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それゆけ!ぶんぶん一家☆ミ

不器用な3人家族と、ゆかいな仲間たちのブログです。

長閑な歴史公園のお散歩で癒される出会いを楽しんで☆大仙公園☆堺市堺区♪

2021-06-04 05:14:39 | おでかけ

最近目覚めた趣味のひとつに、ウォーキング。・・・って程に、

スポーツやってますよ!的な衣装を着てる訳ではないので、「お散歩」かな。

てくてくてくてく・・・。堺区の喫茶店でモーニングを食べた後、

どこ行くともなくお散歩してて、辿り着いたの大仙公園。

緑の匂いに清々しい気分で歩いていたら、おおそこに!。

この子たちもお散歩中?いや、モーニング中?

可愛い親子が・・・この子たちは誰?だ・・・誰だっけ?

何人かで一緒に、必死でスマホやデジカメを翳しながら、そろりそろりと追いかける。

そんな感じになっていたので、隣の方に聞いてみた。

あの子たちは誰?『カルガモ・・・かな』って。あ~有名なカルガモ親子ね!

『知らんけどな~多分カルガモ』って、さすが大阪人。

このお子さんたち、何を食べてるのでしょ。

くちばしで、ちょいちょい地面を突いておりましたが・・・。う~ん。

草とか、ちっちゃい虫とかそんな感じか?しかし・・・可愛い!。

そして優雅に去って行った。またね~。

この日、前日来の雨で、芝生地帯は全面軽く水が残って乾ききっておらず、

そろりそろりと親子と移動してたのだけど、水を防ぎきれなくって、

カルガモ追いかけて、ぐっちょんぐっちょんになったなぁって、

一緒に追いかけた、見ず知らずの同志たちと談笑するのも束の間・・・。

白鷺か?知らんけど。

水面をじっと見てるし、時々くちばしを水面辺りに持っていっては引き返す。

こっち向けこっち向け・・って念を飛ばしていたら、バサッと羽根を広げて

軽く移動する。なんだ?カルガモ達の様に、草や虫ではないな。

奴は何をターゲットにしているというのだ。

そして、何かをキャッチした模様。よ~に見えなかった。

咥えてるとこの写真はブレブレで。ま~勝手に人様の食事を覗くのってのもアレですし、

何か、長さが有るような表面ぬるりとした、この池に生息しているものだった。

あんな首は細いのに。噛めるの?歯は無いよね。丸のみか?

睡蓮かな?そういえば、そういう季節なのだわ。

紫陽花に睡蓮、年間パスも持ってる長居植物園でも、綺麗に咲いてるだろうな~。

今は入れないのだけど、あそこの紫陽花園も、睡蓮や蓮も美しいから、

チャンスがあれば是非どうぞ・・・。

たまたま、ぶらぶらやってきたお散歩で、色んなものに出会えるの、楽しいってば。

ここ大仙公園でも、駐車場は閉鎖されてるので、普段より人が少ないのでは。

公園の中に古墳があったりして、「日本の歴史公園100選」に選ばれてるらしい。

あと99か所も、こんなとこあるのかしら?日本って凄いわ。

そして、さっきのが白鷺だったら、こっちは青鷺?

この青鷺は、仁徳天皇陵のお濠って言うのか?そういう所で見かけたり、

普通に歩いてたら、堺に無数にある(感じがする)細い川の川縁に居てるの

ちょくちょく見かけるから、初対面な気がしないわ。同じ子かどうか知らないけど。

なんだか長閑な、休日のお散歩でした。カルガモに鷺の皆さん、ありがとうでした。

大仙公園

大阪府堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁204

TEL 072-241-0291


堺の深井を彷徨っていてた果てに見つけた花畑☆深井花のこみち☆堺市中区♪

2021-06-02 05:03:47 | おでかけ

深井攻めしています。っていうのも、喫茶店が多いのだし、神様の系図を学べる神社があったり、

深井方面、なかなか面白い。で、何度か通って、ここも紹介しておくべき?

そう思い立った。ただ、風が・・・最近、風がきつい日が多いから眼が痛くなる。

そんな感じの時に撮ってみた、深井のお花の散歩道。

住所としては、大阪府堺市中区深井清水町って所。

『深井花のこみち』って言います。色んなお花が咲いてるの。

ただ、咲いているだけではないでしょう。お花ボランティアさん達が、必死のパッチで育ててる。

上の写真2枚は草。ミリ単位の小さな花。近頃、密かに気に入ってる、

ズームマクロで撮ったのだ。風がきつい日、座り込んでピント合わせの

永遠にも思われる、ピピッ!ピピピッ!音の連続に、人通りはほぼ無かったけど、

あれば、ちょっと変態が居るぞ!的に思われたかもしれない。

撮った写真は、ここに貼ったものの5倍以上なのだけど。

風が邪魔をする。お陰で、消去法から残った写真が少なすぎ、一部、何処で使うか分からない、

深井辺りで撮った写真も足すって事にしたから。その写真か、見破るような、

深井っ子が居てたら、凄いな~って。

道行く人は少ないけれど。

小さな子を、よちよち歩いてるのを見守ってるっていう、お母さんとお子ちゃんが居たり、

奥様同士の情報交換で盛り上がってる笑い声、お爺とお婆のお花鑑賞。等々。

とっても平和で、ここには、幸せな空気しか流れて無いような気がしたわ。

さあ、どんどん写真を貼っていきますね。

月初めはお仕事が忙しいのです。さっさとしなくては。

少しピンボケかしら。でも、この花、紹介したかったもん。

ちゃんと写っていたならば、可愛いの。小さく、一つ一つの花が可愛い。

パッと見、分からないかも。けど、遠めにこれ見つけたら、近寄ってゆっくり見てね。

開きかけ。開いてない感じが好きで。そして中心部が見えるように。って撮ったもの。

この花の色パターン、何種か有るようで。昔、母が植えてたの。

ちょっとぼんやりしてるけど、この色合いが良いな~って思った花!

つつ・・・っと細い茎が長くって、風が吹くから揺れまくり。苦労した花。

有りがちだけど、地味に大好き。葉っぱの深い紫との色合いが。好きなのだ。

これも。と~っても小さな花。中心部分がクラウンの様では??

ピピピピピ・・・・。何度もピントを。クラウン部分が良い感じに撮れてないな。

もしかして、花弁を無視して中心部だけ撮れば良かったかしら。

木苺。ものすごく可愛い。これはね、深井花のこみちから出た、道沿いの隅っこに。

道端で座り込んで写真を撮る変態・・・。と、ウォーキング中の人生の先輩さんが、

可愛いね~食べれたら良いのにね~って、声を掛けてきて下さった。まさか、食べないわ。

今、色んな我慢をしてるのかも。けれど、ゆっくり贅沢に時間を使って、お散歩したら、

植物園に行かなくて花盛りで、気持ちウキウキするのでおススメ。

ただ、暑くなってきましたから、水分補給をお忘れなく。


大坂の陣の重要過ぎるゆかりの地がここ☆熊野大神宮☆大阪市東成区♪

2021-05-31 05:01:07 | おでかけ

昨日まで書いておりました、布施詣での帰り道の出来事。

はて?往路では気が付かなかったけど(反対側を歩いてた?)、復路で見付けた。

ありゃ、なんか神社のような何かが・・・。少し入ったら、確かに神社。

なんと住宅街に熊野大神宮。かの世界遺産の熊野と関係があるのか!?

よく分からないけど。元は熊野権現と称していたらしいのを明治8年に改称。

創立年代は詳らかではない。1400年以上前っていうアバウトな記載。

用明天皇2年(587年、31代天皇)、厩戸皇子(うまやどのみこ・聖徳太子)が、

四天王寺を浪速玉造の岸に創立した時、

この地に、拾弐坊の伽藍を建立し社務を司(つかさど)らしめた。

うん。聖徳太子が建てたんだ。そうだ。そういう事よね??

『伝えられています』って微妙な表現。あれか、『知らんけど』ってやつと一緒かな。

御祭神が沢山いらっしゃるので・・・忙しい。

伊弉册尊(いざなみのみこと)は、国生み・神生みの女神。伊弉諾の奥さん。

火の神(火産霊命)を産んで死んだけど、黄泉国を支配する黄泉大神になったって、

トート閣下とはどういう関係なの?あの方は黄泉国の帝王だのに。

速玉男命(はやたまのをのみこと)は、黄泉国へ去った伊弉冉と伊弉諾の

もめごとから、伊弉諾が吐いた唾から生まれたって、凄いやっちゃ。

事解男命(ことさかのをのみこと)は、なんと件の唾を掃きはらった事で、

事態を収拾したり魔を祓う神って事になってるし。

まだまだいるよ。ご祭神は、みんなで六柱。

大己貴尊(おおなむちのみこと)は大国主神(おおくにぬしのかみ)。

素盞男命(すさのおのみこと)は伊弉諾と伊弉冉の子で、海神・嵐神・農耕神。

奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)は農耕神で素盞男命の奥さん。

こちらは、白龍権現・天龍権現。

こっちが摂社厳島神社。

このずっと奥に入って行ったら、

石碑が2つあって、左には白高大明神・八助大明神、右は笠杉大明神・白光大神。

さてここ。大坂の陣ゆかりの地だったのだ。全く知らなかったけど。

徳川方の京極忠高が、ここに陣を置いたって、ご朱印を頂くときにお話を聞いて

初めて知ったのだけどね。ここら辺、みんな何か関係してますよ~ってさ。

京極家2代目の忠高の正室は、徳川秀忠の四女の初姫。

お父さんの高次の正室が、浅井長政の次女で淀殿の妹の初。後の常高院。

はて、これは何だっけ?まあいい。話を続けよう。

大坂冬の陣の後、徳川方の家康の側室、阿茶の局と、豊臣方として、この常高院が会談した。

それが、ここ熊野大神宮だったらしい。その時の和議の条件が、

真田幸村の陣営の運命や、豊臣家の悲劇の決定打になったのだ。そう、ここで!

大河ドラマ『真田丸』にも出てきた、あの間抜けな和議の舞台!

その現場に今いるのだ。そう思ったら脚の先っちょ爪先から何かが湧き上がってくる・・・。

ここで歴史が動いた。説明の出来ない、へんてこりんな感情が込み上げてくるさ。

はい。日本史関連小説に、絶賛ド嵌り中だからさ。

いやぁ、たまたまここ見つけてしまって。凄く運が良いのだわ。

もしかして今日買ったジャンボ、当たるのではないかしら!ってこの日、本気で思ったけれど。

さあ、今度こそ帰路につきましょう。色々教えて下さって、ありがとうございました。

熊野大神宮

大阪市東成区大今里4-16-48

TEL 06-6971-6997

 


鎮守の森に囲まれた神社の神様が凄かった☆野々宮神社☆堺市中区♪

2021-05-27 05:27:46 | おでかけ

昨日は深井の蔦の葉塗れの喫茶店を書いたのだけど、

深井方面は、喫茶店があちこちにあるやん。GWは深井攻めに夢中であった。

そんな時に見つけた森。堺で森か林のようなものって言ったら、古墳群なのだけど。

その森は神社の鎮守の森、鎮守の森は神社の境内や参道、神殿、拝所を囲むように

存在してる森の事。守ってるのかしら?知らんけど。さ、野々宮神社だ。

創建年代は不詳、分からないらしいが、天正年間(1573年~1593年)に、

細川氏の兵火に遭い再建されたとある。

天正年間は、室町幕府最後の足利義昭~信長あたり。細川氏って藤孝の?

足利尊氏の家来だった細川頼春の子孫ではないか。

いえ、今ね、吉川英治:著の『私本太平記』を読んでるのだ。面白いよ。

御祭神は素戔嗚、火産霊命、菅原道真公。

菅原道真公は、ありとあらゆる所で御祭神となってるので、牛はよく見かけるのだけど、

なんと、梅のマークじゃないのだな。ここの神紋は八重山桜。道真公が愛した梅では無い。

さて、ここから。後の二柱(神様を数えるときの単位は「柱」らしい。)

この日本の神様話は実に面白い。素戔嗚命(スサノオ)は伊弉諾(イザナギ)が

鼻を洗った時に生まれたっていう、海原を任された海神なのだ。

火産霊命(ホムスビノミコト)はもっと凄いぞ。

伊弉諾と伊弉冉(イザナミ)の間に生まれたのだけど、

火の神だったから出産時に伊弉冉が火傷を負って死んでしまう。

それで怒った伊弉諾が、十拳剣で火産霊命を殺すのだけど、その火産霊命の血から、

八柱の神々が生まれ、死体からも八柱の神々が生まれるの、凄い!

しかも、死体の頭から生まれたとか胸から生まれたとか、場所が違うのだ。

その神々の名前とか、ここに書いてる暇は私には無い。なのでウィキさんで調べてね。

『カグツチ』で検索!火産霊命は、日本書紀での表記だそうだわ。

そんなこんなで、発火と鎮火の神として『火の宮』、道真公から『文字の神』とされてるらしい。

毎年12月12日に火祭りの神事、10月にはだんじり祭りも有るらしい。

こちらは伊勢神宮の遙拝所。

遙拝所(ようはいじょ)は、遥か遠くに居ても、そこから神仏を拝む事が出来る所。

この日、堺の片隅から、お伊勢参りが出来たって事だわ。なんて画期的!

それよりその背後の森が凄い。

堺市指定保存樹林の鎮守の森で、『常陵(とこはか)の森』って言うらしい。

常陵は、深井郷の古名『常陵郷』に由来してるそう。

また、深井方面攻め中に立ち寄ろう。神社仏閣や樹木の傍って空気が綺麗な気がするから。

御朱印は、正に朱色の印!はんこ、ひとつ頂きました。ありがとうございます。

野々宮神社

大阪府堺市中区深井清水町3889番地

TEL 072-278-2157

 


とんでもない古墳時代の歴史があるけど抜けるんだ☆産湯稲荷神社☆大阪市天王寺区♪

2021-05-13 04:55:50 | おでかけ

この日、4月24日は徒歩にて、真田幸村ゆかりの地巡り。

地図なんて見てみたら、サクッと到着するはずなのに、迷って悩んで歩き回り。

なんせ、1本道で迷子になるっていう、どうしようも無い方向音痴なのだから。

この日の予定、最後はここだ。有った!って時は、喜び一入で叫びそうになったもん。

正面の鳥居から、深々と礼をして入りましたら、こんな碑が。

『桃山跡』この産湯稲荷のあたりの丘陵は、桃山と呼ばれ、明治のころまで

広大な桃の木が有って、大正8年(1919年、お、ベルサイユ条約の年だ)に

埋め立てられた味原池とともに景勝の地として知られていたそうな。

『比賣許曽神社』比賣許曽神社は、当地にあり、織田信長が天成4年(1576年)

石山本願寺との戦いで兵火にかかり、東成区東小橋に遷って、こちらは摂社となりました。

手水舎(だと思う)が、芸術作品のように美しい。

これは、自然にこうなったのか、敢えてデザインされたものなのか。

上から撮影したら、もっと素敵ですから、映えるっての狙いならそこがおススメ。

この時は、全体が分かるようにと、9枚撮った中でこの写真にしときましたさ。

さあ、本殿はこちらですね。

御祭神は 宇賀之御魂神、下照姫命、大小橋命。トリプルキャストよ。

宇賀之御魂神(うかのみたまのかみ)全国各地のお稲荷さんの御祭神代表。知らんけど。

五穀豊穣の神様で、日本書紀にも出てくる女神様さ。

下照姫命(したてるひめのみこと)は神道の容姿美麗な女神様。大国主命の娘。

そして、大小橋命(おおおばせのみこと)。成務天皇(第13代、古墳時代)の頃に生まれたと。

中臣氏の祖ともされてるけど、大小橋命が誕生の時にここの清水を汲んで産湯としたことから、

『産湯の玉之井』と言われ、当時はどひゃどひゃ清水が湧き出し、人々の飲料水として大活躍。

今は手押しのポンプが付いてて押してみたら、ちょろちょろっと出てきたさ。

見える?何回も、えいや!えいや!ってポンプを動かして、大急ぎでシャッターを押した、

苦心の写真が下のもの。ちょろろと出てるでしょ。ふふふ。

ただ、飲んじゃいけないらしいので、良い子の皆は気を付けろ。

木の説明書きが有ったので、そのまま書き写しましたのこ。自信はないけどネットで調べつつこんな感じ。

「大小橋命は天児屋根命12世後胤にし、

 人皇13代の御代に味原郷に誕生し給ふ。

 其の所を字掃部屋敷とも藤原殿とも云ふ。

 此時に玉ノ井を汲みて産湯に用たれば此処を産湯と云ふ。

 御父は中臣の臣・雷大臣御母は紀氏清夫と申す。

 三男子あり。長男は大小橋命なり、又御味宿禰とも小橋宿禰とも申す。

 二男は意穂命と申し三男は阿遅速雄命と申す。

 神代の時に、大国主命の御子なる味耜高彦根命天降り給ひし霊地なれば、

 此処味原とも小橋とも云ふ」

まぁ、そういう事らしい。

そして、柱に紙が貼ってあって、手書きで何か書いてあるの、???ってなってた。

  左:大己貴神・少彦名神(医療の神・温泉の神)

  中:彌都波能売神(水の神)・御井神(井戸の神)

  右:祓戸神(祓いの神)・味耜高彦根神(日高真名井始めの神)

暫く、なんのことだか分からなくって、あわあわなってたら見つけた。

この井戸の上、屋根(?)の鴨居の所に、小さな箱のような祠が有った。

ああ、この中に、神様がいっぱいいらっしゃる模様。

そうそう、この日のテーマを思い出しましょう。真田幸村ゆかりの地巡り。

ここの井戸、三光神社に有った真田の抜け穴。

それとは別で、この井戸もなんと・・・抜け穴だったとか!

マジか!?だって、まだ生きてる井戸。泳いでいくのか?ま、小さい事は気にしない。

抜け穴だったって事にした方が、夢やらロマンやらが有って良いような。

日本の神様のお話も、昨夜、これを書くにあたり調べたりしていたら、

色んな所で繋がりがあったり、ああ、あなた方は親戚?ってなったり不仲なの?とか。

調べ出したら、あっちもこっちも画面を広げまくって埒があかない。面白過ぎる。

今日の人間関係の憂鬱や鬱屈は、今に始まった事でなく神話になる頃からの悪い癖。

なので皆さま、小さいことは気にしないでおきましょう。

そんなこんなで、楽しませてもらいましたとさ。ありがとうございました。

産湯稲荷神社

大阪市天王寺区小橋町3-1