。金福(金運)かえる。寿福(健康)かえる。縁福(良縁)かえる。

円福(円満)かえる。安福(交通安全)かえる。・・・の、6つの福が帰ってくるのだそう。

元々、持ち合わせているというのなら、かえってきようも有るのだけど。

気になったのは右側の石碑。なに?支那?蛙になにが関係あるの?気になってしょうがない。

その・・支那事変記念・・碑?それと蛙、何でって、気になり過ぎてお電話してしまった。

結論、何も関係ないです。改修工事中に出てきた石碑を大工さんがそこに置いた・・・置いた???

謎の多い尼崎戎神社、またチャンスが有ったら探検してみますさ。

尼崎えびす神社

兵庫県尼崎市神田中通3丁目82

お電話  06-6411-3859

 



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